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第一王子殿下の恋人の盾にされました。  作者: 燈華


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13.弟王子殿下方にお声がけいただきました

先日、"東"の侯爵令嬢に婚約者からもらったリボンを寄越せと要求された。


そのうち誰かがリボンを盗もうとするか寄越せと言ってくるのではないかとは思っていた。

第一王子の前で婚約者からもらったものだと言ってしまったからだ。


同じリボンでなくとも、毎日青いリボンをつけていれば、婚約者からもらったものだと推測するだろう。

アンリエッタを攻撃したいのなら、そのリボンを狙わない手はない。


大切なリボンがボロボロにされたらアンリエッタも傷つく。目の前で()(すべ)もなくボロボロにされたら悔しく悲しくなっただろう。


たとえ他地域であろうと侯爵家以上の者に逆らうのは難しい。


その時はミシュリーヌが一緒にいて撃退してくれた。

ミシュリーヌだけではない。そこをたまたま通りかかった"南"の侯爵令嬢たちが加勢してくれた。


アンリエッタのリボンを要求した"東"の侯爵令嬢は、

婚約者にリボン一つもらえない可哀想な令嬢だの、

そもそも婚約者がいないだの、

侯爵家の財政が傾いているのではないかだの、

そもそも侯爵家の教育方針が、身分を笠に着て欲しいものは奪い取ってでも手に入れろなのではないかだの、

散々(さんざん)に言われていた。


彼女は屈辱そうに顔を歪めていた。

あまりそのように悪口を言われたことがないのだろう。

とはいえ、同情はない。

これ以上リボンを狙う者が現れないことを願うだけだ。

その点で言えば、今回のことはいい牽制になっただろう。




最近は"西"の者だけではなく"南"の者が庇ってくれることが増えた。

どうやら情勢が変わってきているようだ。

そういえば、先日は"北"の令嬢が庇ってくれた。

今まで散々口撃されたのに、と思ったが、最近は何も言われていないことに気づく。

気づけばアンリエッタに絡んでくるのは"東"の者ばかりだ。

お陰で少しだけ周りが平穏になった。




情勢が変わってきたからだろうか、思いがけない人物から声をかけられた。




「お前がアンリエッタ・ラシーヌ伯爵令嬢か?」


問いかけた人物を見てさっとカーテシーをする。

一緒にいたロジェも頭を下げた。


「はい、そうでございます」


顔を上げずに答える。


「ああ、顔を上げるといい」


そう言われてゆっくりと顔を上げる。

少し癖のある銀髪に琥珀色の瞳の端正な顔の青年がアンリエッタを観察するように見ていた。第二王子のエミール殿下だ。

後ろには側近も控えている。

第二王子は寛容な微笑()みを浮かべる。


「ラシーヌ伯爵令嬢には兄上が迷惑をかけているな。何かあれば俺に言うといい」


言葉だけ聞くとアンリエッタを思いやっているようだ。

だがその目は、"本当に言ってくるんじゃないぞ?"と言っていた。

周りにはそれなりに人がおり、ざわざわと(ささや)き合っている。


アンリエッタは内心で溜め息をついた。


第二王子は"兄王子に迷惑をかけられている令嬢を気遣う自分"を演出したいのだ。

アンリエッタに求められていることは一つだけ。


「御心遣いに感謝します」


殊勝に頭を下げるだけだ。


「ああ。ではな。あまり話していると良からぬ噂をする者がいるからな」

「御配慮をありがとうございます」


足音が離れていく。

その足音が雑音に紛れた頃にようやく頭を上げた。

隣を見るとロジェも頭を上げ、まるで第二王子の背中を追うかのように遠くを見ている。


「ロジェ?」

「ああ、いや」


ロジェがアンリエッタを見る。


「まさかエミール殿下からお声がけされるとはな」


ロジェはずっと頭を下げていたから第二王子の()を見てはいない。きっと言葉通りに受け取ったのだろう。


「そうね。思いやりのある方だったわね」


こういうふうに言うのがアンリエッタに求められた役割だろう。


「アン、」


ロジェは何か言いかけ、周りを見て嘆息(たんそく)した。


「そうだな。行くか」

「ええ」


次の授業は一緒なので、そのまま教室へ向かった。



*



それから二日ほど経って。


「貴女がアンリエッタ・ラシーヌ伯爵令嬢だね?」


問いかけた人物を見てさっとカーテシーをする。

一緒にいたロジェも頭を下げた。


「はい、そうでございます」


顔を上げずに答える。


「ああ、顔上げて。隣の君も」


そうやって一緒にいる者にも配慮して声をかけてくださったのはこの方が初めてだ。


ロジェとともにゆっくりと顔を上げる。

蜂蜜のような黄金色の柔らかそうな髪に琥珀色の瞳の優しい面立ちの青年がアンリエッタを(いたわ)るように見ている。第三王子のリシャール殿下だ。

後ろには側近である淡い金髪に深緑色の瞳の青年ーージルベール・フリュイ侯爵令息の姿もある。


第三王子がお声がけくださったのが何かの演出ではないのは、人気(ひとけ)のない廊下の端で声をかけてくださったことからもわかる。

第三王子は申し訳なさそうな顔をする。


「兄たちがごめんね」


第三王子は第一王子のことだけではなく第二王子のことも含めた。

第二王子が先日、アンリエッタにお声がけされたことを知っているのだろう。

第二王子が何を意図してアンリエッタに声をかけたのかもわかっているようだ。

アンリエッタは唇の端を持ち上げて微笑む。


「いいえ。殿下の責任ではありませんので」


ここで迷惑なんてかけられていない、とは決して言うことはしない。

そう言ってしまえば、アンリエッタが容認していると宣言するのと同義だ。


第二王子の件はああするしかなかった。

演出に使われたのは(はなは)だ不本意だがそれを表に出すわけにもいかなかった。


あの件はアンリエッタにとっては良くも悪くも作用した。


良い作用のほうは、第一王子の件は第二王子も憂慮(ゆうりょ)している、ということが示されたことだ。

少なくとも表面上は第二王子はアンリエッタの味方ーーとまではいかなくとも何かあった時は力になってくれるということが示されたのだ。


悪い作用は当然の如く、アンリエッタは第二王子にまで(こび)を売っていると言われたことだ。

あれを見て何故そうなるのかと言いたいところだが、向こうからしたらアンリエッタを(おとし)められるなら何でもいいのだろう。


第三王子の視線がロジェに向く。


「ロジェ・ボワ辺境伯令息? 君にも迷惑をかけているね」

「殿下の責任ではありませんので」


ロジェも迷惑をかけられていることを否定はしなかった。

アンリエッタの知らないところでもきっと何かしらの嫌がらせじみたことをされているのだろう。


「アンのせいでもない」


小声でロジェに言われる。

それにアンリエッタは何も言わない。

巻き込んだのはアンリエッタだ。責任がないとは言えない。

だがここで言うことではない。今は第三王子の御前だ。


第三王子は微笑みを(たた)えてアンリエッタたちを見ていた。今のも聞こえていたのかもしれない。

その後ろに控えているフリュイ侯爵令息の姿も目に入る。

フリュイ侯爵令息は、あなたも大変ですね、という目でアンリエッタを見ていた。

それには曖昧に微笑(わら)っておく。


それから第三王子に視線を戻し、わずかに目を伏せた。

ほんの少しだけ、わずかに第三王子の(まと)う空気が(やわ)らいだ。


もしかしてーー?


第三王子がにっこりと微笑む。


「何かあったら相談して。社交辞令じゃないよ。兄たちが迷惑をかけている分きちんと力になるから」


誠実そのものの()で言われる。


「ありがとうございます」


丁寧に頭を下げる。


「ボワ辺境伯令息もね」

「ありがとうございます」


ロジェも丁寧に頭を下げていた。


「ウエスト公爵令嬢が思慮深い令嬢で本当によかった」


フリュイ侯爵令息も第三王子の後ろで深く頷いている。


「はい。姫様のお陰でわたくしは友人たちと疎遠にならずに済みました」


本当に。

シュエット様が"アンリエッタはクロード殿下に言い寄られて困っている被害者だ"と公言してくださらなかったら、離れていった友人もいたことだろう。

今のように多少の嫌がらせをされても学院に通うことも難しくなっていたかもしれない。

卒業できないと結婚できないので、たとえ針の(むしろ)のようでも通わないという選択肢は取れないのだけど。

そうなっていたら顔を上げてはいられなかっただろう。


「それは……ウエスト公爵令嬢がきちんと宣言してくれてよかったよ。そうでなければどうなっていたことか。クロード兄上も本当に御自分が何をしているのか、少しは自覚してほしいよ」


第三王子が考えていたことと少し違ったようだ。

少し考えて思い至る。

第三王子はシュエット様がエスト公爵令嬢と同じような対応をするのではないかと懸念されていたのだろう。


そっと目を伏せ感謝を示す。

第三王子はわずかに目を見開いた後に微笑した。

アンリエッタの意図は伝わったらしい。


「さて時間を取らせたね。僕たちはもう行くよ」

「気にかけてくださり、ありがとうございました」


丁寧に頭を下げる。

隣でロジェも同じように丁寧に頭を下げていた。


「当然のことだよ。それじゃあね」


足音が遠ざかっていく。

その音がだいぶ小さくなってから顔を上げた。

そのまま完全に姿が見えなくなるまで見送る。


二人の姿が完全に見えなくなってから、すっとロジェに身を寄せた。

扇を広げ、口許を隠してぎりぎりロジェにだけ聞こえるように言う。


「試された?」


ロジェが視線だけをアンリエッタに向けて、かもな、と唇の動きだけでそう告げてきた。


となるとーー。

アンリエッタは助けるに(あたい)すると判断されたのだろうか?

どこかの判断を誤れば手を差し伸べる必要はないと切り捨てられたかもしれない?

第三王子は一体何を試していたのだろう?

試して何を……

不意にぽんぽんと頭を撫でられる。


「え、何?」

「そんなに深刻に考えるな。アンがこの状況をどう考えているかを確認したかっただけだろう」

「わたくしがこの状況を楽しんでいるとでも?」

「その可能性もあっただろう? リシャール殿下はアンのことを知らなかったんだからな」

「ええ、そうね」


この状況を楽しんでいるとしたら、手を差し伸べるのはかえって余計なお世話だ。

本当にそれを知りたかっただけかもしれない。


特に(やま)しいことはないのでそう考えておくことにする。

それでアンリエッタに不都合はない。

ぱちんと扇を閉じる。


「行きましょう」


このあと、昼食は兄と弟、ミシュリーヌと五人で東屋(あずまや)で取ろうという話になっていて、前の時間に授業がないアンリエッタとロジェが課題をやりがてら場所取りすることになっていた。

あとで家から届けられるお弁当を持って三人が合流することになっている。

早く行かないといくつかある東屋がすべて埋まってしまうかもしれない。


歩き出そうとしたアンリエッタの腕を掴み、ロジェが真剣な表情で言う。


「アン、何かあったらすぐに言えよ? いや、不穏なものを感じたらすぐに言え」


急にそんなことを言われて戸惑ったが、アンリエッタは頷かなかった。

これ以上迷惑はかけられない。

アンリエッタが巻き込んだからロジェは嫌がらせや中傷を受けている。

本来なら、そんなものを受ける必要はないのに、だ。


「俺に遠慮なんてするな。お前に何かあったほうが後悔する」


その言い方はずるい。

そう言われてしまえば頷かないほうが悪く思えてしまう。

それでも頷けるはずがない。

これ以上積極的に巻き込むのは駄目だ。


アンリエッタが頷かないからかロジェはさらに言葉を重ねてきた。


「それに、アンに何かあったらあいつが暴走する。国の安寧のためにもなお前を守る必要がある。国を守るのは辺境伯家の役目だ。俺にその役目を果たさせてくれ」


茶化す口調なのはわざとなのだろう。

それがわかっていても言い方に思わず笑ってしまう。


アンリエッタの負けだ。


どうせアンリエッタが言わなくても周囲が、特にルイが積極的に言ってしまうだろう。

それなら、アンリエッタの口から言うのが誠意だろう。


「わかったわ。きちんとロジェに言うわね」

「ああ。約束だからな」

「ええ、約束するわ」


ようやくロジェの顔に笑みが戻り、手が離される。


「ほら、行こう。みんな埋まってしまうぞ」

「引き留めたのはロジェでしょう」

「そりゃ、素直に頼らないアンが悪い」

「何よ、それは」


軽口を叩き合いながら歩き出した。


読んでいただき、ありがとうございました。

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