お見合いは二人きりで
「...あんた誰よ」
寝起きに見知らぬ男が1人。
うっかり魔法を発動しかけたが、そんな突発的な行動よりも彼女の脳は周りを確認することを始めた。
石造りの質素な部屋、陽光が差し込んでいる窓が1つ。
そして目の前の好青年。
「...えっと、待てよ確か」
状況を把握する。
彼女の脳は決して鈍くはない。
「確認させてちょうだい。あなたが龍帝さんなの?」
「いかにも」
「.........」
理解した。
「知ってる? これ人間の世界じゃ拉致監禁って言うんだけど」
イリシスがそう言うのは当然だった。
何故なら、この部屋には確認するかぎり出入り可能なドアなど無い。
とすると考えられるのは...。
「人間の常識は我々の常識の常識ではない。別段珍しいことでもあるまい」
「空飛べない人類に空飛ばなきゃ出れない部屋に押し込めて、よくそんなことが言えたわね」
窓の外を確認する。
当然のように底の見えない谷が見える。向こう側をよくよく見ると、昨日訪れた村が見えた。
「うわぁ、嵌められた」
「そう落ち込むな、いい笑い話になるではないか」
「なるか!! ...いや、なるか?」
「納得するのか、つまらん奴だな」
そばに居る好青年は心底つまらなそうな顔をつくってみせた。
きっと私のことを和ませようとしているのだろう。
理解が追いつけばようやく落ち着きが取り戻せてきた。
「...私はイリシス・アイリーン。あんたの名前は...と言っても魔物に名前なんてあるの?」
「我はグラン・イデア。魔王軍死天王が一人であり、現龍帝であり、炎龍だ」
「ごめん、色々理解できない。は? 四天王?」
「否、死天王だ」
わざわざ線引のスキルを使い、空中に字を書いてまで説明してきた。
そんなに大切だろうか。
「しかし、その死天王であり現龍帝であり炎龍であらせられるお前がなんでここにいるの?」
「敬意などひとつも篭もってない貴様の言動を見るにもう貴様は理解してるのだろう?」
やっぱりそうなのだろう。
「うわぁ、絶対私ってばろくな結婚できないと思ってたけど...まさか異種間結婚って、ないわー」
「そこまで引かれると、我泣くぞ」
何気に可愛げがあった。
無表情そうに見える面のままそう言われてもそうは見えないのだが。
「結婚、と貴様は言ったがそこまで行けるかはまだわからんぞ」
「どういうこと?」
「そもそも、龍と人の結婚など行われればおそらく歴史上初だからな」
「あー、そっち的にはあんたの子孫とかの問題に直結するわけね」
「故に、元老戒の奴らはこの場を設けたわけだが」
どういう訳か、イデア曰く元老戒とやらがこの場をセッティングしたらしい。
要するにお見合いだ。
「で? あんた的にはどうなの? やっぱり人間との結婚はいや?」
「ふむ、人間自体は好まん。自らのエゴと仲間より自分を優先せねばならぬほどの弱さは見ていて吐き気がする」
だが...とつけ加えてイデア言う。
「お前は別だ」
「私はあんたの眼鏡にかなったって事?」
「いや、そうじゃない」
急に真剣な顔(と言っても無表情が少し引き締まったようにしか見えない)になってイデアは言った。
「一目惚れだ」
「...は?」
真剣な顔は一気に瓦解する。
途端、告白してから恥ずかしくなったのだろう、顔を逸らし頬を赤く染め心無しか息も荒く見える。
だが私は理解できない。
「えっ...ええ? 人が嫌いで、ぽっと出の私で、ほかの村の子らほっぽって私に一目惚れ?」
「そう言ったが?」
私の優秀な脳は、数秒の活動停止を余儀なくされた。
再び動きだした私の脳が欲したのは、窓の外と深呼吸。
そして、
「嘘だろばっかやろおおおおぉぉぉぉ」
反響する私の声は村までハッキリと届いたそうだ。
一目惚れ。
なんと良い言葉なんだろう。
イデアが言うには、私の寝顔を見た途端に思ったのだそうだ。
こいつを俺の嫁にする...と(あいつの事だから我かな?)
だが現実を見てみよう。
「そこに私の意思ねえじゃん!!??」
「そうだな」
「冗談はフィクションだけにしとけよ!?」
「ふぃくしょん...?」
渾身のネタは通じなかったようだ。
だが叫んだことで頭が落ち着きを取り戻す。
「...私と何がなんでも結婚したい?」
「ああ」
即答だった。
「うわぁ...」
彼は無表情に戻っている。
一目惚れ、と言われてもイリシスにとっては初めて向けられる異性の好意である。
これが異種族でなければお付き合いからで、とでも言っていただろう。
だが、相手は龍帝で条件は結婚。
イリシスの頭は情報を処理しきれずに混乱し、時間を欲していた。
しかし、相手は待ってはくれないようだ。
「...嫌か?」
その言葉を言ったイデアはお気に入りの毛布を奪われた幼子を想像させた。
不意打ちをくらい、混乱していた頭を思い切り殴られた感覚を覚えたイリシス。
思いがけない光景に笑みを零しながら、イリシスは言った。
「わかったわよ、でも...本当に私でいいのね?」
いや。
もうイリシスにとってイデアの返事は必要なかった。
イデアの顔を見れば、そんなのは分かりきったことなのだから。