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幻獣ノートとの出会い

 私には友達がいない。できたこともない。

 でも空想上にはたくさん友達がいる。王女様、騎士、ドワーフ、エルフ、他にもたくさん。

 中でも一番大好きなのは魔法使い。火や水、時には天気も操り、時々実際に私を助けてくれるんだ。

 遅刻しそうな朝に晴れさせてくれたり、参加したくない体育祭に雨にしてくれたり。

 決まってそういう時は空に向かって感謝するんだ。


「ありがとう!」


 すると雲の切れ間を飛んでいく魔法使いが見える、気がする。


 そう、私にはたくさん友達がいる。だから寂しくなんてない。


 そう思っていた――――



「もうすぐ入学式でしょ? 部屋の整理をしなさいね、花芽」


 高校への入学を目前に控えた春休み。出勤していくお母さんにそう言われたので、面倒にならないうちにさっさと終わらせてしまうことにした。

 といっても、私の部屋は元々わりときれいだ。勉強に部活にプライベートに忙しい中学生にありがちな、教科書とジャージと洋服の山……なんていうのもないし。なぜなら私は部活に入っていないし、プライベートといえば部屋にこもって本を読むだけだからだ。

 自分の部屋こそ、世界で一番快適なプライベート。散らかっていては読書に集中できない。

 だから、唯一整理が必要なのは……。


「は~、やっぱ、ここだよね……」


 本棚に収まらない量の、行き場を無くした本の住処になっているクローゼットの中。

 私の部屋は狭い。本棚はできるだけ大きいものを置いてはいるけれど、それでもホームレスは生まれてしまう。ここへ行くしかないのである。

 そして残酷なことに、ここに住んでいる本はだいたい三軍。断捨離となれば、ここから選別していくことになるのだ。


 心苦しい。ここに住んでいる本だってもちろん興味が湧いて買ったもので、1週目はとてもわくわくして読んだ本ばかり。1周だけとはいえ私を心ゆくまで楽しませてくれて、新しい空想の友達をたくさん作ってくれた思い出の本なのに。

 なにも捨てるために買ったんじゃないのに。


 でも、積まれた本はクローゼットの天井へ届こうとしている。ここを選別しないと新しい本が買えなくなるのも事実だ。

 くっ……みんな、ごめん。本当に申し訳ない。断捨離させてもらいます……!


 山の一番上にある本から順番にタイトルを見て、残すか捨てるか分けていく。

『はぐれ猫サントスの冒険』

 これは泣ける名作! 明日もう一回読もう。

『女騎士ナターシャ』

 うーん、これも良かったんだよね~! シリーズ全巻あるはず……でも、思い切ってシリーズまとめて……いや、でもなー……とりあえず、保留。

『チッチと森の仲間たち』

 癒されたよね~! 動物がしゃべる系はマスト! でも、取っておくほど好きかと言われると……うーん。


 やっぱり、こうやって手に取るとみんな捨てがたい。

 鮮やかに物語がよみがえって心をときめかせ、それでも捨てるの?と揺さぶってくる。

 うーーん、片付かない……終わらない……!


 ほぼクローゼットの中身を部屋に散らかす感じで、私の両脇に取っておく本と保留の本の山ができていく。

 半分仕分けたくらいのところだった。

 見覚えのない本が出てきたのは。


「ん? 何、これ?」


 ステンドグラスのようにずいぶんと装飾の凝った、カラフルな本。表紙にも背表紙にもタイトルが書かれていない。ブックカバーかと思い剝がそうとしたけれど、どうやら違う。元々タイトルがないのだ。

 こんなの買ったかな……?

 かなり下の方に積まれてたし、子供の頃お母さんに買ってもらったやつとかかな?


 本を開いてみる。

 1ページ目に横書きで書かれていた。


『君の想像力で、どんな幻獣も生み出せる!特徴をノートに書いてみよう』


 次以降のページは全て白紙のノートだった。


 本じゃなくてノートってこと?

 こんなに分厚くて凝ったデザインの?

 本当に記憶にない。


 でもちょっと、いやかなり面白い。

 想像して書くだけで幻獣が生まれるなんて、まるで魔法使いみたいじゃない! 召喚魔法よりすごい! もしかして記憶にないだけで、昔、遊びでこんなノート買ってもらって作ったのかもしれない。ファンタジーオタクの私がいかにも考えそう。


 やってみようかな。

 そうね……

『チッチと森の仲間たち』に出てくるリスに、少し手を加えてみよう。青い瞳に体は真っ白、背中に鳥のような翼があって飛ぶことができる……。


 特徴をノートに書き込む。まるで魔法陣を描いている気分だ。頭の中には魔力を持つ神々しいリスがはっきり浮かんでいる。

 書き終えてノートを床に置くと、私はページに片手を当てて目を閉じ、それっぽく呪文を唱えてみた。


 あれ? なんだか体がふわふわしてきた。ふふふ、テンション上がってるからかな。

 いい年して魔法使いごっこなんて、誰かに見られたら恥ずかしいな。


 さて仕分けに戻ろう、と目を開けて……

 私は固まった。


 周りのものが一切なくなっていたからだ。


 本の山もない。クローゼットもない。

 部屋もなくなっている。

 何もない空間に私、浮いてる。


 目の前にノートも開いたままぷかぷかと浮いていた。

 そして……

 その上に、人がいた。


 人、と言っていいのかわからない。

 本の上に乗るくらいの小ささなのだ。

 まるでファンタジーに出てくる妖精のように。


「君が、幻獣ノートを使ったのじゃな」


 いや、この人、羽がない。それに本から出てきた。

 これは妖精じゃなくて……


「……精霊?」


 私がつぶやくと、精霊のような人は目を丸くした。


「おお、何も言っておらんのに物分かりの良い子じゃ。俺はこのノートの精霊じゃ」

「えっ……! え? 本当に?」

「本当じゃ。幻獣ノートの精霊、アステルムという」


 物分かりがいい、それはそうだ。天使と堕天使の違い、勇者と騎士の違い、私はありとあらゆるファンタジーを知り尽くすオタク。妖精と精霊の違いくらい条件反射で答えられる。

 それくらいはわかる、けど……この状況は全く理解ができません……!!


 アステルムと名乗った精霊は、私の顔をじっと見つめにこりと笑いかけた。


「ノートが本物とは思わなかったようじゃの。じゃがこれで君は幻獣ノートの主になったのじゃよ」

「主……?」

「ここは世界と世界を繋ぐ"はざまの空間"。精霊の魔法でしか入れぬ特別な場所」

「はざま……世界の……?」

「決断の時じゃ」


 にこにこしていたアステルムは急に真剣な顔になり、宙に魔法で映像を映した。私の何気なく過ぎていく日常を一本のホームビデオにしたようなものだ。

 ごはんをお母さんと食べる朝。学校で先生の授業を受けて、休み時間は盛り上がるクラスメイト達の輪に入らず一人で分厚いファンタジーの文庫本を読む私。それだけでは飽き足らず、帰ってからもお母さんの作ってくれたサンドイッチを頬張りながら続きを読んでいる。


「幻獣ノートの主となれば今この世界で暮らす日々を捨て、幻獣の息づく異世界へと転移することになる。君に、その覚悟はあるかの?」


 そんなこと急に聞かれても……。

 お母さん以外周りに誰もいない退屈な私の毎日を彩ってくれていたのは、ファンタジーだ。エルフやドワーフに会いたい、騎士や王女様と友達になりたい。異世界に住めば、その夢は叶うのかもしれない。そう思っただけで体はいてもたってもいられなくなる。

 でも、現実に私を見守ってくれていたのはお母さんで……今だって私のために働いてくれてる。

 お父さんが亡くなってからずっと……


 うつむいて黙った私に何か迷いがあると思ったのだろう、アステルムが問いかけてきた。


「何が心配なのじゃ?」

「……お母さんが……」


 つぶやくと、頭にふわっと温かさが乗った。

 顔を上げるとアステルムが目の前にいた。

 頭を撫でてくれたのだ。


「君は優しい子じゃな。幻獣達の親にふさわしい」


 アステルムが目の前で微笑んでくれる。

 うわ。小さいからよく見えなかったけど、アステルムって近くで見ると……整ったきれいな顔。切長の目、すっと細く引かれた眉、平安時代の人みたいに見えるけど、鼻筋は高くて外国人みたい。

 肩までかかる髪は空みたいな青。肌も青白くきらきら光ってる……。


「心配はいらぬ。君がもしも転移を望むなら、元の世界での君の記憶は世界からすべて消える」

「すべて……いなかったことになるの?」

「そうじゃな。君自身は少し寂しく感じるやもしれぬが……君の母が寂しがることはない」


 存在が消える。ファンタジーでよくある話だ。

 いざ突きつけられるとこんな気持ちなんだ……。

 寂しいというか、怖い。一回死ぬ、と言われたようで。

 でも確かにそれなら心配はいらない。純粋に私の気持ち次第で動いていいんだ。


 アステルムがちょいっと指を回す。

 衝撃的なモノが目の前に現れた。


「ちなみに、これが君の生み出した幻獣じゃ」

「!!!!!」


 翼の生えた小さなリスが、くるくるとゼンマイ仕掛けのように飛び回っているではないか!!

 白い翼はつやつや、全身の白い毛はフサフサ、尻尾は思わず手を伸ばして触りたくなるモッフリさ。深い湖のような青い瞳に吸い込まれてしまいそう……!!


「君が元の世界で暮らすことを選べば、この幻獣は生まれなかったことになってしまうのじゃが……」


 最後まで言わせなかった。

 私はアステルムの小さな手を取り前のめりになって宣言したのだ。


「行きます! 私を異世界の住人にしてください!!」

「おお? 先ほどまでの心配はいずこに……」

「この子が生まれられなくなるくらいなら、私の退屈人生喜んで投げ飛ばします!!!」


 この子と暮らしたい。

 他にもたくさん幻獣を生み出したい。

 神々しい子、凛々しい子、可愛い子、もう頭の中は幻獣でいっぱい。

 こんな素晴らしいノート、手放したら一生後悔する!!


 両目をらんらんと輝かせる私にアステルムは目を白黒させていたけれど、やがてふっと笑みをこぼした。


「やはり俺の見込みは間違っていなかったようじゃな。では出発の儀式をするぞ」

「はい!!」


 アステルムが私に背を向けて宙を飛び、大きく円を描く。

 円の中からまばゆく青い光があふれだす。

 今までより低く響く声でアステルムが言う。


「幻獣とともに生きるのであれば俺についてくるがよい。ただしさすればもう元の世界には戻れぬ。行くも帰るも、君の自由じゃ」


 アステルムが振り返り、問いかける。


「確認するぞ。本当に転移してよいのかの?」


 一抹の不安が頭をよぎる。

 初めての世界に、一人で飛び込む。誰一人知らない人、知らない土地、知らない世界に。

 でもきっと待っているのは夢の暮らし。

 頑張れ。行くんだ、私!


 私は大きくうなずいた。


「はい!!」


 私の声に反応するように青い光がぶわっと強くなった。

 まぶしい。思わず目を閉じる。

 アステルムの声がする。


「よい返事じゃ。これからよろしくの、ハナメ」


 こうして私は元の世界に別れを告げ、異世界で生きるハナメとなった――――。


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