繋がる思い
よろしくお願いします。
「奥様、マクラーレン伯爵夫人。旦那様がお呼びです」
私はどのくらい泣いていたのだろうか。泣き疲れて落ち着いた私と母を、メイドが呼びに来た。
恐らく私のこれからについて話すのだろう。
カイル様は優しいから、私を引き止めるかもしれない。だけど私は、もうこれ以上彼に甘えようとは思えなかった。
もう充分によくしてもらった。その上に、愛して欲しいなんておこがましい願いだ。悲しいけれど、離れようと決めた。
もし今、母と共に行けば静養ではなく、離縁になるかもしれない。
そもそもカイル様はそれを望んでいたと、母も言っていたではないか。私に引け目を感じず、彼の思うとおりにすればいい。
「旦那様、奥様とマクラーレン伯爵夫人をお連れしました」
「ああ、入ってくれ」
通された応接室では、カイル様と父がソファに向かい合って座っていた。二人は難しい顔をしていて、入るのを躊躇う。入り口で立ち止まってしまった私に二人の視線が向けられた。
今まで泣いていたとわかるくらいに、私の目は腫れぼったくなっている。父の表情は変わらなかったけれど、カイル様は一瞬驚いたものの、痛ましそうな顔になった。
「……大丈夫、じゃなさそうだね。お義母上と話をしたんだろう?」
「……はい」
「とりあえず座って話をしたらどうだ? 後ろにいるテレーゼが困っているだろう」
父に言われて振り返ると母が苦笑していた。母の名前はテレーゼというらしい。ここにきてまだ母の名前も知らなかった。そういえば父の名前も知らないが、今はそういう話をしている時ではない。
促されるまま、私はカイル様の隣に、母は父の隣に座った。最初に口を開いたのはカイル様だった。私は横を向いて彼の話を聞く。
「マクラーレン卿と話していたんだが、君のご両親は君を引き取りたいと思っているそうだ。君はどうしたい?」
私に選択権があるのだろうか。妻は夫に従うものだ。私はカイル様の決定に従わなければいけないと思っていた。だけど、やっぱりここでも彼は、私を優先して本心を隠すのだ。
なんて残酷な人だろう。別れを私に選ばせるのだ。
「……私は両親と共に参ります。だけどお願いです。シェリアも一緒に連れて行ってはいけませんか……?」
あれだけ泣いたのに鼻がツンとして、また涙が出そうになるのを、ぐっと堪えた。だけど、声が震えることは止められなかった。
カイル様は、難しい顔をして、私に反論する。
「私はそれには反対なんだ。折角君はこの環境に慣れてきたのに、また環境を変えたら、負担になるんじゃないか? それにシェリアもまだ赤ん坊だ。長時間の移動はよくないと思うんだが……」
カイル様が言うことはもっともだ。だけど、それが本心に裏打ちされたものではないと、私は知っている。
「……もう、いいのです。お母様から聞きました。私たちがうまくいっていなかったことと、貴方が離縁を考えていたことを。離縁してくださって結構です。これまでいろいろお世話になりました……」
我慢していた涙はとうとう溢れ出してしまった。彼に見られないように私は頭を下げた。頭上から、彼の静かな声がかけられる。
「……確かに以前の私たちはうまくいってなくて、そんなことを考えたことはある。だけどそれは私が全て悪かったんだ。そのせいで君には本当に辛い思いをさせたと思う。本当にすまない」
私は涙で声が詰まって出ずに、ただ俯いて首を振る。今の私に謝ったところで、私には何もわからないのだ。
それなのにカイル様は続ける。
「私はまだ、君に償っていない。それに、君が思い出した後を見届ける責任もあるんだ。君がその時私に何を望むのか、それが知りたい」
責任、責任、責任……もう、うんざりだ。私はそんなことを望んでいないと、どうして気づいてくれないのか。
私が望んでいるのは、一つだけ。
ただ、今の私を見て欲しい。
それが叶わないのなら、もう彼との関係なんて壊れてしまえばいい。そんなやけっぱちな気持ちになった私は、泣きながら思いのたけを彼にぶつけた。
「だから、責任なんて感じる必要なんてないと言っているでしょう! そんなに言うなら教えてあげます。私は貴方が好きです。だけど貴方は私のことなんてなんとも思っていない。いえ、嫌いなんですよね。愛されないとわかっていて、側に居させる方がどれだけ残酷かわかっているんですか?」
言ってしまった言葉は戻せない。彼が驚き、次第に表情を曇らせる様子に、後悔が押し寄せる。
私は拒絶されるのだ、そう思って彼の言葉を待ったが、彼から予想外のことを告げられた。
「……愛してるんだ、君を」
「え?」
聞き間違いかと思って、思わず聞き返した。
だってそうだろう。辛そうな顔で愛してるなんて言われたら、誰だってそう思うはずだ。私は期待しそうになる気持ちを抑える。
だけど、カイル様は再度言った。
「君を愛してるが、私にそれを言う資格なんてない。私は確かに最初は贖罪のために君に優しくしていた。以前の君に酷いことをしたからね。だけど今の君を知る度に、私は君に惹かれていった。そうなると君を失うのが怖くなったんだ。今の君が私を好きだと言うのは、そんな私の思いが君がそうなるように仕向けたのかもしれない。記憶のない君には私しかいなかったから。私は卑怯な男だ。それなのに、君に好きだと言われて嬉しいんだ……」
苦しげに話すカイル様から、それが事実なのだと伝わってきた。それと共に彼が私を愛してくれているという喜びが湧き上がる。
卑怯なのはお互い様かもしれない。私だって彼の弱みに付け込んで面倒を見てもらっているようなものなのだから。
それよりも彼が私を愛していることを、もう一度聞いて実感したかった。
「本当に……愛して、くれているんですか?」
「ああ、そんな悪趣味な嘘はつかないよ」
「……嬉しくても、涙って出るんですね」
渋面のカイル様に、泣きながら笑いかけた。カイル様はどういう表情を浮かべたらいいのか悩んでいるようで、困っていた。
「……君はこんな卑怯な男だと知っても、私を好きだと思えるのかい?」
「私は今のカイル様しか知りません。その今のカイル様が好きなんです。私といることで苦しみながらも愛してくれる貴方が」
「……ありがとう。本当に嬉しいよ」
カイル様もようやく笑ってくれた。
私は以前の私と彼の間に何があったかなんてわからない。どうして彼がここまで贖罪にこだわるのかは気になるけれど、今はこの幸せに浸っていたい。
ようやく繋がった思いを確認するように、カイル様は座ったまま、私を抱き締めてくれた。まだ遠慮がちで力はそれほど入っていない。それが彼の気遣いなのだと嬉しい反面、物足りなくて、私は力を込めて抱き返した。
読んでいただき、ありがとうございました。




