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愛を唄うライオンの協奏曲

作者: 幸京

段々と日が短くなりかけ、冷え込んできた夕方の帰宅時、私は双子の彰に完成間近の創薬の話をする。

初めから理解出来ないとは分かっているけど、興奮して誰かに話したくて仕方なかった。

それが勉強がまったく出来ない双子であっても。

「どう、彰、凄くない。これなら人を意のままに操れるよ」

「いや、茜、怖いよ。そんなの、ダメだよ」

「何がよ?別に悪用はしないわよ」

「やだよ、怖いよ」

彰は、青ざめた顔をしながら私を見る。

こいつは本当に私と双子なのだろうか?

昔から私は活発で社交的、勉強も運動もそこそこ出来た。

対して彰は大人しく、人見知りで、勉強も運動も出来なかった。

周囲は双子と知ると驚き、そして決まってこう言った。

まったく正反対ね、と。

もちろん私も、誰にだってこんな話をするつもりはない。

彰だからしているのだ。臆病者だから誰にも漏らさないし、

そもそも原理そのものを理解出来てはいない。この先、こいつは大人になっても理解は出来ないだろう。

私は昔から自分が周囲とは明らかに頭の出来が違うと理解しており、そしてそれを隠している。

3歳の時だった、母に一度絵本を読んでもらった時に平仮名を覚えた。

後日、私が読んでもらった絵本をそのまま声を出し読み返すと母は驚き喜んだ。

「凄い、面白かったんだね、内容を覚えている」

絵本は大して面白くなかった、私はただ絵本に書いてある文字を読んだだけだ。

ただ母が喜んでくれ、平仮名を理解したとは思っていないことは分かった。

だからは私は、母の思う通りには字を読めないふりをした。

なぜなら母はとても優しいからだ。そんな母が大好きだからだ。

ただ故に、よく辛い目に遭わされた。

親族や友人にお金を騙しとられたり、不要な物を買わされたり、父に浮気されたり。

とても優しいのに辛い目に遭う、そんな母に対してどんなことでも違うと言いたくなかった。

どう考えても母は間違っていない、間違っているのは周囲だ、母を悲しませる奴らだ。

私は小学2年生になる頃には、大学の教授である父の書斎にある本を読破した。

もちろん誰にも秘密だった、はずだった。

小学3年生のある日のことだった。下校時に突然、彰が私に尋ねてきた。

「ねぇ、茜。もしかしてお父さんの部屋の本が読めるの?」

ドキッとした。見られているとは気づかなかったし、母に見つかっても適当にページをめくっているふりをしていたからだ。私は慌てて周囲を見渡し、2人しかいないことに安堵する。

「・・・読めないよ。漢字ばかりだし」

「そうなの?何か、分かっているかんじだったから。茜はもしかしたらすごく頭が良いんじゃない?その、ものすごく」

「違うよ。成績だって、すこし良いくらいだし」

私はある計画のために目立ちたくなかった、そのために成績もほどほどに抑えて、

周囲との良好な関係を築いていた。

「・・・嘘だ。茜の癖だ、嘘をつくと左手で右のほっぺをかく」

本当に驚いた、目を見開き彰を見ると、彰は悲しそうに俯いていた。

「何で嘘なんてつくの?もしかして僕がバカだから?だからえんりょしているの?」

「はぁ?違うよ。ただ目立ちたくないだけ。あのね、私が本気だしたら絶対周囲が騒ぐよ。お父さんの論文の欠点だって指摘出来るんだから。だから分かる、お父さんは頭が良くない」

「そんな・・・、みんな言っているよ。僕達のお父さんは日本で一番の大学の教授だって。凄く頭がいいから、だから僕はよくみんなに馬鹿にされる」

いつの間にか彰には私の秘密を話していた。それでも計画の話はしなかった。

これだけは絶対に私だけの秘密だ、段階は既に半分まできており、おそらく来年には実行出来る。

僅かな量でも意識を朦朧とさせる粉末、これを身体にかけ事故に見せかけるんだ。

その後、小学4年生の秋、計画が予定通りに行き、あの女がトラックに轢き殺された。

私は充実感に満たされた。母を悲しませる奴は私が全て殺す。いつまたそんな輩が現れるか分からない、だから新しい薬の開発に取り掛かっていた。


そして今、今度は人を意のままに操る薬が完成間近であることを彰に話していると、

斜向かいの青山さんが帰宅するところだった。

「こんにちわ、茜ちゃん、彰くん。今帰り?」

「はい、そうです。青山さんも帰りですか?」

「うん。今日は生徒会はなくて、早めに帰られたの」

青山さんは地元の進学校の生徒会長をしており、それも教師による推薦によるものだった。

誰にでも優しくて、昔はよく遊んでもらった。

こんな美人で頭も良くて優しい。そんな青山さんが私は大好きだ。

「・・・こんにちわ」

横にいた彰は、相変わらず人と話すのが苦手で俯きながら小声で答えている。

保育園の時からよく遊んでもらっているのにこいつは本当に・・・、情けなくなってため息が出る。

ただそんな彰にも青山さんは微笑みながら「こんにちわ、彰くん」と答えてくれる。


フフフ、やっぱり彰くんは恥ずかしがりやだな。

いつからかは分からない、いつ間にか私の頭の中には男女の双子がいた。

中学生の時、両親は私が多重人格者ではないかと心配になり病院に連れて行ったが、

医者からはただ想像をしてそれを話しているだけであり、そんなに心配することはないと言われた。

診断結果に両親も私も安堵したが、ただ念のため、来週もう一度通院する様に言われた。

後日、改めて通院すると以前の医者と、その周囲に白衣姿の男女が10人程いて、

その人達により様々な検査が一日かけて行われた。

頭や身体に多くのコードを付けられ、様々な質問をされた。

家族、学校、趣味、好きな芸能人、嫌いな食べ物、そして茜ちゃんと彰くんのこと、等。

医者達の表情が険しくなり、空気が張り詰めたのは茜ちゃんの話だった。

私は聞かれた通りに話しただけだった。

茜ちゃんは凄く頭が良くてお母さん想い、その頭の良さで様々な創薬が出来る。

その薬で、お父さんの浮気相手を朦朧させ事故に見せかけ殺した。

そんな私の想像を医者達は青ざめながら聞いていた。

もう一度ゆっくり話すように言われたのは、その創薬工程だった。

周囲の医者達は私を睨みつけるように、そして怯えるように話を聞いていた。


私は学校カウンセラーとして、やよいの通学する高校に勤務している。

機関からは、やよいが茜と彰の事を周囲に漏らさない様に見張り、

そしてやよいから話される茜の話を報告するように言われた。

あの頭脳は脅威だ、希望だ、世界を手に出来るぞ。

上司は興奮を抑えきれない様子で、脂ぎった顔に光悦した表情を浮かべ震えながら言った。

やよいの頭の中で生きている茜、その頭脳は使い方次第でとんでもないことになる。

「先生、今回の中間テスト、彰くんが英語で平均点とったんだよ。勉強頑張ったもんな~」

昼休みのカウンセラー室、やよいは我が事の様に嬉しそうに話す。

この学校で茜と彰のことを知っているのは、やよいを除けば私だけだ。

やよいや両親には改めて医者から、実際は国の極秘機関から茜と彰の話は周囲には話さないように言われた。人と比べて想像の力が強く、周囲との良好な関係性を築くためという口実で。

ストレスをため込まないために、学校カウンセラーである私以外には。

ただ、私はそんな事はもうどうでも良い。

やよいに何かあれば私が守ればいいのだ。やよいを愛する私が、守ればいい。

「やよい、良かったね。彰くん、勉強頑張ったんだね」

そう言って、私は愛する人を後ろから抱きしめる。


このカウンセラー、鬱陶しいな。

お前が惚れている青山やよいは、もういないんだよ。

その彰くんが乗っ取っているんだよ。

俺はもう1年も前に、この青山やよいの体を乗っ取っている。

茜は首を捻じ曲げて殺した。

クソじじいの浮気相手を薬でふらつかせたのは茜だが、

その相手を突き飛ばして事故に見せかけたのは俺だ。

ばばあも浮気されたくらいでいちいち泣くんじゃねーよ、クソが。

邪魔な奴、気に入らない奴は殺せばいいんだ。

青山やよいは特に邪魔だった、こいつが俺を生かしている。

そしていつでも消せる、文字通り消せる最も恐ろしい女。

生きるためにはただ一つ、こいつと代わればいい。

茜が作った人を意のままに操る薬を使って、意識を消滅させ入れ代わった。

創薬が理解出来たのは、茜が暇つぶしで創薬した頭脳が飛躍する薬を服用したからだ。

薬を飲んだ瞬間、今まで茜が得意気に話していたよく分からない薬の話も全て理解出来た。

そして自分達が青山やよいの空想の人物であることも。

カウンセラーは何も知らず、まだ後ろから抱きしめたまま、顔を寄せ胸元に手を伸ばしてきた。

俺は考える。ふらつかせ事故に見せかけるか、首を捻じ曲げるか、薬で操った誰かにやらせるか。

俺は思う。どいつもこいつも、死んじまえよ。


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