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番外編3 その後(フェリクス視点)

「もし約束を違えることがあれば、私は一切容赦しない」


 そう言ってその男、カイル・ティルナートは私を冷たく睥睨した。奴は加害者のはずだ。なのに何故私がこんなことを言われなければならないのか。


 ◇


 私はフェリクス・ジーゲルト。ジーゲルト伯爵家の長男だ。伯爵家としてはそこそこ順風満帆な人生を送ってきたと思う。だが、そんな私に決定的な汚点をつけた男、それがカイル・ティルナート、ティルナート侯爵家当主だ。


 夜会の夜、私はこの男と婚約者の不貞行為を見てしまった。怒りのあまり彼女を罵倒したが、目に見えるものが全てだった私には、それが正しいことだと信じていた。そして私は婚約者に裏切られた哀れな男に成り下がった。


 その後、新たな婚約者を探そうと思っても見つからなかった。私には人を見る目がなく、そんな男が当主になったら伯爵家が傾くのではないかと、私と縁繋ぎになることを拒まれるのだ。私はふしだらな婚約者に裏切られた被害者だったのに何故。そんな理不尽な思いを抱えていた時に、あの男が再び現れた。


 ◇


「君には申し訳ないことをした。本当にすまない。今日は君がマクラーレン伯爵家に請求した慰謝料の件で来た。侯爵家の分と、マクラーレン伯爵家の分、合わせて支払わせてもらう。それと、マクラーレン伯爵家との繋がりを絶たないこと、ヴィルヘルミナを貶めるような行為を謹んでくれると約束してくれたらさらに上乗せして払うが、どうだろうか?」

「は? ヴィルヘルミナですか?」


 この男は何を言っているんだ。あの女のせいで私は新たな婚約者も見つからず苦しんでいるというのに。自分だって陥れられた馬鹿な侯爵だと言われて悔しくないのかと思って、ああ、と納得した。


「あの女、そんなに具合が良かったんですか? それなら私も惜しいことをしました……」

「黙れ!」


 私の言葉にティルナート卿は怒鳴った。


「彼女は誘っていない。私が無理矢理襲ったんだ!」

「……どういうことです」

「私を嵌めようとした奴らに私は薬を盛られ、私との結婚目的の女を襲わせ、それを発見させて責任を取らせようとしたんだ。だが、その結婚目的の女が来る前に、苦しそうな私を心配した彼女が私を介抱しようとして襲われた、それが真相だ」


 その言葉に私は衝撃を受けた。私はあの時、頭に血が上って、彼女をふしだらな女だと糾弾した。それが間違っていると言われても、すぐには納得できるわけがない。複雑な顔で黙り込んだ私に、ティルナート卿は続ける。


「……わかったなら彼女を責めるのはやめて欲しい。彼女は一切悪くないんだ。だから、彼女の名誉を回復するためにも邪魔をしないでくれ。上乗せ分はその口止め料だと思ってくれていい。だから……」


 ティルナート卿は一旦言葉を区切って低い声で私を脅した。


「もし約束を違えることがあれば、私は一切容赦しない」


 マクラーレン伯爵家を侮辱することはティルナート侯爵家を侮辱することと同等だということを覚えておけ、約束を違えた時は上乗せ分返還の上、その分の慰謝料を請求してやると言い捨てて、ティルナート卿は帰って行った。


 ◇


 その後しばらくして、元婚約者だった彼女を夜会で見た。ティルナート卿が手を回して箝口令が敷かれている中での参加だった。しばらくぶりに見る彼女は、堂々としていて、常に相手の様子を窺っているような自信なさげな以前の彼女とは違っている。そして並んで立つ夫と幸せそうに寄り添う姿は、私と婚約していた時には見られなかったものだ。所詮私はその程度の男だったということか。


 隣のティルナート卿を見ても、彼女を見つめる顔は優しく、不仲だったという噂が嘘のようだ。


 彼は自分の力で彼女を守った。それに比べて私はどうだろう。いまだに婚約者がいないのは彼女のせいだとかいろいろ理由をつけては、私自身の評価を上げる努力をしてこなかった。


 完璧に私の負けだ。彼女を魅力的に見せているのは、もちろん彼女自身の力は大きいだろう。それでも彼の力もあるのだ。私は敗北感と喪失感に打ちのめされ、静かにその場を後にした。

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