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ダリダ村へ 2

「大丈夫かの? ハナメ」


 船から降り、青い顔でげっそりしている私にアステルムがこっそり訊ねる。

 はい、しっかり船酔いしました。

 乗り物って小さいときから苦手……飛行機も船もバスもお母さんの運転する車でも私は必ず酔っちゃう。まぁ半分は読書してるせいだけど……。

 返事する気力も無く私は片手を挙げてこくんとうなずくのがやっと。アステルムは察したようでノートの中に入っていった。


 魚を船から下ろし、大きな台車に乗せたダン様とラルドがこちらへやってくる。


「おーしゃ、行くぞハナメー! そこの坂を登ってまっすぐ行きゃ市場だ!」

「楽しみだなぁ! ガルンおじちゃんとアド兄ちゃん、会いたかったんだぁ」

「おめぇが最後に会ったのは去年の秋か?」

「うん、収穫祭の時!」

「なかなか連れて行けなくて悪ぃなぁ」


 どうやらテンションが上がりまくってるみたいで、私の状態なんか完全にスルーして二人は話が止まらない。

 いや……わりとキツいんだけど、船酔い……。

 ラルドはきっと人なつっこくて社交的で、友達や兄貴分がたくさんいるんだな……可愛がられてるんだ。私、うまく挨拶できるかなぁ……? ダメだ、考えただけで心臓がバクバクいってその刺激で胃が……うえぇ。


 けれど、でも、だがしかし!!


 いざ市場に着いたらなんてことはない、船酔いも緊張も空の彼方へスッポ―――ン!! と飛んでいってしまったのだ。


 野菜を叩き売りしているドワーフ! 小さなオープンカフェを営むエルフ!

 麻のマットを敷いて綺麗な食器を売っているのは狐の獣人! その隣で争うように絵画を売っているのは犬獣人!

 市場はザ・ファンタジーの住人であふれかえっていたのだ!!


 私は体当たりでダン様から台車を奪い取った。


「早く魚売りさばいて市場を回りましょう!!」

「おう!? ハナメ、売り子してくれんのか? そりゃありがたいが、おめぇやったことは……」

「あの美しくて可愛くて魅力的な市場のお客様方に魚を配ればいいんですよね!? みなさーん! 今日は大漁ですよー!!」

「おいおいおいちょっと待て!! タダで渡すつもりか!?」

「タダじゃありません! 皆さんの笑顔を頂きます♡」

「ハナメ! おめぇどうしたんだ、目がギラギラだぞ!!」

「うふふ、キラキラって言って♡」


 横からラルドが私の懐に手を突っ込み、幻獣ノートでドン! と腹を叩いた。


「ぐふぅっ」

「ちょっと頭冷やせ、ハナメ」



 ・・・・・しばらく お待ちください・・・・・



 えー……まぁそんなわけで売り子はダン様一人でやることになって、私は市場を回ることになった。


 そう。私は解放されたのだ。

 この夢の世界へ――――!!


「ハナメ、あんまはしゃぎすぎると本でドンな」


 ……監視役付きで。

 もちろん私だってもう半分は大人みたいなもんだし、むしろこっちがラルドの面倒するくらいの気持ちでちゃんとレディらしく振る舞いますよええホントですとも!

 さーて、どこから回ろうかなぁ~……うーんみんな魅力的で優先順位がつけられないよ~~~!

 あっ、でも!


「あのレストラン入ってみたい!」


 私が指さしたのは古びた木造でできたおしゃれだけど老舗な感じがするレストラン。いかにも通のお店で、葉巻をくわえた渋いエルフさんとかいないかなー……と思ったのだ。

 お目付役のラルドもいいぜ! とうなずいた。何年も前からよく来ているレストランなんだとか。じゃあもし話に困ったりしたらラルドを頼ればいいし、安心だね。

 え、ラルドの面倒? そんなこと言ったっけ? 

 カランコロンとドアベルを鳴らして店に入る。


「こんにちは~」


 大きな古い天井の梁が目に入った。赤と白のストライプ柄のカーテンで彩られた窓ともう少しで満席になりそうな混み具合。賑わっていて、ほっとした。私でも緊張しないで済みそう。


 猫獣人の小さな女の子がボブヘアとしっぽをふっさふっさ揺らしてこちらへ来た。


「いらっしゃいませ! ご案内しますね」


 猫ちゃんはずいぶんと慣れた手つきでさりげなくカトラリー箱を棚から取り、日当たりのいい窓側の席を勧めた。


「こちらのお席でよろしいですか? 手前のお席の方がよいでしょうか?」


 おお、丁寧! ちゃんと選ばせてくれるんだ。

 でも私はここが気に入ったかな。


「ありがとう。ここでいいよ」

「ありがとうございます。ではごゆっくりメニューをどうぞ! またお決まりの頃―――」


 待てん! と言わんばかりに遠くからお客さんが手を振り大声で猫ちゃんを呼ぶ。


「注文取ってくれ、早く!」

「はい! 申し訳ありません、ただいま参ります」


 猫ちゃんはぺこりと頭を下げ、あわてて向こうへ行った。謝罪してから丁寧に注文をメモに書くとまた頭を下げ、別のお客さんの対応へと急ぐ。

 広い店内を隅まで見渡してみると他にウェイトレスはいない。猫ちゃん一人のようだ。


 手をあげて呼んでいるお客さんは次から次へと増えるばかり。なんだかかわいそうに見えてきてしまう。こんなに頑張ってるのに誰もほめないし、そもそも見た感じまだ働くような年じゃない。ラルドと同い年かもう少し小さそうだ。それなのにニコニコ笑顔で接客していて余計に胸が痛む。


「あの子、大変そうだね」


 私がつぶやくとラルドもうなずく。


「ミウキっていうんだ。コックの一人娘。昔はお母さんと二人でウェイトレスやってたんだけど、確か亡くなったんじゃなかったかな……」

「え!? そうなの……」

「たぶん。よくは知らないけど」


 私はアステルムを呼び出した。


「ねぇ、幻獣、作ってあげたい」

「ぬ? 良いが……ここで作れば目立ってしまうぞ。悪い輩に目をつけられるかもしれぬ」

「でもあの子、頑張りすぎてる気がして……何かしてあげたいの」


 私の脳裏に古い記憶がよみがえる。

 小学校に上がったばかりの頃。給食が終わった後の昼休み、一人で大きな分厚い表紙の本を読んでいた私にクラスメイトの女の子が寄ってきた。


「ねぇ、ずっと何読んでるの?」

「ファンタジー小説だよ」

「何それ?」

「魔法がいっぱい出てくるんだ! 火を操ったり、風を起こしたり、すごくワクワク―――」

「へー、じゃあそのすごい魔法で私の宿題、パパッと終わらせてよ!」


 無邪気に笑ってそう言った女の子に悪気はかけらも無かったことはよくわかっていた。けれど同時に、その子はファンタジーにまるで興味がないこと、そして都合良く私に宿題を押しつけようとしていることがすぐわかり、胸をえぐられたようだった。


「――――ごめん、それはできないかな……」

「なぁんだ。つまんないの」


 口をとがらせて放たれた言葉もまた矢のようにグサッと突き刺さる。

 去って行く女の子の背中が目に焼き付く。暗くなった視界の中で。


「……そう……だね。つまんないよね…………」


 私は本に目を落とす。さっきまで宝石のように輝いていた本が、くすんでほこりをかぶったガラクタに見えた。

 大好きなのに。大切なものなのに。

 ボロッと落ちた涙が表紙に染みを作った。


 それから私は学校に文庫本しか持って行かず、誰も来ない時にしか本を読まなくなった。もしかすると本をきっかけにいじめられるかもしれない。いじめそのものはそれほど怖くないけれど、いじめと一緒に読書がトラウマになってしまうのがとにかく怖かった。

 私はみんなに会いたい。本の中のみんなに。いつも一緒にいたい。ただそれだけなのに。

 私は勉強をしているフリをした。クラスメイトが寄ってきたらニコニコして、宿題を写させてほしいとか道具を貸してほしいとか言われたら快く従った。


 私は愛想が良くとっつきやすい、子を演じているはずだった。


 けれど誰も、私の友達にはなってくれなかった。

 ニコニコしているだけで流行の話ひとつできない、ただの人形だったから。


「ニコニコしているのって辛いんだよ。自分の気持ちにウソついてどんどんメンタルが削れてく。本当に楽しいなら大丈夫だけど……でもミウキちゃんのあの笑顔は、作り物にしか見えないの」

「ハツラツと働いているように見えるがのう」

「絶対、そんなことない! 私には本があるけど、ミウキちゃんにはきっと何も無い。心が潰れちゃわないように、よりどころを作ってあげないと」


 と、話していたらお客さんの相手を一段落させた猫ちゃん……ミウキちゃんが戻ってきた。


「ご注文はお決まりですか?」

「あ、ごめんなさいまだ……」

「大変失礼いたしました! どうぞごゆっくりお選びください。ちなみに当店のおすすめは朝採れ卵のオムレツでございます。よろしければご参考にどうぞ」


 な、なんて細やかな……特別高級なレストランってわけでもないのに教育されすぎじゃ!?ミウキちゃん頑張りすぎだよ……!


 ぺこりと頭を下げて立ち去ろうとするミウキちゃんを呼び止める。


「ちょっと待って」

「はい、何でしょう?」

「急に変なこと聞いてごめんね、ミウキちゃん。あなた、何歳?」


 ミウキちゃんはまつげの長い目でぱしぱしとまばたきすると、答える。


「今年の春で8歳になります」


 まだ、8歳!! 私が8歳の時なんて働くどころか、本読みあさってばかりいないで勉強しなさいってお母さんに怒られてたよ……。そんな小さな子が営業スマイル浮かべて一人でウェイトレスなんて、絶対無理してる。


「休みの日は何して遊んでるの?」

「当店にお休みは基本ないので……」

「えっ……じゃあ、閉店したあとは?」

「コックと新メニューの開発をしております」

「……遊びたくないの?」

「遊ぶ…………」


 困ったようにミウキちゃんがうつむく。

 私は見逃さなかった。

 じわっと、大きな目にほんのわずか涙がにじむのを。


 ぷるぷるっと首を振るとミウキちゃんは必死の作り笑顔を浮かべる。


「私はこの店が大好きなので! すみません、失礼しますっ」


 そして逃げるように立ち去ってしまった。


「お母さんがいなくて寂しいんだ……」

「なぜわかる?」

「なんとなく、でも絶対。ねぇアステルム、助けてあげたい! お願い」


 懇願する。確かに後々面倒なことになるかもしれない。でもそんなのはその時考えればいいじゃない!

 両手を合わせてぎゅっと握り、見つめる。アステルムを穴が開くほど。

 ………………。

 ふぅ、と息をつき、仕方ないのうと言いたげにアステルムはうなずいた。


「この場はラルド、任せたぞ」

「お? おう、わかった」

「俺とハナメは外で作戦会議じゃ」


 私達はノートを持って、いったん店の外へ出ることにした。


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