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第一王子殿下の恋人の盾にされました。  作者: 燈華


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13/89

11.筆頭側近不在で演技が危ういようです。

アンリエッタは兄弟と馬車乗り場に向かっていた。

三人とも今日の授業は終わり、あとは帰るだけだ。

今日は第一王子に会わなくてほっとしていた。


最近、第一王子とは会うことはなく周りが少し平穏になった。

飽きられただの捨てられただの言われたが気にならない。

このまま曖昧なまま御役御免になるなら是非そうしてほしい。

そうすればアンリエッタの周りは平穏を取り戻すことができる。


このまま今日も第一王子に会うことなく帰宅できると思っていた。

だがーー。



「……アンリエッタ」



名を呼ばれてぴたりと歩みを止めた。

内心で盛大に溜め息をつきながら声のしたほうに視線を向ける。

第一王子の姿を捉えたところでカーテシーをする。

兄と弟も礼を取った。


第一王子が近づいてくる。

アンリエッタの前で立ち止まった第一王子はいつもの余裕がないようだ。

アンリエッタを見る第一王子の目は険しい。

少なくとも口説いている相手に向ける視線ではない。


アンリエッタは内心で溜め息をつく。

せめてもう少し取り繕ってほしい。

それとも御役目御免だろうか?

あり得ないだろうな、と思いながら第一王子の顔を見返す。


「……アンリエッタ」


呼ぶ声も少し低い。


「はい」

「シアンに何をした?」


アンリエッタは困惑した表情を浮かべた。


「わたくしは何もしておりませんわ。あの方とはほとんど話したこともありませんもの。何かあったのならあの方自身の問題なのではありませんか? 直接お尋ねになられたらいかがでしょうか?」

「聞けるものなら聞いている」


そういえば常に傍にいるヴァーグ侯爵令息がいない。

傍に控えているのは濡れ羽色の髪に藍色の瞳の青年ーー確かニコラ・アンクル伯爵令息だったと思う。


アンクル伯爵令息は戸惑ったようにアンリエッタと第一王子を見ている。

恐らく聞いていたのとは違うとでも思っているのだろう。

そんなアンクル伯爵令息にちらりとだけ視線を送り、アンリエッタは第一王子に小首を傾げてみせた。


「そういえば今日はヴァーグ侯爵令息様は御一緒ではありませんのね」

「……シアンはしばらく学院を休んでいる」


ようやくアンクル伯爵令息の存在を思い出したようだ。


「まあ、体調が悪いのでしょうか?」

「……いや、家の事情だと聞いている」


ヴァーグ侯爵は約束通り子息を鍛え直してくれているらしい。

もちろんそんなことはおくびにも出さない。

面倒事は御免だ。


「早く戻っていらっしゃるとよろしいですね。殿下もお寂しいでしょう」

「ああ、早く戻ってきてほしい。ああ、」


第一王子はアンクル伯爵令息に視線を向ける。


「ニコラに不満があるわけじゃない」

「ええ、わかっております。シアンはいつも御傍に(はべ)っておりましたからね。いないと落ち着かれないのでしょう」

「そうだな」


ようやく取り繕えるようになったようだ。目から険しさが消え、アンリエッタに微笑(わら)いかけてくる。


「すまない、アンリエッタ。シアンが休む前にアンと何かあったような様子だったから疑ってしまった」


アンリエッタはそつなく微笑む。


「いえ、お気になさらず。ヴァーグ侯爵令息様の御不在に心を痛めてのことですもの」

「そう言ってくれるとは、アンは優しいな」


本当に取り繕うだけの余裕を取り戻したらしい。


「婚約者のいる身ですので愛称で呼ぶのはご遠慮くださいませ」


異性を愛称で呼ぶのが許されるのは親戚か友人くらいだ。


「ええ、クロード様、婚約者のいる女性の愛称を呼ぶのはマナー違反です」


アンクル伯爵令息はきちんと第一王子を(いさ)めてくれる。

こうしてきちんと諌めてくれるのを見ると、確かにヴァーグ侯爵令息は役目を放棄していたことがわかる。

やはりアンリエッタの視界は狭まっていたようだ。

そして、それは第一王子も同じだったようで諌められて驚いたように軽く目を見開いている。


「そうだな。だが……それでも愛称で呼びたいんだ。駄目か?」

「申し訳ございません」


アンリエッタは丁寧に頭を下げる。


「そうか。だが俺は諦めないからな」

「クロード様、諦めてください」


アンクル伯爵令息が諌める。


「だがな、ニコラ、」

「駄目なものは駄目です。ラシーヌ伯爵令嬢の名誉にも関わることです」

「それを言われると弱いな」

「本当にきちんと認識してください。ラシーヌ伯爵令嬢にどれだけの迷惑がかかっているか」


アンクル伯爵令息は意外とずばずばと第一王子に言う。


「す、すまない」


思わずといった様子で第一王子が謝る。


「王族は無闇に謝ってはなりません。ですが、謝るのでしたら私ではなくラシーヌ伯爵令嬢に、です」

「そうだな。すまない、アンリエッタ。だが、俺は諦めきれない」

「クロード様! 貴方何も反省していないじゃないですか! シアンもまったく何をやっているんだ」


ぱっとアンクル伯爵令息がアンリエッタのほうを向く。


「ラシーヌ伯爵令嬢、本当に申し訳ない。主と同僚の不始末は私の責任でもある」

「いえ、アンクル伯爵令息の責任ではありませんので」


この国では家を継ぐのは男子優位だが、その他のことに関しては比較的男女に優劣の差はない。なので同格の伯爵家相手にへりくだる必要はない。

これが他国だとあからさまに男尊女卑の国もあったりするようだ。

例えば北で国境を接している某国とか。


「いや、止められなかった責任がある。何かあれば私に言ってくれれば対処……いやそれだと余計に何か言われるか」

「お気持ちだけ有り難く受け取っておきます。姫様が何かあった時は力になってくださるとおっしゃってくださっているので大丈夫ですわ。お心遣いありがとうございます」

「それなら安心だな。そういえば、"西"の姫様はラシーヌ伯爵令嬢に非はないと公言されていたか」

「ええ」


アンクル伯爵令息は第一王子のほうを見て溜め息をついた。


「クロード様、どうかされましたか?」


アンリエッタも第一王子に視線を向ける。

第一王子は少したじろいでいたようだったが、すぐに表情を整えた。


「ずるいぞ、ニコラ、お前ばかりアンリエッタと話して」

「クロード様、貴方は何を言っておられるのですか。その言動でどれだけラシーヌ伯爵令嬢に迷惑をかけているのかわかっておられるのですか?」

「……わかってはいる」


アンリエッタは内心で驚く。今の言葉は第一王子の本心のようだったから。


「わかっていらっしゃるのなら、ラシーヌ伯爵令嬢のことはそっとしておいて差し上げたらどうですか?」

「それは、無理だ。……気持ちは抑え難い」


それは、アンリエッタではなく、ベルジュ伯爵令嬢のことだろう。

アンクル伯爵令息が溜め息をつく。


「お相手に婚約者がいなくて、相愛であるならば、多少は目こぼしして差し上げてもいいのですけどね」


アンリエッタには全く当てはまらない。


「わたくしより、殿下を大切にして殿下が大切にできる方が現れるのを祈っておりますわ」

「俺は、それが……アンリエッタならいいのだが」


恐らく少し間が空いたところにはベルジュ伯爵令嬢の名を言ったのだろう。


「クロード様! ラシーヌ伯爵令嬢の言う通りですよ。いずれ御婚約者も決まるでしょうからその方とそういう絆を育ててください」

「…………わかっている」


さすがにその覚悟はあるのだろう。


「未来の御婚約者のためにもラシーヌ伯爵令嬢のことはさっさと諦めてください。本当に迷惑をかけていますよ」

「それは、無理だ」


アンクル伯爵令息は溜め息をつく。


「クロード様は本当にしっかりと迷惑をかけていることを自覚して、きっぱりと諦めてください」


すぐに諌められるので第一王子はやりにくそうだ。


「……そうだな。今日は諦めるとしよう。これから帰るのであろう?気をつけて帰るといい」

「ありがとうございます」


アンリエッタは頭を下げる。


「ニコラ、行くぞ」

「はい」


第一王子はアンクル伯爵令息を連れて去っていく。


その背がだいぶ遠くなってから、アンリエッタは顔を上げた。

第一王子から声がかからずずっと頭を下げていた兄と弟も体勢をもとに戻した。


「さて、帰ろう」


兄の言葉を合図に三人で馬車乗り場に向かって再び歩き出す。

ふと視界の隅に何かが引っかかった。

そっと視線を向ける。


ベルジュ伯爵令嬢を見つけた。


彼女は一人で、第一王子の去っていったほうを見つめていた。

遠目でその表情まではわからない。

不意にその視線がアンリエッタのほうを向く。


こちらを認識した途端、ぱっと身を翻した。

アンリエッタはその後ろ姿を見送ることなく視線を戻す。


「姉上、どうかした?」

「いいえ、何でもないわ」

「そう」

「ほら早く帰ろう」


ベルジュ伯爵令嬢に気を取られて歩みが遅くなっていたようだ。


「はい」

「うん」


その後は誰にも遭遇せずに無事に馬車に乗り込めた。




家の馬車に乗り込み、しばらく走らせてからおもむろに兄が口を開く。


「あの様子だとベルジュ伯爵令嬢にも会えてなさそうだな。その苛立ちもあってアンに当たったのだろう」

「どうやらベルジュ伯爵令嬢のことを知っているのはヴァーグ侯爵令息だけのようだね」


ルイの言葉にアンリエッタも頷く。


「秘密を知っている者は少ないほうがいいでしょうからね」


秘密を知っている人数が増えるほど露呈する可能性も高くなっていく。


「そうだな」

「でも、姉上に当たるなんて! ヴァーグ侯爵令息の謹慎は彼のしでかしのせいなのに。姉上は被害者だよ」

「殿下は知らないのだもの、仕方ないわ。ベルジュ伯爵令嬢とのことを知っているのもわたくしたちだけ」

「つまりはアンに甘えているということだな」


その言葉に思わず眉を寄せてしまう。


勘弁してほしい。


それが正直なところだ。そこまで親しくなりたいわけではない。むしろ関わりたくない。

気持ちを察してくれた兄がぽんぽんとアンリエッタの頭を撫でて話題をずらした。


「それにしてもアンクル伯爵令息はすごかったな」


アンリエッタも思わず頷く。

まさかあんなにずばずばと言うとは思わなかった。


「つくづくヴァーグ侯爵令息が何もしていなかったということを実感しました」

「そうだろう」

「いっそずっとアンクル伯爵令息が傍に(はべ)っていればいいのに」


ルイは辛辣だ。

さすがにそれは無理だろう。

アンリエッタとしても、きちんと第一王子を諌めてくれるのでそのほうが有り難いが。


「それではヴァーグ侯爵令息の立場がないだろう」


兄がやんわりと窘める。


「まあ、もう一度教育やり直してくれているみたいだし? 戻ってきた時のお手並み拝見ということにしとくよ」


兄はただ苦笑するだけで、それ以上は窘めることはしなかった。


「そういえばさっきベルジュ伯爵令嬢がいたね」


ふと思い出した、というようにルイが言う。

どうやらルイも気づいたらしい。


「そうね」

「どういうつもりだろう?」

「たまたまいただけじゃないかしら?」

「だといいけど。もし、姉上を犠牲にしてのうのうとしているくせに、嫉妬して何かしてきたら許さない」


低い声でそんなことを言うルイにアンリエッタは苦笑する。

いくらなんでも、盾にしている相手に何かしてはこないだろう。


「何もしてこないと思うわ」

「姉上ははお人好しすぎるよ。あの手の人種は追い詰められると何をしでかすかわからないよ。それに"東"だし」


兄がルイの肩を持つ。


「ルイの言う通りだ。自身の姫様には逆らえないだろう。油断しては駄目だ」

「そうそう。それに姉上忘れたの? そもそも姉上がこんなことになっているのは、ベルジュ伯爵令嬢に嫉妬の目が向いて嫌がらせをされないようにするため。ベルジュ伯爵令嬢にしたら自分のところの姫様が怖いから反対しなかったんだと思うよ」


自分は裏切っているくせにねぇ。


低い声で呟いたルイに警戒心が湧く。


「ルイ、何かしては駄目よ」


ルイは瞬きしたあとにっこりと笑う。


「大丈夫だよ、姉上。()()()()()()()()()()()()()何もしないよ」


ルイは彼にいろいろと仕込まれている。

やるとなれば、悟られずに証拠も残さず報復するだろう。

ルイがアンリエッタにべったりだったのを彼にうまく利用されたのだ。

気づいた時にはもう手遅れだった。

兄も止めようとはしない。


何もないといいけれど。


アンリエッタは心の中だけで深く溜め息をついた。



*



外出着から室内着に着替えを終えてくつろいでいると家令がやってきた。


「お嬢様、お手紙が届いております」

「ありがとう。誰からかしら?」

「ご婚約者様からでございます」


家令から手紙と小さな包みを受け取る。


「これは?」

「一緒に届けられたものでございます」

「そう」


受け取った手紙は封が開けられている。


「封は開けさせていただきましたが中身は(あらた)めておりませんのでご安心くださいませ」


毎回律儀(りちぎ)に伝えてくれる。

逆に言えば、この言葉がなければ中身を検めているということだ。

大抵は中身を検められている時はその旨も伝えてはくれるのだが。


「ええ」

「それでは失礼致します」


丁寧に礼をして家令は部屋を出ていった。

アンリエッタは封筒から便箋を取り出した。

畳まれていたのを開き、目を通す。

次第にその顔が強張っていく。


「お嬢様?」


マリーに答える余裕はなく呟く。


「また、なの……」


マリーはその一言で察したようだ。視線に同情が混じる。

噂を聞いたのか、調べたのか、今度はヴァーグ侯爵令息についての問い合わせだ。……さすがに婚約破棄された場合に婚約の申し込みがされているとは、家族の誰も()らしてはいないはずだ。


「愛されておいでですね、お嬢様」


想われているから、他の男との噂は心穏やかではいられない、というのはわかる。そう簡単には会えない今の状況では尚更だろう。

だけどーー


「愛しているなら、信じてほしい」


返事を書くのが気が重い。

納得してくれるまでまたどれくらいかかるのだろう?

思わず溜め息が漏れる。


「何を贈ってくださったのでしょうか?」


アンリエッタの気を取り成すようにマリーが訊く。


「そうね。何かしら?」


マリーに手紙を預けて包みを開いた。

視界に飛び込んできたのは鮮やかな青。

取り出してみると、それは縁に繊細なレースのついた鮮やかな青いリボンだった。


「まあ、素敵なリボンですね。お嬢様によくお似合いになられそうです」

「そうね。それに、彼の瞳の色だわ」


アンリエッタの婚約者の瞳の色は吸い込まれそうな深い青色だ。

アンリエッタを見る彼の瞳はいつだってきらきらと輝いていて、まるで本物の宝石のようだ。

彼の瞳を思い出しながら律儀につけられていたメッセージカードに目を通す。



『店先で目に止まり、思わず手に取ってしまった。

 君が気に入ってくれたら嬉しい。

 君の身を飾る栄誉を与えてくれたらさらに嬉しい。』



リボンに視線を落とす。

彼の色を持った、彼が選んで贈ってくれたもの。

日常で身につけられるものを、選んで贈ってくれたのだろう。


「……マリー、明日から学院にこのリボンをして行くわ」

「かしこまりました。お嬢様、よろしければ今つけてみませんか?」

「今?」

「はい。せっかくですから」

「そう、ね。お願い」

「かしこまりました」


マリーはそっとアンリエッタの手の中から包みを取った。


「お手紙とカードのほうは机の上に置いておきますね」

「お願い」


アンリエッタは鏡台の前に移動して椅子に腰を下ろした。

手紙とカードを置いて戻ってきたマリーは結っていたアンリエッタの髪をほどき、丁寧に櫛けずった後に手早く丁寧に髪をまとめてくれた。


「このような感じでどうでしょうか?」


後ろで鏡を持ち、マリーが髪型を見せてくれる。

ハーフアップにしてうまくリボンを髪と一緒に編み込んでくれていた。

これなら編み込んであるから盗られるということもないだろう。


「ありがとう。とても素敵ね」

「恐れ入ります」


頭を左右に振って眺めているのでマリーは鏡を持ったままでいてくれる。


彼の瞳の色のリボン。

まるで彼が傍にいてくれるようだ。


アンリエッタは微笑んだ。

返事を書こう。



リボンをありがとう。

身につけているとまるで貴方に守ってもらえているようで力が湧いてきます。

と。



後日、婚約者から様々な青いリボンが贈り物として届けられた。



読んでいただき、ありがとうございました。


明日短い幕間を一つ投稿します。

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