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第一王子殿下の恋人の盾にされました。  作者: 燈華


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幕間 一瞬の邂逅という名の幸福

クロード様は最近多忙だ。

試験前で減らされているとはいえ公務もあり、学院の授業と宿題をこなし、その合間にもうすぐ始まる試験の勉強もある。

寝る時間を削って試験勉強をされているとも聞く。

疲れが溜まっているように見えて心配になる。


もちろんシアンにも側近としての仕事があり、学院の授業と宿題をこなしながら試験勉強をしているのだがクロード様に比べたら何てことはない。




週の真ん中の最終授業の時間。

いつもならクロード様がベルジュ伯爵令嬢と会っている時間だ。


クロード様は今日も図書館に向かった。

いつものように会えるとは思っていなかっただろう。


ただ、それでも少しでも会いたいと思ったに違いない。

できれば少しだけでも話したい。

それが無理でも、せめて一目だけでも見たい。


その気持ちは痛いほどわかる。

だからシアンは何も言わずにクロード様の背に付き従った。


図書館は想像以上に混んでいた。

いつもの部屋も今日は誰かが使っているのだろう、使用中になっていた。


確認しに行ったシアンがそう報告すると、ほんの一瞬だけクロード様は落胆の色を見せた。

すぐに何てことはない顔をして「そうか」とおっしゃっていたが、一瞬でも落胆が見えたのは、やはり心身ともに相当疲れが溜まっておられるのだろうと推察される。


クロード様は何気ない様子で辺りを見回す。

せめて一目だけでも見たい。

そんな気持ちだったのだろう。


それは、ベルジュ伯爵令嬢も同じだったようだ。

書棚の本を見ているふりをしてクロード様のことを見ている。


みんな自分の勉強に集中しているから気づかれないだろう。

気づかれたとしても、彼女の片想いと判断するだろう。

誰もまさか両想いだとは思うまい。

そうでなければならない。

誰にも二人の関係は気づかれてはならないのだ。




ほんの一瞬だけクロード様とベルジュ伯爵令嬢の視線が交わった。

すぐにどちらともなく視線が外れる。


「シアン、人が多いから今日は別のところでやろう」


普段通りの声。

だが瞳には生気が戻っている。

よほど注意深く見なければわからないほどのわずかな変化だ。


それに心の中だけでよかったと思う。

ほんの一瞬だけの邂逅だけではない。

ベルジュ伯爵令嬢がクロード様と同じ気持ちでよかった、と。


「はい」


図書館の出入り口に向かう背に付き従う。

心なしかクロード様の足取りは軽かった。




図書館を出たところでアンリエッタと思いがけず会った。

そうか、彼女もいつもこの時間は図書館に来ていた。

誰かとの逢瀬ではなく勉強しているから図書館が混んでいようと関係ないのだ。


シアンにとっては思わぬ僥倖(ぎょうこう)ではあった。

アンリエッタにとってはできれば会いたくはなかったのだろうが。


いつものようにクロード様とアンリエッタはその場で少しの間、会話をしていた。

クロード様がアンリエッタと話している間、彼女のことを見つめていることができた。


彼女の視線がシアンに向けられることはない。

アンリエッタが相手にしているのはクロード様だけだからだ。

彼女よりも高位のシアンから話しかけなければアンリエッタからは何もシアンに言うことはできないのだ。

クロード様と話している以上、シアンから声をかけるわけにはいかない。


だがクロード様がいなければそもそも言葉を交わすことはない。

彼女とシアンには何も関わりがないからだ。


シアンとアンリエッタでは取っている授業がまるで違う。

地域も違う。

シアンは"南"の者で、アンリエッタは"西"の者だ。

クロード様がいなければどこにも接点はないのだ。


少しだけ話して話を切り上げた。

クロード様が歩き出され、その背に従う。


ほんの一瞬、一瞬だけ振り返ってアンリエッタを見た。


彼女は顔を上げて真っ直ぐにこちらを見ていた。

目が合う前に前を向いた。

誰にも、アンリエッタにもこの想いを知られるわけにはいかない。


しかし思いがけず彼女の姿を間近で見ることができた。

これでしばらくは頑張れる。


図書館に行く前より力強くなった足取りで進むクロード様の背を見ながらつい今しがたの光景を脳裏に刻む。


ふと気づく。


いつもの口説き文句は出ていなかった。

普通に会話をしていただけだ。


ああ、嫌だったんだな。

無意識かもしれないが、避けたのだ。

逢瀬にも満たないベルジュ伯爵令嬢との余韻(よいん)を消したくなかったのだろう。


烏滸(おこ)がましいが、その気持ちはシアンにもわかる。

アンリエッタに想いを寄せるようになって初めてクロード様の気持ちがわかるようになった。

正直それまではクロード様の気持ちがシアンには理解できなかった。


何故そこまでして会おうとするのか。

何故少しの間話せるだけで幸せそうなのか。

何故今頃何をしているかを気にしたりするのか。



何故、彼女でなければ駄目なのか。



「そうか。試験が終わって夏休みになればそう簡単には会えなくなるのか……」


不意にクロード様が呟かれ、思考に沈んでいた意識が引き戻された。


幸い周りには誰もいない。

いや、誰かいたとしてもアンリエッタのことだと思うだろう。


表だってクロード様とベルジュ伯爵令嬢は交流はない。

偶然を装って会うのも無理だ。

連絡を取り合うのだって無理だ。

シアンを通じても不可能だ。シアンもベルジュ伯爵令嬢との接点はない。


つまり二ヶ月に及ぶ夏休みの間、クロード様はベルジュ伯爵令嬢に会うことはできないということだ。

(ひるがえ)ってシアンもアンリエッタの姿を見ることはできないというわけで……


「それなら、仕方ないか」


諦めたような呟きではない。

無言で何か考えているようなクロード様に嫌な予感を覚える。


これ以上、どうかアンリエッタに迷惑をかけないでくれ。


読んでいただき、ありがとうございました。

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