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両親との対面

よろしくお願いします。

 できるだけ急いだけれど、ホールにはすでに人が集まっていた。


「遅れて申し訳ありません」


 謝りながら小走りで近づくと、私に気づいたカイル様が手招きする。急いで彼の隣に行き、向かいに並んでいる二人を見た。


 ダークブラウンの髪に同じ色の口髭をたくわえた男性と明るめの栗毛をシニヨンにした女性。

 女性は顔の造形が私と似ている気がする。私がもう少し歳を重ねたらこんな女性になるのかもしれないと思った。


「君のご両親だよ」


 そうカイル様が言ったので挨拶をしようとして、ふと気づいた。会った覚えがなくてもお久しぶりになるのだろうか。

 逡巡した後に出てきたのは「はじめまして」だった。


 途端に向かいの男性、おそらく父は顔を険しくし、隣の母だろう女性は真っ青になった。彼女は今にも倒れそうで、隣の彼が咄嗟に彼女の腰に腕を回して支えた。


 何気なく言った言葉がこんなに衝撃を与えるとは思わなかった。彼らほど重大に考えていなかったので心が痛む。申し訳なさに自然と俯いてしまった。


 すると、ぽんぽんと優しく頭を叩かれ、顔を上げるとカイル様は気にするなとでもいうように軽く頷いて、彼らの方を向いた。


「手紙に書いたと思いますが、まだ記憶が戻ってないんですよ。彼女に悪気があったわけではないと理解してください」

「……そんな……! 悪い冗談だと思っていたのに、どうしてこの子ばかり……!」


 ホールに悲痛な女性の声が響き渡る。

 母と呼ばれた女性は私のために悲しんでくれているのだ。それなのに私は、目が覚めてから両親のことなど一度も考えることなく、穏やかに過ごしていた。私はなんて親不孝な娘なのだろうかと、罪悪感に苛まれる。


 母は私に駆け寄り、シェリアごと抱きしめてくれる。その体は小さく震えていた。肩のあたりが湿っていき、嗚咽が聞こえる。私もつられて涙がこぼれた。


 記憶のない私が彼女に何を言えばいいのか悩んだ。どんな言葉も嘘臭くなりそうに思えたが、せめて感謝の気持ちだけは伝えたかった。


「……ありがとう、ございます……」

「……あなたが、覚えてなくても、私が覚えてる。あなたが、生まれた時、話し始めた時、どんなに嬉しかったか……っ」


 私は言葉にならなかった。こんなにも全身で私を思ってくれているのだ。母の愛とはなんて深いのだろうか。しゃくりあげながら私の思い出を語る彼女は、紛うことなく私の母なのだ。


 私も彼女のようにシェリアに愛情を注げているのだろうか。シェリアを抱く腕に力がこもった。すると振動が伝わったのか、シェリアは身動ぎし、ふぎゃあふぎゃあと泣き始めてしまった。


 母の涙は止まり、涙を浮かべながらも微笑み、私を離してシェリアの顔を覗き込んだ。


「あらあら、お腹が空いたの、それともオムツかしら? ヴィーちゃん、とりあえず移動しましょう」

「ヴィーちゃん?」

「貴女のことよ。ヴィルヘルミナだからヴィーちゃん。名前だと長いでしょう? まあその長い名前をつけたのは私たちなんだけど」


 そう言って母は振り返った。母の視線を追いかけると、父が渋い顔をしている。ひょっとしたら父が名付けたのかもしれない。それでも何も言わないということは夫婦の力関係は母が上なのだろうかと思ってしまった。


 とりあえず行きましょうと言いかけて、母をどう呼べばいいか悩んだ。だから、思い切って聞いてみた。


「あの……お母様って、呼んでいいですか?」

「もちろんよ……!」


 本当に嬉しそうに笑うから照れ臭くなった。どこかくすぐったい思いで母と笑い合っていると、カイル様が口を開いた。


「それじゃあ、お義母上。ヴィルヘルミナとシェリアをお願いします。私はまだお義父上とお話がありますので」

「ありがとうございます、ティルナート卿。それじゃヴィーちゃん、行きましょうか」

「はい、ですが……」

「話が終わったら呼ぶから、お義母上とゆっくり話しておいで。お義母上からも君に話があるだろうから」


 てっきりカイル様も一緒だと思っていたのにどうしたのだろう。これまでカイル様とばかり過ごしていたから、母とはいえ、知らない人と過ごすのは心許ない。


「大丈夫だから、行っておいで。君のお母さんだよ。何も心配はいらないから」


 カイル様は私を安心させるように微笑んだ。私がカイル様の言葉に頷くと、母が苦笑した。


「何だか、ティルナート卿が保護者みたいね。ヴィーちゃんが記憶を無くしたと聞いて、どんな暮らしをしているのかと心配していたけれど、少し安心したわ」

「お義父上とお義母上には、ご心配、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。私にできるのは、彼女が少しでも負担なく暮らせるように考えることくらいです。このくらいでは何の罪滅ぼしにもなりませんが……」


 カイル様は母に頭を下げた。母は驚いたように少し眉を上げたが、次の瞬間には表情を消した。


「……貴方は格上の侯爵です。私のような者に頭を下げては……」

「いえ、今の私はヴィルヘルミナの夫として話しています。私は貴女方家族を苦しめてしまった。本当に申し訳ありません」

「その話ももう、とうの昔についているはずです。確かに貴方がしたことを許せるかと聞かれれば、複雑ですが……」


 母とカイル様の間で話が進んでいるが、私には何一つ理解できない。困惑した私は、思わず話に割り込んでしまった。


「あの、どういうことですか?」


 二人は私を見てから、お互いに目配せをした。二人は笑顔を浮かべたが、無理に作ったものだとわかる不自然な笑顔だった。


「以前ちょっとあってね。ずっと謝りたいと思っていたんだよ」

「ええ、そうなの。貴女が気にすることではないのよ?」

「そう、ですか……」


 そう言われても気になるものは気になる。カイル様といい、母といい、一体何を隠しているのだろうか。


「ヴィーちゃん、行きましょう」


 母に促されて別室へと移動し始め、ふと振り返ると、切ない目で私を見るカイル様が見えた。

 そんな彼を放っておいていいのかと、後ろ髪引かれる思いでその場を後にした。

読んでいただき、ありがとうございました。

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