王都からの招待
よろしくお願いします。
「……すまない。私にはまだ答えが出せない」
「ええ、そうでしょうね。私もそんなに簡単に答えを出せるとは思っていません。ただ、貴方の真意を知りたかったんです」
「私の真意?」
「貴方が本当に私に申し訳ないと思っているのかということです」
カイル様は不思議そうな顔をしていた。私が何を言いたいのかわかっていないのだろう。
私は彼を見下しながら告げる。
「簡単に答えを出せるような問いではないのに、口先だけで謝るのは貴方が反省していない証拠、答えを私に委ねるのは以前の貴方のままで成長していない証拠だということですよ」
「試されていたということか……やっぱり私は信用してもらえないのだな」
彼は自嘲する。彼の中ではまだ記憶のなかった私のままなのだろう。
「……どうして信用されると思うのか不思議です。私はどの位耐えたと思いますか? 一年半以上ですよ? 淫売だと思われて、元婚約者に罵倒され、ある意味同じ被害者で信じてくれると期待していた貴方からも蔑まれ、社交界からも追放されました。何より犯した貴方の子どもを産み、夫婦でいなければならなかった私の屈辱がわかりますか?」
「……」
彼は俯いた。
だけど、その姿が余計に私の怒りを煽る。本当の意味でわかっていないくせにわかった振りをしないで欲しい。
「何か言ったらどうですか。階段から落ちる前に貴方が言ったんですよ。話をしようと。あの時貴方は何を言おうとしたんですか? 自己弁護ですか?」
「……すまない」
「それが言いたかったんですか。聞く価値もないと思った私は間違ってなかったんですね。本当に聞くんじゃなかった!」
そんな言葉で済まされるものか。私は激昂した。
「全部貴方のせいじゃない! ルイーザ様に陥れられたのは貴方の自業自得。それなのに巻き込まれた私は何なの? それは私の自業自得だとでも言うの⁈」
「それは違う!」
「何が違うの? 馬鹿な私がのこのこ貴方に近づいて犯されただけ。本当にこんな馬鹿な話って無いわ。どうせ貴方も思ってるんでしょう? 馬鹿な女だって。それとも相手は誰でも良かった淫乱だとでも思っているのかしら?」
「ヴィルヘルミナ!」
カイル様は強い口調で私を止めた。それから痛みを堪えるように私を諌めた。
「もう、やめてくれ……私は君をそんな風に思っていないんだ。それ以上、自分を貶めないでくれ……」
何を今更。
ずっとそんな目で私を見てきたのは貴方ではないか。
そう思う一方で、記憶のなかった頃の私がこれ以上彼を苦しめないでと私に訴える。
記憶があってもなくても私は私。それなのに愛と憎しみという相反する感情がせめぎ合って、私がバラバラになりそうになる。
どうして私は彼を愛してしまったのだろう。
私は確かに彼に純潔を奪われて許せなかった。だけど私は、記憶のなかった時に彼の子を産む覚悟を決めていた。知らなかったからできたことかもしれないが、あの時の私は義務感だけでなく、愛する人の子供を産みたいという気持ちもあったのだ。
だからこそ、彼をそこまで許せないという気持ちが薄らいでいる。
「……すみません。言い過ぎました」
「いや、いいんだ。君が怒るのは当然だよ。もっと君の気持ちを聞かせて欲しい」
カイル様は首を振る。その顔は穏やかだった。
以前だったらこんなことを言ったら不機嫌になっていたが、彼も少しは変わろうとしているのだろうか。
「私の気持ちを知ってどうするんですか?」
「……私は君の言葉を聞かず、社交界の噂を真に受けて、君自身を知ろうとしなかった。私が知っているのは記憶を無くした君だけだ。私が償う方法を見つけるためには、今の君の気持ちを知らないといけないと思う。それに、君がまた記憶を無くしたいと思うほど辛い思いはさせたくないんだ。そのことも辛いことを思い出させてしまった私に責任があると思っている」
「……わかりました。やっぱり今の私は貴方を許せません。だから、これから貴方がどうするのか、静観しようと思います」
「……ああ、そうしてくれると嬉しい。君が見てくれていると思えば、私は間違えられない。君に見限られないように頑張るから、見ていてくれ」
カイル様は力強く私に宣言する。私は複雑な気持ちで頷いたのだった。
◇
「え? 王都へ行く?」
それは突然だった。夕食を食べていたら、ふいにカイル様が言った。まだ許してはいないが、私はずっとこの広い部屋に一人きりで食べていて味気なかったのでこうしてまだ一緒に食べている。記憶がなかった時は席が離れていることが寂しいと思っていたのに、今はこの距離感がありがたい。
「ああ、君の記憶が戻ったことをご両親に報告したら、会いたいと言っていたよ。今は社交シーズンで、王都に滞在しているそうだ」
社交と聞いて、嫌な思い出が蘇る。私の顔が曇ったのに気づいたカイル様は、慌てて続ける。
「もちろん君は社交なんてしなくていいんだよ。まだ体調を崩していると言ってあるからね」
でもそれでいいのだろうか。確かに社交界は怖い。あの時のカイル様、元婚約者、周囲の人々……思い出すだけで身が竦む。それでも。
「……前に言いましたよね。私の名誉は回復しているって」
「ああ、もう今では君の話をする輩はいない。だから安心してくれ」
「そうですか……」
「だから君は気晴らしにご両親と王都を回ればいい。久しぶりだろう?」
「ええ、そうですね……ってあなたは?」
「ああ、君だけだ。伯爵邸に滞在させてもらえるそうだ」
「カイル様はどうするんですか?」
「私は侯爵邸で過ごすよ。私はちょっと夜会に顔を出すからね。謹慎になってからずっと参加してなかったから、そろそろ行かないといけないとは思ってたんだ」
「でもそれならパートナーはどうするんですか?」
夜会にはパートナーと一緒に出席しなければいけないはずだ。それなら誰と、と考えて、私は胡乱げに彼を見た。
「……もしかして、また遊びの女性がいるんですか?」
「君がいるのにそんなことするわけないだろう!」
カイル様は、両手を振って否定した。その慌てぶりが怪しい。じっと見ていると、がっくりと肩を落とした。
「……私はそんなに信用がないのか……」
それはそうだろう。遊び相手と称したルイーザ様のことはもう忘れたくても忘れられない。あんな強烈な女性は初めてだった。
「それで結局、どなたと参加するんですか?」
「ああ、従姉妹だよ。彼女も今王都にいるみたいだからお願いしようかと」
立ち直ったカイル様が言う。落ち込んだり立ち直ったりと、忙しい人だ。
「……私が、行きましょうか?」
「え?」
「だから私が行きましょうかって言ったんです。私は一応侯爵夫人ですもの」
「一応じゃないだろう。君は立派な侯爵夫人だ。でも君は……」
カイル様は言い淀んだ。言いたいことはわかる。私だってあんな醜聞を起こしたのだから、行きたくないに決まっている。
それでもいずれは参加しなければいけないだろう。じゃあいつなのか。今期、来期、またその次か。
時間が経てば経つほど、社交界の情報から遠ざかり、余計に怖くなる。それなら早いうちの方がまだ耐えられる気がする。それに。
「今度は支えてくれるんでしょう?」
「もちろんだ。絶対に守るし、今度は君の言葉を信じるよ」
カイル様は真剣な顔で頷いた。まだ信じていいのかわからないが、今の私にはあの世界では味方がこの人しかいない。信じるしかないのだ。そして私は夜会への参加を決めた。
読んでいただき、ありがとうございました。




