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火を起こせ! テントを張るんだ!!

まぶたの裏に感じる強い光がだんだんと消えていく。


 破裂しそうにドキドキする心臓。


 どんな世界だろう?


 何が待っているんだろう?


 始まる前から大冒険だな……。



 アステルムの声が言った。


「着いたぞ。目を開けるのじゃ」


 期待と不安で頭がはちきれそうになりながら、私はゆっくりとまぶたを開いた。



 現れたのは、森だった。



 名前のわからない色んな種類の樹と、花と、雑草が辺りに生い茂り、これまたやっぱり名前のわからない虫がちらほら飛んでる、あまり元の世界と変わり映えのない森。


 思わずつぶやいた。


「え? これ家の近所じゃなくて?」


 元私の家はけっこう田舎にあったのだ。


 アステルムが首を横に振る。


「れっきとした異世界じゃよ」


 いや……全然実感湧かない……。


 手近な樹を触ってみても特になんか魔力的なのを感じたりしないし、花や虫もあまり詳しくないけどなんか見たことあるような感じがする。


 もっとこう、妖精とか森の精霊とかそれこそ幻獣とか……ファンタジーっぽいの期待してたんだけど……。


 はっ、と顔を上げた。

 幻獣! さっきのリス!!


「ねぇ、あの子は? どこに行ったの!?」


 勢いよく振り向いた私に若干ひるみながらも、アステルムはにこりと笑った。


「あぁ、あの子じゃな。ではさっそくノートを使うかの」

「え? 特徴はもう書いたよね?」

「うむ、形はもうできておる。あともうひとつ必要なものがあるのじゃ」


 アステルムが指を振り、翼を持つあのリスが宙に現れる。

 さっきは気がつかなかった。リスはまだ、幽霊のように半分透けていたのだ。


「この幻獣に名前をつけるのじゃ」

「名前?」

「種族名というのかの。ノートから生まれる幻獣はこの世界にまだおらぬ生き物じゃ。名を持たねば、生まれてこられないのじゃよ」




 なるほど。新種の動物を発見した人が名前をつける感じかな? ポチとかタマじゃなくて、動物そのものを表す名前をつけるんだ。




 このリスの名前か……。


 鳥の羽根。モフモフの尻尾。青い瞳。真っ白……。


 白……


 私は宣言した。


「ハクリス!」

「安直じゃの」


 私が名前を言ったとたん、リスの周りがぱぁっと光りみるみる輪郭がはっきりしてきた。ピカッ、と最後に一瞬強く光るとリス……ハクリスは宙をくるりと舞い、私の胸に飛び込んできた。




 温かさが胸の上を駆け抜けた。


 ハクリスはたたたっと私の体を駆け登り肩に乗った。


 そして、キュウッと短く鳴いた。


 生きてる。可愛い。鳴いた!!


 嬉しくて全身鳥肌が立った。


「あ、アステルム!! すごい! 生きてる!!」


 裏返りそうな声で言うとアステルムが微笑む。


「その子はもう君の仲間じゃ」

「うわあああ、嬉しい!! ペットにしていいの?」

「うむ、もちろんじゃ。君のために生まれたのじゃよ」

「きゃあああ!! 名前! 名前つけなきゃ!」


 手を伸ばすとハクリスは手のひらに乗ってくれた。翼をパタパタさせて大きなお目々で私を見上げている。か、可愛い。なんて純粋な瞳! お手々がちょっぴり冷たくて骨っぽいのがなんかリアル! 生きてるんだから当たり前か。


 な、名前……! モフモフ……真っ白……


「シロちゃん!」

「安直じゃの」

「いいじゃん呼びやすくて! たくさん呼んであげたいもん、シロちゃん!」


 キュウッ、っとハクリスのシロちゃんは返事をしてくれた。もうこれはOKってことでいいよねっ!


 背中をそっと撫でてみるとシロちゃんは気持ちよさそうに伸びをする。私も気持ちいいです、モフモフ最高です……!


 ところがそのまま尻尾へ手を伸ばすと、シロちゃんは前足でピシッと私の手を叩いた。


 触られたくないみたいだ。


 でもリスパンチ全然痛くないしむしろキュンとする! シロちゃんもっとパンチしてして!! とにかく尻尾を触りたい私はシロちゃんの完璧なガードをなんとか崩してモフモフを堪能しようと格闘する。そろ~っ、リスパンチ! そろそろ~リスパンチ! ちょんちょん、リスパンチ!! 


 ひゅう、と吹いた風が私を我に返らせた。


「寒っ!!」


 そうだ。私はもう元の家に帰れない。こんなところでのんびりしていると日が暮れてしまう。とりあえず森から出て……宿屋を探せばいいのかな?


 あれ? 私って……




「お金、ってアステルム持ってる?」

「ん? 持っておらんが?」

「じゃあ宿とか泊まれないってこと?」

「そうじゃな」

「え? そしたら私今夜どこで寝ればいいの?」


 あれ? もしかしていきなり万事休す?


 私せっかく転移したのにもう凍え死んじゃう?


 にわかにサァーっと冷えてくる体と頭。私はあわてて幻獣ノートに飛びついた。



「温かくて雨がしのげて布団代わりになる幻獣……!」

「こらこら、そんなことに幻獣ノートを使うでない!」

「じゃあ、私どうしたら生きられるのよ!?」

「そうなると思って、ちゃんと用意してあるのじゃ」


 家? ああ、良かった。なんだ、ちゃんとあるのね。こんな森の中に家を建てるのは何かと不便かもしれないけど……この際仕方ないか。


 アステルムが指を振ると、ドサッと地面に落ちた。


「元の世界にあったキャンプセットじゃ♪」



 ………。



「いやいやいやいや!!」

「キャンプは嫌いかの?」

「嫌いとか好きとかじゃなくてやったことないから!私テントの張り方とか知らないよ!!」

「説明書は同梱されておるぞ?」

「仮にテント張れても火が起こせなきゃ寒いし!火の起こし方知らないし!!」

「む、火を起こすのはそんなに難しいのかの」

「アステルム魔法でできる?」

「すまぬ、できぬ」

「いや――――終わった――――!!!」


 こんなところで凍え死ぬなんて絶対イヤ! どうしたらいいの!?

 火を……火を起こすって、なんか石と石をぶつけるんだっけ? 木を擦ってるのも見たことある気が……ダメだ全然できそうな気がしない。

 テントとりあえず張る? 説明書は、どれどれ……ダメだ全然よくわからないできる気がしない……!


「アステルム!!」

「なんじゃ?」

「ここから町まではどうやって行けばいいの?」

「歩けば3日で着けると思うぞ」

「3日!? そんな遠いの!?」

「すまぬ、キャンプセットがあれば問題ないと思うたゆえ……」

「精霊の魔法でワープとかできないの?」

「俺にはそのような力はないのじゃ」

「詰めが甘すぎるよ~~私の生死がかかってるのに~~!!」

「申し訳ない……」

「ええ~っとそしたら、次の手は……」


 考えろ。なんとかして生き延びるんだ私!!


 こうなったらできる気しなくても何時間かかってもテントは張ろう。火は……火も、できる限り頑張ってみよう。あとは食料? 食べられるものってここにあるかな……?


「ねぇアステルム、人間が食べられる木の実とかってわかる?」

「見ればだいたいわかるぞ」

「よし、じゃあ食料はなんとかなるね」


 じゃあまずテントだ!

 改めてもう一度説明書を読み直す。またこのテントよりによって海外製、英語だらけで日本語の説明文が短い。載っている写真を見ながら見よう見まねで、テントになんかポールを通し始める。ポール通すだけなのになぜか上手く入らない。


 何か間違ってるのかな? 日本語の説明だけじゃやっぱりわからない……中学生の英語力でこの英文読めるかな……?


「ハナメ、説明書そんなに難しいかの?」

「これ海外製なんだもん……英文読解中」

「す、すまぬ……手伝えることがあれば言うてくれ」

「じゃあ、木の実集めてきてもらえる? 火は今日中に起こせるかわからないから、生でも食べられるやつね」

「承知した! 満腹になるほど採ってくるのじゃ!」

「うん、飢え死にはイヤだからね」

「……ハナメ、怒っとるかの?」

「集中してるから早く行ってきて」


 アステルムがしゅんと肩を丸めて飛び去っていくのなんて見ている余裕はない。日が暮れるまでになんとかテントを張らなければならないのだ。


 えーと、なになに……ポール? を、入れる? 順番……?


 説明書とにらめっこしていたその時だった。


「おーい、何してんのー?」


 明らかにアステルムではない、高い子供の声。

 私はガバッと顔を上げ振り向く。


 遠くの樹の向こうから男の子が手を振っていた。



 か……か……


 神様が現れた――――!!!!



 私は説明書を地面へ投げ捨て男の子の元へ猛ダッシュ、逃げられる前にその小さな両肩をがっちりつかんだ。




「うわっ」

「君、この辺りに住んでるの!?」

「お……おう、父ちゃんが漁師で、海がこの近くにあるから……」

「歩いてどれくらい? 君の足でも着くんだよね!?」

「す、すぐそこだけど、え?」

「泊まらせてくれないかな!?」


 誰かの家に泊まるなんてしたことがない私にとって、このお願いはかなり勇気のいるものだった。

 けれどためらってる余裕なんてなかったのだ。


 私のものすごい気迫に押されるように、男の子はこくりとうなずいた。




「う、うん……父ちゃんも母ちゃんも怒らないと思うし……いいよ」


 うわーん、良かった~~!! これで野宿しないで済む~~!!

 安心したら急にじわっと目頭が熱くなって、私は涙をこらえながらぎゅーっと男の子の手を強く握りしめた。


「ありがとう~~本当にありがとう!! 泊まるところが無くて困ってたのよ~~!!」


 私のリアクションと握りしめられた手を何度も交互に見る男の子は明らかに引いていたけれど、怖いから嫌だと手を振りほどくこともなくにっこり笑ってくれた。


「そ、そっか。助けになったんだな、良かった! 俺、ラルドっていうんだ。姉ちゃん名前は?」

「乃木崎花芽……あ、ハナメって呼んで!」

「うん! よろしくな、ハナメ!」

「こちらこそ!」


 ラルドに連れられて私はようやく、サバイバルの森から脱出することができた。

 繋いだラルドの手の温もりが私の命を保障してくれているようで……心の底からほっとした。



 そう、安心した私はすっかり忘れていた。

 アステルムに木の実集めをお願いしていたことを。



「たんまり採ってきたぞ、ハナメ! 今夜はごちそう……ぬぬ? ハナメどこじゃ?」



 後々聞いたところアステルムは、キャンプセットと木の実は魔法でしまえるものの幻獣ノートはしまうことができず、ずっしり重いノートを両手で抱えてハナメどこじゃ返事をしとくれ~と森中へとへとになるまで探し回ったそうだ。


 まぁ、これで色々おあいこってとこかなっ。



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