悲劇の館
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それではよろしくお願いします。
その日、ティルナート侯爵邸で悲劇が起こった。
「きゃあああ……!」
絹を裂くような女性の悲鳴が玄関ホールに響き渡り、驚いた使用人たちが駆けつけると、階段の上で悲鳴の主である侍女が真っ青な顔で立ち尽くしていた。
侍女の視線は階段の下に向いていた。使用人たちは侍女と同じように階段の下を見て、更に驚いた。
まだ年若い侯爵家当主が夫人を抱きかかえているのだ。しかも、侯爵の顔色は蒼白で、夫人は頭から血を流してぐったりとしている。
事情がわからないながらも、ただならない事態を把握した使用人たちは慌てた。
侍女は夫人が落ちる瞬間を目撃していたのか、それとも侍女が突き落としたのか。
いずれにせよ事情を知っているだろうと、使用人たちは侍女を問い詰めた。
だが、彼女はその瞬間を目撃しておらず、突き落としてはないが、自分のせいだと嘆くだけだ。
何はともあれ、こうしている場合ではないと、夫人はすぐに医者に診せられた。
幸いにも夫人に大きな怪我はなかった。頭からの出血はあったが、傷自体は大したものではなかったのだ。だが、打ち所が悪かったのか、夫人は一向に目を覚まさなかった。
◇
その後、その悲劇は一時、貴族の間でさまざまな憶測を呼んだ。
容姿が優れていて地位もあるため、女性に不自由しない侯爵が遊ぶために邪魔な夫人を殺そうとした、夫人が心の離れた侯爵を繋ぎとめようとして目の前で自殺を図ったなど、いい噂は一つとしてなかった。
公には事故ということにはなっていたが、それを信じる者はいなかった。
それもそのはずだ。二人の間が冷めきっていたのは周知の事実だったのだから。
だが、真実を確かめたくても、侯爵はそのことについては口を閉ざし、夫人は眠ったままだという。
そして、恐らく真実を知っているだろう侍女は、ティルナート邸からひっそりと姿を消した。
そのうちに日が経ち、日々新たな話題に事欠かない社交界で、その悲劇は忘れられていった。
それから約一カ月──。
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