夜会の準備
よろしくお願いします。
そうと決まればすぐに準備をしないといけない。夜会用のドレスをと思ったが、謹慎中だった私には必要なかったので持っていない。困ったとクローゼットを見ていたら、ナタリーに言われた。
「旦那様にお願いしましょう」
「え……」
そうするしかなくても、あまり物をねだる気にならなかった。やっぱり以前のように金目当てだろうという目で見られるのではないかと思ったのだ。
でも、ナタリーは笑顔で言う。
「大丈夫ですよ。旦那様は奥様を愛してますから」
「そうかしら……」
本当にそうだろうか。今の私は彼に楯突く生意気な女だ。彼が愛していた私じゃない。
そう考えて気づいた。
私は彼を許せないと思いながらも、自分が彼にどう思われるかを気にしている。どうでもいいと思えない位には、今の私は彼を意識しているということなんだろう。
「……ねえ、ナタリーも以前の私がカイル様に嫌われていたことは知っているわよね」
私が聞くと、ナタリーは辛そうに頷いた。
「……はい。私は身近で見ていた訳ではありませんが」
「それならどうして愛されていると思うの? 記憶のなかった私を見ていたから?」
「それもありますが、奥様が記憶を取り戻しかけて気を失われた時、旦那様は真っ青になって奥様を心配されていました……私は奥様が嫁いで来られる前から、このお屋敷で働かせていただいています。守秘義務があるので詳しくは言えませんが、旦那様は変わられたと思います」
私はあの夜会で初めて彼を知ったから、それまでの彼を知らない。それでも、ルイーザ様との関係やその口ぶりから、彼がどんな人だったか、何となく察しはついている。
だけど、人はそんなに簡単に変われるものだろうか。
私はまだ彼を心から信じきれない。
言葉だけならなんとでも言える。だけど、彼が心から悔いているかはわからないのだ。
「……」
「出過ぎたことを言って申し訳ありません」
黙り込んだ私に、ナタリーは私を不愉快にさせたと思ったのか、深々と頭を下げる。
「いえ、気にしないで。貴方は悪くない。私が聞いたんだし、貴方の率直な言葉が聞けてよかった。どうなるかわからないけど、カイル様にお願いしてみるわ。ありがとう、ナタリー」
私は彼に蔑まれることを覚悟して、お願いすることにしたのだった。
◇
「あの、お願いがあるのですが……」
今日はカイル様が休みで、シェリアと三人で散歩をしている。
もう一歳半になり、重くなったシェリアを抱いたカイル様にそう切り出した。
「何だい?」
機嫌良さそうに答えてくれるが、この後の言葉を聞いたら機嫌が悪くなるに違いない。憂鬱になりながらお願いする。
「夜会のドレスなんですが、一着用意してもらえませんか?」
そういうと彼は驚いた。やっぱり強請るのかと眉を顰められると思ったが違っていた。
「それじゃ足りないだろう。もし今回の夜会で君が本格的に復帰するとなったら最低でも十着はいるんじゃないか? それにアクセサリーに靴に、後は何がいるのかな。私は女性じゃないからわからないな。君が必要なものを言ってくれ。すぐに用意するから」
「え、いいのですか?」
「もちろんだよ。私を誰だと思ってるんだい? そのくらいの甲斐性はあるつもりだよ」
「いえ、そういうわけでは。私が勝手に無理だろうと思っていただけで」
カイル様は足を止めて、困った顔で私を見た。
「私は余程信用がないんだな。まあ、それも当然か。でも、必要な物は言ってくれればいつでも用意するよ」
「……それは施しですか?」
彼は償いの方法を施しだと思ったのだろうか。でも私は贅沢なんて望んでいないし、私の苦しみを物なんかで無かったことにされたくはない。
「いや、違うよ。私はそれが君に必要だと思ったからだ。君は意味なく何かをねだる女性ではないからね。今なら君が権力や金に執着するような女性ではないとわかるよ。これまでは色眼鏡で見ていたことや、君と会うことを避けていたからわからなかった。考えてみれば、君はいつも質素だったし、私に物を強請ろうともしなかったね。私はそこに気づくべきだった」
「……今更そんなこと言われても」
「そうだね。なかったことにはできない。だけど、私は過ちを認めることから始めようと思うんだ。同じ過ちを繰り返してはいけないからね」
彼は目を伏せて、自嘲気味に呟いた。
「……でも、本当に大丈夫なのかい。夜会に参加するのは怖いだろうに。私だって君の立場なら怖くて行きたくないと思うよ」
「……ええ、怖いです。でも、貴族である以上逃れられないし、ましてや、今の私は侯爵夫人です。いつまでもこの状態が許される訳がないでしょう? どうせ抗えないのなら、怖くて動けなくなる前に動いた方が自分が楽だと思ったんです」
「本当に……君は強いね」
カイル様は目を細めて私を見る。
「強くなんて……ないです。今はこう言っていても、その時にならないとどうなるかわからない。まだあの時の事を夢に見て、息ができなくなりそうになるんです。だから」
私は言葉を区切って、彼を見据えた。
「お願いします。私と一緒に戦ってください。たとえ私が怖くて逃げ出しそうになっても、逃げないように叱って欲しいんです。私は弱いから、一人ではくじけそうなので」
言っていて情けなくなる。強くならなければいけないのに。悔しくて俯いて唇を噛みしめる。
「ああ、勿論だ。約束しただろう、今度は守ると。だから、辛いかもしれないが、共に頑張ろう」
「ありがとうございます」
彼を信じてないくせに、都合のいい時だけ頼る卑怯な自分に嫌気がさす。
それでも私は、孤独なままで社交界に戻りたくはなかった。
私はまだあの時のことを思い出しては苦しくなる。あの時に受けた仕打ち、蔑み、侮蔑が昨日のことのように鮮やかに蘇るのだ。
だけど、私に恥じることなんて何もないのだ。
共に戦ってくれる彼と一緒に、もう一度あの世界へ返り咲いてやろうと、自分に言い聞かせながらその日を待った。
読んでいただき、ありがとうございました。




