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第一王子殿下の恋人の盾にされました。  作者: 燈華


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18.第一王子はご満悦のようです。

アンリエッタは授業の入っていない()いた時間に学院内にあるカフェに来ていた。


アンリエッタはテラスにある四人掛けの席に一人で座っていた。

ミシュリーヌが注文に行ってくれて、アンリエッタは席取りをしているのだ。


「あら、ここなんていいんじゃないかしら?」


不意にそんな声が聞こえた。

ちらりと見ると"東"の侯爵令嬢が何人かの令嬢を連れてわざとらしくこちらを見ていた。

遠回しにアンリエッタに言ったようだが無視する。


テーブルはまだまだ空いている。

あの人数ならもっと広いほうがいいだろう。

わざわざこちらが気を利かせて席を空けてやる必要はない。


"東"の侯爵令嬢の一行は近くで立ち止まった。

アンリエッタがどくのを待っているようだが無視する。


一向にどかないアンリエッタに(しび)れを切らしたのか"東"の侯爵令嬢がわざとらしく言う。


「わたくし、ここがいいわ」


ただの希望だ。

アンリエッタが聞く義理はない。

直接どけと言われたわけでもないので聞き流す。


「まあ、察しの悪いこと」


取り巻きの一人が声を上げる。

直接言われているわけではないので返す必要はない。

素知らぬふりをしていると苛立った気配を感じた。

だがアンリエッタには関係ない。


「はぁ、座りたいわね」


それなら席はいくらでも空いている。好きに座ればいい。


「本当ですね、セシル様」

「侯爵令嬢であるセシル様を立たせておくなんて随分(ずいぶん)()(わきま)えないものね」

「本当に。自分は座っているなんて図々しい。いえ、図太いのね」

「察しが悪いにもほどがありますわ」


取り巻きの令嬢が(かしま)しい。


よく思い返してみると取り巻きを連れて嫌がらせに来られたのは初めてだ。

複数人というのはあったが、友人同士だった。


公爵令嬢でも一人でいらしたのに。

……エスト公爵令嬢との遭遇はお互いに想定外だったが。


「何を無視しているの!?」


アンリエッタはようやく"東"の侯爵令嬢ーーセシル・クーラン侯爵令嬢のほうに視線を向ける。

そしておっとりと首を傾げた。


「まあ、わたくしにおっしゃっているのですか?」

「他に誰がいるというの?」

「ご友人同士でお話されているのかと思っておりましたわ」

「まあ、さすが複数の男性に粉をかける方ですこと。鈍くいらっしゃるのね」

「まあ、そうでなければ、普通はできませんもの、ね」


事実無根なうえに、例えそうだったとしても関係ない。

とりあえずそれは流して口を開く。


「ここではその人数では狭いのではありませんか? もっと大きなテーブルが空いていますのでそちらをお勧めしますわ」


やんわりと断る。


「いいえ、ここがいいのよ」

「セシル様がここを御要望よ。さっさとどきなさいよ!」


その要求に応じるつもりはない。


「待ち合わせをしておりますの」

「いいからさっさとどきなさい」


アンリエッタが座って待っているのでもっと家の爵位が低い者との待ち合わせだと思っているのだろう。

だがアンリエッタの待ち合わせ相手はクーラン侯爵令嬢と同格の侯爵令嬢であるミシュリーヌだ。

それにアンリエッタが先に来て待っているだけで、公爵令嬢や王女殿下という可能性だってゼロではないのだ。

想像力が足りなすぎる。


「お断りしますわ。お席はいくらでも空いてますよ」


きっぱりと断る。

途端に咎めるような視線が飛んできた。

アンリエッタに咎められるような理由はない。


「んまあっ。侯爵令嬢であるセシル様の御言葉に従わないなんて伯爵令嬢のくせに生意気よ!」


取り巻きの一人が言う。彼女は子爵家の令嬢だ。

まさに虎の威を借る狐だ。

身分を持ち出すなら彼女こそ(わきま)えるべきだ。


「わたくしは待ち合わせをしていると申し上げましたわ。別のところに移動してしまうと彼女が困ってしまいますわ」

「だから何? そんなのセシル様には関係ないわ」


アンリエッタは嘆息(たんそく)する。

本当に考えなしだ。

自分が一番偉いとでも思っているのだろうか。


「まあ、まるでご自分が一番偉いとでも思っているようですね」


それに反応したのは"東"の侯爵令嬢ではなく子爵令嬢のほうだった。


「このっ!」


子爵令嬢は近くにあったワゴンカートから水の入ったピッチャーを取り上げ、アンリエッタに向けて水をぶちまけた。


さっと立ち上がって()けたので、アンリエッタにはかからずに済んだ。

代わりに、椅子にかかり、さらにはーー


「きゃあ!」


後ろの席に座っていた令嬢の悲鳴が上がった。

恐らく勢いがよかったのでそちらまで飛んだのだろう。


彼女が勢いよく立ち上がって振り向く。

"北"の侯爵令嬢だ。


「何をするの!?」


見れば左肩の辺りが濡れている。

とりあえず水でよかった。これで紅茶だったら大惨事だったところだ。


水をぶちまけた令嬢は驚いて固まっている。

アンリエッタは悪くはないが、多少の責任はあるかもしれない。

アンリエッタはハンカチを取り出して"北"の侯爵令嬢に差し出す。


「あの、よろしければどうぞ」

「あら、ありがとう」


にっこりと微笑(わら)った"北"の侯爵令嬢はしかしハンカチを受け取らなかった。


「気持ちだけ受け取っておくわ。こういう時は相手にそのハンカチ一枚を利用されることもあるのだからお気をつけなさい」


"北"の侯爵令嬢の言葉にはっとする。

確かにその通りだ。

うっかりしていた。


「御忠告を感謝致します」

「いいえ。礼儀を(わきま)えている方は好きよ」


ねぇ、礼儀知らずさん、というように"北"の侯爵令嬢は水をかけた"東"の子爵令嬢を見る。

彼女は真っ赤になってアンリエッタをにらんでくるが、そもそも水をかけようとするほうが悪い。


「まさか避けたラシーヌ伯爵令嬢が悪いとでも? 伯爵令嬢なら大人しく水をかぶれと? まあ、"東"では随分と子爵令嬢というのは地位が高いのね。それとも"東"は他の地域よりも上だとでも言うのかしら?」

「それは……」


"北"の侯爵令嬢と一緒にテーブルを囲んでいたご令嬢方が立ち上がり、"東"の一行をにらんでいる。

"北"の侯爵令嬢は口許を扇で隠し、嘆息(たんそく)する。


「"東"は大丈夫ですの? 侯爵令嬢ともあろう者が、人から物を奪おうとするほど困窮しているという話もありましたし、今日は感情に任せて水をかける。同じ侯爵令嬢として恥ずかしいわ」


事実をわざと歪曲(わいきょく)させて当て(こす)っている。

それにはクーラン侯爵令嬢の柳眉が上がる。


「そのどちらもわたくしには関係ないわ」

「関係ない? 少なくとも水をかけたのは貴女の意を()んだことでしょう。責任を下位のものに押しつけるとは、貴女には矜持というものがないの?」


関係ないと言われた子爵令嬢は真っ青になる。

当然だろう。クーラン侯爵令嬢が自分には関係ないとするなら"北"の侯爵令嬢と伯爵令嬢であるアンリエッタに水をかけたのはーーアンリエッタに被害はないがーー全て彼女の責任ということになる。


「セ、セシル様ぁ」


さっきの威勢はどこへ行ったのかというほど弱々しい声だった。

他の取り巻きたちもクーラン侯爵令嬢を窺う。

彼女が切り捨てられるのであれば、次は自分かもしれないのだから。


クーラン侯爵令嬢は逡巡しているようだ。必死にどうすれば自分にとって最善か考えているのだろう。


場に緊張感が漂う。


彼女の判断で次の対応が決まる。

誰もがクーラン侯爵令嬢の決断を待った。

そこへ。


「アン、お待たせ。……何があったの?」


ミシュリーヌが戻ってくる。

対峙している"東"と"北"の令嬢たちを見て何かがあったと瞬時に判断したようだ。

「席を譲れと言われて応じなかったら水をかけられそうになったの。わたくしではなくファレーズ侯爵令嬢にかかったのよ。それなのに謝罪の一つもしないのよ」

「まあ、"東"の令嬢は手癖が悪いうえに礼儀もないのね。ああ、アンとファレーズ侯爵令嬢、両方を狙ったのかしら? それなら謝罪しないのも納得だわ。狙い通りだもの」


ミシュリーヌが煽るような言い方をする。わざとだろう。


「まあ、そうだったの。恨みを買った覚えはないけれど、貴女の目的は半分成功したのね。大したものだわ」

「い、いえそんなつもりはっ……!」


実行した"東"の子爵令嬢はがたがたと震えている。

クーラン侯爵令嬢はそんな彼女をちらりと見た。


天秤は傾いたようだ。


クーラン侯爵令嬢は真っ直ぐ"北"の令嬢を見る。


「わたくしが意図したところと違うけれど、彼女はわたくしの願いを叶えようとしてくれただけ。彼女の暴走の責任はわたくしにあるわ。謝罪します」


謝罪相手は"北"の侯爵令嬢だけのようだ。

実質被害に遭ったのは彼女だけだし、アンリエッタに謝罪をするのは嫌なのだろう。


"北"の侯爵令嬢は片眉を上げた。

恐らく謝罪相手にアンリエッタが入っていなかったからだろう。


「謝罪は受けます。幸い水だったのでドレスの弁償だけしてくれればいいわ」

「……わかったわ」


ファレーズ侯爵令嬢が了承する。

"東"の子爵令嬢がほっとした様子を見せた。


「アンにはないのね」


ミシュリーヌがぽつりと言った言葉が場に響く。


「家と協議して対応してもらうわ。クーラン侯爵令嬢の意を受けてのことと明言してくれたから両家に抗議になると思うわ」


アンリエッタはそう答えた。

どのみちここで彼女たちが謝罪するわけがない。

認めただけまし、と考えておいたほうがいいだろう。


「必要ならわたくしも証言するわ」


"北"の侯爵令嬢が力強く言ってくれる。


「ありがとうございます」


"東"の子爵令嬢は血の気の失せた顔でアンリエッタを見る。

先程までの威勢が嘘のようだ。


虎の威を借りていたとしても、実行したのは彼女自身だ。

どのような家族関係かは知らないが、叱責はされるだろう。

それともよくやったと褒められるのだろうか。


彼女の様子を見る限り前者のようだが。

子爵令嬢が伯爵令嬢に喧嘩を売ったのだ。当然その分の報いは自分で受けてもらうしかない。


アンリエッタは彼女のことは無視してクーラン侯爵令嬢ににっこりと微笑みかけた。


「クーラン侯爵令嬢、こちらの席は譲りますわ」

「え?」

「この席がよろしかったのでしょう? ミシュリー、他の席でもいいかしら?」

「ええ、わたくしはどこでもいいわ」


すでに濡れたテーブルと椅子はカフェの従業員によって()かれている。使えなくはないだろう。床は拭かれているがまだ乾いてはいない。だがこれは仕方ない。


「あら、だったらわたくしたちと一緒にどうかしら? まだ余裕があるもの」


"北"の侯爵令嬢がそう声を掛けてくれた。

アンリエッタとミシュリーヌは顔を見合わせた。


「そうさせていただこうかしら?」

「そうね」

「ええ、どうぞ」

「ありがとうございます」


アンリエッタはクーラン侯爵令嬢に視線を戻す。


「そういうことですので遠慮なくどうぞ」

「結構よ! そんな気も失せたわ。行きましょう」


クーラン侯爵令嬢は(きびす)を返して立ち去っていく。


「は、はい」


取り巻きの令嬢方が少し慌てた様子で追いかけていく。


ふと、校舎のほうから視線を感じ、そちらを見た。

第一王子が満足そうに微笑んでいるのが見えた。


自分の思惑通りに事が進んで満足なのだろう。


嫌がらせの矛先は全てベルジュ伯爵令嬢ではなくアンリエッタに向いている。

だがそれによって地域間のバランスが崩れているように思う。


今の状況を見ても、"東"がアンリエッタだけではなく"北"の貴族とも揉めている。

さすがに地域間の力の均衡を崩すほどまでにはならないだろうが、仲が悪くなりすぎるのも問題なのではないだろうか。


公爵家同士が揉め出したらさすがに力の均衡が崩れる。

下手したら内乱にまで行きかねないが聡明な公爵家の方々がそんなことをするはずがない。


エスト公爵令嬢が気に入らないとして目の(かたき)にしているのは相手が伯爵令嬢であるアンリエッタだからだ。

これが公爵家の誰かが相手だったら御自身で言うくらいで収めているだろう。


"東"の伯爵令嬢であるベルジュ伯爵令嬢であったならそもそも地域間で揉めることはなかった。

……まあ、アンリエッタが受けたように口頭での注意や嫌味くらいはあったかもしれないが。

ベルジュ伯爵令嬢は相当肩身の狭い思いと強い圧力をかけられて同じ"東"の令嬢から嫌がらせを受けるかもしれないが、地域間で揉めるような事態にはならなかったはずだ。


それもこれも全て第一王子がアンリエッタを目眩(めくら)ましに使っているからだ。

この責任を第一王子はどう取るつもりなのだろうか。


「アン、どうかした?」


ミシュリーヌに訊かれ、アンリエッタは第一王子から視線を外してミシュリーヌを見た。


「いいえ、何でもないわ」

「そう? 行きましょう?」

「ええ」


アンリエッタはミシュリーヌとともに"北"のご令嬢方のテーブルに向かった。




もう一人、その光景を見ていた人物がいたことにアンリエッタは気づかなかった。

読んでいただき、ありがとうございました。

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