私の疑問
よろしくお願いします。
変化は突然訪れた。
「突然ですまない。君のご両親がこちらに来るそうだ」
申し訳無さそうに両親からだという手紙を、カイル様から渡されて驚いた。そもそも私にも両親がいたということに気づかなかったのだ。
渡された手紙を読むと、日時は三日後になっている。
「どうしてこんなに突然なのでしょう?」
私が目覚めてもう五ヶ月近く経つ。その間私には何の音沙汰もなかったのに、どういう風の吹き回しだろうか。
「ああ、一応、君が目覚めた時に手紙は出していたんだよ。目は覚めたけど、記憶が無くなっているから見舞いは君が落ち着いてからにして欲しいとね。最近の君は体力も戻ってきているし、ご両親に会っても大丈夫そうだから会ってみませんかと、最近も手紙を送ったんだよ。それに、ご両親はまだシェリアに会ったことがないから、会わせてあげたいとも思ったしね」
「それは、ありがとうございます」
とはいったものの、私の両親とはどんな人たちだろう。これがきっかけで何か思い出すのだろうか。
そういえば屋敷以外の人に会うのはこれが初めてだ。
何かが変わる予感がして、期待半分、不安半分でその日を待った。
◇
当日、屋敷の中は朝からどこかそわそわした空気を醸し出していた。使用人たちが忙しなく行き交う中、せめて邪魔をしないようにしようと、私はシェリアを抱いて自室にいる。
「ふわぁ……」
「はいはい、よしよし」
小さく欠伸をしてうとうとし始めたシェリアに、私は小さく声をかけた。
シェリアは未だにあーとか、うーということしか言わない。マーサによれば、シェリアはもうすぐ一歳になるので、そろそろ話し始めるのではないかということだ。最初に話す言葉は何だろうと、今から楽しみだ。
ちなみにカイル様はパパだと言い張っていた。
私は何でも構わない。そうやって元気に成長してくれるだけで嬉しいのだから。
母親の実感はまだあまりないものの、私はシェリアを愛しいと思い始めていた。この子にとって、私は唯一の存在なのかもしれない。それは私にもわかるからだ。私を求めて泣くシェリアを、不憫であり、可愛くも思う。
今の私には、以前の私のような愛情をこの子に注げないかもしれないが、私にできる精一杯でこの子を愛したいと思っている。
「……貴方はお父様にも愛されて幸せね」
眠りに落ちたシェリアを見つめて思わず呟いた。
カイル様も折を見てはシェリアの様子を見にきている。
擬似的なものだとしても、ようやく私たちは家族らしくなってきたのかもしれない。
だけど、私は彼に対する自分の気持ちがはっきりわからずにいる。
彼のことは好きだ。だけど、その感情が正しいものなのかはわからない。不安定な状況に刷り込まれたものじゃないと言い切れるのだろうか。
そんなことを考えると、彼に惹かれていくことが怖くなる。
それに、彼は以前の私に特別な感情を抱いていると思う。
そうでなければ、今の私にこんなに優しくしてくれるはずがない。
本当は彼と以前の私との関係が知りたい。結局私は彼の心を奪っている以前の私のことを気に入らないのだと思う。醜い嫉妬と独占欲だ。
でも、彼にそのことを聞いたら、彼を傷つけ、追い詰めてしまうかもしれない。そして、そのせいでようやく家族らしくなってきたこの関係が壊れてしまうかもしれない。それが怖い。
それに、知りたいことは他にもある。
彼は私の記憶に関係することを隠している。それは最初から感じていた。
以前の私は頑張っていたとは言うが、具体的なことは言わない。ただ、無理をするなというだけだ。
私は一体何を頑張っていたのだろうか。
侯爵夫人であること、妻であること、母であること……そう考えても、しっくりこないのだ。
もし仮に心の問題で記憶を無くしたとして、そんなことで全て忘れたいと思うものだろうか。
そして、乳母のマーサ、私付きの侍女であるナタリーは、私が階段から落ちた後に雇われたのだという。
マーサについては以前の私が子育てをしていたというからまだわかる。だけどナタリーの前についていた侍女は、私が眠っているうちに辞めたそうだ。
私が階段から落ちたのは事故だったと言っていた。それなのに彼女が辞める必要があったのだろうか。考え過ぎかもしれないが、腑に落ちないのだ。
それに、私はどうして階段から落ちたのだろう。
玄関ホールはかなり広く、吹き抜けになっている。そのため天井を高くしているので階段の段数が多い。
何段目から落ちたかはわからないが、上から見ると結構な高さで足が震えた。うっかり足を滑らせるにはあまりにも危ないと思う。それとも以前の私はそんなに鈍かったのだろうか。
「奥様、旦那様が玄関ホールでお呼びです」
声が聞こえ、顔を上げると、いつの間にかメイドが呼びに来ていた。どうやら私はしばらく考え込んでいたらしい。呼ばれるまで人がいることに気がつかなかった。
「すぐに行くわ」
両親が到着したのだろう。シェリアを抱いたまま、両親との初めての対面に緊張しながら玄関ホールへ向かった。
読んでいただき、ありがとうございます。