彼女の記憶1
今回からヴィルヘルミナの記憶になります。
それではよろしくお願いします。
私の名前はヴィルヘルミナ・マクラーレン。マクラーレン伯爵家の娘。厳しくも優しい両親と、二歳年上の兄と四人で暮らしていた。
優しくても貴族らしい両親には、いつかは家のために嫁がなければならないと、幼い頃から言い聞かせられてきた。だから貴族の常識、社交術、ダンス、家のために役立つこと全てを学んできた。
私は政略結婚のための道具で家のための駒の一つでしかないと、疑う余地もなかったから。
伯爵家の娘ともなると、縁談はそこそこあった。貴族は大体成人前には婚約者が決まる。個人の相性ではなく、家の相性によるものが大きい。私の場合もそうやって両親が相手を探そうとしたが、まず兄から決めないといけなかった。
兄は直情的な人で、悪い人ではないのだが、社交術にはあまり長けてなかった。有象無象がはびこる貴族社会では生きにくいだろうと思う。私個人は不器用で優しい兄が好きだ。だけど、それは貴族としては致命的な欠点なのかもしれない。どんなに許せないと思うことがあったとしてもそれを表に出しては相手に付け入られる隙を作ってしまうからだ。だから私は兄の相手には、兄のそういうところをカバーしてくれる方に来て欲しいと思っていた。
縁談はなかなかまとまらず、気がつけば私は行き遅れと言われる年齢にさしかかっていた。周りの友人たちが結婚し、子供も何人か産んでいるのに、私は婚約者すらいない。そんな状況に私は少し焦りを覚えていた。そんな時、ようやく兄の縁談がまとまり、その流れで私もトントン拍子に婚約者が決まった。
私の相手は同じ伯爵家の長男であるフェリクス様に決まった。
黒に近いダークブラウンの髪で眼鏡の奥の瞳も同じ色をしている優しそうな人。それが私の印象だった。それ以上の感情は持てなかったが、それはあちらも同じだったのだろう。初めて会ってからずっと義務的なやり取りを続けていた。政略結婚なんてそんなものだ。
そしてあの日の夜会に一緒に出席した。
◇
二人でファーストダンスを終えて、壁際へ移動した。さすがに公爵家主催の夜会ともなると、とても華やかで圧倒される。心地よい疲れに満たされながら、くるくると多くの人が踊るホールを見ていた。すると、後ろからどんと誰かがぶつかった。
「あら、ごめんなさい」
振り返ると、金髪の髪をハーフアップにまとめた綺麗な女性がいた。胸元の開いた真紅のドレスは大輪の薔薇のように花開いて、とても彼女に似合っている。そんなドレスが似合う華やかな彼女を羨ましいと思った。
「連れが失礼した」
彼女の後ろから出てきた男性がそう言って頭を下げる。こちらも金髪で、綺麗な男性だった。どちらかと言うと精悍という表現が似合う。実際に会ったことはなかったが、貴族年鑑に絵姿が載っていたからわかる。この方は侯爵様だ。
「いえ、お気になさらないでくださいませ」
「そう言ってもらえると助かる。申し遅れたが、私はカイル・ティルナート侯爵だ。こちらはルイーザ・フォンジュラ子爵令嬢だ」
「お初にお目にかかります。わたくしはフォンジュラ子爵の娘、ルイーザと申します。お目にかかれて光栄ですわ」
彼女が綺麗なカーテシーをしたので、
「お初にお目にかかります。わたくしはマクラーレン伯爵の娘、ヴィルヘルミナと申します。こちらこそお目にかかれて光栄ですわ」
と、私もカーテシーを返した。その後はそれぞれ別れて近くで談笑していた。彼とはそれきりになると思っていたのにまさかあんな事になるとは思わなかった。
◇
「少し席を外しますね」
ダンスを踊って汗をかいた私は、婚約者にそう言って、化粧直しのために手洗いに向かっていた。ホールを遠ざかるにつれて喧騒がやんでいく。そして客室の並ぶフロアをまっすぐ進んでいた時に、何か聞こえた気がして足を止めた。
「……う、うぅ……」
苦しそうな呻き声。尋常じゃない様子に、私はどこから聞こえるのかと見回した。まだ夜会は始まったばかりで、客室には人はいないはずだ。それとも具合が悪くなった人がここにいるのだろうか。
整然と閉じられた扉の中に、一つだけ開いている扉があった。恐らくそこだろうと、心配になった私は向かった。
「大丈夫ですか……?」
部屋の中は真っ暗だった。
奥のベッドサイドにあるランプをつけてからベッドを見ると、シーツの山があり、そのシーツの隙間から、はあはあと苦しそうな息づかいが聞こえた。シーツのせいで息ができないのではと思った私は、そのシーツを引き剥がそうとした。
でも、中の人はがっちり掴んで離さない。
「体調が悪いのでしたら、お医者様をお呼びしましょうか?」
「……はっ……いや、その必要は……っく、ない……いいから……っふ、放って、おいて……っくれ……!」
「ですが……」
声は途切れ途切れで辛そうだ。放っておけと言われても、ここで見捨ててこの方に何かあった場合に、私は責任を取らなければいけなくなる。もしこの方が私よりも上の立場だったら、家の責任問題にも発展するのではないかと危惧したのだ。
だけど、それが大きな間違いだったのかもしれない。
「何かあっては大変ですから、せめてお医者様だけでも呼ばせてください」
「……っ、だから、いいと、言っている、だろう……!」
苦しそうに叫びながら、シーツを自分から剥がした。そこにいたのは先程会った、ティルナート侯爵だった。
「ティルナート卿……大丈夫ですか……?」
彼の目は潤んでいて真っ赤な顔で息苦しそうにシャツの胸元を掴んでいる。シャツははだけていて、そこから見える鎖骨が赤く染まり、艶めかしかった。
「……すまない…っ、これ以上、は、耐えら、れ、そうに、ない……っ!」
彼はそう言って顔を歪め、私をベッドに引きずり込んだ。
それからのことは思い出したくもない。強引に押さえつけられ、私は抵抗した。それでも非力な女の力では、成人男性には敵わない。
やめてと叫ぶ度に、彼は止まり、すまないと謝りながら耐えようとしているように見えた。私はその隙に逃げようとするが、それでも彼はまた正気を失うのか、私を捕まえる。
そして私は強引に純潔を奪われ、体の痛みと、失ったものの大きさに絶望し、声を上げて泣いた。
読んでいただき、ありがとうございました。




