大魔王は後悔している
黒く聳える城。その謁見の間は、静寂に満ちていた。
最奥に置かれた玉座には、黒髪の青年が座っている。頭には白い角が生え、細い手足を覆うようにマントが長く床に垂れていた。
青年は、その漆黒の瞳に愁いの色を乗せていた。僅かに開いた唇から、溜め息に似た吐息が漏れる。
この城は〝魔王城〟と呼ばれていた。その城主である青年は、人間に〝大魔王〟と恐れられる存在だった。
この城で生まれ、この城で育った。青年は当然のように父の後を継ぎ、大魔王となった。青年にとってそれはとても自然なことで、文句も不満もなかった。
人間の王が勇者を魔王城に派遣したという噂は、すぐに青年の耳に入った。だから、勇者がここに来るまでに自身の腕を磨き、勇者を待ち構えていた。それも、青年にとって極当然のことだった。
あくる日、その時は訪れた。城の要所に配置した魔物達は悉く倒され、勇者は青年の前に現れた。
青年と勇者の戦いは、三日三晩続いた。旅の疲労と城の魔物達との戦闘で、傷つき疲弊していた勇者だったが、万全の態勢であった青年と互角に戦えるほどの力を持っていた。
雌雄を決したのは、互いの渾身の一撃だった。同時に放たれた攻撃は、二人の間でぶつかり、爆発し、四散した。
気がついた時には、この謁見の間に一人、青年は立っていた。
目の前にいたはずの勇者はおらず、周囲は静かだった。あまりにも静か過ぎて、背筋がゾッとしたのを覚えている。
いつまで経っても勇者は戻らず、青年自身の出す音以外に物音一つ聞こえない為、彼はその強大な魔力を操って状況を調べた。
すると、驚愕の事実に辿り着いたのである。
どうやら四散した攻撃は、どこまでも遠く、この世界の果てまで到達したらしい。それは生きとし生けるもの全ての命を刈り取り、消し去った。
つまり、この世界に生きているのは、青年一人ということだ。
こんなことは、青年の望んだことではない。これまで行ってきたことは、当然やるべきことだと思って疑いはしなかった。それが自分の運命だと思っていた。
けれど、それは間違いだったのかもしれない。勇者と戦わなければ、大魔王にならなければ、大魔王の息子として生まれなければ――こんなことにはならなかったかもしれない。
悔いてももう、何も変わらない。
大魔王と呼ばれた青年は、力なく玉座に座り続けた。その身が朽ちてなくなるまで――。