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第一王子殿下の恋人の盾にされました。  作者: 燈華


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幕間 シアン・ヴァーグ

今回は、シアンから見た今までの話です。

アンリエッタ・ラシーヌ伯爵令嬢のことは、クロード様の一件より前に話したことはなかったが知ってはいた。


クロード様がベルジュ伯爵令嬢と逢瀬(おうせ)を重ねている図書館で見張りをしている時に何度かすれ違った。

彼女が友人と、クロード様たちがいつも使われる部屋の隣の部屋を使っていたことも知っていた。

だが関わり合うようなことがあるとは思っていなかった。


凛と背筋を伸ばして歩く姿からしっかり者だと思っていた。

だから、あんなふうにうっかり使用中の札を見落として、隣の部屋に入っていくとは思わなかった。

だから反応が遅れて止め損ねてしまった。


シアンがあそこできちんと止めていれば、彼女はこんな理不尽な目に遭うことはなかったのだ。

苦い後悔は今も変わらず胸にある。


その後のクロード様との交渉も王族相手に一歩も退かなかった。

その時の凛とした姿は最初の印象そのもの。

たぶん、見惚れていたのだと思う。

自分では口を挟む時機を図っていただけのつもりだったが。


了承をしないーー当たり前だーーアンリエッタ嬢に痺れを切らしたクロード様は、切ってはならないカードを切ってしまった。

公爵家の忠誠を疑わせるなど、その地域の貴族から爪弾きにされても文句は言えない。


幸いにして"西"の公爵家はラシーヌ家を庇った。公明正大な家なのだろう。

アンリエッタ嬢の機転も素晴らしかったのもあるのだろう。

シアンも仕出かした主の代わりに書簡を送った。

何の(とが)もないアンリエッタ嬢とラシーヌ伯爵家を処罰させるわけにはいかなかった。

それも側近の役目だと心得ていた。


"西"の公爵家が賢明だから助かったようなもので、一歩間違えれば、伯爵家が一つ消え、伯爵家の者たちを他国へと亡命させなければならないところだった。

公爵家の忠誠を疑わせるのは、それほどの大罪なのだ。


そのことをクロード様はわかっていらっしゃらなかった。

くどいくらい説明したが、やはりわかっておられないようなのが頭が痛い。

本当に。

教育係は何をやっていたのか。

いや、これはシアンたち側近にも責任があるか。

もう一度しっかりと言っておかなければならない。


だがクロード様の目論見はうまくいった。

嫉妬の目はアンリエッタ嬢に向かい、誰もベルジュ伯爵令嬢のことには気づかない。

アンリエッタ嬢を犠牲にして、彼女はぬくぬくと平穏な学院生活を送っている。

それに思うところがないわけではない。

アンリエッタ嬢の貸しの取り立てにごねたら手を貸そうと思う程度には。




いつものようにクロード様がアンリエッタ嬢と少し話して別れられた。

クロード様が歩き出し、その背に続こうとして、足を止めた。

遠くに"東"の公爵令嬢ーーエスト公爵令嬢の姿を見かけた。

あの方は苛烈な性格だと聞く。

それに、恐らくは……。


嫌な予感がした。

だからクロード様の許可を得て御傍を離れ、教師を呼びに行った。

相手は公爵令嬢だ。下手な教師では助けにならない。

幸いにしてセヴラン王弟殿下を見つけることができた。

事情を話してアンリエッタ嬢のもとに向かっていただいた。

セヴラン王弟殿下もここのところの情勢を見て懸念しておられたらしい。一も二もなく了承していただいたのが有り難かった。


杞憂ならそれでいい。

万が一が怖かった。


クロード様がアンリエッタ嬢を囮にした以上、彼女の身の安全は配慮しなければならない。

……クロード様はそのへんのことをわかっていなさそうなのが困りものだ。


あとはセヴラン王弟殿下に任せてクロード様のもとに戻ればいい。

セヴラン王弟殿下もそうおっしゃってくださった。

だから一度はクロード様のもとに戻ろうとした。

だがやはり気になって後を追った。


当たっていてほしくはなかったが、案の定アンリエッタ嬢はエスト公爵令嬢に捕まっていた。一方的に何かを言われているようだ。

セヴラン王弟殿下が近づいていくが二人とも気づいていないようだ。


シアンは立ち止まった。


エスト公爵令嬢が何かアンリエッタ嬢にとって我慢ならないことを言ったようだ。

アンリエッタ嬢は視線鋭くエスト公爵令嬢を見た。見てしまった。

そう思ったのは彼女も同じだったようだ。

そんな彼女にエスト公爵令嬢は何かを言い、持っていた扇を振り上げた。


シアンは目を見開く。

その目にアンリエッタ嬢が目を見開くのが映った。


時間が止まった気がした。


間一髪のところでセヴラン王弟殿下が間に合い、エスト公爵令嬢の腕をつかんで止めてくださった。

詰めていた息を吐く。

そのまま身を翻した。


もう大丈夫だろう。


クロード様のもとに戻る途中で、血相を変えたロジェ・ボワ辺境伯令息とすれ違った。誰かからアンリエッタ嬢のことを聞いたのだろう。

シアンのことなど目もくれなかった。


彼女のもとに駆けつけられる彼を羨ましく思う。


思ったところで、はっとした。

何故羨ましいなどと思ったのだろう?

だが今はそんなことを考えている場合ではない。

一度その疑問は棚上げし、急いでクロード様のもとに戻った。




クロード様のもとにはウエスト公爵家とラシーヌ伯爵家から連名で抗議文が届いた。

クロード様は驚いていたが、対外的なことを考えても抗議は当然だった。


まず間違いなくエスト公爵家にも届いているだろう。

それで反省すればいいが、恐らくはしないだろう。余計にひどくなるかもしれない。

アンリエッタ嬢の安全をどうにか確保しなければならない。


当初はアンリエッタ嬢に口撃していた"北"の者たちが今はほとんど静観している。

実質アンリエッタ嬢に絡んでいるのは"東"の者たちだ。

なので"東"の者たちに注意を払っていればいいのだが、今回のことで激化しそうなのが、いや激化するのは間違いない。愚かなことをしなければいいのだが。


そういえば我らが"南"の姫様が


「クロード殿下が一方的に言い寄っているのは見ていてわかるのに"東"も"北"も目は節穴か?」


とおっしゃっておられた。

"南"がくだらない嫌がらせに出ないのはそのためだ。

我らの姫様は大変に賢明な方なのだ。


まあついでにクロード様をきちんと(いさ)めるように小言を受けた。

このままの状況はクロード様とアンリエッタ嬢の評判を下げるだけだ、とも。

この時の忠告をきちんと聞くべきだったと、後々(のちのち)後悔することになると、この時のシアンは気づいていなかった。




その週、彼女は学院を休んだ。

暴力にさらされたのだ。当然だろう。

クロード様もさすがに心配されていた。

あの方もそこまで心ない方ではないのだ。


アンリエッタ嬢が休んでいる間に悪意のある噂を流されていた。

主に"東"の者たちだ。エスト公爵令嬢の差し金に違いなかった。


守りたいと思った。


それには、それができる立場が必要だった。

ロジェ・ボワ辺境伯令息が婚約者だという噂だが、それには懐疑的だった。

しばらく二人を観察する。


仲が良いのは間違いない。

だが婚約者というよりは兄妹のようだった。

だが確信は持てない。

幼い頃からの婚約者なら、ましてや従兄妹、なら兄妹のようでもおかしくはない。


ロジェ・ボワ辺境伯令息は婚約者なのか否か。


さらに観察した。

そしてふと気づく。

ロジェ・ボワ辺境伯令息は事情を知っている様子だった。

アンリエッタ嬢はあの時、"家族"ではなく"身内"と言っていた。

従兄なら身内として話していたとしてもクロード様との約束を破ったことにはならない。

咄嗟の機転でそこまで考えていたのなら、アンリエッタ嬢は頭の回転が速いのだろう。


あるいは護衛としてウエスト公爵家が話したのかもしれない。

辺境伯家の者なら腕が立つ。親戚なら一緒にいたり話していたりしてもおかしくはない。

ウエスト公爵家が手配したのであればアンリエッタ嬢を咎めることはできない。


それに、クロード様がアンリエッタ嬢の安全に気を配らないのであれば、護衛してくれるのならば有り難かった。

シアンが表立って動くわけにはいかなかったから。




そうなると別のことが気になってくる。

アンリエッタ嬢には本当に婚約者がいるのだろうか?

今のところアンリエッタ嬢が親しくしているところを見たのは、兄弟以外ではロジェ・ボワ辺境伯令息だけだ。


まったく男の気配がない。


いや、婚約者が誰なのか公表していない以上それが普通ではあるのだが。

それでも、おかしい。

今は通常とは違うのだ。

ここまでアンリエッタ嬢に悪い噂が流れて婚約者が何の行動も起こさないのはおかしい。

だが事実、彼女の婚約者が何かをしている様子はないのだ。


これは、婚約者がいるという話自体が嘘なのかもしれない。


それは別に咎められることではない。

気乗りしない相手への(てい)のいい断り文句として「婚約者がいるので」と言うのは一般的だ。


そう考えていたのだがーー

ロジェ・ボワ辺境伯令息は婚約者ではないのだろう? との質問に是と返ってきた時に、婚約者はいないという確信とともに恐らくは舞い上がってしまったのだろう。

本当はもっと段階を踏むべきだったのだ。

だが熱に浮かされたようにつげてしまった。


「婚約者になってほしい」


それに返ってきたのはーー明確な拒絶だった。

当然のことだった。


ラシーヌ伯爵家を軽んじているのか、悪評まみれの女なら簡単に応じると思ったのかと言われ、我に返った。

そんなつもりはなかったが、ラシーヌ伯爵家のこともアンリエッタ嬢のことも軽んじることと同じだった。


慌てて弁明をしようとしたが、その前に横から彼女をかっさらわれた。いや、彼女を守る腕の中に保護されたのだ。

彼女の愛称を呼んでいたから彼女と親しい誰かの仕業だった。


慌ててそちらに身体ごと向いた。

彼女の兄、エドワール・ラシーヌ伯爵令息がアンリエッタ嬢を抱きしめ、静かな怒りを宿した瞳をシアンに向けていた。


当然だろう。大切な妹を意図せず(おとし)めるところだったのだから。


貴殿方(あなたがた)はよほど妹を貶めたいようだ」


その言葉に頬を打たれた。

先程の様子をもし誰かが見ていたら……またアンリエッタ嬢の悪い噂を立てられていただろう。

意図してはいなかったが、壁際に彼女を追い込んでいた。


(はた)から見れば、シアンが口説いているようにも、アンリエッタ嬢が誘っているようにも見える。


彼女に非はまったくないのに悪評ばかりが広がっていく。

それはクロード様とベルジュ伯爵令嬢のせいであり、エスト公爵令嬢のせいでもある。


それなのに、さらにはシアンまでもがそれに加担することになってしまった。

顔を手で覆ってしまいたいほどのやらかしだ。


エドワール・ラシーヌ伯爵令息はアンリエッタ嬢に荷物を取りに行くように言った。

彼女はわざわざシアンを避けるように大回りして部屋に戻っていった。


アンリエッタ嬢が荷物を取りに行っている間もずっと静かな怒りを宿した瞳を向けられていた。

アンリエッタ嬢はすぐに出てきたが、やはりシアンを避けて兄のもとへ行く。


警戒されている。当然のことだが、へこむ。


謝罪は受けてもらえなかった。

それも当然のことだ。


それでも丁寧な礼をしてからラシーヌ伯爵家の兄妹は去っていった。

さすがだ。

アンリエッタ嬢たちが完全に見えなくなってから項垂(うなだ)れる。


本当に何をやっているのだろう……。


主であるクロード殿下が迷惑をかけているのに、側近の自分までやらかした。

どう償えばいいのか。

ぐるぐる思考は回るがどうすればいいのかわからない。


それなりの時間をそうやって無為に過ごしたらしい。

カチャリと音がして我に返った。

慌てて顔を上げるとちょうどクロード様が部屋から出てきた。

ベルジュ伯爵令嬢は顔を出さない。いつも時間を置いてから出てきている、はずだ。


「うん? シアン、何かあったのか?」


クロード様が心配そうに訊かれる。

図書館の閲覧室は遮音性に優れているので先程の一件は聞こえていなかったのだろう。


「あ、いえ、何でもありません」

「そうか? 具合が悪いのなら帰っていいぞ。俺ももう王宮に戻るだけだからな」

「ありがとうございます。ですが大丈夫です」

「無理はしなくていいからな」

「はい。ありがとうございます」


この気遣いの半分でもアンリエッタ嬢に向けてくれないものだろうか。

思わずそう思ってしまう。

折を見て一度アンリエッタ嬢のことについてクロード様と話そう。

アンリエッタ嬢の身にこれ以上何か起こる前に。




その日のうちにラシーヌ伯爵家から抗議文が王都のヴァーグ侯爵家の屋敷に届いた。

父は領地のほうにいたので、すぐさまそちらのほうに送られた。




アンリエッタ嬢は表面上は何もなかったように過ごしてくれた。

幸いにも目撃者はいなかったようで、特に噂になるようなことはなかった。


それなのに、さらにシアンは失態を犯したのだ。


何事もなかったように振る舞ってくれたアンリエッタ嬢に対して、どうにか謝罪しなければということで頭がいっぱいになっていたシアンはそれを態度に出してしまったのだ。

それがいらぬ憶測を呼び、結果としてアンリエッタ嬢の悪評をさらに増してしまった。

アンリエッタ嬢の努力を無駄にしてしまった。

ますます落ち込む。

もうどう償えばばいいかわからない。




そんな折に父が領地から戻ってきた。

手紙が届いてすぐに戻ってきたようだ。

出迎えたシアンに父は厳しい瞳を向けていた。


読んでいただき、ありがとうございました。

次回、もう一話ヴァーグ家の話になります。

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