滅亡ルートを回避してみた
馬車が動きを止めた。ここで降りる…というか、下ろされた。す巻きなので、拙者は動けないでござるからな。ぽっちゃりな拙者を運ばせて申し訳ないでござる。
「………本当に、申し訳ない。だが、レイター殿にとってはこの方がよいのではないかとも思っております」
ベテラン騎士さんは剣を振り上げると、拙者の縄を切ってくれた。
「よろしいのですかな?」
「はい。我々が受けた命令は『レイター殿を縛って夜の森に置き去りにする』ことです。置き去りにした今なら縄を切っても問題ありません。また、この場にいる皆が共犯です」
新人騎士さん達も皆頷いた。
「レイターさんは悪くないです!僕、見てましたから!」
彼らは回復薬不足で困っていたのでスキル上げを兼ねてしこたま回復薬を作りまくってあげたり、歩に作るついでで失敗作…といっても既存よりいい武器を横流ししたり、おやつを分けたりしていたから仲が良かったのだ。拙者は、彼らを恨んでないでござる。悪いのはクソ姫でござるよ。
「本当にあのクソ姫は余計なことしかしやがりませんね」
「貴殿は…ヒルシュ殿!」
宰相秘書官であるヒルシュ殿は拙者の先生みたいな人でござるよ。城を歩いていたら、なにやらうなり声をあげていてお困りなご様子で声をかけたのだ。人手不足に悩まれていたので、拙者が仕事を手伝ったのでござる。拙者はこれでも数学専攻で、計算は得手でござる。それゆえ、それなりの戦力になったと思われる。そして仕事を手伝う対価として、物価や風習などの情報を得ていたのでござる
「正直、レイター殿の手伝いがなくなるのはかなり痛いですが…レイター殿は城に居ない方がよいと私も思います。君の真の力に城の馬鹿どもが気がつく前で良かったです。これは、君のバイト代です。路銀の足しにしてください。念のために護衛として町まで冒険者をつけます。料金は先払いしましたので大丈夫。どうか…元気で」
「………ヒルシュ殿……」
あ、泣いてる場合じゃないや。拙者を逃がそうとしてくれている人達に歩が襲いかからないようにせねば!慌てて固有スキルのアイテムボックスを展開する。手紙を日本語で書き、プリンを時間停止と大容量を付与した予備鞄に入れた。
「ヒルシュ殿にはお世話になりました。騎士の皆にも。だから、ポーン殿の暴走を止めるアイテムをお渡しします」
「………………ぼ、暴走?」
ヒルシュ殿ともあろう御方が、気がつかなかったのだろうか。
「拙者が縛られて森に捨てられたら、普通生き延びることは無理でござるな。勇者ポーンがそれを知れば…」
脳裏に浮かぶのは『歩大暴れ事件』の数々。七瀬歩はキレるとヤバいのでござる。一度スイッチが入ると、かーなーりヤっちゃうのでござるよ。壁に穴をあけたり、ガラスを割ったり、机を真っ二つにしちゃったり………幸い、人的被害は拙者が止めたからいまのところはない…………はず。歩が暴れたら必ず拙者が鎮めていたでござるからなぁ。
「控えめに言っても大暴れで城が崩壊するでござる」
城が崩壊するだけなら、別にいい。いや、城の人からしたらよくないだろうが、拙者はどうでもいい。ただ、人的被害は出してほしくない。そうなれば犠牲になるのは騎士団の人達だからだ。
「それは………」
「そうかも………」
歩がクソ姫を嫌っているのは騎士団の皆さんも気がついている。気づいてないのはクソ姫だけだ。
「頑張ってドラゴン倒したのに、ご褒美のプリンが無いなんて、発狂するでござるよ」
『え、そっち!??』
いや、どっち?歩は某雅なお子ちゃまに負けないぐらいプリンが好きなんですぞ。
「うむ。この鞄には、ポーン殿が愛するプリンと拙者からの手紙が入っておりますぞ。ポーン殿が人殺しをする前に渡してくだされ。ヒルシュ殿ならば機を間違わぬでしょう。ご武運を!」
「うわあああああああ、不安しかないですね……いや、これマジで私がレイター殿に会いに来なかったら……この国、滅んでいました?」
「はっはっは…………可能性は…………ありましたな」
『………………………』
さっきまであんな国どうなろうが知らぬでござると思っていたから、王の前でもその危険については語らなかったでござるな!
「つまり、ヒルシュ殿は救世主ってことで!それから、拙者を逃がそうとしてくれた騎士団の皆さんにも危害を加えぬよう書いておきましたぞ!」
「勇者様、いつ戻ってくるの?」
「向こうだから…あと…三ヶ月ぐらい?」
皆すっかり不安になってしまったようですな。しかし、教えておかないとヒルシュ殿が歩を止める前に城が崩壊して死傷者多数ということになりかねない。それは避けたい。
それまで黙っていた渋い冒険者と思われるおじさんが話しかけてきた。
「…つもる話はそれぐらいにしちゃくれねぇか?」
「ああ、すまないな。レイター殿、彼はBランク冒険者のシルヴァ=スターリング。銀の流星とも呼ばれるハイランク冒険者だ。シルヴァ、レイター殿を頼んだ」
「………おう。行くぞ、坊主」
「御意!」
こうしてヒルシュ殿達に見送られ、拙者はシルヴァ殿と町へ向かうのであった。