14.第一妃様とのお茶会です。
それは、突然のことだった。
父が呼んでいると家令に言われて執務室に行くと家族が揃っていた。
「ああ、アンリエッタ。座りなさい」
「はい」
ルイの隣に座って首を傾げる。
「何かありましたか?」
「ああ」
父が暗い表情で一通の手紙を取り出した。
「これが届いた」
その手紙はルイ経由でアンリエッタの手元に届けられた。
封はすでに開けられている。
アンリエッタは一度家族の顔を見回してから中身を取り出した。
開いて思わず息を呑む。
それは、第一妃様からのお茶会の招待状だった。
「何故このようなものがわたくしに?」
第一妃にはデビュタントの時に一度お会いしただけだ。
「間違いなく第一王子殿下のせいだろう」
……言い方がこの家での第一王子の評価を物語っている。
アンリエッタに異論はない。
現王には三人の妃がおり、第一妃は第一王子と第二王女の母君だ。
「ただの一時的なものと見過ごせなくなったかな?」
ルイの言葉に溜め息を堪える。
そこは是非見過ごしてほしかった。
実際はアンリエッタと第一王子の間に何もないのだから。
まさか学院の中だけではなく王城内でもそういう態度を取っているのだろうか?
……徹底するならそのほうがいいのだろうが。
それとも誰かが第一妃の耳に入れたのだろうか。
「これは当然断るわけにはいかないんですよね?」
「残念ながら、な」
日にちは慌ただしくも次の休日だ。
呼び出しに近い。
アンリエッタは溜め息をつきたいのを堪えつつ了承する。
「わかりました。すぐに伺うと返事を出します」
「ああ。内容は一度確認する」
「お願いします」
返事の手紙一つ疎かにできない。当主の確認が入るのは当然だ。
アンリエッタは母に身体を向ける。
「お母様、いろいろ相談に乗ってください」
「ええ、勿論よ」
王宮を訪問するのにも細かな規則がある。
それに違反すればちくちくと言われるのは必至だ。
そうでなくとも第一王子とのことで印象は悪いだろう。耳に入れた者次第では最悪だろう。
第一妃とのお茶会の間ずっと嫌味を言われ続け、参加者によっては袋叩きに遭う。
憂鬱でしかない。
ルイがきゅっと優しく手を握ってくれる。
「本当はついて行きたいけど、さすがに無理だ……」
「ふふ、ルイありがとう。わたくしは大丈夫よ」
その気持ちだけで嬉しい。
もう片方の手も握られた。
「何かあったら必ず言ってよ? 約束だからね」
これは、言わないほうがいいのではないかしら?
ルイが暴走しそうで怖い。
「姉上、約束してくれないの?」
眉尻を下げて悲しそうな表情で訊かれる。
絶対に作っているのだが、アンリエッタの心は揺れる。
「アン、情報共有は大切だ」
兄にまで言われてしまう。
「姉上が傷ついて一人で抱えるなんて耐えられないよ」
さすがにそこまで言われると無下にはできない。
内心で溜め息を堪えつつ頷いた。
「約束するから、ルイも約束して? ……やりすぎないようにね?」
何もやるなというほどお人好しではない。
ルイはいい笑顔を浮かべる。
「姉上は優しいね。わかった。約束するよ」
……とりあえずこれで一安心だろう。
「では、御返事を書いて参りますわ」
アンリエッタが立ち上がると母も立ち上がった。
「私も一緒に行くわ。アンが御返事を書いている間にドレスを確認しておくわ」
「お願いします」
母と一緒に部屋を出た。
アンリエッタたちが出ていくと、残された男たちは深々と溜め息をついた。
*
そして迎えた休日。
鏡の前で自分の格好を確認しつつ、母の最終確認を受けていた。
アンリエッタが身につけているのは自身の瞳の色と同じ碧色のドレスだ。程よく髪と同じ金糸で刺繍が施されている。
自身の色を纏っていくのが一番無難だろうということになったのだ。
髪にはブルーサファイアとアクアマリンを使った髪飾り。今日はリボンはなしだ。
王宮を訪ねる時には、訪ねる相手の色をどこかに身につけるのが慣習となっている。
耳飾りもアクアマリンを使った小振りなもの。
首飾りも小粒のブルーサファイアを使った控えめなものにした。
「大丈夫なようね」
「ありがとうございます」
微笑みを浮かべようとするが緊張に強張ってしまう。
「大丈夫よ、アン。貴女はとても素敵な淑女だわ。どこに出しても恥ずかしくない自慢の娘よ」
「お母様…….! ありがとうございます」
「気をつけていってらっしゃい。何かあったら一人で抱え込まないで必ず私たちに言うのよ?」
「はい」
扉が叩かれ、侍女の手で開かれる。
「姉上、準備できた? そろそろ時間じゃない?」
ルイがそう言いながら部屋に入ってきて、アンリエッタの前でぴたりと足を止める。
全身上から下までしっかりと眺めてからにっこりと微笑う。
「姉上、とても綺麗だよ」
「ありがとう、ルイ」
ルイがきゅっとアンリエッタの手を握る。
「本当に気をつけてね。気を抜いちゃ駄目だからね」
「ええ」
ルイは心配でたまらないという顔をしている。
その顔を見ていると不安が抜けていく。
「ありがとう、ルイ。わたくしは大丈夫よ」
アンリエッタはルイに微笑みかけた。
家族全員が玄関先まで出て見送ってくれる。
「行って参ります」
微笑んで家族に告げる。
「気をつけて行っておいで。くれぐれも粗相をしないように」
「はい」
マリーと共に馬車に乗り込み、家族に見送られて王宮へと向かった。
*
何度も招待状と身元の確認を経て王族の住まう王宮へと辿り着いたアンリエッタは、マリーとともに案内役の女官の後ろを歩き、第一妃の住まう一角に足を踏み入れた。
そこは白と青を基調にまとめられていた。恐らく第一妃の好みなのだろう。
足音も立てずに歩いていた女官が足を止めた。
振り向いて一つの部屋を示す。
「侍女殿はこちらでお待ちくださいませ」
恐らく来客の付き人の控え室なのだろう。
マリーは伺うようにアンリエッタを見てきたから笑顔で頷いた。
「はい。こちらでお待ちしておりますね」
アンリエッタはマリーに安心させるように微笑みかけてから案内役の女官についていく。
案内されたのは王宮の庭園。
待っていたのは艶やかな黒髪を結い上げ、澄んだ水色の瞳を持つ口許の黒子が色っぽい女性ーー第一妃ジャクリーヌ様御一人だった。
落ち着いた水色のドレスには金糸銀糸のほかに茶色の糸を使って緻密で繊細な刺繍が施されている。恐らく国王陛下の御髪の色を使われているのだろう。
王族のみが身につけることが許された大振りな琥珀の首飾りと黄玉の耳飾り、髪には黄玉とアクアマリンを使った髪飾りをつけている。
第一妃の色としてアクアマリンを身につけてきているので、第一妃と重なっても問題はない。
アンリエッタはゆったりとカーテシーをする。
「ようこそ、アンリエッタ・ラシーヌ伯爵令嬢。さあ、顔を上げて」
アンリエッタはゆっくりと顔を上げた。
「御招きありがとうございます、第一妃様」
顔には淑女の微笑みを浮かべて挨拶をした。
第一妃はゆったりと微笑む。
アンリエッタの一挙手一投足を観察していたようだ。
値踏みもあったのだろう。
「招待に応じてくれてありがとう」
「御招待いただき光栄でございます」
「ふふ、さあ座って」
「失礼致します」
第一妃が着席するのを待ってから着席する。
お茶とお菓子が饗される。
「今日はわたくしと貴女の二人だけ。気楽にしてくれていいのよ」
「ありがとうございます、第一妃様」
本当かどうかはわからないが、袋叩きに遭うわけではないようだ。
勧められるままにお茶を飲み、お菓子を摘まんだ。
さすがに第一妃のお茶会で出されるだけあってお茶もお菓子もどちらも文句なく美味しかった。
緊張していても味はわかる。むしろ緊張で味がわからなくなっていては貴族は務まらない。味の感想を言わなければならないからだ。
「とても美味しいですわ」
「そう」
第一妃は微笑みを浮かべている。
お茶など外国のものだ。
さすが港を有する"南"の公爵家出身だ。
「こちらのお茶はアリメントのものですよね? さすが第一妃様でございますね。すっきりした味がこちらの濃厚なチーズを使ったお菓子とよく合います。そういえばあの国はチーズも特産でしたわね。もしかしてお菓子に使われているチーズもあちらの国のものなのでしょうか?」
軽く目を見開いた第一妃はすぐにそれを笑みに塗り替えた。
「ええ、その通りよ。その国のお茶を飲むのなら、お菓子の材料にもその国のものを使うのがいいでしょう?」
「ええ、その通りでございますね」
「ふふ、それにしてもよく気づいたわね」
これは試されたのか?
それとも意地悪だったのか?
どちらもあり得るし、どちらでもあるのかもしれない。
どちらの意図でもない可能性はかなり低い。
「恐れ入ります。勉強の成果が出てほっとしております。嫁いだ後に役に立つことでしょう。貴重な経験をさせていただきありがとうございます」
「よく勉強していること。貴重な経験をさせてあげられたこと、嬉しく思います」
「ありがとうございます」
「さあ、もっとお上がりなさいな。それが貴女の役に立つ日が来るでしょう。それだけでも今日のお茶会を開いた意義があるわ」
「勿体ない御言葉をありがとうございます。いただきます」
アンリエッタは第一妃に頭を下げた。
船で運ばれてくるアリメントのものなど、滅多に口にできるものではない。
ましてや第一妃のお茶会で饗されるような高級品など。
王族とのお茶会も含め、本当に貴重な経験だ。
今だけは、それをもたらしてくれた第一妃に感謝した。
本題までたどり着けませんでした。
お茶会、次回も続きます。
読んでいただき、ありがとうございました。




