お金を稼いでみた
シルヴァ殿は、定宿にしていた銀の剣亭で看板娘として働く奥方に一目惚れしたのがなれそめで結婚したのだと話してくれた。だが先代が死去して手も足りず、最近経営不振なのだそうだ。大変でござるな。だから一人でも客が増えるのはありがたいそうだ。
銀の剣亭はギルドから多少距離があるものの、清潔感のある宿で正直悪くなかった。とりあえず三日分を支払う。朝夕食事つきで一泊五千リン。日本の感覚からすると安いが、大体この辺りでは相場なんだそうだ。
まだ昼頃なので、ギルドでひと稼ぎするでござるかね。可愛らしいシルヴァ殿の奥方に鍵を預けて冒険者ギルドへ。
「あら、またいらしたんですか?」
「…おい」
「ヒッ!?」
ギルド受付のお姉さんに話しかけようとしたら、熊並みにゴツくてでかくて怖いお兄さんから話しかけられた。気の弱いオタクである拙者…ビビりまくりでござる。
「そんななよっちい身体で、本気で冒険者としてやっていけんのか?」
「……………」
あ、この人……スゲーいい人でござるわ。
「ご心配、ありがとうございます。拙者、死にたくないのでキチンと身の丈にあった依頼を受けるでござるよ」
「……うん?そ、そうか……な、ならいい」
「ご親切な忠告、まことに感謝いたします」
拙者は深々と頭を下げた。冒険者ギルドにはシルヴァさんだけでなく、いい人がいるのでござるなぁ。優しいお兄さんは頭をガリガリかいて去っていった。
「……よくわかりましたね」
「悪意も殺気も無かったでござるからなぁ。拙者の実力に気がついた上での忠告、しかも自分が悪者になることも厭わぬとは…まことに素晴らしきお方でござ…もご!?」
「…………もういい」
戻ってきたでかくて優しいお兄さんに口を塞がれた。シャイなのだろう。真っ赤でござる。
「名をうかがっても?」
「………グレイ」
「灰色の豪腕とも呼ばれるBランク冒険者ですよ」
「おお、拙者はタカ=レイターでござる」
「………………わかった」
グレイ殿は去っていったが、お仲間からからかわれているようだ。悪いことをしたでござるかね?
「で、タカさんは買取りですか?」
「いや、お姉さんの言っていた初心者向けオススメ依頼を聞きに来たのでござる」
「あ………あー。えっと、タカさんの実力ですと、討伐の方が稼げますよ?」
「拙者は後衛でござるゆえ、単独討伐はできぬでござる」
「な、なら……オススメ依頼は、回復薬作成です」
「おお」
確かに安全かつ安定して稼げそうでござるな。
「い、今なら設備使用料をタダにします」
「受けます」
拙者に迷いはなかった。スキルレベルも上がるし、いいことばかりでござるよ。
「た、助かりますぅ…」
こちらのギルド、回復薬が足りなくて困っていたそうでござる。ただ、錬金術師も討伐に行きたがるからなかなか補充できない。施設使用料と材料費、失敗分を差し引くともうけが少ないからもあるようだ。元々ギルドに薬を納めていた薬師が高齢だからもあるとのこと。
「じゃ、千本分ください」
「………へ?」
「素材と回復薬の瓶、千本分ください」
「あ、何日か分ですね?助かりますぅ!」
「いや?半日分でござるよ。それから、ギルドで借りられる本をお借りしたい」
お姉さんが虚ろな目をしているのが気になったが、とりあえず薬を作り始めた。拙者、回復薬には自信ありでござるよ。
先ず、水魔法で薬草の汚れを落とす。風魔法で切り刻み、たっぷり魔力を込めた水で煮る。分量はスキルのおかげか計量なしで自然とわかる。この鍋だと大体二十本分はできるでござるな。本来なら一つの鍋で五時間ほど弱火でコトコト煮込むのでござるが、拙者のスキルと特殊なやり方だと、五分ほどでできるのでござる。しかも、失敗なし。
鍋に『焦げ防止』の魔法を刻み、風魔法で鍋内部の空気を抜く。圧力鍋の原理でござるな。本をチラ見しながら五個の鍋を同時使用し煮ること、五分。
「でっきあがり~」
煮込む前はドロドロでござるが、完成品は透き通った緑になる。水魔法で冷まして、瓶につめる。
「おや?この瓶、不良品でござるなぁ」
状態保存が刻まれてないと、せっかくの薬の質が落ちるでござる。
ちなみに、回復薬は一本二千リン。材料の薬草が一本分約五百リン。通常、部屋代が五時間で千リンだが今回はタダ。調合は大体半数が作れれば成功らしいから、かなり割にあわないでござるな。
五時間で約九千リンなら、獲物を狩った方が確実に稼げる。もっと失敗したら心が折れるに違いない。拙者的にはぼろ儲けでござるなぁ。約一時間で百五十万リン……。時給約百五十万でござるよ。これからする事を考えたら…いくらぐらいかかるのだろう。お金はあるにこしたことはないでござるな。
あまりに早すぎると怪しまれるかもと本を借りたが、読みきってしまった。まだ一時間半しか経ってないが……特殊なやり方でやったと言おう。嘘じゃないし。
「お姉さん、できたでござる」
「は!?嘘!早すぎない!?最上品質……しかも、この瓶……!」
お姉さんに肩をガシッとつかまれた。なんか目が怖いんですが。
「ちょーっと別室に来てください」
「ピギャッ!?」
お姉さんに連行される拙者。グレイ殿が心配そうに見ていたでござる。
そして、なんか応接室みたいな所に通されて高級そうなティーセットでお茶とお菓子を出された。毒はないでござるな。お菓子もおいしい。お姉さんはえらいっぽいイケメンなおじさんを連れてきた。
「俺はここのギルドマスターでエリックと言う。単刀直入に言おう。ギルドの専属職員になる気はないか?」
「ないです」
「だろうな。では、取引をしないか?この瓶を量産してほしい。対価は、国からの隠蔽。もちろん瓶の価値相応の報酬を出す」
その条件は悪くない。シルヴァさんの依頼は正式にギルドを通したらしいから、こちらの事情をある程度知っていての取引だろう。
「…少し考えさせてください」
しかし、今の拙者が判断するには荷が重い。
「わかった。いい返事を期待しているよ。ところで、君はもしや上級や特級の回復薬も作れるか?」
「………上級なら」
本当は特級も作れるが、隠すようにヒルシュ殿に言われたでござる。特級を作れる人間は、世界でも数人しかいないらしい。量産できるとなれば、なおさらだ。
「是非、作ってくれ。それから、この瓶だが」
状態保存をかけた瓶を見せられる。時空間属性魔法の一種でござるよ。
「加工代として、一本一万リンでどうだ?」
い、一万!?つまり、全部で一千万!?
「じ、じゃあそれで「冗談だ。きちんと価値を知っておいた方がいい。瓶は一本二十万だ」
「…ほげぇぇぇ!??」
二十万かける千……二億!??拙者、一気に大金持ちでござるか!??これでも安いぐらいだから、ちゃんと価値を知るよう叱られたでござる。早急に対策の必要ありでござるな!