幕間 男たちの密談
ある屋敷の一室に当主の四人の息子が集まっていた。
次代の王位継承順位を決める八家のうちの一家だ。
この八家が次代の王位継承順位を決めていることは他の貴族には秘されている。王家でさえ、国王が退位してから王籍に残っている兄弟含め初めて知らされる徹底ぶりだ。
今日は次代の王位継承順位を決める定例会議だったのだ。
そのために普段は領地にいる長兄と次兄が王都に来ていた。
次代の王位継承順位を決めるのは当主ではなく、その子息ーーつまりは実際にその王に仕える者たち、ということだ。言い換えるなら、自分たちが仕えるに値する者を自分たちで決めるということ。
それは当主の息子だけではない。その投票権は八家の名を名乗る子息全員にある。
当主及びその兄弟の男子で、八家の名を名乗っている者全てに王位継承順位を決める権利と義務があった。
開国以来の決まりごとであり、国王ですら不可侵である。
女子には権利がないのも開国以来の決まりであり、理由は定かではない。一説によると妃になる可能性があるため、と言われている。
判断材料となる情報は会議での開示が義務づけられており、かつその開示された情報は外に漏らさない守秘義務を負う。違反すれば何らかの罰を受けることになる。
そのためアンリエッタと第一王子の一件は会議で速やかに情報開示がなされた。
そして、それはたとえ身内でも話すことは叶わず、外に漏れないはずだ。
苦い顔をした者もいたが、それは身内がその件で画策しているからだろう。
「まさか、こんな形で動くとはな」
苦々しい顔で言ったのは長兄だ。
それに心の中で頷く。
三人の王子には平等に王太子の勉強が課せられ、仕事も割り振られている。
そこで能力を見て篩にかけられるはずだった。
しかし三人の王子は誰も突出してはおらず、誰もがそこまでの落ち度はなかったのだ。
判断材料が乏しく決め手に欠けていたため、どうすれば、と誰もが頭を悩ませていた。
それがまさかこんな形で動くとは誰もが思っていなかった。
いっそ何か仕掛けてみるか、という過激な意見も出ていたくらいだ。
今はこの先それぞれがどう動くかを注視している状況だ。
今日の会議を踏まえ意見交換をするためにこの部屋は人払いがなされている。
「俺は第一王子が王位に相応しいとは思えない」
口火を切った。
どうにも我慢がならなかった。
今日の会議を踏まえ意見交換をするためにこの部屋は人払いがなされている。
だからこそ自由に意見が言える。
「感情的に判断するな」
長兄に窘められる。
「感情的じゃない。勝手に巻き込んでおきながら、彼女を守ろうとする手立てを講じない者が国を守れるとは思えない」
「本当に守ろうとはしていないのか?」
長兄の問いに苦い思いで答える。
「……側近が裏でいろいろやってはいるようだけどな」
足りているかと言えば足りていないと断言できる。
足りていればアンリエッタはエスト公爵令嬢に扇で叩かれそうになったりはしないはずだ。
セヴラン王弟殿下が止めてくださったから事なきを得たが、そうでなければどうなっていたことか。
思い出しただけで身震いがくる。
つられて震えていたアンリエッタを思い出す。
気丈に振る舞ってはいたが、どれほどの恐怖だったか。
ぎゅっと拳を握った。
実際に見たのは自分だけだ。弟も学院に通っているが、話に聞いただけだ。
強く握られる拳を兄弟たちは見たが、誰もそのことには触れない。
「その側近が優秀であればいいのだがな」
長兄の言葉に無言を通した。
優秀な側近を持てるか、その側近をうまく使えるかも判断材料なのだ。
側近が主のために考えて動くこともまた主の評価に繋がる。あくまでも暴走していないことが前提だが。
「さてさて一番の側近は何かやらかしたようで今学院には来ておりませんが、他の側近はそれなりに奮闘しているようですよ。何よりきちんと第一王子殿下を諌めてますし」
それは本当に最低限のことだと思うが、それすらもヴァーグ侯爵令息はしていなかったからな。
「他の殿下方の側近はどうだ?」
「情勢を見るための情報収集をしているようですね」
「さすがに恋に溺れた愚かな第一王子っつう表層的な面をそのまま信じはしねぇか」
表層的、というかその通りにしか見えないが。
自分の恋人のためにアンリエッタを利用した。
「きちんと真偽を確かめる、さらにその裏まで見極めようとするなら評価に値するな」
それには無言で頷いて肯定する。
「どこまで探り出せるかで側近たちの能力がどれくらいかも判断できますね」
「側近を動かしているのか、自主的に動いているのか、それによっても変わってくるがどうなんだ?」
側近をうまく使っているのか、側近が主のために動いているのか。
どちらにせよ、側近が上げた情報をどう判断し、どう使うのかが問われる。
「それは、もう少し探ってみませんとわかりません」
「ならそちらはまだ様子見だな」
「はい」
次兄が楽しそうに笑う。
「さてさて第一王子はどこまで隠せっかな?」
「本当に大切なら隠しきるでしょう」
「まあ、そうじゃねぇとアンの犠牲も無駄になるし、まあ頑張ってもらいたいね」
「犠牲、か」
思わずぽろりとこぼした。
「まあ、躊躇いもなく誰かを犠牲にできるっつうのも資質だぜ?」
「資質か」
「上に立つなら必要な資質だぜ?」
重要な意志決定の時に犠牲が出るからと躊躇する者は国の頂点に据えるわけにはいかない。
どんな決断でも犠牲というのは必ず出るものなのだ。
決断が遅れればそれだけ犠牲も増えることになる。
それは認める。
次兄の意見を長兄が肯定する。
「そうだな。何を犠牲にしても大切なものを守れるというのは国王としての資質がある、という意見もある」
「人を切り捨てることができるというのも、評価されるところだな。上に立てば非情な決断をしなければなんねえ時もあんからな」
長兄と次兄の意見も一理あり歯噛みしていたが弟は別の意見のようだ。
「人を切り捨てることができるというのは評価に値するかもしれませんが、切り捨てるべき人間を的確に選択できるか、というのはまた別のことです。第一王子にそれができるかは疑問を呈したいですね」
「そりゃそうだな」
次兄があっさりと弟の意見を肯定する。
「そちらはまだ結論が出ないだろう。様子見だな」
「今すぐ切り捨てれば、時機も見れねえ愚か者で即座に結論が出るんだかな」
それは、いずれ切り捨てるということなのか。
第一王子が切り捨てるとなると、今の段階ではアンリエッタとしか考えられない。
利用するだけして最後は切り捨てる。
それには我慢がならなかった。
「無理矢理巻き込んでおきながら、使うだけ使って切り捨てるならそれは為政者とは言わねえ。ただの悪党だ」
「それも一理あるが、お前のそれは随分とアンに肩入れした感情的なもんだぞ?」
「わかっている」
わかってはいるのだ。
だが第一王子は卑怯だと思う。
そうでなければ考えが足りないのだ。
自分が犠牲にした者を大切に思っている者がいることに思い至っていない。
切り捨てる時にそのことを一々考えていては身動きが取れなくなる。
下手したら足を掬われかねない。
それはわかっている。
だが、知っていて切り捨てるのと、想像もせずに切り捨てるのでは、やはりその後の対処が変わってくると思うのだ。
ふっと息をつく。
感情的になっている。
軽く頭を振った。
「まあ、お前はそのままでいい」
「今は身内の話し合いだかんな」
「兄上の感情的な意見も意外と重要ですよ」
「おい」
弟の言葉に声を上げると兄たちが笑い声を上げる。
どうせここで話しているのは公式ではない。
あくまでも身内の中での意見交換だ。
甘えている自覚はある。
だがここで吐き出しておかないと、公的な会議で感情的な意見を言ってしまいそうだ。
それはさすがに不甲斐ない。
兄弟相手に吐き出しておけば、呆れることなく冷静な意見を言ってもらえる。
兄弟故に感情的に反発してしまうことだってあるが、素直に有り難いとは思っている。
「表立ってアンのことを守っているのは兄上なので。そこからしか見えないこともありますよ」
「そうそう。素直に受け取っとけ」
「近くにいないと見えないこともある。その視点が加わることでまた違うことも見えてくる」
「そうだぜ。こういうことは多角的に見ねえとな。お前の立場は意外と貴重なんだぜ」
「それは、そうだな」
確かにそうだ。
この件を近くで見ている者は他にいない。
その視点で情報収集できる者は他にいないのだ。
第一王子たちの動向をアンリエッタから教えてもらえる立場というのも貴重だった。
「兄上は情が厚いですからね。その視点も大切なものなんですよ」
弟の言葉に兄たちが頷く。
それに気恥ずかしくなってくる。
「それに、第一王子がアンを切り捨てると決まったわけじゃない」
「そうだぞ。お前は先走りし過ぎだ。利用しただけで終わるんかもしれねぇぞ?」
「そうですよ。切り捨てるだけが最善ではありません」
兄弟たちの言い様に思わず渋面になる。
言われてみればその通りで、今のところ第一王子にアンリエッタを切り捨てる理由も利点もない。周りの目を誤魔化すなら切り捨てる意味は全くない。
さすがに感情的になり過ぎて考えが極端に走っていた。
「……悪い」
小声で謝ると兄弟たちは笑った。
「気にするな。それだけアンを大切に思っているとわかっている」
「そうだぜ。ここにいんのは身内だけだ。好きに吐き出したって構わねぇんだぜ?」
「そうですよ。いざとなれば兄上がとても冷静になるとはわかっているので」
「……ありがとう」
兄弟の顔に温かい笑みが浮かぶ。
空気が少し緩む。
次兄がソファの背もたれにだらしなく寄りかかり腕を投げ出した。
「しかし、アンのうっかりも困ったもんだが、人選としては最良だったかもしんねぇな。第一王子の引きの強さか?」
国を治めるのに運の強さというのも案外馬鹿にならない。
「あそこは兄弟の絆が強いですし、姉馬鹿もいますしね。婚約者も絶対にアンの手を離したりはしませんし。うちとの繋がりもあります。他の御令嬢ではああはいかないでしょう」
「とっくに潰れてんだろうよ」
その通りだが思わず顔をしかめてしまう。
「アンも意外と動けるしな」
「最低限、自衛できるようにしてありますしね」
「親父たちのせいだろ。親父も叔父たちもアンに構いすぎだ」
「いえいえ。社交界では父上たちのやり方は通用しないことが多いので、母上と叔母上方ですよ」
「自分たちの手では守れなくなるから、せめて自衛の手段を与えておきたかったのだろう」
それでも、最低限だ。
アンリエッタが荒事に慣れていない令嬢であることには変わりない。
暴力を前にすれば怯える普通の令嬢だ。
そんな相手を巻き込んでくれるなよと思う。
話が横にそれ、空気が緩む。
これ以上は出てこないだろうから仕方ない。
第一王子のことばかりだったのは、第二王子、第三王子があまり動いていないからだ。
この状況が続けば動いてくるだろう。あるいは、動かないという選択を取るかもしれない。
それでも、と長兄が一応話を戻した。
「今後のそれぞれの殿下方の行動によっては一気に王位継承順位が決まるな」
長兄の言葉に三人で頷く。
「そろそろ決まっていいくらだからな。今回のことはちょうどよかったんじゃねぇか?」
犠牲になっているのがアンリエッタでなければ同意できるのだが。
「こればかりは同意します。そろそろいい加減動きがほしかったので」
いつまでも膠着状態で王太子も決まらないというのは支障が出る。
「とはいえ、これからどう転がるかはわからないけどな」
どう転がるにせよ、アンリエッタを傷つけてくれるなよと思う。
もし傷つけたらその時はーー
そこまで考えてはっとする。
これだけは言っておかなければならない。
「アンに何かあったら、俺はあいつを止めないからな」
それに兄弟三人はにっこりと笑う。
「国の防衛は僕らの役割だけど、婚約者に会いにくるのを止めることはないよね」
いけしゃあしゃあと長兄が言う。
「国を滅ぼしに来るわけじゃねぇ奴を止める必要はねぇわな」
何てことない口調で次兄が言う。
「婚約者に会いに来るのを止めるのは野暮ですよ。馬に蹴られる案件です」
弟までもがひょうひょうと言う。
先程までの冷静な意見交換時とは様子が違う。
それはそれとして割り切ってはいるが、兄弟全員怒っているようだ。それも、かなり。
報復されるであろう面々を脳裏に思い浮かべる。
全く同情心は浮かんでこなかった。
まあ、自業自得だな。
読んでいただき、ありがとうございました。
どこの家のことかバレバレですが、様式美ということで。
いずれきちんと出ます。




