幕間 姫君たちのお茶会
今回、短めになります。
そこには四人の公爵令嬢がいた。
四人で優雅にお茶会をしている。
彼女たちは時折こうして四人だけでお茶会をしていた。
ふと"東"の公爵令嬢シエンヌ・エストが"西"の公爵令嬢シュエット・ウェストに向かって言った。
「シュエット、貴女躾がなってないんじゃなくって?」
シュエットは優雅に紅茶を一口飲み、
「何のことかな?」
飄々と言う。
「まあ、わかっているでしょうに」
「いや、本当にわからないね。"西"の子はみんないい子だからね」
「あの生意気な伯爵令嬢のことよ。忠告したのにいつまでもクロード様に付き纏って、本当に厚かましいこと」
他の三人から漏れるのは失笑だ。
「シエンヌの目は節穴かな?」
「何ですって!?」
「あれを見てどうして彼女が付き纏っていると言えるのかな? どう見ても付き纏われているのは彼女のほうだよ」
シエンヌはくすりと笑う。
「まあ。クロード様があんな小娘を相手にするはずがないわ」
「まあ。幸せな頭をしているわね」
微笑んで言ったのは"北"の公爵令嬢ミレーユ・ノールだ。
シエンヌがミレーユをにらむ。
今の発言だけではない。その瞳に微かな嫉妬が見え隠れしている。
誰が王位に就こうともミレーユが第一妃になる可能性が一番高い。場合によっては唯一の、ということになるが。
それがシエンヌがミレーユに対して屈折した苛立ちに繋がっていることは三人とも知っている。
シエンヌが誰の妃でもいいわけではないと思っていることも。
それでも誰のもとにでも嫁ぐことになれば文句も言わずに嫁ぐのもわかっている。
「何ですって?」
「あれを見て彼女のほうが付き纏っているだなんて頭は大丈夫かしら? いえ、この場合は目ね。医者に診てもらったほうがいいのではなくて?」
ミレーユはゆったりとお茶を飲む。
「わたくしの頭も目も正常よ。貴女方のほうが医者に診てもらったほうがいいわ」
「異常をきたしていても本人はなかなか気づかないものかもね」
シュエットも優雅にお茶を飲む。
「まあ、自覚があって何よりだわ」
シエンヌは自分のことを言われたのはわかっているが、そのまま返す。
嫌味にそのまま乗ってやる必要はない。
「自覚がないようだわ」
「これは重症かな?」
やれやれと言うようにミレーユとシュエットが言う。
「二人こそおめでたい頭をしているようね」
シエンヌは一口紅茶を飲み、にっこりと微笑った。
何を言っても無駄かとシュエットは首を振った。
ミレーユも溜め息をつく。
シュエットが静かにティーカップを置く。
「人のことよりシエンヌ、最近の"東"は品位が落ちたんじゃないかな?」
シュエットがちくりと返す。
「そんなことあるわけないでしょう」
「例えば他人の足を引っかけて転ばそうとしたり、廊下を走ったり、身分に物言わせて物を奪おうとする行為は品性を欠くことではないとでも言うつもりかな?」
シエンヌはわざとらしく眉をひそめる。
「まあ、そんな品位を欠く者がいるの? "東"の者ではないと思うけれど、もし見かけたら注意しておくわね」
「ああ、そうするといいよ」
「婚約者が見つからなかったり、破談になったりしたら大変だもの。実際にいくつか婚約が解消されたと聞いたわ」
親切ごかしてミレーユは言う。
「それこそわたくしは何もしていないわ」
シエンヌがシュエットに視線を向ける。
「むしろシュエットが何か言ったのではなくて?」
「私は何も言っていないよ。言う必要もないからね」
「忖度したのではなくて?」
「かもしれないね。私は気にしないのに。だけど、」
シュエットはシエンヌを流し見る。
「それは"東"も同じじゃないかな?」
「ああ、そうね。忖度してならば、そんな必要はないと言ってあげないとならないわね」
「ああ、そうだね。私のほうも言ってあげないと」
とは言ってもすぐにまた婚約が結び直されることはないだろう。
真意をよくよく確認して本当に大丈夫そうと判断ができてようやく再び婚約を結ぶことになるだろう。
これだけは意見を合わせて二人は頷く。
さすがにシエンヌも"西"との婚約解消までは望んでいない。
目障りなのはアンリエッタ・ラシーヌ伯爵令嬢だけであり、他の"西"の者に特に思うところはない。
さすがに家同士の利害もある婚約にまで口を出すつもりはない。
それこそ権力の濫用になってしまう。
その分別はあるのだ。
シエンヌは一口紅茶を飲んだ。
「そもそもミレーユにわたくしのことを言う資格があるのかしら?」
シエンヌがミレーユに視線を向ける。
「"北"の者たちだって彼女に絡んでいたじゃない」
「注意していただけよ」
「彼女にしたら同じことでしょうね」
同じ穴の狢のくせに。
そんなシエンヌの声が聞こえる。
「今は噂に踊らされた自分を恥じているわ」
ミレーユは目を伏せて恥じ入ってみせた。
もっときちんと見極めるべきだったのだ。
そうすればラシーヌ伯爵令嬢に余計な心痛を与えることはなかった。
「シエンヌももう少し冷静になりなさいな」
「わたくしは冷静よ」
「もう少し視野を広く持てば今の状況が違って見えるんじゃないかな。それには冷静になることが必要だよ」
「冷静だと言っているでしょう」
二人と話していても埒が明かないと思ったのか、シエンヌは我関せずで一人お茶を楽しんでいるもう一人に視線を向けた。
「クロディーヌ、"南"は何もしなかったみたいだけれど、いいのかしら? 貴女、クロード様の従妹でしょうに」
水を向けられた"南"の公爵令嬢クロディーヌ・スュッドはティーカップを口許に運びながら平然と告げる。
「ああ。クロード殿下とは話をしたよ」
「何故クロード様のほうなのかしら?」
クロディーヌは片眉を上げる。
「うん? クロード殿下がラシーヌ伯爵令嬢に声をかけているからだな。残念ながら翻意させることはできなかったが」
「それは残念だね」
シュエットが心底そう思っている声で言う。
「私の力不足だ。きちんと説得できればこれ以上ラシーヌ伯爵令嬢に苦労をかけることにはならなかったのだが」
「それは仕方ない。クロード殿下は頑固なところがおありだから」
シュエットはシエンヌを流し見る。
「"東"が何もしなければ問題ないんだけどね」
「彼女が身の程を弁えればいいのよ」
先程の議論に戻ってしまった。
退く気もなく、アンリエッタがクロード殿下に付き纏っていると思い込んでいるシエンヌとはこれ以上この話をしても平行線を辿るだけだ。
ここまでにしておくべきだろうと判断したシュエットは最後だと、これだけは言っておこうと口を開いた。
「シエンヌが危惧するようなことにはならないよ」
「わたくしが何を危惧していると言うのかしら?」
「アンリエッタはクロード殿下の気持ちを受け入れることはないよ」
「まあ、なんて不敬な。あの方のどこに不服があるというの」
お前は何を望んでいるんだ?
三人の心の声が重なる。
「シエンヌにとっては魅力的な方でもアンリエッタにとってはそうではない、というだけの話だ」
「あの方の魅力がわからないだなんて、一体どれだけ鈍感なのかしら」
クロードの魅力がわからないアンリエッタに本当に腹を立てているようだ。
何を言っても無駄だ。
恋は盲目。
三人は同時にその言葉を思い浮かべた。
読んでいただき、ありがとうございました。




