1 とある日常
「……ところで」
かちゃ、と箸を置いた音が聞こえると同時、そんな言葉とともに正面からまっすぐとこちらを見つめられた。
視界の端にちらとそれが見えた僕は――綺麗に切れ目の入れられたウインナーを箸でつまみながら――「どうした?」という気持ちを込めた視線をすっとそちらに向ける。
少しばかりの間を挟み、口が開かれた。
「昨日も一度お聞きしたのですが、小日向さんは今日お時間ありますか?」
「あ、戻った」
そう、『戻った』。もちろん、今のご時世に常日頃から自分のことを『ご主人様』呼びさせているやばい奴なわけではない。
小日向柊夜、というのが僕の名前。普段はメイドの少女にこうして「小日向さん」と呼ばれている。かっこいい響きの名前に反して、ぱっとしない見た目の一般男子だ。
なぜ下の名前ではなく名字で呼ばれているのかは……あまりよく覚えていない、が、初めからずっとこの呼び方なのは記憶している。
……さっきのようになぜか唐突に『ご主人様』と呼ばれることもたまにあるのだが。
ちなみにメイドの少女の名前は望月千昼。年齢は僕の二つ下。活発そうな名前に反してかなりおとなしい子で、さらさらなロングの黒髪と、澄んだ深い藍色の瞳が特徴的だ。
と、少し思考がそれてしまったが、今日の午後空いているか、ということだった。
「皮肉なことに毎日のように暇してるから空いてるけど……どうかしたのか?」
「いえ、そう、大したことではないのですが。午後、近くのスーパーまでお買い物に行こうと思っているので一緒に来ていただけませんか?」
なるほどそういうことか。
たしかに昨日冷蔵庫を見た時点で、相当中身が少なくなってきているなとは思っていた。そんな提案をされるのも道理だろう。
じゃあそれでなぜ買い物の話が僕に来るか、というと、荷物持ち、という理由もあるが、単に『僕と望月の二人で料理をすることが多いから』が一番の理由だ。
初めて望月がここに来た頃、掃除にしても洗濯にしても、『教えながら一緒に何かをする』ということがよくあった。
こと料理に関しては僕自身が好きな部類ということもあり、手伝ったり教える、というよりも、自分がメインでやってしまうことが多かった。
その結果、いつの間にか上達した望月――見て盗んだのだろう――と一緒に、二人で献立を決めて二人で料理をする、ということが――特に夕飯に関しては――当たり前のこととなっていった、ということだ。
「わかった。じゃあ昼、食べたら行こうか」
少しだけ、彼女の表情が柔らかいものとなる。
「はいっ」
その返答に満足したのか、お椀の上に置いておいた箸をもう一度手に取り、再び目の前の白米を口に運び始めた。
それを見た僕も、それに合わせて目の前の食事に視線を戻す。
それにしても――
(なんでだろうなぁ)
よそいたてでほかほかの白米と目玉焼きを口の中で混ぜ合わせつつ、少しだけ考え事を始める。
さっきもあったことだが、こういう会話があるたびに少し気になってしまうのだ。
というのも、何度も『買い物に行こう』という話をされたことはあるのに、いつも決まって少し緊張した面持ちで会話が始まる、ということだ。
こちらとしては、けっこう長い付き合いなのだからそんなに強張らなくても……と思うのだが、彼女には彼女なりの理由が何かあるのだろう。
いつもは気にしないようにしているのだが、もしかしたら自分に何か非があるかもしれない、と思うと、ついどうしたらいいのか考えてしまって……
「どうかされたのですか?」
動かしていた頭にすっと声が差し込まれる。
少し険しい顔になってしまっていたのだろう。またもや正面から声をかけられてしまい、ふと意識を戻す。
「……いや、何でもない」
今は考え事なんていいだろう。
何より、いつもあまり外に出ない僕からしたら午後の予定ができたのが純粋に嬉しいこと。自分の食べるものとなればなおさらだ。
夕飯は何がいいだろうか、なんて、早くもそんなことを考えながら、もう一度お椀を手に温かい味噌汁をすするのだった。
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「準備、できましたか?」
それぞれ食事の片づけまで済ませたのち、各々の準備をしよう、と一旦リビングを後にした僕と望月。
二人が玄関前に再び集合したのはそれから一時間後、起きた時よりもさらに日が厳しくなってきたあたり――午後二時ころとなった。
「あぁ」
「わかりました。じゃあ……行きましょうか」
靴を履きながら念のため二人で持ち物の確認をしつつ外へ。真上からギラリと照り付ける太陽に目を細めつつ、忘れないようにかちゃりと玄関のカギを閉める。
そんな季節に似合わない炎天の中、二人並んで、近くのスーパーへと繰り出した。
あとがきです。
「あ、今回は短くなりそう」と思ってたら意外とそんなことありませんでした。割といつも通りでした。
まだ1話も途中ですけど、気長にお待ちくださると嬉しいです。
よければ次回もお楽しみに。