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記憶の手掛かり

よろしくお願いします。

 今日は勉強もダンスレッスンも休みだから、シェリアと過ごしている。


「まーま」

「なあに。貴女がご機嫌で私も嬉しいわ。もっと話せるようになったら、たくさんおしゃべりしましょうね」


 嬉しそうにきゃっきゃとはしゃぐシェリアに、ほっこりする。まだある程度の単語しか話せないが、少しずつ覚えているのが楽しくて、私はシェリアを抱きながら話しかけている。


 カイル様も先程様子を見に来ていたが、執務があると帰ってしまった。

 シェリアがぱーぱと言えるようになり、カイル様はご満悦だ。そうしてシェリアと並んでいると、似ている容姿と相まって、二人は本当の親子だと思える。親子関係は順調だ。それなのに。


 あれからのカイル様は相変わらずだ。私が勉強することに関しては応援してくれ、時に助言をくれる。だが、後継問題に関しては何も言わない。敢えて触れないようにしているようだ。


 本当に彼は一体何を隠しているのだろうか。


 私は思い出そうと決めたが、そもそも記憶の手掛かりがない。思い出そうと自分で考えても、何も頭に浮かんでこないのだ。

 それならと、カイル様に聞くことも考えた。でも、あれだけ私のことを傷つけたと後悔しているカイル様には、何があったか聞いてはいけないと思う。


 それなら誰に聞けばいいのか。


 私の家族ならわかるはずだ。と思ったが、母は私たちが不仲だったとは言ったが、それ以上のことは言わなかった。いや、言えなかったのかもしれない。そして、私が傷つくと思って言えないというのなら、父も教えてくれないかもしれない。

 兄もいると言っていたが、兄とは今の私は面識がない。そんな人とどうやり取りすればいいのか悩む。

 でも、引きこもりの私にはそれ以外に知り合いがいない。結局、八方塞がりで困ってしまう。


 どうしようかと唸っていたら、声をかけられた。


「どうかなさいましたか、奥様?」

「あっ!」

「まー?」


 思わず声を上げたが、はしたなかったとすぐに口をつぐんだ。声の主であるマーサとシェリアはキョトンとしている。


 そうだ、屋敷で働いている皆なら、ある程度の事情は知っているのではないか。


 使用人には守秘義務がある。外部の人間には決して雇用主の情報を漏らしてはいけないのだ。

 でも、私は記憶がなくても一応雇用主だ。外部の人間ではないのだから守秘義務違反に当たらないはず。


 そう考えてマーサを見る。

 マーサは私が記憶を無くした後に働き始めたから、知らないかもしれない。でも、使用人同士の繋がりで噂くらいは聞いたことがあるかもしれないと思って聞いてみた。


「奥様のことですか? いいえ、聞いたことはないです。このお屋敷はすごいですね。そういった守秘義務は徹底されてますから。さすがは侯爵家です。私はここで働けて幸せです」

「あ、ありがとう……」


 目を輝かせて語るマーサに私は引いてしまった。侯爵夫人としては褒められて嬉しいけれど、この調子だと、他の使用人たちは誰も話さないに違いない。


「ねえ、マーサ。他に知っていそうな人はいない? 屋敷の者以外で」

「うーん、そうですねえ……旦那様のご友人とか?」

「私が記憶を無くしてからこの屋敷に来た方は、両親以外にはいないわ。だから私はカイル様の交友関係が全くわからないの」

「他にいますかね……あっ!」

「誰かいた?」

「ナタリーの前に、奥様付きの侍女がいましたよね。その方に聞いてみてはいかがでしょう?」


 もう辞めた彼女にも守秘義務があるはずだけど、教えてくれるだろうか。とりあえず聞いてみて考えたらいいかと、会ってみたいと思ったが、彼女は今どこにいるのだろうか。あまり遠いと会いに行けない。カイル様に心配をかけたくはないのだ。


「それで彼女はどこにいるかわかる?」

「おそらく執事長ならわかるかと思うのですが……」

「でも、私が聞くと怪しく思われない?」

「それなら世間話のついでにでも私が聞いてみましょうか。詳しい場所までは教えてくれないとは思いますが」

「ええ、お願い」


 そうして帰って来たマーサの報告に驚いた。


「え、侯爵家が援助している孤児院で働いてるの?」

「そうらしいですよ。ノルトレーン孤児院だそうです。奥様が出かけている間はお嬢様のお世話はお任せください」

「ありがとう」


 方針は決まったけど、果たしてカイル様が外出を許してくれるだろうか。それにノルトレーンの名前を出したら感づかれるに違いない。どうにか自然に訪ねる方法はないだろうか。


 そしてナタリーを交えて話をしていたら、どうやらナタリーは彼女と知り合いらしい。


「……私はずっと心配していたんです。真面目で責任感の強い子だったから。アンナ、ええと彼女のことですが、奥様のことで酷く心を痛めてました。元気でいるといいのですが……」

「そうなの……」


 何だかしんみりとしてしまった。私のことで心を痛めるとはどういうことなのか、とは聞けない雰囲気だ。そんな彼女に会ってもいいのだろうかという迷いもあったけれど、ナタリーはそのことについて何も言わなかった。

 そして私たちは、どうすれば不自然でなく彼女に会いに行けるかということを、長時間話し合った。

読んでいただき、ありがとうございました。

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