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1.茶番劇に内心で溜め息をつきます。



リーシュ王国は中央に王都を置き、東西南北に公爵家が一つずつ置かれ、その公爵家を中心にそれぞれの地域の貴族がまとまっている。


北側と隣国との境は険しい山が(そび)え立っている。北方の隣国とは緊張感を孕む微妙な関係で、険しい山が半ば天然の要塞と化している。

"北"の辺境伯家はその険しい山を日々馬で駆け、国境沿いを守っている。


東側は国境沿いにある大きな湖から流れた川が天然の国境線となっており、上流は穏やかで舟も渡れるのだが、下流に行くに従って(えぐ)れて川幅も拡がり、深さも深く、流れも急になり、とても舟では渡れなくなる。川は最後には滝となり海に落ちる。なのでほぼ隣国との交流はない。たまに商人たちが上流に舟を渡して行き来するくらいである。

"東"の辺境伯家は上流を中心に巡回している。


南側は海で大きな港があり、一番他国との交流が盛んである。同じ大陸上の遠い国から船でやってきたり、他大陸から船でやってきたりと活気に満ちている。

"南"の辺境伯家は海軍を有して日々海からの侵略に備えている。


西側の国境沿いには広大な森林が広がっている。森を抜けるのは多少骨が折れるが、西方の隣国とは関係の良好な同盟国であり、先代の国王に王女が嫁いでいる。隣国との交流は盛んでお互いに人や物の行き来が多い。そのためそれを狙う盗賊も出没しやすく、"西"の辺境伯家は隣国の辺境伯とも協力し合って見回りをしている。



***


貴族の子女が通うヴェルール学院。ここは小さな社交場だ。

学生間は平等、ということはなく身分差が歴然と存在する。だが学園は社交の練習場という側面も持っており、多少の失敗は大目に見られる。ただし度が過ぎていたり、相手を害した場合は家同士の問題に発展する。

なお、教師は学生に対して平等に接しなければならない。多少の贔屓(ひいき)は目をつぶられるが、度が過ぎれば教員の資質なしと辞めさせられることもある。


そんな学園の馬車留めに"西"の伯爵家が一つ、ラシーヌ家の馬車が()まった。

中に乗っているのは、長男のエドワール、長女のアンリエッタ、次男のルイだ。

三兄弟は全く同じ色彩の黄色味の強い金色の髪と(みどり)の瞳を持っていた。

エドワールはやや垂れ目で穏和な顔立ちをしており、アンリエッタはややつり目がちで猫っ毛も相まってどこか猫を彷彿(ほうふつ)とさせる。ルイはやや大きめの瞳に人懐っこさと庇護欲を感じさせる。

年齢はそれぞれ十九歳、十七歳、十四歳だ。


学院は十二歳から入学でき、歳の近い兄弟だと同じ年に入学させる家が多く、下の子が十二歳になって一斉に入学させることが多い。ただし一定の学力は必要とあって、入学試験が課せられるので思惑通りにいかないこともある。

ラシーヌ家もルイが十二歳になってから三人揃って入学した。


この国では学院を卒業してようやく成人と認められる。つまり、卒業しないと結婚も家を継ぐことも士官することもできないのである。

卒業するには必要な授業を履修し試験に合格する必要がある。必要な授業は個人によって違う。

領内に関わることと礼儀作法、国の歴史・文化は全員の必修科目であり、その他に外国との交流がある領の者はその外国の言葉(話すことはもちろん、読み・書きも)の一定水準での取得、その外国の文化・歴史・宗教等を学んだり、他領に嫁いだり婿入りする場合はその領についても同じように学ばなければならない。他国に嫁・婿入りする場合はさらにその国だけではなく、その国の周囲や交流国についての最低限の知識を学ばなければならない。外交官を志望する者は交流のある国・緊張関係のある国の言語や諸々の知識を習得しなければならない、など多岐に渡る。

とはいえ、試験は半年に一度行われ、もともと一定の学力はあるので一度で試験に通る者が大半である。

必要な科目以外の授業を取るのは自由であり、多くの者が必要な科目以外の授業を取っている。

それ故必然的に他国に比べれば結婚年齢は高めになる。

しかし勉学のほうは最終仕上げ程度であり、実際は社交の練習という側面のほうが強い。




「アン、準備はいいかい?」

「ええ、大丈夫ですわ、お兄様」

「では行こう」


エドワールがコツコツと扉を叩くと外から扉が開けられた。

まずはエドワールが降り、差し出された彼の手に手を重ねてアンリエッタが降りる。最後にルイが降り、扉が閉められた。


「いってらしゃいませ」


それに笑顔だけ返して歩き出す。

三人で校門をくぐった。

さっと周囲に視線を走らせる。


「……まだいらしておられないようだな」

「ええ」

「油断しないで。今のうちに教室に入っちゃったほうがいいよ」


表面上はにこやかに会話を交わす。


「そうだな」

「ええ」


あくまでも優雅に、さりげなく歩く速度を上げようとした時ーー


「おはよう、アン」


後ろから掛けられた声に内心の溜め息を押し殺し、顔に笑みを張りつけて振り向いた。カーテシーをする。


「おはようございます、殿下」


にこやかに親しげに笑んでいるのは、この国の第一王子のクロードだ。斜め後ろには側近のシアン・ヴァーグが控えている。彼は"南"の侯爵家が一つ、ヴァーグ家の次男だ。

この国では家を継ぐ嫡男は側近にはならない。中央に進出するのは嫡男以外で、当主並びに次期当主は領地でしっかりと自領を守っている。

高位の者であるクロードから声が掛からなかったのでエドワールとルイは頭を下げるだけで声は出さず、アンリエッタもヴァーグ侯爵令息には話しかけない。


「それと、婚約者のいる身ですので、愛称で呼ぶのはご遠慮くださいませ」

「つれないな。だがそこがまたいい」


悲しげに乞うような響きを乗せた声。

心は一ミリも動かない。

これがすべて茶番だと知っていれば、内心で盛大な溜め息を押し殺す以外の感情が浮かぶはずもない。

周りからの視線が痛い。

エドワールがアンリエッタに「準備はいいか?」と尋ねたのはこのためだ。殿下からのお声掛けと、それに付随する面倒な令嬢たちの嫉妬と羨望に対する心の準備を問われたのだ。

替わってほしければいつでも替わるのに、いえ、むしろ替わってほしい。

けっこう本気でそう思っている。

本当に何でこうなったのかしら?


読んでいただき、ありがとうございました。

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