番外編5 私の罪とは2(アンナ視点)
よろしくお願いします。
ティルナート卿が紹介してくれたのは、ティルナート領にある小さな孤児院だった。
紹介状だけ持って一人で行くつもりだったのに、ティルナート卿本人が視察のついでだと言ってついてきてくれた。
私はティルナート邸で奥様の侍女になる前からメイドとして働いていたけれど、ティルナート卿にここまでしてもらうのは初めてだった。
それくらいティルナート卿にとっても今回の事は衝撃的な事だったのだろう。
自分のした仕打ちを悔いていて、眠ったままの奥様に語りかける姿に、以前の自信に溢れた姿は見受けられなかった。
◇
「ノルトレーン孤児院へようこそいらっしゃいました。人手が足りないので大歓迎です」
そう言って優しそうな院長は私を笑顔で迎えてくれた。それから私の新しい生活が始まった。
そこには様々な事情を抱えた子どもたちがいた。
預けられたり、捨てられたり、親から逃げたりと、私には想像できないほど過酷な過去を抱えていた。
ぬくぬくと育ってきた私に彼らの気持ちはわからない。だからだろう、彼らは最初、私に反発していた。
「お前なんかにわかるもんか!」
そんな言葉をぶつけられる度に、私はここでもいらない人間なのかと落ち込んだ。
それでも、私は紹介してくれたティルナート卿や、まだ眠ったままの奥様のことを思うと、ここを離れる気にはならなかった。
私は私なりに彼らを幸せにしなければいけない。そうして奥様にできなかったことを子どもたちで代用しようとしていたのかもしれない。
でも、それは間違いだった。
ある日、院長と話していた時のことだ。
「ねえ、アンナ。貴女が一所懸命なのはわかるわ。でも、子どもたちはそれぞれ皆違う人間なのよ。貴女が慕っていた奥様じゃないの。それはわかっている?」
「もちろんです。何故そんなことを仰るのですか?」
「いえ、貴女は子どもたちに、こうしなければいけないと思い込んでいる気がして。そうではないのよ。あの子たちは確かに様々な事情を抱えているわ。でも貴女があの子たちの幸せを決めつけてはいけないわ。幸せなんて他人が決めることではないのよ?」
「……ですが、私は自分にできることをしないと、ここにいる意味がない気がするんです」
「それが間違っているわ。ここにいる意味なんて考えなくてもいいの。貴女は貴女。縁あってここで働いてくれている大切な私の仲間であり、家族なの。ねえ、家族になるのに理由は必要?」
家族?
私はただの使用人だと思っていた。だから義務的にこうしなければならないと思い込んでいた。
だけど院長は言う。
「多分だけど、貴女が仕えていた奥様も貴女に使用人以上の気持ちを持っていたんじゃないかしら。そうでなければ、ティルナート卿が貴女のことを考えて、ここに連れて来なかったと思うの。ティルナート卿は私に言ったわ。妻にとって大切な人だからよろしく頼むと。貴女は大切に思われているのよ」
「ティルナート卿がそんなことを……」
中途半端な仕事しかできなかった私をそんな風に思ってくれていたのかと、私の胸が温かいもので満たされる。
奥様はまだ目を覚ましていないのに、私は許されてもいいのだろうか?
「家族……ですか。私もその輪に入ってもいいのでしょうか?」
「もちろんよ。私は最初からそのつもりだったもの。子どもたちだってそうだわ。あの子たちが反発するのは、貴女が仕事だと思って接するからなのよ。家族が増えるって喜んでいたのに、仕事だから幸せにしますっていう態度でいたら悲しいでしょう?」
「……ありがとうございます。確かにそうですね。私は人との接し方から間違っていました。皆を知ることから始めようと思います」
「ええ、そうして。皆と仲良くなってくれたら嬉しいわ」
それからは私は一人一人と話すことを心がけた。皆それぞれ個性が違う。それなのに私は一緒くたに考えて、皆に同じことばかり押し付けていた。それではうまくいくはずがないとその時になってわかった。
そうして皆に受け入れられ始めた頃に、ティルナート卿が訪ねて来て、奥様が目を覚ましたことを聞いた。
だけど、涙を浮かべて喜ぶ私に、ティルナート卿は沈鬱な表情で残酷なことを告げた。
「……記憶を、無くしているんだ。人に関する全ての記憶を。自分のことも含めてね……」
ああ、やっぱり奥様は私を許さないのだ、そう思った。
「……私はここにもいない方がいいのかもしれませんね」
「何を言うんだ。彼女が忘れてしまったのは私のせいだ。君のせいじゃないだろう」
「ですが……」
「まだどうなるかわからないんだ。それに以前の彼女の気持ちだってわからないだろう? また何かあれば報告するから君はここにいてくれ」
「わかりました……」
私はそう言うしかなかった。
それからは奥様のことを考えては落ち込んでしまう日々が続いた。そんな私を心配して、子どもたちや院長が話しかけてくれたけど、私には優しくされる権利なんてないと更にふさぎ込むという悪循環だった。
それからしばらくして、院長からティルナート夫妻が孤児院の視察に来ると聞いた。私は元気になった奥様に会えるのだと嬉しかった。
「アンナさん……でいいのかしら。以前の私がお世話になったみたいで、どうもありがとう」
視察に来た奥様は、まだ思い出していなかった。
だけど、記憶を無くした奥様も、前と同じように私を心配してくれる。私はそんな方を裏切るような真似をしていたのだ。それなのに。
「だからあなたも幸せになって」
そう言って笑ってくれた。
私はまだ完全に許された訳ではないのかもしれない。でも、今の奥様の言葉で私の心は救われた。
私はそのおかげで、また孤児院で働く気力が湧いてきたのだった。
◇
「アンナ、お久しぶりね」
しばらく経った頃、奥様がティルナート卿とシェリア様を連れて、私を訪ねて来た。
記憶が戻っていると思わなかった私は、視察の時のことを話しているのだと思った。
「はい、視察の時はお世話になりました」
そう言って頭を下げる私に、奥様は嬉しそうに首を振った。
「違うわ。私の方がずっと貴女にお世話になりっぱなしだった。あの頃の私を支えてくれてありがとう。貴女とシェリアがいてくれたから、今の私がいるの」
「……思い、出したの、ですか……?」
「ええ。そのことも早く教えたかったし、貴女が私のことで思い悩んでいるって聞いたものだから、早く会いたかったの。それでこうしてカイル様に連れてきてもらったのよ」
「ああ。そうなんだ。ナタリーも君に会いたがっていたよ」
そう言って会話を交わすお二人は自然に見えた。私にはわからない夫婦の絆があるのだろう。
でも、私は奥様にお礼を言われる資格なんてない。
「……私は奥様を裏切っていました。奥様の味方をする振りをして、奥様の行動を旦那様に報告していたんです。だから、私にお礼なんて……」
「知っていたわ。そんなの考えればわかるもの。私を気にいらないカイル様が見張りをつけることくらい。でも、貴女はそんな中でも私の味方になろうとしてくれた。家族以外では貴女だけだったの。あの頃、私の言葉を信じてくれたのは。それがどれだけ嬉しかったか、貴女にはわからないかもしれないけれど。今、記憶を取り戻しても、もう逃げたいと思わないのは、貴女やシェリア、記憶が無い時に支えてくれたカイル様のおかげよ。本当にありがとう」
「そんなこと……」
話しながら涙腺が緩んできた。
どうしてこの方はこんな風に人を許せるのか。ティルナート卿にしてもどれだけ酷いことをしたのかわからないのに、こうして寄り添っているのだ。
私が信じた方はやっぱり優しい方だった。それから奥様は更に思いがけないことを言う。
「それでね、もしよければまたティルナート邸で働かないかしら? ナタリーも喜ぶし、乳母のマーサも紹介したいし。どうかしら?」
私はその言葉には首を振った。
「いえ、お言葉は嬉しいですが、私はここに残ろうと思います。ここにいる皆は私の家族なんです。ですから、ナタリーには申し訳ないのですが……」
「……なんだか妬けるわね。私もアンナのことを家族同然に思っていたのに」
奥様はそう言って寂しそうに笑う。そんな奥様の肩を抱いてティルナート卿は宥める。
「一緒にいるだけが家族じゃないだろう? これからだって会おうと思えば会える距離にいるんだ。また会いに来ればいい」
「ええ、そうですね。だけど、アンナ。私も貴女のことを大切に思っていることを忘れないで。困ったことがあれば相談してね。今の私は一応侯爵夫人なんだから」
「おいおい、一応じゃないだろう。頼むから離縁だ何だと言いださないでくれよ」
「それは貴方次第ではありませんか?」
ぽんぽんと言い返す奥様を見て、二人の関係がよくなっているのだとわかった。
もう奥様は一人ではないのだ。私は幸せな気持ちでお二人のやり取りを見守っていた──。
これで完結になります。
最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。




