触れられない傷
不定期更新のはずなのに何度も投稿してすみません。できる時にできるだけ投稿したいと思っているので、気にしないでいただけると嬉しいです。
よろしくお願いします。
「今日の調子はどうだい?」
ノックをして私室に入ってきたカイル様は、椅子に腰掛けている私の向かいに座った。
「心配しなくても大丈夫ですよ。私は重病人ではないのですから」
「そうはいうが、君は一月近く眠っていたんだ。まだ本調子ではないのだから無理は禁物だよ」
カイル様は心配そうに私を見る。あまりの過保護ぶりに私は苦笑した。
「私は歩く練習以外、何もしていませんから。それよりもカイル様の方が大変なのではないですか? お仕事が忙しいのに、無理して私に会いに来ることはないんですよ」
「無理なんてしてないよ。私が君に会いたいから来ているんだ。それとも、迷惑だったかい……?」
直接的な言葉が、何だか照れ臭い。だけどカイル様は至って真面目なのだろう。どこか不安そうに私に聞く様子がそれを物語っている。
目が覚めてからずっとこうして気にかけてくれる彼を、私は嫌いにはなれなかった。というよりは好感を持っている。
漠然とした不安の中で日常生活を送れるのは彼のおかげだ。だから迷惑だなんてことは全くない。
私は少しでもその感謝の気持ちが伝わればいいと思って笑いかけた。
「そんな訳はありません。私なんかに優しくしてくださって感謝しています」
「違うよ。君はなんかじゃない。そんな言い方をしてはいけないよ」
言われて始めて気がついた。私はまだ心の何処かで自分が役立たずの厄介者だという意識があるのかもしれない。
「不愉快な思いをさせて申し訳ありません。無意識に出てしまったみたいです」
「そうなのか……」
カイル様は私の言葉に考え込んでしまった。今の言葉のどこに考え込む要素があったのだろうかと私は不思議に思う。それとも他に何か心配事でもあるだろうか。
何もわからない私では相談相手としては力不足かもしれないけど、少しでも彼の役に立てられればいいと、思い切って聞いた。
「何か心配事があるのなら、私でよければ聞かせてください。何もわからない私では助言ができないとは思いますが……」
「君は……」
彼は初めに驚いて、みるみるうちに泣きそうな表情になった。
「……ありがとう。本当にありがとう。君は思いやりのある女性だ。それなのに私は……」
俯いた彼の拳は握られていた。その拳が震えていることに気づいた私は、恐る恐る彼の拳に自分の手を重ねた。すぐに顔を上げて私の顔を見る彼に、少しでも安心して欲しいと笑いかけた。
正直に言って、彼が何を言いたいのかはわからない。それでも彼は何かに傷ついていて、酷く悔いているのは何となくだが察した。
もしかしたらそれが私に関係しているのかもしれないとも。
以前の私とは違って、私には全く心当たりがない。そして今、それを追及するのは違う気がした。聞いたところでまだ実感として受け入れられる気がしないし、辛そうな彼を追い詰めていいものかと思ったからだ。
誰にでも触れられたくない傷の一つや二つはあるだろう。記憶のない私にはないが、そういうこともあるのかもしれないと感じるのは、以前の私がそう考えたからなのだろうか。
「……取り乱してすまなかった。君がそう感じるのは私のせいかもしれないと思ったんだ。本当にすまない」
「そう言われても、私には全く覚えがないのでどうしていいのか……」
頭を下げられても困る。こういう時はどうするのがいいのだろうか。しばらく考えて、私はそれならと彼に提案した。
「その言葉は私が思い出した時に聞かせてください。今の私には正解が出せません」
「そうだな。その時に君がどんな反応をするのかわからないが……私はどんなことでも受け入れたいと思っている」
「そうですか……」
私には何のことだかわからないが、彼はどこか吹っ切れたような顔をしていた。
「……君が目を覚まして、本当によかったと思っている。こうして君と話せることが嬉しいんだ。もう無理なのかもしれないと、一度は医者に言われて覚悟していたからね。神を信じたことはなかったが、今ならいるのかもしれないと思えるよ」
「私は迷惑しかかけてないのに、そう言ってもらえて嬉しいですが、申し訳ないとも思います」
「迷惑なんてかけられてると思ったことはないよ。私は君にできることをしたい。それは義務だからじゃないんだ。最初は確かにそういうところもあったかもしれないが、今はこうして、君を知ることができて嬉しい」
彼が本当に嬉しそうに笑うものだから、私はどう反応していいのか困った。ありがとうと言うべきなのか、やめてと言うべきなのかなのか。
いずれにせよ、照れ臭い。
それなら尚更、私はこの何もしない状況に甘んじていていいのだろうか。
彼は彼で自分にできることを考えて私に与えてくれている。
それなのに私は彼に何一つ返していないのだ。
私はちっぽけな一人の女性でしかないかもしれない。それでも、私にも何かできることはあるはずだ。
私はまた、自分にできることをしたいと彼に訴えてみようと決めた。
読んでいただき、ありがとうございます。