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第一王子殿下の恋人の盾にされました。  作者: 燈華


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幕間 ヴァーグ侯爵家

「何でこうなった……」


シアンは自室で頭を抱えた。

今日、シアンがやらかしたことの謝罪に父がラシーヌ伯爵家に出向いているのだ。

侯爵家当主である父に頭を下げさせたのだ。

相当なやらかしだ。

家にまで迷惑をかけてしまった。

謝って済む話ではない。

それでも謝って行動で挽回するしかないのだが……。



*



領地から戻ってきた父には事実関係を確認する間の謹慎を言い渡された。

学院通いとクロード様の側近としての役目の時のみ外出が許可された。


そして調べる前にとシアンに手紙の内容が事実であるかを確認された。

そのために手紙を見せられ、驚く。

ラシーヌ伯爵家からの抗議は先日の一件だけではなかった。


そもそもクロード様を何故止めないのか、という至極まっとうなことが書かれていた。


アンリエッタ嬢は婚約者がいると言っているのだからクロード様を止めなければならない、ということを完全に失念していた。

演技だと知っているからこそ止めなかったのだが、(はた)から見ればシアンはクロード様の行為を容認していたことになる。


彼女の兄弟たちはずっと苦々しく思っていたに違いない。もしかしたらアンリエッタ嬢も。


本当にシアンは考えが足りなかった。

思い返してみれば、何人からか「何故クロード様を止めないんだ」と遠回しに小言をもらっていた。

そこで気づければよかったのだが、シアンはまるで気づいていなかった。


シアンの態度から父は察したようだ。


「事実なんだな?」

「はい……」


父が深い溜め息をつく。


「……わかった。下がりなさい。しばらく謹慎しているように」

「はい……。申し訳ありません。失礼します」


深く頭を下げ部屋を出た。




数日かけて父は事実確認とそれによる影響を徹底的に調べ上げた。

一つ報告が来るたびに溜め息をついていた。


それはそうだろう。

クロード様とシアンのせいで一人の令嬢が悪評まみれになり、嫌がらせまで受けているのだから。

本来なら受けるものではないのだ。

彼女には何の落ち度もなければ、本来なら無関係なことだ。


……受けるべきはベルジュ伯爵令嬢のほうだろう。


クロード様にもベルジュ伯爵令嬢にも婚約者がいないのであれば、節度を持った付き合いならいいのではないかと容認していたのが、そもそもの間違いだったのかもしれない。

大人しい令嬢だと思っていたが意外としたたかだ。


たとえ父とはいえ、ベルジュ伯爵令嬢のことは隠さねばならない。

本当は、アンリエッタ嬢の悪評を払拭するのは簡単だ。

クロード様とベルジュ伯爵令嬢のことを公表してしまえばいい。


……その場合、クロード様の評価は地に落ちるが。


もちろんそんなことはできない。

本当の事情を何一つ明かすことはできないので、父の溜め息に口をつぐむしかなかった。



*



階下で人が(せわ)しなく動いている。

父が帰ってきたのだろう。

それから程なくして使用人が呼びに来た。


「シアン坊ちゃま、旦那様がお呼びです」

「わかった……」


のろのろと立ち上がり、背を伸ばす。

項垂(うなだ)れている姿を見せるわけにはいかない。

これから対峙するのは父ではなくヴァーグ侯爵家当主なのだ。


部屋を出る。


「父上はどちらに?」

「書斎のほうでお待ちとのことです」

「わかった」


重い足を叱咤し、書斎へと向かった。




書斎の前で一つ深く息を吐き、扉を叩いた。


「シアンです。お呼びとのことで参上しました」

「入れ」

「失礼します」


中に入ると父は執務机の前に座り難しい顔をしていた。

何か問題でもあったのだろうか。

父は顔を上げてシアンを見た。厳しい表情のままだ。


「そちらに座れ」

「はい」


シアンがソファに座ると、執務机を離れ父が対面に座った。

シアンは緊張に無意識に手を握る。


「さて、今回の一件だが、」


父がシアンを見据えてゆっくりと口を開いた。

シアンは(つば)を飲み込む。


「はい」

「無事に謝罪は受け入れてもらえた。賠償金も、揉めることなくそれでいいと了承してもらえた」

「そうですか」


シアンはほっとした。

しかし父は厳しい表情のままだ。


「他地域の侯爵家相手というのもあるのだろうが、恐らく、関わりたくないと思ったのだろう」


それは、そうだろう。

恐らくクロード様とも関わりたくないと思っているのだろう。

それだけのことをしている自覚はある。


父は厳しい表情のままシアンを見据えて、問うた。


「それでもお前はアンリエッタ嬢を望むのか?」

「望みます」


即座に返す。

その手を取れるものなら取りたい。


シアンの覚悟の強さを探ろうとするかのように父はシアンを厳しく見据えたままだ。シアンも視線をそらさない。

しばらくそのまま見つめ合っていると、父がはぁと溜め息をついた。


「……アンリエッタ嬢の婚約が破棄された場合、お前との婚約を打診しておいた」

「父上!」


思わず声に喜色が(にじ)む。


「あくまでもアンリエッタ嬢の婚約が破棄された場合にだぞ?」

「はい」


その手を掴めるかもしれない可能性があるだけで嬉しい。

あれだけきっぱりと拒絶されたのだ。もう二度と手を伸ばせないと思っていたから。


そこではっとする。

父は打診と言った。


「それでラシーヌ伯爵家の返答は?」


父は何かを思い出したのか、ぐっと眉間に(しわ)を寄せる。


「……最終的には頷いた」

「最終的には……」

「随分と突っぱねられた。向こうは婚約破棄などされないから必要ない、の一点張りだった」

「婚約破棄などされない……」

「それだけ聞くと何か弱味でも握っているのかとも思うが、あの一家はそういうことはしなさそうだな」


思わずシアンもこくりと頷く。

彼女の家族のことはあまり知らないが、彼女を見ている限り、そういうことはしなさそうだ。

自身へ向けられる悪意も真っ当な方法で(さば)いている。

それに、彼女の兄ーーエドワール・ラシーヌ伯爵令息は真っ直ぐないい()でシアンを見据えていた。


「だとしたら、よほど結びつきが強固なのだろう。それと、お互いに想い合っているのかもしれん」


想い合っているーー。


ちりちりと妬心に胸が焼ける。


「まさかあんなに突っぱねられるとは思わなかった……」


相当難航したのだろう。

よく見れば父はかなり疲れているようだ。

それでもシアンのために骨を折ってくれたのだ。

無言で頭を下げる。


「まあ言質は取ったからな。きちんとした家だからこそ立会人もしっかりと手配してあった。彼が書いた書類が正式な証拠になる」


立会人の書類は立派な公文書だ。その管理は国が行い、基本的には破棄ができない。

そこまで突っぱねられていたなら向こうは今頃頭を抱えているかもしれない。


本来ならーー

格上の侯爵家との縁というものは喜ばれるものだろう。

婚約破棄されたとなれば、次の相手がいるというのは喜ばしいことだろう。


本来なら、ば。


だがシアンは元凶のクロード様の側近であるし、何よりシアン自身もやらかした。

そんなところに大事な家族を嫁がせたくはないだろう。


その気持ちはわかる。

だが現実問題、婚約が破棄あるいは解消されるのも時間の問題ではないだろうか。

それほどアンリエッタ嬢を取り巻く噂はひどい。


……婚約破棄されずともクロード様は賠償金を払うべきかもしれない。


「ですが父上、よろしいのですか?」


婚約破棄というのは不名誉なことだ。

いくら誰と誰が婚約しているかは秘されていたとしても、破談になったことは何となく伝わるものだ。

実際、この一連の件で"西"と"東"の縁組みでいくつか解消になったものがある、という噂をシアンも聞いていた。


アンリエッタ嬢にはさらに今流されている悪評も足される。

いや、万が一婚約破棄ともなれば、それもまた尾ひれがついて拡散されるのだろう。

アンリエッタ嬢を迎え入れると、それは侯爵家が背負うことになる。

いくらシアンに責任の一端があるとはいえ家としてはいいのだろうか?


「そもそもアンリエッタ嬢の悪評は全てクロード殿下が原因だろう。彼女には何の落ち度もない。ひいてはクロード殿下を止められないシアンの責任であり、我が侯爵家の責任である。万が一、それで婚約破棄にでもなればその責任は取らねばなるまい」


その通りだ。

アンリエッタ嬢には何の落ち度もないのだから。


厳しい表情をしていた父がふっとその表情を和らげた。


「で押し通した。大丈夫だ。それくらいで我が侯爵家は揺らがない」

「父上……」


侯爵家当主ではなく父親の顔で父が言う。


「お前はまだ若い。衝動のまま動いてしまうこともあるだろう」


シアンは力なく頷いた。

まさに今回の一件は衝動的に行動した結果だ。


「最初からこうするとは考えてはいなかった。アンリエッタ嬢がどんなご令嬢か見てから決めようと思ってな。いくらお前が望んでも、その不利益を引き受けてもいいと思うほどの人物ではなかったら、賠償金を多めに払って(しま)いにするつもりだった」


つまりはーー


「それでは彼女は父上のお眼鏡に(かな)ったのですね」

「そういうことだな」


微笑(わら)っている父を見てシアンはふと聞いてみたくなった。


「父上から見て彼女はどのような女性ですか?」


訊かれるとは思っていなかったのだろう。父は虚を突かれたような顔をした。


「彼女の印象か」


父は顎に手を当て宙を見た。


「そうだな、芯の強いご令嬢だな」


シアンは心の中で頷いた。


悪評を流され、嫌がらせを受けていても彼女はうつむくことなく顔を上げている。

芯が強くなければとっくに潰れている。

周囲の者に恵まれているというのもあるのだろう。

彼女は孤立無援ではない。

それでも彼女自身の強さがなければ、いくら周りが支えてもやはり堪えきれないだろう。


「それに所作が綺麗だった。相当な努力家だろう」


よく一緒にいるのが侯爵家の令嬢だからだろうか。

彼女と比べても遜色ないくらい立ち居振る舞いが綺麗なのだ。

時々はっと目を惹くくらいだ。

あれは一朝一夕で身につくものではない。相当努力したのだろう。


「もしかしたら婚約者は高位貴族なのかもしれないな。さすがに王族ではなさそうだ」


高位のものほど所作に洗練さを求められる。

あの所作の綺麗さを見ればその可能性は十分に考えられる。


また王族というのも父の言う通り考えられない。

王太子が決まるまで王子方の婚約者は決められないのが通例だ。例外は、王位継承順位が決まった場合ーーつまり、立太子されない場合だ。

今国外に出ている王族もいない。アンリエッタ嬢の"婚約者は今この国にはいない"という言葉を信じれば、だが。


「少し接しただけだからな。だが愛情に包まれて育ったいいご令嬢だということは伝わってきた。悪評を流されていいご令嬢ではない」

「はい……」

「"東"の公爵令嬢の不評を買ったのもクロード殿下が原因だろう」

「……はい」


アンリエッタ嬢からしたらお門違いの嫉妬を向けられて困っているだろう。


「彼女の安全は必ず確保しろ」

「それは、必ず」


それだけは必ず。彼女は無理矢理巻き込まれただけなのだから。


「秘密裏にだぞ? 表立てば特別扱いだのやはり(たぶら)かしているだのまた散々言われるからな」

「ええ、わかっています。これ以上言わせるわけにはいきません」

「それと、」


父がシアンを見据える。


「お前との婚約はあくまでも婚約破棄された場合、だからな。態度には出すなよ。アンリエッタ嬢には今まで通りに接するんだ。いいな?」

「わかっています」


今度こそ失敗するわけにはいかない。

これ以上彼女の悪評にシアンが加担するわけにはいかない。


「万が一このことが外に漏れたら、お前の妻になってクロード様の愛人になるつもりだ、と言われかねない」


それは確実に言われるだろう。

彼女は欠片も望んでいないに違いない。

そんなふうに噂させるわけにはいかない。


再び父が厳しい顔に戻る。


「しばらく学院を休め。その間に鍛え直す。クロード殿下にも他の家にも一時側近を外れることは伝えてある」


他の家というのはクロード様の他の側近の家、ということだ。当然クロード様には他にも何人か側近がいる。シアンが筆頭であっただけに過ぎない。


「はい。ご迷惑をおかけします」

「ラシーヌ家にも約束したからな。厳しく鍛え直す。弱音を吐くことは許さない」

「はい。よろしくお願いします」


深く頭を下げる。

これ以上失望されたくない。父にもーーアンリエッタ嬢にも。




不安があるとしたら一つだけ。

シアンがいない間にクロード様が彼女に迷惑をかけないといいが。



読んでいただき、ありがとうございました。

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