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第一王子殿下の恋人の盾にされました。  作者: 燈華


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19.皆様、試験勉強に余念がありません。

ラシーヌ家はすぐにクーラン侯爵家と実行役の子爵令嬢の家へと抗議をした。


子爵家からはすぐに謝罪文が届いた。

思っていたよりずっと早い対応だった。

"東"だったので遅くなるか無視されるかとも考えていたのだが思いがけない迅速さだった。


実際クーラン侯爵家からはなしの(つぶて)だ。

このまま無視されるかもしれない。

その場合はどう対応するかはもう少し様子を見て決めることになっている。

周囲の状況次第だ。 


諦めるか、さらに抗議するか、違う手を打つか。

ファレーズ侯爵令嬢もミシュリーヌも子爵令嬢のやったことは自分の責任だとクーラン侯爵令嬢が認めたと証言してくれると言ってくれた。

いざとなれば彼女たちに頼むことができる。

だから焦る必要はないし、泣き寝入りする必要もない。


今は様子見で十分だ。

あとでいくらでも行動できるのだから。




子爵家の対応の早さの理由は思いがけないところから届いた。

ファレーズ侯爵家からも子爵家へ抗議文を送っていたと後でファレーズ侯爵令嬢から聞いたのだ。

(いわ)く、


「だって、よく思い返してみてもクーラン侯爵令嬢からは謝罪があったけれど、あの子爵令嬢からはなかったのだもの。上に謝罪させて自分は謝罪しないというのも変でしょう」


ということだった。

それは確かにそうね、とアンリエッタも納得した。


さぞかしあの子爵令嬢は目を回して慌てたに違いない。

伯爵家からの抗議でも狼狽(うろた)えていたのに、侯爵家からも抗議が行ったのだ。


ラシーヌ家だけならば、エスト公爵令嬢への忖度(そんたく)して無視したかかなり遅れて謝罪文が来たかもしれないが、"北"の侯爵家からの抗議文も来たとあっては迅速に対応せざるを得なかっただろう。

あの子爵令嬢は家長からの叱責は(まぬが)れなかっただろう。




その一件以来、目に見えて嫌がらせが減った。

といっても理由はこの一件のことだけではない。

あと二週間ほどで試験期間に突入するのだ。

他人に構っている暇などない。

誰もが試験を落としたくないのだ。

くだらない嫌がらせをするよりは少しでも勉強をしたいというのが本音だろう。

アンリエッタとしてもくだらない嫌がらせに足を取られたくない。



*



「やあ、アンリエッタ、図書館で勉強か?」


図書館の前で第一王子に遭遇して声をかけられた。

アンリエッタはカーテシーをしてから答える。


「はい。殿下は勉強しておられたのですか?」


第一王子はちょうど図書館から出てきたところだったのだ。

当然後ろにはヴァーグ侯爵令息が控えている。

第一王子は微苦笑する。


「図書館で勉強しようと思ったのだが、人が多いからやめたところなのだ」


今日は週の半ば、本来ならベルジュ伯爵令嬢と過ごしている日だ。

今日も本当はベルジュ伯爵令嬢と会おうとして人の多さに断念したのかもしれない。

もし本当にそうなら試験前に余裕だなとやっかみにも似た気持ちを抱く。


アンリエッタにはそんな余裕はない。

……本当のところは余裕がないからこそ会いたいのかもしれないが。

正直アンリエッタに第一王子に構っている暇はない。


「そうだったのですね。確かに試験が近づいてきておりますから図書館もいつもより人が多いですね」


アンリエッタも空いた時間に図書館で勉強をしているので人の多さはわかっている。

それだけみんな必死なのだ。


「そうだな。みんな頑張っている」


どことなく誇らしげだ。

それは彼が王族だからだろう。

勉強熱心な自国民を誇りに思っているのだ。

そういうところだけはやはりしっかりと王族なのだ。

もちろんそんなことで好感度は上がったりはしないが。


殿下も頑張っておいでですね、などとも言わない。

第一王子もそんなことはアンリエッタに望んでいないだろう。

それはベルジュ伯爵令嬢の役割だ。


はっと第一王子は何かに気づいたような顔になった。


「長々と引き留めてしまったな。アンリエッタは図書館に勉強しに来たのだろう? 席があるといいのだが」


第一王子の視線が図書館に向く。

今こうして話している間も、何人も図書館に入っていっていた。


「お気遣いをありがとうございます。ですが大丈夫です。友人たちと待ち合わせしているので」

「そうか。それならよかった。っと、今度は友人を待たせてしまっているのか」


それはその通りだが頷くわけにもいかない。


「お気になさらず。彼女たちも自分たちの勉強をしていますので」

「それもそうか」

「はい。ですがそろそろ失礼させていただいてもよろしいでしょうか?」

「ああ、もちろんだ」

「それでは失礼致します」


アンリエッタはゆったりとカーテシーをした。


「ああ。頑張るといい」

「ありがとうございます」


第一王子が立ち去っていく。

その背に続いたヴァーグ侯爵令息が一瞬こちらを見たような気がするが、気のせいかもしれない。


二人がある程度離れてからようやくアンリエッタは歩き出した。

そのまま図書館の扉をくぐる。


いつもは静寂に包まれている館内が、ざわざわと賑やかだ。

お喋りではない。

わからないところを教えあったり、参考になる箇所を聞いたりと勉学に関することばかりだ。

うるさくお喋りしていれば司書に注意されるが、勉学に関することはあまりにも声が大きくなければ見逃される。

今は特に試験前だから司書もかなり大目に見ているはずだ。


いつもより圧倒的に密度の高い図書館の中を進む。

目的の本棚に向かいながらふと思う。


これだけ人が多ければベルジュ伯爵令嬢にも会えていないのだろう。

以前のようにその苛立ちをぶつけられないだけましか。


本棚を回って必要な本を抜く。本棚もだいぶ空いている。

何冊か本を持って階段を上っていく。

向かうのはいつもの部屋だ。


隣室の前を通る時にちらりと見ると使用中だった。

いつもは第一王子とベルジュ伯爵令嬢が使っているが、今日は別の人間が使っているのだろう。


そのまま通りすぎ、いつもの部屋の扉の前で立ち止まる。

使用中の札をちらりと見て扉を叩く。

中から返ってきたのはミシュリーヌの声だ。


アンリエッタは扉を開けて中に入る。

いつもと違いミシュリーヌの他に何人かの令嬢がいる。

今日は友人たちと一緒に勉強するのだ。

試験前にはよくあることだ。


「アン、遅かったわね」

「図書館前で少し捕まってしまって」

「大丈夫だったの?」

「ええ。絡まれたわけじゃないから。少しお話していただけ」


それで誰に捕まったのかわかったのだろう。みんな同情的な顔になる。


「それはお気の毒様」

「ありがとう」


アンリエッタは空いている椅子に座る。

みんなもすぐに自分たちの勉強に戻っていく。

アンリエッタも筆記用具やノートを取り出し、気持ちを切り替えて勉強に集中する。



*



噂が流れ始めていた。


クーラン侯爵令嬢は取り巻きの子爵令嬢に、気に食わない令嬢に水をかけさせて高笑いしていた。

被害者は何人もおり、だが相手は侯爵令嬢なので(みな)泣き寝入りをしている。

そもそも自分より下位の者など人とも思っていない。

取り巻きの令嬢たちのことも便利な道具だとしか思っていない。

嫌がらせも彼女たちにやらせている。

等々。


多少尾ひれがつくのが噂というものだ。

どこまで本当のことで何が違うのかはアンリエッタにはわからない。


しかし絶妙に嫌な時期だ。

試験勉強に集中したい時にちょっとした悪意のこもった耳障りな言葉というのは集中力を()がれる。

誰に何と言われようと気にならないのなら全く効果はないが、そうでなければじわじわと効いてくるだろう。

地味に効果的な嫌がらせだ。


ルイが何かを仕掛けたのではないかと思う。

確証はないし、ルイは何も言わない。アンリエッタも聞く気はなかった。

ただ今回の一件、ルイは誰よりも怒っていたから。


ルイ自身の試験勉強に支障がなければ好きにすればいいと思う。

あまり我慢させてばかりだと体に悪い。

たまには発散させないといつ暴走するかわからない。

噂を流すくらいならさほど手間はかからない。

それでルイの気が晴れて試験勉強に集中できるなら安いものだろう。




クーラン侯爵令嬢から謝罪の手紙が来たのは、試験が始まる一週間前のことだった。


恐らくクーラン侯爵令嬢も噂が(わずら)わしくなったのだろう。

試験の勉強に集中したい時に耳障りな噂話で集中力を乱されたくなかったのだと容易に想像がつく。

どうせ自分の責任だと明言してしまっているので、それならさっさと謝罪して噂を沈静化させるほうに動いたほうがマシと判断したのだろう。


いい判断だったと思う。

時期的に今謝罪がなければさらなる燃料が噂に投下されただろうから。

ルイならそうする。

謝罪が来た以上はそれ以上は噂に燃料が投下されることはないだろう、たぶん。


あとはクーラン侯爵令嬢の人望次第だろう。

他にも恨みを買っていれば噂はまだまだ沈静化されない可能性がある。


……その場合はアンリエッタが恨みを買いそうなので是非とも沈静化してもらいたいが。

アンリエッタにしてもクーラン侯爵令嬢にかかずらわっている余裕はない。


試験勉強に集中したいのだ。

余計なことに集中力を削がれたくないのはアンリエッタも同じ。

だからただ自分のために、クーラン侯爵令嬢の噂の沈静化を、沈静化しないのであればせめてアンリエッタには関わりないところでやってほしいと願った。

読んでいただき、ありがとうございました。

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