私は誰?
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「あの……貴方は、誰ですか?」
途端に彼は固まった。すっと表情が消えて、心なしか青ざめているようだ。
「……な、何を、言って、いるん、だい、ヴィルヘルミナ……」
「ヴィルヘルミナ……それは私の名前ですか?」
そういえば入ってくる時もそう叫んでいた。それが私の名前なのか、そう思って問いかけたら、彼の表情は泣きそうにゆがんだ。
「……そんなに私が許せないんだな。無理もないが……」
「許すも何も……初対面ですよね?」
こんなに印象的な男性は、一度でも会っていたら忘れないだろう。彼の言っていることが理解できず、私は首を傾げた。だけど、彼は焦った様子で首を振り、思いもしないことを告げた。
「違う! 私たちは夫婦だ。君はヴィルヘルミナで、この私カイル・ティルナートの妻だ……!」
「え……」
衝撃だった。
見も知らぬ男性が、突然私を妻だと言う。冗談にしても悪趣味だ。いくら美形だからといって言っていい冗談と悪い冗談がある。冗談はやめてと怒鳴りそうになったが、起きたばかりで本調子ではない喉が悲鳴を上げた。
「……じょ……っぐ……ごほ……っ」
涙目で咳き込む私の背中を、彼は心配そうにさする。そして混乱している私に、彼はさらに続ける。
「私たちには娘もいるんだ。マーサ、シェリアをこちらに」
マーサと呼ばれた女性が私に近づいて、抱いた赤ん坊を私に見せた。赤ん坊はすやすやと気持ち良さそうに眠っている。
だけど、突然見も知らぬ赤ん坊を見せられたところで、私はどうすればいいのかと困惑するだけだ。
「シェリア様の顔立ちは旦那様似ですが、栗色の髪と瞳は奥様譲りですよ」
意味がわからない。シェリア? 旦那様? 奥様? いきなり与えられる情報についていけない。にこにこと話す彼女は別の誰かの話をしているのではないかとも疑った。
貴方の子だと言われてもわからないのに、何の感情も浮かんでくるはずがない。むしろ、ここにいる皆が私を騙しているのではないかとさえ思えてくる。
でも不信感を募らせる私を余所に、カイルと名乗った男性は、私の肩を抱き寄せる。私を安心させようと思っての行動かもしれないが、今の私には逆効果だ。
もう限界だった。
いきなり貴方は私の妻ですなんて言われても、理解できるわけなんてないし、今の私は知らない男性に馴れ馴れしく触れられているだけにしか思えない。だから、触られることはすごく不安で、怖くて、彼を振り払おうとした。
「いやっ、離して!」
それでも彼は私をしっかり抱き寄せて離さない。どうしてこんなに距離が近いのかと考えて、先程言われたことを思い出した。
──彼は先程何と言った? 私は彼の妻で、娘もいる、そう言ったではないか。
その言葉の意味に気づいた私は青褪めた。私たちは子供が出来るような関係だった、そういうことだ。悪趣味な冗談ではない、そう考えるとより恐ろしくなった。私は先程よりも強く彼を振り払おうとした。だが、抵抗の激しくなった私を彼は宥めようとする。
「大丈夫だ、ヴィルヘルミナ。落ち着け!」
「いや……!」
それでも私は何も聞きたくなくて頭を振って暴れ続けた。そんな私を力ずくで止めようとして、彼は正面から私を抱き締めた。それがより私に恐怖を与えた。
怖い、やめて、離して、と焦れば焦るほど混乱して、半狂乱になった。
でも私は非力な身で、さらに起き上がるのにもやっとなくらい体力は落ちていたから、その抵抗も長くは続かなかった。そのうちに気が遠くなってきて、やがて身体中から力が抜けてきた。
「……い……や……」
「ヴィルヘルミナ!」
抵抗する力もなくなり、目の前が霞んできた。ぼんやりとした視界に、泣きそうな顔で私の顔を覗き込む彼が映る。それを最後に私は気を失った──。
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