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第一王子殿下の恋人の盾にされました。  作者: 燈華


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20/89

15.いよいよ本題に入ります。

一頻(ひとしき)りお茶とお菓子を味う時間を経てからおもむろに第一妃は切り出した。


「今日はリボンはしていないのね」


何故第一妃が知っているのだろうか?


アンリエッタのことを耳に入れた誰かは、最近アンリエッタが毎日リボンをしていることまで耳に入れたようだ。


これは話の()ぎ穂だろうか?

それとも何か目的があるのだろうか。


「はい。あれは日常使いのものですから。このような場には相応(ふさわ)しくありませんので」


勿論格式のある場でリボンをつけてはいけない、ということではない。それ相応の品であれば問題ない。

アンリエッタが婚約者から贈られたリボンはそこまでの品ではないということ。

日常的に使えるようにと贈ってくれたものだからだ。


「あの子、クロードからの贈り物をさすがに母親のわたくしの前で身につける愚かさはないようね」


予想もしていないことを言われて驚く。

学院でもきちんと婚約者から贈られたものだと認識されている。

それなのにまさか第一妃がそんな誤解をしているとは。


あまりにも予想外のことだったため、少し目を(みは)って驚きを表に出してしまった。

第一妃はその驚きを別の取り方をしたようだ。


「わたくしが知らないとでも思ったのかしら?」

「いえ、第一妃様が勘違いされているようなので驚いてしまいました。申し訳ございません」

「勘違い?」

「はい。いつも身につけているリボンは婚約者から贈られたものです。クロード殿下からいただいたわけではありません」


第一妃はゆったりと扇で口許を隠す。


「あらそうなの?」

「はい」


それからこれだけは言っておかなければならない。


「クロード殿下から何かをいただいたことはございません」


その誤解だけは避けたい。


「あら、あの子は気になる()に贈り物一つしないような男なのかしら」


困った子ねぇとでも言いたげだ。

これは何かの罠なのだろうか?


ベルジュ伯爵令嬢は何か贈られているかもしれない。

そういえば最近リボンをつけているのを見かけることがあったような……。


思い返しかけてはっとする。

今は第一妃の御前だ。


「わたくしは存じ上げませんわ」


周りがどう思っていようとも、第一王子がどう思わせようとしているとしても、アンリエッタは第一王子の想い人ではないのだから。

そういうことは本人に訊いてほしい。


第一妃がおっとりと小首を傾げる。


「貴女、クロードに口説かれているのではなくて?」


直球で訊かれた。

まさかそんなふうに直球で訊かれるとは思わず内心で動揺してしまったが、何とか表面には出さずに答える。


「お声がけをいただいているだけです。わたくしにはきちんとした婚約者がいますし、そのことはクロード殿下もご存知ですから」

「そう」


第一妃は何かを考えるように目を伏せた。

アンリエッタは余計なことは言わないように口をつぐむ。


少しして第一妃は目線を上げてアンリエッタを見た。


「ところで、そのリボンはどういうものなのかしら?」

「リボン、ですか?」


あれは第一王子とは全く関係ないものなのだが、何故それを第一妃が気にするのか困惑する。


「ええ、噂のリボンはどんなものか気になっているの」


恐らくは、嘘だ。

まだあれらのリボンが、そのうちの一本かもしれないが、第一王子から贈られたものではないかと疑っているのだろう。


「普通のリボンですわ。普段使いするようなものですからこちらにはつけてきませんでした」


興味を持たれるほどの物ではないと言外に告げる。


「あら、貴女の婚約者はそのようなものを貴女に贈ったの?」

「いつでも身につけていられるようにと選んでくれたのです」


第一妃は扇で少しだけ口許を隠す。


「あらあら。それは、婚約者の色だったりするのかしら?」


周囲をふわふわと漂っていたのに急に核心を突いてきた。


「ええ、婚約者の瞳と同じ青色のリボンですわ」


アンリエッタもそのまま返す。

誤魔化す必要は全くない。

第一王子から贈られたという誤解は微塵(みじん)も残したくはない。


「青……」


思わずといった様子で繰り返した第一妃ははっとした様子でアンリエッタの胸元を見た。そこで輝く色は婚約者の色だ。

だがすぐに何事もなかったように会話を続ける。


「それは、少し、独占欲が強くないかしら?」

「いえ、心強いですわ」

「心強い?」


それはどうことかしら? と言うように第一妃は軽く首を傾げる。


「はい。クロード殿下からお声がけいただくので、誤解された方に心無いことを言われることもあるのです。そんな時に傍にいてくれるようで心強いのですわ」

「あら、直接は守ってはくれないわけね」


アンリエッタは少し目を伏せた。


「彼は今この国にはいないのです」

「あらそうなの」


恐らく頭の中で海外に出ている者のリストをさらっているのだろう。

青い瞳と国内にいない、というだけでは特定まではいかないはずだ。

第一妃はゆったりと扇を閉じた。

その唇は弧を描いていた。


「婚約者との仲は良好なのかしら?」

「はい、良好ですわ」


取り(つくろ)う必要はない。

素直に答える。妙に力んだりすれば怪しまれるだろうが、強調するようなことではない。

それに、付け入る隙を与えるわけにはいかない。


「そう。よかったこと。クロードのせいでぎくしゃくしているようなら口添えしようと思ったのだけど」


アンリエッタはにっこりと微笑(わら)う。


「御気遣いをありがとうございます。その御気持ちだけいただきます」

「そう。もし必要ならいつでも言ってちょうだい」

「ありがとうございます」


ふふと二人で微笑み合っていると静かに女官が近づいてきて、「御歓談中失礼致します」と断ってから第一妃の耳元で何か(ささや)く。


「そう。わかったわ。お待ちしています、と伝えてくれる?」

「かしこまりました」


一礼して女官は下がっていく。

第一妃が少し眉尻を下げてアンリエッタを見た。


「ラシーヌ伯爵令嬢、申し訳ないのだけれど、来客なの。今日はこれでお開きでいいかしら?」

「ええ、勿論構いません」


アンリエッタは立ち上がってゆっくりとカーテシーをした。


「本日は御招きいただきありがとうございました。御一緒できまして大変光栄でございました」

「わたくしも楽しかったわ。ありがとう。またよかったらお茶をしましょう」

「機会がありましたら是非」

もう一度カーテシーをし、案内役の女官について第一妃の前を辞した。




途中でマリーと合流し、王宮の出口に向かっていると、前方から複数の女官や侍女を連れた女性が歩いてきた。

アンリエッタは案内役の女官とマリーとともに廊下の端に寄り、頭を下げた。

一行はそのまま前を通りすぎるかと思っていたが、目の前で女性が足を止める。


「あら」


アンリエッタとしてはそのまま一顧(いっこ)だにせずに通りすぎてほしかった。

そうならなかった以上はすぐに興味を失って立ち去ってほしい。


「貴女はもしかして、アンリエッタ・ラシーヌ伯爵令嬢かしら?」

「はい、そうです」


顔を上げずに答える。


「ふふ、顔をお上げなさいな」

「はい、ありがとうございます」


アンリエッタはゆっくりと顔を上げた。

目の前にいたのは、星の輝きのような流れる銀色の髪を結い上げた藤色の瞳を持つ女性ーー第二妃ソフィー様だ。第一王女と第二王子の母君である。


「ジャクリーヌーー第一妃のところに行ったのかしら?」


第二妃は"東"の公爵家の出だ。"南"の公爵家の出の第一妃とは旧知の仲だろう。それに、どこの家の出だろうと、妃は対等だ。


「はい。光栄にも御茶会に御招待していただきました」

「そう」


第二妃が少し目を細める。

(にわか)に緊張感が増した。


そういえばこの方はあの"東"の姫様の叔母でもあるのだ。


「彼女も自分の息子がちょっかいを出している娘のことが気になったのかしらね」


(ひと)(ごと)のようにもアンリエッタに問いかけているようにも取れる。

第一王子の目論見通りだが、"ちょっかいをかけられているのではなくお声がけいただいているだけです"と訂正したほうがいいのだろうか。


どう反応すれば正解なのか考えるアンリエッタに第二妃はふふっと笑った。


「別に答えなくていいわ。ただの独り言だもの」


アンリエッタは無言で頭を下げる。


「それにジャクリーヌに直接聞いたほうが楽しそうだわ」


楽しそうに第二妃は言う。

アンリエッタは下手(へた)なことは言えないと曖昧に微笑むにとどめた。

それには特に言及せずに第二妃は楽しそうなままアンリエッタに告げる。


「気をつけてお帰りなさい、ラシーヌ伯爵令嬢。楽しい話題提供をありがとう」

「御心遣いをありがとうございます」


アンリエッタはもう一度頭を下げる。


足音が遠ざかっていく。

その音が十分に遠ざかっても案内役の女官は頭を上げないので、何かあるのかもしれないとアンリエッタもマリーもそのまま頭を下げていた。


その理由はすぐに知れた。


また複数の足音が近づいてきた。


「第三妃様です」


(ささや)くように案内役の女官が教えてくれる。

わずかに頷いて返事とする。


そのまま足音の主が通り過ぎていくのを待った。


だがーー。


「あら」


その言葉とともに足音の主がアンリエッタの目の前で止まった。

見慣れぬ者を見つけたのだろう。


「三人とも顔を上げて?」


柔らかな声に促されてゆっくりと顔を上げた。


目の前にいるのは、蜂蜜色の癖のある髪と(みどり)色の少し垂れ目を持つおっとりとした女性ーー第三妃エロディー様だ。第三王子と第三王女の母君である。


第三妃はアンリエッタを見てにっこりと微笑(わら)った。


「貴女はアンリエッタ・ラシーヌ伯爵令嬢ね?」

「はい、そうでございます」

「やっぱり。聞いていた通りだわ」


誰に訊いたのか。

何を訊いたのか。


表に出したつもりはなかったが、第三妃はふふ、と微笑(わら)った。


「第一妃様に呼ばれたの?」

「光栄にも御茶会に御招待してくださったのです」

「そう。楽しかったかしら?」


また随分と意地悪な質問だ。


「はい。アリメントのお茶とお菓子をいただきました。初めて口にしましたけれど、とても美味しゅうございました。貴重な機会をいただきまして有り難かったです」

「そう。よかったわね」

「はい。ありがとうございます」

「第二妃様にももしかして会ったかしら?」

「はい。有り難くもお声がけいただきました」

「意地悪は言われなかったかしら?」


これまた場合によっては答えにくい質問だ。

この方は"西"の侯爵家の出だ。いくら妃同士は対等だと言っても、他の御二方より一歩退いていらっしゃる印象だ。

やはりいろいろと思うところがあるのだろうか?


「いいえ。優しい御言葉をかけていだだきました」

「そう。それならよかったわ」


……もしかしたら心配してくださったのかもしれない。


そしてやはり試された一面もあるのだろう。

さすが第三王子の母君だ。


アンリエッタは微笑んだ。


「ありがとうございます」

「足を止めさせて悪かったわね。お気をつけてお帰りなさい」

「ありがとうございます。御声をかけていただき光栄でございました」


再び頭を下げる。

案内役の女官とマリーも同じように頭を下げていた。

足音の集団が完全に遠ざかってから顔を上げる。

案内役の女官に促されて再び歩き出す。


さすがにこれ以上誰かに声をかけられることはないだろうーーそう思った矢先のことだった。


軽やかな足音が聞こえてきて案内役の女官とマリーとともに端に寄り頭を下げた。


「通行の邪魔をしてごめんなさい。わたくしのことは気にせずにどうか通って?」


軽やかな声が聞こえてきた。


どうすればいいのかわからずアンリエッタは困った。

隣で案内役の女官が顔を上げる気配がする。


同じようにしていいのだろうか?


「御言葉通りに」


小声で促されアンリエッタも顔を上げた。


「あら、貴女は」


存外近くに声の主はいた。

艶やかな漆黒の髪をリボンで結い上げた柔らかい琥珀色の瞳の少女が目を輝かせてアンリエッタを見ていた。第二王女のミネット殿下だ。第一王子の同母の王女だ。


「貴女、アンリエッタ・ラシーヌ伯爵令嬢でしょう?」

「はい。そうでございます」


ゆったりとカーテシーをする。


「ああ、かしこまらないで」


随分と気さくな方だ。


「そう言われても困ってしまうかしらね。それよりも時間はあるかしら?」


もともとどれくらい時間がかかるかもわからなかったし、終わった後に正直気力があるとは思えなかったのでこの後は何も用事は入っていない。


「はい」

「よかったわ」


第二王女は人懐っこい微笑()みを浮かべて言った。


「よかったら、わたくしとお茶でもどうかしら?」

読んでいただき、ありがとうございました。

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