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漁師を導く鳥 後編

どれくらい経っただろう。

吹雪はなかなかおさまらない。

私の書いたノートの内容に何か落ち度があったのかな……? もっとよく考えて作り込まないといけなかったのかな……?

不安がどんどんつのり、いてもたってもいられない。

たまらずアステルムに話しかける。


「どうしよう、アステルム……何か書き忘れがあったのかな……? ダン様、無事かな……?」


アステルムは落ち着いていた。


「天気を操るというのはかなり魔力の要る能力じゃ。しかもこの猛吹雪、なかなかおさめるのは難しいじゃろう。しかしハナメが込めた思いは相応の魔力となってトウダイドリの中にあるはずじゃ。信じて待とうぞ」

「そうかな……?」

「親が子を疑ってはならぬ。疑う心は子の力を弱める。強く、子の力を信じるのじゃ」

「うん……わかった」


私の腕にラルドがすがりついてくる。


「ハナメ……父ちゃん、帰ってくるよな? ちゃんと船に乗って元気に家まで来られるんだよな?」

「大丈夫、きっと……帰ってくるよ」


保証はない。でも、そう言って励ましてあげるしかない。私だって誰かにすがりつきたい、ダン様は無事なの? 本当に帰ってくるの? ……でも、ぐっと唇を噛んでその気持ちは押し込める。

大丈夫、きっと帰ってくる。自分で言った言葉が心の中でリフレインする。

大丈夫……きっと。大丈夫だから。

不安な気持ちをなだめるように何度も心に言い聞かせる。


ミーニャさんは窓のそばから離れない。両手を合わせて握りしめ、祈りを捧げているようだ。

昔、そうして天気をしずめたりしていたのかもしれない。


「帰ってこい……絶対、帰ってくるんだよ……」


小さな、でもはっきりと確実な声で何度も繰り返している。帰ってこい……帰ってこい……念を込めて何度も、何度も。雲を消し去る儀式をしているように。

誰もがダン様の無事を祈っていた。くっついているラルドの頭をなでてから私も手を合わせて祈る。

私には何も力なんてない。

でも、こうすれば神様が願いを聞き入れてくれる気がした。


ダン様……どうか無事でいて。

早く帰ってきて……。


外から窓を震わす大きな風の音と、私達が祈るかすかな声が交錯する。ガタガタガタ、ガタガタガタ、けたたましい風の音は私達の恐怖をあおる。なんだか祈る声が吹雪に負けてしまっているみたいだ。

これじゃ神様に届かない。

私はもっと強く両手を握りしめ、声を大きくした。


「トウダイドリ……頑張って! ダン様を連れてきて!」


ガタガタいっていた窓の音がとたんに止んだ。

ハッ、とミーニャさんが息をのむ。


「吹雪が……!?」


それは明らかな変化のきざし。

私もラルドも窓辺へ駆けつけ、ミーニャさんを押しのけた。

風が……急におさまった。雪は降っている、けれどひらひらと舞うような降り方だ。


私は玄関のドアを開け外へ飛び出した。


分厚い灰色の雲が空を覆っている。しんしんと降る雪はまだ止みそうもない、けれど勢いは確かに弱まっている。あんなに暴れていた風は、私の三つ編みをふわふわとなびかせる程度におさまっている。猛吹雪とはもう呼べない。視界も開けている。

一面真っ白になった浜辺。トウダイドリが雪の中に細長い足を埋めて、雪をもっとおさめようと必死に羽ばたいている。

ラルドも飛び出してきた。私と一緒に海を見る。

波は高くない。穏やかだ。

そして……


こちらへ向かってくる小さな船が見えた。


「父ちゃんだ!」


ラルドが叫んだ。

猿のような速さではしごを下りていく。

私も遅れてはしごを下りる。慣れない遅さがもどかしい、もうラルドは海と浜辺の境で船へ手を振っているのに、私も早く行きたいのに!

足よ手よ、もっと速く動いて! 怖がるな、落ちたって下はふかふかの雪だ!


ようやく私も浜辺へ下りた。

野太い声が海辺に響くのと同時だった。


「お―――い!! こっちは無事だ――――!!」


ぶわっと涙があふれて頬をつたい、こぼれ落ちた。

ダン様が、ダン様が帰ってきた!!


私もラルドも、ちぎれるほど両腕を振った。


「父ちゃ――――ん!!」

「ダン様ぁ――――!!」


こちらに手を振るダン様が見える。ちゃんと立っている。元気そうだ。

良かった。本当に、良かった……!


ミーニャさんも浜辺へ下りてきた。

口に両手を当てて大声で訊ねる。


「父ちゃ―――ん、大丈夫か―――い!? ケガしてないか―――い!?」


ダン様から返事が返ってくる。


「大丈夫だ―――!! かすり傷ひとつねぇ―――!!」


気丈に振る舞っていたミーニャさんも、それを聞いてついに涙をこぼした。

ごまかすようにぐしぐしと腕で拭うと、積もった雪の上をざくざく走って行きトウダイドリに抱きついた。


「あんたのおかげだ! ありがとうね! 最高の幻獣だよ!! ありがとう!!」


トウダイドリはびっくりしてバサバサと暴れたけれど、抱きついたのがミーニャさんとわかるとおとなしくなった。くちばしの先でミーニャさんの頭を優しくつつき、毛繕いをしてあげている。


心臓がじんわりと熱くなった。

私の生み出した幻獣が、人を助けたんだ……。

大事な大事なダン様を、私のトウダイドリが……!!


ザバン! としぶきをあげて浜辺に船が着く。

ラルド、ミーニャさん、そして私も、船から降りてきたダン様に駆け寄りいっせいに抱きついた。


「父ちゃん!」

「無事でよかったよ、本当に!!」

「ダン様……っ!!」


むせび泣く私達3人を、ダン様はたくましい両腕で包み込んでくれた。


「母ちゃん、ラルド、ハナメ……心配かけたな、悪かった……」


ダン様の声も少しだけくぐもっている。不安だったんだろうな。もう会えないと思っていたのかもしれない。吹雪の中、海の上でたったひとりで……ダン様の気持ちを想像するだけでどんどん涙があふれてくる。

ダン様がつぶやく。


「仕掛けた網はかなり手応えあったんだがよ、揚げる前に吹雪が来ちまった……」


すぱん! とミーニャさんがダン様の頭をはたいた。


「バカ言ってんじゃない、魚なんてまた獲りゃいいんだよ! あんたがいなきゃ困るんだっ……!」


最後の方は喉を詰まらせ、ダン様の胸に顔をうずめた。

ミーニャさんの頭をダン様は優しくなでる。


「悪かった、ミーニャ……また会えてよかった……」


真ん中でわんわん泣いているラルドの頭もぽんぽんとなでた。


「ラルドもな……怖かったな」

「父ちゃん……っ! 良かった、よかったぁ……」


心の底に頑張って押し込めていたのだろう不安が、涙と一緒に流れていく。優しいまなざしでラルドを見下ろすダン様はまるで好きなだけ泣けと言っているようだ。

かく言う私だって不安だったから今こうしてダン様の胸で泣いている。たくましい腕に抱かれながら、もさもさとたくわえられたダン様のヒゲの感触をそっと愛でながら。

触りたかった、ずっと触りたかったこのヒゲ……! 固い……柴犬の背中みたい……うううっ、触れて良かったよダン様ぁ……!


やがてダン様がむずがゆそうに私を見た。


「なんだハナメ、喜び方面白ぇな……ヒゲが好きなのか?」

「ダン様のヒゲだから触りたかったんです!」

「ハハッ、なんだそれ、惚れちまうだろ!」


ズッキューン!! 私の胸に稲妻が落ちた。

か、カッコいい! 豪快な笑顔は可愛い! い、いや、それよりも!


「だ、だ、ダン様が、わ、わ、私に惚れっ……!?」

「あの鳥、おめぇのモンか?」

「はい! 私は永遠にダン様のもの……え? 鳥?」


ダン様がアゴで示した方向が私ではなかったので、ようやく自分がとんでもなく盛大に恥ずかしい勘違いをしたことに気づいた。

バカ私、ダン様のものって……ダン様結婚してるし! ミーニャさんいるし! 今しがためっちゃいい雰囲気だったじゃない!!

バカバカ、一生の恥……!


「おい、ハナメ?」

「あ、えっと、ハイ……」

「あそこにいる鳥だよ、おめぇのじゃねえのか?」


示された方向を見やると、トウダイドリは雪の上にしゃがみこんですっかりふてくされていた。

完全に蚊帳の外にされていたから拗ねて雪をつついている。

多大な貢献をしてくれた恩鳥なのに放置! かわいそうすぎることしちゃった。

私はダン様の腕からすり抜けトウダイドリのもとへ駆け寄る。


「ありがとうね! あなたのおかげで、ダン様助かったよ」

『クゥ――――……』

「ごめんね、せっかく頑張ってくれたのに無視して」

『クゥッ』

「あ、そっぽ向かないで! そうだ、あなたの好きな食べ物は何かな? お礼にプレゼントしてあげる!」

『クッ!?』

「よかった、元気になったね」


ザク、ザク、ダン様がミーニャさんやラルドと一緒に私達のところへ歩み寄る。トウダイドリを下からのぞきこみ、優しく声をかけた。


「ありがとな。おめぇさん、魚は好きか?」


魚、という単語を聞いただけでトウダイドリはブンブンと激しくうなずいた。

もちろん大好き、大好き!! と言っているみたいだ。

ダン様は顔をほころばせた。


「そうかそうか! 船にちぃっとだけ獲れた魚があるから、全部おめぇにやるよ」

『クゥゥッ!?』

「おう、漁師はウソ言わねぇよ。腹一杯にはならねぇかもしれねぇが、すまんな」


トウダイドリは大きく羽根を広げて体をブンブン上下させ、もうテンションMAXだ! ふてっていたさっきまでとは目の輝きが全然違う。

トウダイドリってこんなふうに喜ぶんだ……自分で生み出したのに、ちょっと予想外。思っていたより感情豊かだな。私より大きな背丈だからなかなか迫力があるけど、はしゃぐ子供みたいですごく可愛い。

ダン様が魚を取りに行っている間、ミーニャさんも小さな子を眺めるみたいににっこりした。


「そんなに魚が好きなのかい? 漁師の相棒にピッタリだね」

『クックッ♪ クックッ♪』


あぁ、とミーニャさんが急に何か思いついたように声をあげた。きょとんとしているトウダイドリに微笑む。

……ニヤリ、と。


「でも食べる量によっちゃ、漁師泣かせの鳥かもねぇ?」

『クッ!?』

「アッハッハ! 冗談だよ!!」


ミーニャさん、容赦ないな冗談攻撃……!

シューン……といっぺんにうなだれてしまったトウダイドリを元気づけるように、ラルドが横から強めにツッコんだ。


「母ちゃん、幻獣にまで冗談言うなよ! せっかく父ちゃんを助けてくれたのにかわいそうだろ!!」

「ハハハ、ごめんねぇ!」

「トウダイドリ、気にしないでたくさん食べていいからな! うちの冷蔵庫のやつも全部!」

「えっ? そりゃちょっと困るよ」

「食料無くなったらゴブリン狩りよろしくなー、母ちゃん」


反撃成功してやったり、という顔で今度はラルドがニヤリと笑った。

こいつ、やられた! とミーニャさんが頭を抱える。


ダン様がクーラーボックスを持って戻ってきた。


「ほらっ、今日獲れたぶんだ! 足りなかったらまた明日漁に出て獲ってくるからな」


ダン様が開けたクーラーボックスの中をトウダイドリはゆっくりとのぞきこむ。

そしてその目はぱぁっと宝石のようにキラキラ輝いた。


ちぃっと、なんて量ではない。抱えるほど大きなクーラーボックスの中が半分埋まるくらい、獲れたての魚がギチッとすし詰めになっていたのだ。

これ全部もらっていいの!? とんでもなく素敵なクリスマスプレゼントをもらった子供みたいに、信じられないといった顔でトウダイドリはダン様を見る。

ダン様がフッと笑った。


「漁師はウソ言わねぇって言っただろ?」


ズッキュ―――――ン!! ……っと私の心臓がまたも射抜かれたのは、置いといて。

トウダイドリは羽根を全開に広げて激しく上下ダンスしはちきれんばかりの喜びを爆発させてから、勢いよくくちばしを突っ込み魚を丸飲みし始めた。

その食べっぷりの豪快なこと! 裂いたりちぎったりなんてしないで頭からまるごとするするっと喉の奥へ流し込んでいくのだ。

まるで飲み物、それも一気飲み。

あっという間にクーラーボックスの中は空っぽになってしまった。


トウダイドリのお腹は頭と同じくらいまん丸ぷっくり。とても満足そうに目を細めている。

良かったね。

ガッハッハ! とダン様が笑った。


「いい食べっぷりだったなぁ! こんだけ喜んでもらえんのは漁師冥利につきるな!」


とんでもないこちらこそ、とでも言うみたいにトウダイドリはぷるるっと首を横に振る。……そんなふうに見えただけで、本当は眠気を飛ばそうと震えただけかもしれないけどね。

そんなトウダイドリをダン様はじっと見つめる。

どうしたんだろう? なんだか我が子を見ているような微笑みだ。視線に気づいたトウダイドリも、不思議そうにくいっと首をかしげる。

ダン様はトウダイドリに歩み寄り、再びしゃがんで下から顔をのぞきこんだ。


「なぁおめぇさん。俺の相棒にならねぇか?」


トウダイドリは目を見開いた。突然の提案に驚いているみたい、目を丸くしてぱちぱちとまばたきをする。

ダン様は、びっくりして膨らんでいるトウダイドリの羽根を優しくなでる。小さな子をあやすように、ゆっくりと。


「おめぇの力があればしけに遭うことがなくなるんだろ? 俺は毎日漁ができる。おめぇは毎日、腹いっぱい魚が食えるぜ?」


そうか、確かに。私はダン様を助けたい一心でトウダイドリを生み出したんだけど、このままダン様の相棒になればお互いに利益があるんだ。

海が荒れてきたらトウダイドリが羽ばたけばいい。大きくてピカピカ光る頭は灯台のように遠くまで陸の位置を知らせることができる。ダン様が漁に出ている間、トウダイドリが浜辺で海の様子を見ていればいいのだ。

お腹いっぱい魚が食べられる。その一言でトウダイドリは嬉しそうにこくこくとうなずいた。そうか、とダン様も大きくうなずく。

そして私に確認した。


「こいつ、もらっていいか? ハナメ」


トウダイドリのため、そしてダン様のためになるなら私は反対なんてしない! すぐに返事した。


「もちろんです!」

「おう、そうか! ありがとよ!!」


トウダイドリはくちばしを空に向け口笛のような鳴き声で歌い始めた。すごくご機嫌だ! ご主人様が決まったんだもんね、しかも大好物を毎日食べ放題付きで! なんだか私まで心が躍っている。良かったね!

ハハッとラルドが笑い声をあげた。


「テンション上がってんなー、トウダイドリ! これからうちのペットかー、よろしくな!」


一方でミーニャさんはちょっと浮かない顔だ。


「魚を食べるのはいいけど、うちの分は少しでいいから残しといてね……」

「母ちゃん、ケチくさいぞ!」

「じゃああんたの分から削減するよ」

「えー!? 育ち盛りの子供からご飯取るなよー!!」

「あたしじゃなくてトウダイドリに頼みな」

「そんな……冗談だろ?」

「さあ? どうだろうね?」

「うう……トウダイドリ、俺のご飯は食べないで……」


ミーニャさんとラルドのやりとりは、ガッハッハ! とダン様の大笑いにかき消された。

ああ、ダン様はこうやって二人の言い合いを笑い飛ばしてきたんだな……さすが、家族のまとめ役ですっ。


「よし、じゃあおめぇに名前をつけてやろう!」


すっくと立ち上がるとダン様は鍛えられた太い腕を組んでフーン……と息をつく。


「トウダイドリ、漁師を導く鳥か……」


私と出会った時みたいに太い眉毛をぐにゃりと曲げて、トウダイ、漁師、鳥……うーん……と繰り返しうなっている。

か、か、可愛い!! ……じゃなくて、トウダイドリのために一生懸命名前を考えてくれているのが嬉しい!

トウダイドリもドキドキしているみたい。さっきまで元気に歌っていたのに黙ってじっと立ち尽くしている。


ラルドが手を挙げた。


「シロとかどうだー?」


おっと、ここは私が制さないと。


「シロは私のこの子の名前なんだ」

「え、そうなのか?」

「うん。ねっ、シロちゃん♪」


私が振り向いて笑いかけると……飛んでいるシロちゃんはあろうことか、背中を向けて尻尾を上げ完全にお尻の穴が丸見えだった。

な、なぜ!? ちょっとシロちゃん、今あなたの話してるんだけど!


火がついたようにラルドが大爆笑した。


「あっはははは!! シロ、ユーモア最高!!」

「ユーモアっていうか……シロちゃん! こっち向いて! ねぇ!」

「あんま懐いてねーんじゃねぇの?」

「う……」


痛いとこ突かれた。確かに私、自分のことばっかりでシロちゃん構ってあげてない……。そういえば、シロちゃんの好きな食べ物も知らない。たぶんピーナッツとかじゃないかとは思うけど……。


「ちゃんと遊んでやってる?」

「なかなか、あんまり……というか、全然……」


生まれてすぐにちょっとじゃれただけ。

私が生み出したのになんて無責任なんだ! ずっと周りでくるくる飛んでいたのに無視され続けたシロちゃんの気持ちを考えなさい!


「じゃ、懐いてなくてもしょーがねぇな」


すぱんと一蹴され、私は頭を垂れた。


「ごめんなさい……」

「シロに謝れよ」

「ごめんね、シロちゃん……! これからは毎日、いっぱい遊んであげるからね!」


あっそ? みたいな感じでシロちゃんは顔だけくるっと振り向いた。うんうん! と私が精一杯うなずくとパタパタストンと肩に留まって、ふーん……と見上げて首をかしげる。

ううーん、クールな反応。でもめちゃくちゃ可愛い!! ぎゅっと抱きしめようとしたらパタパタと逃げられてしまった。まだまだこれからねっ。


おし! とダン様が心を決めたように手を叩く。


「おめぇは今日からミナトだ!」


ラルドが目を丸くする。


「ミナト? 陸の港?」

「おう、そうだ!」


ダン様は海を見る。しんしんと降る雪の中、ザバーン……と穏やかに波音を響かせている海を。

ついさっき命を脅かされた海に向き合う姿は、まるで冒険小説の勇者だ。

みんなに背を向けたまま、語る。


「俺が海に出ている間、待っててくれる港だ。俺と、俺の大事な家族を自然の脅威から守ってくれる、頼もしい陸だ!」


振り向き、問いかける。誇らしげな笑みを浮かべて。


「それでいいか? ミナト」


カー―――ッコい――――――い!!!!!

……という、私の心の叫びがもうちょっとで声に漏れてしまいそうだった。

トウダイドリ……ミナトはこくんとひとつうなずいた。ふるふるっと体を揺らし、天に鳴く。


『クゥイッ!』


誰がどう見てもそれは「いいよ!」だった。

ニカッと歯を見せてダン様が笑った。


「そうか、よろしくな! ミナト!!」


わぁーっとラルドがミナトに抱きつく。


「ミナト! これから毎日俺と遊ぼーな!」


突然抱きつかれてびっくりしたミナトも、ラルドの無邪気な笑顔を見ると嬉しそうに体を上下させた。

ラルドはミナトの胸にぶら下がり、ゆらゆら揺らされ楽しそうに笑い声をあげている。


ミーニャさんもフッと笑った。

やれやれ、大きくて可愛い子供が一人増えたね、と言っているみたいに。


「ハナメ、新しいうちの子の育て方をしっかり教えてくれるかい? 大事な家族だからね」

「はい、もちろん!!」


私は元気よくノートを開き……ハッとした。

私がノートに書いたのは外見と能力だけ。生態や習性はおろか好きな食べ物すら考えていなかったのだ。

私、こんなふわっとしたイメージだけでミナトを生んでしまったんだ。

本当に、なんて無責任なんだろう……。

幻獣を好きなように好きなだけ生み出せる。私にとってこのノートはすごく魅力的で心の底から出会えてよかったと思ってる。でも、私に生み出された幻獣達は? シロちゃんも、ミナトも、私のわがままな思いから勝手に生を受けて、当の親は自分のことで精一杯。

アステルムは私を幻獣達の親にふさわしいと言ったけど……私、こんなノートを持つ資格なんてあるんだろうか……。


親になる。その責任の重さを私は理解してなかった。

すっかり自分自信に失望して私はうなだれる。


すると私の肩をミーニャさんがポンと叩いた。


「わかることだけで構わないさ。子供の育て方なんて千人いたら千人とも違う。わからないことは、これからミナトに教えてもらうからね」


沈みきっていた私を励ますようににっこり微笑むミーニャさん。


お母さんって、すごい。どこにもマニュアルのない、体質も性格も好きな物も能力もわからない未知の子供を1から一人で理解して育てるんだ。

わからなかったら、教えてもらう。子供をよく見て、研究する。

そんな発想全然なかった。


私は神様じゃない。幻獣ノートなんて持っているけど、生み出す力を借りているだけのただの人間だ。

私が決めなかったところは、生まれる子供が自分で選ぶ。私は想像できる限りのことだけ書き込めばいいんだ。


なんだか肩の荷を下ろしてもらったような気になっている私はやっぱり無責任かもしれないけれど、今はそれでいいと思った。

精進しよう。これから生まれる子供のために。


ミーニャさんがパンッと手を叩く。


「さあ、みんな! 帰って朝ご飯にするよ!」


クゥイッ! とミナトが鳴いて誰よりも速く家へと飛んでいく。

さっきまで頼もしかったミーニャさんがものすごくあわてて後を追う。


「待った! 冷蔵庫の魚は食べないどくれ!!」


私も、ラルドも、ダン様も、海に響くほど大きな声で笑ってしまった。

これから毎朝ミナトとミーニャさんはこのやりとりをするんだろうな、なんて想像しながら―――。

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