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ひまわりに引力はあるか

作者: 佐月依子

季節外れの掌編です。

主人公・涼は男女どちらでもお好きな方でお楽しみください。


 赤いリボンが巻かれた麦わら帽子を拾い上げて、涼は途方に暮れていた。周りは、見渡すかぎり自分と同じくらいの背丈のひまわりばかりである。それなりに面積のあるひまわり畑の中、申し訳程度に作られた遊歩道の分かれ道の手前に、この麦わら帽子が落ちていた。


 持ち主に、心当たりがありすぎる。冗談や何かの悪ふざけならいいのだが、そうと言い切ってしまえない気持ちが頭の片隅にあった。

 どうして、こんなことになっているのか……時は三日前に遡る。





「ひまわりに、特別な力ってあると思う?」

「……は?」


 昼下がりの教室でふいに問いかけられて、涼はそんな返ししかできなかった。


 問いの主は、友人と言っても差し支えないだろう間柄の女子生徒。名前は橋本陽菜という。涼し気なボブの黒髪に、銀色のピンが光を反射した。彼女は涼の前の席に横向きに腰かけて、体を涼の方へ向けている。


 陽菜の表情は、真剣なんだか面白がっているのか真意が読み取れない。きりりとした黒目はじっと涼を見据えている。問いの意味も全く読めない。


 涼が半ば呆れながら黙っていると、陽菜は何食わぬ顔でつづけた。


「要するに、ひまわりに引力はあると思う? ってことを聞きたいんだけど」


 ……何もわからない。


「それ何も要せてなくない?」

「頑張って」

「いや頑張るのは陽菜の方でしょ」


 どう説明したらいいんだろう、と呟いて視線を巡らせた陽菜が、ぱっと一点に目を留める。


「ていうかさっきのプリントもうやってんの?」

「うん。だから話まとまるまで邪魔しないで」


 涼がそう言ってプリントに目線を落とすと、陽菜が立ち上がって自分の席の方へ向かうのが視界の端に映る。


「待って私も今やっちゃおう」

 陽菜はとことん自分のペースだ。そうしてしばらくは、二人とも目の前のプリントを片付けることに集中した。


 夏休みに入ってすぐの五日間、ちょっとした夏期講習が学校で行われる。高校二年ともなれば結構な人数が参加しており、涼と陽菜もそうだった。

 今日はそんな夏期講習も折り返し、三日目の水曜日。午前中で終わる講習だが、そのまま教室で昼食をとる生徒も少なくない。その大半は午後の部活動へと繰り出していき、昼食後も残っているのは数えるほどだ。


 残っている者は、友達とおしゃべりに興じたり、一人黙々と勉強したりと様々だ。


 涼は一見後者だが、勉強といってもその日の講習で出された課題プリントを片付けるだけで、終われば早々と帰る。家に持ち帰ると放置して遊んでしまうのは講習一日目で学んだ。


 陽菜は前者だ。さして集中しているわけでもない涼の耳には、陽菜とその友人たちの楽しげな笑い声が入ってくる。昨日までは涼に話しかけてくることはなかったのだが、どうやら今日は友人たちが先に帰ってしまったらしい。どうせ暇を持て余して、まだ残っている涼を発見したといったところだろう。


 涼と陽菜は、小中高と同じ学校だ。これだけ聞くと幼馴染のようだけれど、そんなこともない。同じクラスになったのは小一小二の二年間と、高二の今だけだ。古い縁だが深くはない。……が、それなりに気安く話せる。今の高校で同じ中学出身が互いだけなので、なんとはなしに話すようになった。


 プリントを終わらせて顔をあげると、陽菜はもう終わっていたようで、また前の席に座っていた。


「……早かったね」

「私わかんないとこ飛ばしてるもん」


 陽菜はあっけらかんと言い放つ。そのなんとなく腹の立つどや顔のまま、陽菜は話をつづけた。


「さっきの話なんだけど」

「うん」


 早く帰りたいので、涼はおとなしく聞くことにした。


「なんかこうさ、桜に攫われる、とかっていう表現? があるでしょ」

「聞いたことはある」


 つくづく日本人は桜が好きなのだと思って、印象に残っている。桜の下にはなんとやら、という表現もあるくらいだし、桜には神秘的なイメージがあるのだろう。


「それの夏バージョンが、ひまわり畑でいなくなる、的なやつなんだって」

「ふーん」


 初耳だ。


「秋はなんだったかな、忘れた。冬はたしか雪山で消えるとかなんとかそんな感じ」

「四季全部あるんだ」

「そうみたい」

「冬だけなんかリアルだね。それただの遭難じゃん」


 少なくとも春と夏に比べて、超常現象らしさはない。思ったまま口にすると、陽菜も深く頷いて補足する。


「なんか定型表現というよりは、そういう風にいなくなっちゃいそうなシーンは春の桜に限らずあるよね、みたいなことらしくて」

「へえ」

「相槌適当だなー」


 陽菜がじとりと目を細めたので、まじめな表情を作って続きを促す。


「それで、ひまわりについて考えてたわけ?」

「そう」


 待ってましたとばかりに頷く陽菜に、ちょっとだけ笑いそうになる。


「どう思う? 桜に攫われるのはわかるんだよね。でもひまわり畑ってそんなないしさ、人がいなくなりそうな感じある? あんまなくない?」


 勢いがすごい。この話題でこんなに熱くなれるとは、と妙に感心しながら、涼は意見をひねり出した。


「うーん……、逆にその滅多にない特殊な環境だから、とか? いかにも夏って感じもするし、いなくなるエピソードがあってもおかしくはない、と思う」


 反論されて面白くなかったのか、ぎゅっと眉が寄せられる。


「でもひまわりだよ? 儚さとかないし、むしろ元気の象徴な感じがする。夏なら、めっちゃ晴れてる日の学校の屋上とかの方が誰かいなくなると私は思う」

「発想が怖いよ。それいなくなるっていうよりさ……」


 呆れた涼がさらに反論しようとすると、陽菜はそれを遮るようにこんなことを言った。


「というわけで、実際にひまわり畑とやらに行ってみようと思う。一緒に行かない?」


 言われたことを正しく飲み込むのに、数秒を要した。


「……え? いや、そういうのは仲良い子と行きなよ、人選ミスだよ」

「ふーん、友達だと思ってたのは私だけってか」


 やさぐれてしまった。


「や、どっか一緒に行ったりする友達ではないでしょってことで……」

「なに? 学校だけのお友達ってか? 学校の外では私ら他人か?」

「なんだその絡み方……」

「いやー、あの子らと行ってもし私がぱっといなくなったりしちゃったら大変な騒ぎになるよ、ほら私愛されてるから」

「さっきからキャラブレブレだよ」

「こういうくだらない検証みたいなのは、普段からくだらない話をする友達と行くもんでしょ」


 よくわからない持論を展開しだした。涼はとうとうめんどくさくなって、折れることにする。


「あーはいどうせ暇だからいいよひまわり畑行って帰ってくるだけでしょ、わかったわかった」

「よし、言ったね? じゃあ来週の月曜日だから、よろしく。後でまた連絡するから」


 陽菜はそう言うと、呆れる涼の返事も聞かずにさっさと帰っていった。

 ……横暴だ。






 そして月曜日。気持ちいいくらいの快晴だ。


 小一時間電車に揺られてたどり着いたそこには、さして乗り気でなかった涼も目を見張るほどの景色が広がっていた。開園時間よりやや早い朝の時間帯だからか、人もまばらで見晴らしもいい。


「うわーすごい! 夏感すごい!」

「よくそんな大声出るね」


 じわりと滲む汗にぐったりとしている涼とは対照的に、陽菜は今にも走り出さんばかりにはしゃいでいる。そんな陽菜は、淡いピンクのキュロットに白いトップス、赤いリボンが巻かれた麦わら帽子、それに似た素材のサンダルと、それこそいかにも夏感のある装いだ。


「だって青い空にもくもくした白い雲、まっ黄色のひまわり、絵に描いたような夏じゃん! 叫びたくもなるよ!」

「まっ黄色って……」


 情緒のかけらもない。

 興奮してしゃべり続ける陽菜の話を半分聞き流しながら、ひまわり畑まで少し歩く。


 近くまで来て、涼は思わずつぶやいた。


「なんかひまわりでかくない……?」


 それを受けて、陽菜がにやりとする。あまりいい予感はしない。


「より人がいなくなりそうな、背の高いひまわり畑を探してみました!」

「はあ、ご苦労様です」


 無駄に誇らしげだったので適当に流しておいた。なんにせよ、ひまわりの迫力がすごい。間近で見るのが初めてだった涼は、すっかり圧倒されていた。


「中を通れる遊歩道があるんだって、行ってみようよ」


 矢印の形状をした案内版を指さして、陽菜が言う。けれど、涼は首を振った。


「ちょっとここで写真撮ってからでいい?」

「いいよもちろん。私も撮ろうかな」


 二人してスマホを取り出して、しばし撮影タイム……になるかと思われたが。

 パシャっと小気味よいシャッター音が一度。


「よし、撮れた」


 満足そうに頷いて、陽菜はさっさとスマホをしまった。


「……早いね」

「あ、まだ撮る? どうしよ、正直はやく行ってみたくてしかたないんだよね……先行っててもいい?」

「え」

「ゆっくりのんびり歩いてるから! すぐ追いついちゃうよ、だいじょぶだいじょぶ」


 言いながら、陽菜の足はだんだんと遊歩道の方へ向かっている。


 止めても無駄だと思った涼は、自分もさっさと写真を撮ってしまうことにした。

 そして、納得の一枚を撮り終えて、陽菜の後を追ったのだが……。


 遊歩道に入ったところからは陽菜の姿が見えず、急ぎ足で最初の分かれ道までたどり着いた涼を待ち受けていたのは、陽菜の被っていた麦わら帽子だった。


 すうっと周りが暗くなったように感じた。

 慌てて周りを見回すも、背丈の高いひまわりで見通しが悪い。


 おそらく分かれ道のどちらかに進めばいるのだろう。はしゃいで走ったかして、帽子を落としたのに気づかなかったとか、きっとそんなことだ。

 そうは思っていても、どうしても気持ちは焦ってしまう。

 じっとしていられずに、帽子が近くに落ちていた方の道へ、進んでみることにした。


 そちらの道は蛇行していて、先を見通すことができない。焦りは増すばかりだった。

 このまま進んで、逆に遠ざかってしまうことも考えられる。次第に歩みは遅くなり、ついには立ち止まってしまった。


 どうする。引き返すか。

 一度外へ出て、出口で待つ方が確実だろうか……そもそも出口がいくつあるのかも把握できていない。


 涼はくるりと向きを変え、分かれ道のところまで戻ろうと歩き出す。

 そこで無意識に、麦わら帽子を持っていない方の手が、背負っているリュックの肩ひもを掴んだ。


 ……そうだ、スマホ。

 どうして今まで気がつかなかったのか。なんだか力が抜けてしまって、そこで体がこわばっていたことにも気がついた。

 全く、焦るとろくなことがない。

 涼はリュックからスマホを取り出して、陽菜に電話をかけた。


 呼び出し音が鳴り始める。すると急に、もし電話に出なかったら、なんて考えが浮かんできた。不安になって、涼は祈るような気持ちでスマホを握りしめた。

 ふっと、呼び出し音が止まる。

 その瞬間、自分でも驚くくらい、大きな声が出た。


「今どこ!」

「……え、あの、ごめん、入れ違っちゃったかな……今はいったん外に出てて……あ、私の帽子見てない?」

「……帽子なら拾ったよ」

「……ごめん、ありがとう。えっと……」

「さっきの入り口のところにいるの?」

「うん」

「じゃあそっち行くから」

「はい」


 電話を切って、急ぎ足で元来た道を戻る。走るのはなんだか癪だった。


 取り乱してしまったのが恥ずかしくなるくらい、電話の向こうの陽菜はいつも通りだった。少し腹が立って、そっけなくなってしまうのを取り繕うこともしなかった。





 遊歩道から抜けると、所在無さげに立っている陽菜がいた。


「あ……い、行ったり来たりさせてごめん……」


 ごもっともなのでありがたく謝罪は受け取って、涼は帽子を差し出した。


「はい。なんでこれあんなとこに落ちてたの? ていうかどこ行ってたの、全然見つけらんなかった」

「ほんとごめん、我ながら勝手な行動でした……いやー見事にはぐれたね、申し訳ない」


 陽菜の表情からは、本当に悪いと思っているのだろうことは伝わってくるのだが、質問には一切答えていない。


 さては、しょうもない理由だな。

 じとっと見続けていると、根負けしたのか陽菜はバツが悪そうに顔を背けて、幾分か小さな声で話し始めた。


「……まとめると、虫から逃げてました」

「……は?」


 聞き返すと、陽菜は勢い込んで続ける。


「なんか超でっかい虫が飛んでて、寄ってきたら払おうと思って帽子持ってたのね」

「うん」

「そしたらあろうことか帽子に虫がとまって、なんかでかいし蜂っぽいし、反射的に放り投げてダッシュで逃げました」

「はあ」

「そしたら意外と近くに出口があって、とりあえず外に出て、現在地がいまいちわからなかったから、スタート地点に戻ってきた。以上」

「しょうもな……」

「うわーもう自分でも情けないけど蜂ってかおっきい虫ほんと無理なんだって!」

「そういうのって刺激したら逆に危ないんじゃない?」

「そうかもしれない」


 真面目に頷くその顔に、涼はとうとうこらえきれずに吹き出してしまった。


「ほんとあほみたいな理由ではぐれてて笑うしかないよね」


 陽菜もそう言って、ひとしきり笑っていた。






 その後、ひまわり畑を満喫した二人は、近くにあった売店でソフトクリームを買って一息ついていた。

 特別おいしいというほどでもない、よくあるその味に、なんだか妙にほっとさせられる。


「ところで、本来の目的だった検証結果はどうなったの?」


 食べ終えた涼がそう聞くと、陽菜は最後の一口のコーンをもぐもぐと飲み込んでから答えた。


「うーん……私的には、まあわからなくもないかなって感じ」

「微妙だね」

「どう思った?」


 聞き返されて、少し考える


「いなくなるっていうよりかは、普通に見失うよね、って感じかな」

「なるほど」

「でも、見失った結果、急にいなくなったって感じるのも無理ないかも。実際、さっきは結構焦ったし」

「え……もしかして、いなくなったかもってちょっと思った?」


 陽菜は少し驚いているようだった。


「そりゃ、状況として出来すぎてたから、帽子落ちてたり。それにいなくなるがどうこうって話もしてたし、違うだろうって頭では思っててももしかしたらって」

「そっか、だからちょっと怒ってる感じだったんだ」

「……そんなだった?」


 あまりそうであって欲しくない。けれど陽菜はうなずいた。


「ちょっとね」


 なんだかそれは、結構恥ずかしいことのような気がする。涼が陽菜の方を見れないでいると、陽菜は少し笑ったようだった。


「でも、なんかうれしい」


 思わぬ言葉に顔を向けたが、陽菜はこちらを見なかった。


「私がいないってなったときに、ちょっとでも焦ったりしてくれる人がいるんだなあって思って」


 そう言って笑った横顔は、普段の彼女に似つかわしくない、頼りなげなものだった。




 そのときから、涼はひまわりと聞くたびに同じことを考える。

 ひまわり畑でふっといなくなってしまうような人というのは、あんな顔で笑うのかもしれない。



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― 新着の感想 ―
[一言] はあ… 凄い引き込まれました(°ー°〃) ハラハラ… ε-(´∀`*)ホッ ……ちょっと心配の余韻を残して… ひまわり畑、魔力、引き込まれ力… お友達と仲良く無事未来を(/´Д`)/〜…
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