灼病のアークメイジ
凶悪な魔物が溢れる世界。
一部の選ばれた者たちが死力を尽くして安全圏を広げ、なんとか生活領域を確保している世界。
危険と未知と、死と隣り合わせである最前線―――「魔外前線」と呼ばれる、人類存続のための戦場。
―――だが。
内に住む者たちにとって、そのような雲の上の話より。
その日一日を過ごすことの方が、よっぽど厳しい。
とくに、完成された秩序を形成しきっていない領地では。
――――――――――――――――――――――――――――――
とある森の小道で。
「…!」
背負子を背負った男性の商人が、2人の男に囲まれていた。
「…。」
2人はそれぞれ剣と斧を持ち、商人を脅していた。
「…リーダー。」
斧を持った男が、剣持ちの――リーダー格の男に視線を向ける。
「殺すさ。」
リーダーと呼ばれた男は答える。
あまり手入れのされていないだろう茶色い髪と、少々生えた髭をしている。
「まだ新入りのような装備。マトモな護衛を雇う金もない。消えても大した問題にならない相手。
何も問題はねえ。」
リーダーの言葉に、斧を持った黒髪の男が頷く。
先ほどから盗賊たちが自分の処遇について話しているのを、若い商人は震えながら聞いていた。
そしてどうやら…自分は殺されるようであると察し、その震えは大きくなる。
「あ、ああ…。」
荷物を置いて逃げる―――。
囲まれたこの状況で? 相手は口封じも狙っている、逃げられる可能性は低い。
でも黙って殺されろ、と?
(…ここら辺は魔物が少ないって聞いたのに―――魔物より人間の方が恐ろしいじゃないか!)
魔外前線で戦う魔物と比べると弱小(魔外前線で戦ってる連中の言う「弱小」なのでまったく当てにならない)ではあるが、内側にも魔物は確かに存在する。
気性の荒い魔物がいないということで護衛の必要性を感じなかった商人は、手遅れながらにソレの大切さを学んでいた。
やがて、リーダーの男が、まっすぐ商人の方へ歩みよって行き。
商人は恐怖で足がすくみ、何もできず。
男が剣を構え、突き出そうとして、
バキッと。
木々の間から、物音が聞こえた。
「!!」
「っ!」
「。」
その音に、全員の注意が向く。
(に、逃げ―――。)
頭の中で「逃げなければ」と思考を続けていた商人は、しかし脚のすくみはなかなか消えず、結局物音の方を見ることしかできなかった。
「…あー。取り込み中だったんですかね?」
物音の方を見ると、…奇妙な恰好の少年がいた。
薄青色の髪を、頭全体が綺麗な曲線を描くように、目元と首元まで伸ばした髪型。両耳の上に付けられた、後方に向いた短い鹿角のような髪飾り。 その前髪に少し隠れるようにこちらを覗く、ルビー色の瞳。
髪色と似た、金縁空色の肩掛けと腰外套、その下には普通の青色の服。
右手には金縁の黒い手甲が黒手袋の上から付けてあり、左腰には左手で抜ける位置に杖が刺さっていた。
紺色の球体を囲むように金色の細工がされた、高級そうな杖だった。
(…森に入る恰好じゃねえと思ったが…魔法使いか。)
リーダー格の男は少年を見て瞬時に把握した。
と同時に、まずいことになったと眉根を寄せる。
今現在進行中で行っている悪事を、完全に見られ―――。
「あーっと、あー。どういう状況なんですかね、これ。」
そういって少年は首をかしげながら、苦笑いを浮かべた。
…?
リーダーはそれを聞いて耳を疑った。
「明らかにどう見ても商人」の男を、「どこからどう見ても盗賊の2人」が、武器を持って囲っているのだ。
それを見て「状況が解らない」というのは、さすがにおかしい。
「た、助けてください!」
「っ! あ!」
呆然としている中、少年のすっとぼけが効いたのか、すくみの消えた商人が彼の元へ駆け寄った。
こうなってはどうしようもない。
「助けてくれ」と商人が口に出した以上、あの少年が事情を察するのかもしれない。
「助け、助? え、何か問題が?」
「え、と。か、彼らが!私を襲って!」
(あ、く、クソ!ここはいったん退くべきか―――。)
目撃者を出したくはなかったが、この2人であの魔法使いっぽい恰好をした少年を倒せる気がしなかった。 解りやすい武器ではなく「魔法使い」というのがネックだった。
ここから逃げて、どこか遠くでまたやり直せばいい、と考えたリーダーは撤退の指示を出そうとして。
「襲う…ああ、つまり彼ら、お金がなかったんですかね。」
「お金が―――あ、あ?い、いえ、たしかにお金がないからこうして襲って来て…?」
「それで、お腹が減ったので、仕方なく、といった感じですか。」
「え、はぇ?」
???
少年が納得したような笑みを浮かべながら話す内容に、リーダーは混乱した。
商人の肩をポンと叩いた少年は、盗賊2人の方へ来る。
斧男とリーダーは武器を構えるが、少年は特に気にした様子なく歩みを続ける。
「もしお腹が空いているというのであれば、よければ、私の家へ来ませんか?
おいしい茶菓子なども用意しますので。」
朗らかな笑顔でそう言う少年に、全員が困惑する。
当然だろう、見ず知らずの男たち…それも武器を向けて来た輩を家に招待し、「飯を食っていかないか」など。
ただの旅人であったとしても、こんな誘いを受ければ警戒するに決まっている。
(…家に連れ込んで、何か仕掛けてくるつもりか?)
リーダーはそう判断する。 彼に限らず、普通はそう考えるだろう。
…だが。
(この魔法使いが俺たちを殺すつもり、或いは騎士団に突き出すつもりなら、恐らくそんな回りくどいことはしないだろう。)
武器を持った男たちに対する少年の態度。高級そうな装備。
どう見ても、ただの無能ではない。
…ただの素人盗賊が武器を持った程度では、勝てる要素が見当たらない。
「…わかった。ついていこう。」
「え、ちょ、リーダー!?」
ここはおとなしく従った方が良いだろう、と判断。
商人を目撃者として逃がすことが非常に気がかりだが、ここでこの魔法使いに殺されるよりましだろう。
「そうですか。ふむ。
では、えっと。そういうことですので、彼らのことは許してあげてくださいな。」
「そういう、は?!」
少年の言葉に、商人はもちろん盗賊2人も呆然とする。
商人にとっては、文字通り死活問題だったのだ。それを「そういうこと」で済まそうとしているのだ。
「彼らのことは私に任せて、あなたはどうぞ。
ああそれと…彼らがお金がないというのなら、私が代わりに払いましょう。」
「? …???」
取引をしたわけでも、何かを奪われたわけでもないのに「代わりに払う」。
そういって少年は左手を腰に突っ込み、ジャラジャラとした袋を取り出す。
なかなかの大きさで、商人はそれを両手で受け取る。
「…っ!!!!?ぜん、全部、金―――。」
「よろしくお願いしますね。」
にっこり笑う少年。
金額を確認した商人と、商人の反応を見たリーダーは瞬時に察した。「口止め料だ」と。
――――――――――――――――――――――――――
商人を解放した後。
少年の先導の元、道とは言えない悪路をずんずん進んでいく。
「森の中に家がある」とのことだったが…。
「…リーダー。」
斧男がリーダーの隣に並び、小声で声を掛ける。
「このまま黙って付いて行っていいのか?」
「…ああ。俺もちょっと悩んでいるが。」
リーダーは頭を抱えてため息を吐く。
「逃げられると思うか?正体不明の魔法使い相手に。」
「それはそうだが…処刑台の階段を登っていくようなもんじゃねえのか?これ。
一か八か、家に着いたらアイツを襲って―――。」
「…いや、襲うのはやめとけ。」
前を歩く魔法使いを見つめながら、殺気立つ斧男を止める。
あんなフワフワした、森の中を歩くのに不向きな恰好で、悪路を難なく進む魔法使い。
身体能力が皆無というわけでもなさそうなのだ。
「…やったとしても、ヤツの家の物をいくつかくすねる程度でいいだろう。ヤツの身なりとあのワイロからして、そこそこ持ってるみたいだしな。」
「そうか。わかった。」
そんなことを、少年に気付かれないようにこっそり相談する。
(しかし…俺たちを家に誘って、何がしたいんだ?
あんな大金を使って、恐らく口封じまで商人に行って。)
自身らのような粗雑な男性二人の為に、食事を出す為だけに金を…?
首を捻りながら。少年を追いかけ続けた。
やがて、木々の開けた場所に出て。
「…うぉお。」
「綺麗な―――澄んだ?」
少々ジメジメとしていた森から一変、綺麗な空気の空間だった。
そこには、大きなログハウスが一つ。
森から出た場所からでは家に隠れて全貌は見えないが、柵に囲まれた大きな庭もあるようだった。
屋根の上には何やら奇妙な道具が置いてあり、入り口の逆サイドには大きな低い煙突がついていた。
(この森に…こんな空間が。)
「さ、入って。」
見惚れていた2人を、家の扉を開けた少年が引き戻す。
少年の笑顔を見て、2人は―――覚悟を決める。
「リーダー…。」
「…。魔獣の顎か、魔女の釜か。」
「怖いこと言わないでくれよ…。」
「さて、靴は脱いでくださいね。掃除する手間を省くために。」
少年は黒い靴――全身青に染めているのに、両手の手袋と靴は黒だった――を玄関で脱ぐ。
入るとすぐに左手奥にキッチンがあり、長机と、それを囲うように5つの椅子があった。
右手奥には階段があり、その裏に扉が。キッチンの裏、恐らく庭に出る扉だ。
突き当りの壁とその右手前にも1つずつ扉があった。
「…椅子が5つ?」
「ささ、座ってくださいな。」
5つの内の2つの椅子を見えない力で引き、台所にあったポットに火をかけ始めた。
「…。」
「座るか、とりあえず。」
リーダーが椅子に座り、斧男もしぶしぶといった様子で座った。
「。」
椅子から窓を見ると、そこには庭が――畑が見えた。
果物の成っている木が少々、野菜と思われるものがそこそこ。
そして大部分は、見たこともない奇妙な植物だった。
(――魔女の釜に入れるには最適そうな見た目じゃねえか。)
家に入る前に冗談半分で言っていたことが現実になりかけていることに、リーダーは苦い顔をした。
「さ、お待たせしました。」
少しして。
ポットを温めなおした少年が、盆にポットとティーカップ3つ、お菓子の入った皿を乗せて来た。
「全部、ウチの庭で取れたものですよ。マナーとか気にする必要ありませんから、どうぞ。」
そういって、コトンと盆をテーブルの上に置き、ポットを手に取った。
「…。」
「?」
「…。」
リーダーは手前のカップを取り、それに倣って斧男もカップを取る。
それを見た少年が最後に残ったカップを取って、それぞれにポットの中身を注ぎ始めた。
リラックスする香りのする、透き通った焦げ茶色の液体だった。
「よっこいしょ。
…んぅ、何度飲んでも、いい味です。」
少年が腰を下ろし、湯気立つお茶に口を付けたのを見て、リーダーは飲み始める。
…少々苦みがあるが、飲むとその香りが口内に広がり、とても美味であった。
斧男もキョロキョロとしていたが、リーダーが飲んだのを見て、恐る恐る口にし、…目を見開き、一気に飲んでしまった。
「―――!あ、えっと。」
「ふふ。さ、どうぞ。好きなだけ。」
少年がポットの取っ手を斧男へ向ける。
斧男は軽く会釈をして、それを手に取った。
「――――。さて。毒物を警戒していたようですが、だとしても少々注意が甘いのでは?」
「――!!」
「グンンン…。 …? 毒?」
カップを持った少年の微笑みに、リーダーはビクっと反応し、斧男は2杯目を飲み干して首を傾げた。
「私が口を付けるまで飲まない、というのはまぁ、当然として。
カップに毒をぬっているとは考えなかったようですね?」
「…ぁ。」
「せっかく警戒するのであれば、カップの底や色を見て選ぶべきだと思いますよ? 次からは気を付けましょう。」
そういって、盆の上の皿から薄い円状のお菓子を取り、サクサクと音をたてる少年。
「苦いお茶にはこの甘さが…。」と言う少年の言葉に、斧男もひとつ手に取る。
「カクッ…う、甘い!リーダー!これ…。」
「甘―――。」
貴族やらが嗜好品として、値のはる甘味を摂るというのは知っていたが。
まさか、それを使った食べ物をこんなに沢山。それも、見ず知らずの男2人に。
(…というか、出したモンに対して「毒物を入れたかどうか警戒された」なんてなったら、不快に感じる物なんじゃねえのか?)
ニコニコ笑う少年に不信感を感じながら、リーダーはカップの茶を飲む。
「ん、さて。私は少々庭に出ます。」
そういって少年は立ち上がった。
台所へ行き、また別の形の菓子を持ってくる。
「お茶はまだありますし、お菓子もこの通り。
暫くゆっくりしていってください。良ければ、晩餐も。」
そういうと、階段の裏にある扉へ向かって行った。
…。
「…。 。 リーダー。なんだこの状況。」
「ああ。 …なんだこれ。」
出されたお菓子を手に取りながら、少年の無防備さに呆れる。
自身らは盗賊である。
その盗賊2人からポンと目を離し、家から出て行ってしまった。
「これ、え、と。」
「『盗んでください』と言ってるようなもんだもんな。」
リーダーはそう口にはするが、先ほどのやり取りから、少年のことを警戒し始めた。
(あの毒物トークからして、単なるアホってわけでもない。俺たちが「毒を飲まされることを警戒する立場」ってのも把握してる。
…何か、ヤツの思惑があるのか?)
リーダーはそんなことを延々と考えるが、結局思いつかなかった。
(…。何も手柄なしに帰るのも、癪だな。)
熟考の末、リーダーは席を立った。
「…ちょいと、いいものがないか見繕ってくる。
お前はここに残って、俺が居なくなった理由でも考えてくれ。」
「え、あ、ああ。 トイレを探してるとか、家を探検してる、とか?」
「探検はまぁ露骨すぎるが…そうだな。」
斧男と軽い打ち合わせをして、リーダーは探索を始めた。
まず、突き当りの扉を開ける。
(…!!?――――鍛冶場?)
金床、研ぎ車、大きな窯。
裁縫道具の置かれた机などもあったが、魔法使いには似つかわしくない、匠人の仕事場だった。
最初に家を外から見た時に見つけた煙突は、ここにある窯から伸びているようだ。
「…。」
気を取り直し、右手にあった扉を開ける。
(…。ここは。)
寝具と、姿見の鏡。寝室のようであった。
だが。
(ベッドが2つ。他に誰か一緒に住んでいるのか?)
燻っていた疑問が再燃する。
(椅子が5個あったのもそうだが。…だが、玄関には靴は一つもなかった。…どうなっている?)
解消しきれない疑問に頭を痛めつつ、探索を続ける。
2階。階段を上る。
登り切って見回し、…げんなりする。
すぐ右手と正面に扉、左に少し行って正面に扉、更に左に曲がって突き当りに扉であった。
(3つとも寝室じゃねえか。)
3部屋ともに一つずつ、寝具、姿見があった。
だが一部屋だけ、服の入った大きな家具もあった。
(ベッドは合計5つ。だが着替えの用意があるのは最後に確認した1部屋だけ。
…4部屋は客人用か何かだろうか。)
そんなことを考え、最後の突き当りの扉へ手を掛けた。
(。こ、こは…。)
入った途端、草木の青い臭いが鼻を刺激する。
非常に天井の高い部屋であった。
正面には扉があり、部屋のあちこちには所せましと引き出しがあった。
そして、入って左。部屋の奥には。
(…。)
なぜか、日の光が上から差し込んでおり。
何かの台に挟まれるように。
巨大な、鍋があった。
(な、なんだ、ここ。)
間違いなく、人の胸あたりまではあるだろう、巨大な鍋。
鍋の中に何があるのか。
そう思い、ついうっかり奥に行ってしまう。
鍋の傍に着く。
恐る恐る、鍋の中を見ると。
「。」
空っぽだった。
「な、か身は、全部―――。」
恐ろしい妄想をして頭を振り、
「…ん?」
鍋の隣の台に、妙な束が置いてあった。
「…あれ?これ。」
リーダーはその束を見つめ、妙に思って手に取った。
「その草を手に取るとは、」
「っ!!!」
唐突に後方から声が聞こえた。
バッと振り返ると、この部屋にあったもう一つの扉から、少年が入って来ていた。
…開いた扉からは家の外が見えており、どうやら庭と梯子か何かでつながっているようだった。
「なかなか、見どころがあるじゃないですか。」
少年は、何かを探すように少し部屋を見渡して、たくさんあった引き出しの内の一つを開け、手に持っていた草を突っ込んだ。
「あ、え、あ、えと、これは、その―――。」
リーダーは一生懸命にいい訳を考えたが、上手い物は出てこなかった。
少年はそんなリーダーに、笑顔で近づく。
「ダメですよ、その大きな鍋は大量生産用ですから。 その量じゃ、マトモな物できませんよ。」
リーダーの手中にある束を顎で示しながらの言葉と同時。
ゴォンという音が、リーダーの後方から聞こえた。
「ひ、ヒィ!?」
巨大な鍋が宙を飛び、高い天井の内にあった棚の一つに収まった。
それと同時、普通の調理鍋より一回り大きい程度の鍋が、変わりにコトンと落ちて来た。
「さて。」
リーダーの隣に少年が並ぶ。
リーダーはいまだに、先ほどの巨大鍋が宙を浮いたことに恐れを抱いていた。
(…あの大きさの物体を上から落とすだけで、俺はそのまま――――。)
そんなことを考えるリーダーを横目に、さまざまな道具を並べる少年。
「ん、よし。
さて。よろしいですかな?」
「…ぁ、あぇ! は、はい…。」
少年の微笑みに、凍えあがって返答するリーダー。
気分はもはや、まな板の上の食材であった。
「うん、さぁ。手前の紐を引いてください。一回だけ。」
「ヒ、も?」
そう言われて鍋の方を見る。
…3本、紐が吊るされていることに気付いた。
上を見ると、3つの巨大な瓶が吊るされてあった。
手前の紐から順番に下段、中段、上段から伸びている。
瓶からは1本ずつ管が伸びており、紐を引くと中身が出てくるようであった。
とりあえず、一度だけ引っ張る。
ジョロロロロと水が流れ、鍋の半分くらいまで水がたまった。
「うん、よし。 火をかけるから、その草を突っ込んで。
そんで、茹ったらかき混ぜ始めてくれ。」
「は、はい。」
先ほどまで敬語だった少年の口調が変化してきていた。
少年が指先から火をおこし、その指を鍋の下へ入れる。
たちまち火が広がり鍋を温め始める。
リーダーは言われた通りに草を入れる。
…強力な火を使っているのか、或いは水が特殊のなのか。すぐに沸騰を始めた。
少年が用意していたかき混ぜ棒を持ち、くるくると回す。
(…何を作ってるんだろう、俺。
え、もしかして最後に、俺を突っ込んで…とか?)
少々物騒なことを考え付いたものの、逆らうこともできずに回し続ける。
やがて―――。
(…? おや。水が黄緑色に。)
どういう原理か、水の色が変わりだした。
それに疑問を持った瞬間、
「質問! 上と下と右左、どれがいい?」
後ろでごそごそしていた少年から、要領の得ない質問がやってきた。
「え、ええ? 上、下―――じゃ、じゃあ『左』で。」
「成程、了解ー。」
少年の返事と共に足音と引き出しの音が聞こえ。
少年が隣にやってきた。
「ん、よし。この菜箸でさっきの束を取り出して。
この雑草を突っ込んで。」
そういって少年が、また別の草の束を手渡してきた。
「? これは?」
「ふふ、お楽しみ。」
少年の笑顔に不気味なものを感じながら、言われた通りに束を入れ替え、またかき混ぜる。
「…お、おお。」
暫くかき混ぜていると。
黄緑色だった水が、美しい澄んだ青色に変わった。
見ているだけで、優しい気持ちになれる色だった。
(俺…何を作ってるんだろうか。)
その青に魅了されながら、同じ疑問を延々と繰り返していた。
「さぁ、最後だ。」
少年が後方から近付いてくる音が聞こえた。
「この3つから、選んでくれ。」
「ん?」
かき混ぜながら、リーダーは少年の方を見た。
(…。)
少年の持っていた盆には、3つの小瓶があった。
土黄色をした、濁った液体。
赤黒い、ドロドロした液体。
青黒い、ヌメヌメとした液体。
「一つでいいぞ。てか一つじゃないとダメ。」
少年の笑顔に、しかしリーダーは不服を感じる。
(…え、あの綺麗な青に、この液体を―――?)
せっかくの美しい色が――。
残念に感じながら、しかし逆らうことは出来なかった。
(入れるのであれば…。)
土黄色は何か汚いし、理由は不明だが、「触れてはいけない」という感じがした。
青黒はにはそういった忌避感はなかったが、綺麗な青を見た今ではより汚らしく見えた。
…消去法で、自然と一つになっていた。
「こ、れを。」
そういって、赤黒い液体を指さした。
「うぃ、了解。」
そういって少年が赤黒い液体の瓶を宙に浮かせて蓋を外し。
「さ、入れて。」
と言いながら、残った瓶を仕舞いだした。
(入れる、のかぁ。)
名残惜しさを感じながら宙に浮いたままの瓶を掴み、赤黒い液体を鍋の中へ入れた。
「嘘だぁろぉ?」
せっかくの美しい青が汚れてしまう―――そう思ってずっと苦悩していたのに。
あの汚い赤黒と混ざった青。
美しい清紫色の液体に変わった。
『赤黒い液体の「汚れ」を落とした』のではなく、自然と混ざった形で。
(気のせいか…輝いているような。)
「お、出来たか。」
軽い感動を覚えていたリーダーの隣に少年が並ぶ。
「よし、火を止めて…そっちの台に空きビン並べたから、入れていこう。」
「空き…あ、はい。」
少年が火を止め、リーダーが鍋を持ち上げて注ぎ口から瓶に液体を注ぎ込む。
先ほど茶を飲むのに使ったカップの半分量程度が入った小瓶。8本。
(…というか。これってまるで――――。)
今まで自分が何を作っていたのかずっと疑問に思っていたリーダーは「まさか」と一つの可能性に思い至った。
「ふんふふーん。」
少年が側面に小さな穴を空けたコルクを用意し、瓶の一つにきつく封をした。
小さな錐を用いて瓶にも穴を空け、コルクと瓶を通すように細い紐を入れる。
「さて、材料の内訳だが。」
少年が微笑みを浮かべ、リーダーの方を見た。
「実はな、最初の一束だけではただの草なんだ。」
「ただの…?」
最初に感じた違和感。
そうだ、あの束の草は…。
「あれ、そうだ! あれって雑草…。」
「そう、おじ――あぁ、俺が勝手に『ユズリバ』って呼んでる草。そこらそんじゃにポンポンしてる雑草。
…世間ではそう謂われてるけどな。」
達観したようなため息と共に、少年は続ける。
「二番目に入れた『ネノビソウ』と勝手に呼んでる雑草と、奇妙な相性があってな。
こ奴ら二つを混ぜると…ま、見てた通り。
暫く煮詰めたままだとただの下級ベースポーション――ポーションの下地になっちまうがな。」
少年の説明に、リーダーは納得した。
あの綺麗な青色には、しっかりとした理由があったのか、と。
「で、最後の3つだが。」
少年の顔が、意地悪く歪んだ。
「お前さんが選んだのは、『白苔巨人の再生巡液』。 血液とは違う、妙な液体だ。」
「ト、ト!?」
トロルと聞いてリーダーの目が見開かれる。
「トロル―――って。内地では見られない、え、魔外前線の魔物じゃ―――!!」
「いや、内地にもいるぞ。トロルならな。」
ニヤニヤしながら答える少年。
言外に「ホワイトトロルは内地にいないけどね」と言っていることに、リーダーは気付いた。
「え、ちょ、じゃ、他の二つは―――。」
「あ、それ聞いちゃう?」
少年がフフフと笑い、肩を揺する。
「あの黄色がかったヤツは。『黒翼腕竜の毒腺液』だ。」
「…。」
驚くのに疲れたリーダーは大きくため息を付いた。
「ワイバーンって…内地に現れれば一国の騎士団が出動する化け物じゃねえか。」
「騎士団が動くのは群れが確認された時だけだったと記憶してるが。
ちょいとツテがあって。こっちは定期的に手に入る。」
ワイバーン…それも恐らく亜種と思われる個体。
その素材が定期的に手に入るとは―――。
「で、あの青黒いヤツは―――。『大海領主の保水液』だ。」
「クァ――――。」
大海領主。
魔外前線が海上にまで及ばなかった時期。
唐突に陸に上がったクラーケン一匹の侵略にて、大量虐殺が起きた。
この事態に、まともに交流のなかった国々が一蓮托生となる。
3つの国が地図から消えたものの、今現在にまで残る同盟が締結され、最終的に仕留めることが出来た。
この事件により海上にも魔外前線が敷かれた。比較的近年の事件である。
破壊を撒き散らす魔物。しかし結果として「多くの国を一つにまとめ上げた魔物」として、クラーケンを「大海領主」と呼ぶこともあると言われている。
「まぁ、行くところに行けばたくさんあるからな。使ってもいいかなーって。」
「んぁ、そんな、軽く―――。」
『白苔巨人の再生巡液』『黒翼腕竜の毒腺液』『大海領主の保水液』。
物の価値を知る者に売れば、内地でなら一生近く遊べる財産を稼げる。
そんなものを、気軽に。
「んで、この瓶の中身は―――命名するのであれば、『白苔の治療薬』かな。」
瓶を手に取り、「白」とは程遠い美しい紫色の液体をクルクル回す少年。
「治癒薬」という単語が出て来て、ようやくリーダーは「自分が作っていたのはポーションだった」と確信を持てた。
「ま、使った水は抽出なしの、浄化しただけの雨水。ベースの草も雑草。
仕上げ素材は良かったが…高く見積もっても指欠損の回復程度かな。」
「指の回復…欠損!?」
「まま、あくまで『高く見積もって』だから。希望観測が入ってる。
まぁどうせ、『傷の即修復』程度でしょうなぁ。」
「即―――え、治癒力向上ではなく!?」
リーダーは自身の貧弱なポーション知識がガンガンと混乱を起こすのを感じた。
ポーション屋で売っているような「気休め程度にしかならない下級の治癒力向上」であっても、一般人がなかなか手を出せない値段をするものである。
「即修復」ともなれば、貴族のお守りとして保管されるレベルの霊薬である。
ポーションに詳しくない者たちはおろか、ある程度の薬師たちにとっても、ポーションはそういう認識である。
(そんなモンを…俺が作ったってのか!?)
『部位欠損を治せる可能性がある霊薬』。
それを、雑草を煮込んで、体液を入れるだけで。…いや勿論、体液が貴重なのもあるんだろうが。
「『黒い翼の浄化薬』を作るには、他にも高名な草が必要だけども。コイツは『猛毒や重病を分け隔てなく浄化する』って効果があったり。
『大海原の清涼水』なんかは、『一滴飲めば疲労を一瞬で回復する』って程度の効能しかねえけども。用意したモンを飲食にちょいと混入、一週間休眠なしで戦い続けた変態がいたくらいには有用な場面もある。」
他二つを入れるとどうなったのか、と片隅で思っていた疑問に、少年が勝手に答えた。
(不治の病の治療薬。猛毒がそんな効能を持つようになるなんて。
それに…清涼水を大量に用意すれば、不眠不休の軍隊が生まれるって訳か。)
結局、どう転んでも自分が「ヤバい薬」を作ることは回避できなかったようであった。
「さ。」
少年が、紐を付けた小瓶を差し出してきた。
「?」
「どうだ? 命を救う仕事をした気分は。」
「…。」
少年の言葉に、リーダーはハッとなった。
「そ、れって――。」
「誰かから奪って生計立てるよりも、よっぽどいいだろう?」
少年の勝気な笑みは、雄弁とそれを語っていた。
「なんで。」
「はっはっは。なかなか素人っぽい動きだったぞ。盗みをしたこともなさそうなヘッピリだったし。」
「見てた…のか?」
「おいおいおい、わざわざ馬鹿みたいにふっとい枝を踏み抜いたんだぞ? バキッて」
「…。」
「あんたと相方さんが、何を以て盗賊になったんかは聞かしねえけどさ。
でもまぁ…暇つぶし程度にはなるかと思って、もしお前らさんの考えを変えることが出来たら、と。」
少年がリーダーの片手を取り、手に持っていた瓶を渡した。
「プレゼント。」
「っ。」
「人を救う実績を残した、証明として。記念にな。」
「考えを変えられるのなら」と言われたが。
外堀を埋められ、既に内堀も攻略された状態ではと思い至った。
「…。救えるか?俺に。」
「はは。ああ。少なくとも商人や騎士を相手取るよりは。」
自身より年下である筈の少年が、リーダーには大きく見えた。
―――――――――――――――――――――――――
「ング。 お、お?リー…!」
菓子の皿を空っぽにした斧男が、少年と一緒に来たリーダーを見て少し青ざめる。
「あ、ああいや。 ガイナ。全部バレてた。」
「全…? え。」
「俺たちが何をしようとしてたのか、全部承知の上で誘ったらしい。」
「…。」
斧男―――ガイナと呼ばれた男が、傍に置いてあった斧を手に取る。
「待て待て、落ち着け。」
「落ち――り、リーダー!」
リーダーとガイナのやり取りを、少年はただ見つめているだけだった。
「アイツは俺から話をするから」と言われていたため、それを見守ることにしたのだ。
「勝手に決めてしまって悪いが…俺、ここで調薬師の弟子にしてもらうことになった。」
「調…?」
「何言ってんだと思うかもしれねえが、あー、その。 彼が、もし俺たちが良ければ、って。」
「ぇ、俺たち?」
「ああ。 俺はまぁ、それでもいいと思ってるが。」
「…。」
ガイナは、不安そうに少年を見つめた。
「…俺。薬とかよぅ知らねえし、文字も読めねえし、樵の親父の仕事もまともに手伝ってねえし…。」
リーダーはガイナの返答を聞いて安心していた。
彼は自分に付いてくるように盗賊へ堕ちた、故に自分が弟子になると言えば――と思っていたが。
こうして実際に彼の意思を知れるまで、不安は残っていたのだ。
「いや、むしろ好都合だ。調薬を学んでる連中って基本的に頭硬いし五月蠅いだけだ。
文字なんてもんは知る必要ねえ。何かをメモしたりするのにゃ便利だが、文字がないと出来ないってわけでもないしな。」
少年の言葉に、リーダーも少しホッとしていた。
確かに自力で作れはしたが、薬学と言えば学がない者には無理な仕事なのでは、という思いもあった。
「まぁ最悪、調薬が出来なくとも、あっちの部屋の工房で鍛冶の真似事でもしてもらうさ。
専門って訳でもねえけどある程度の知識はある。…どっかのストーカーさんのせいでな。」
少しげんなりした顔を作る少年。事情を知らない2人は顔を見合わせることしか出来なかった。
「そういや、あんさんの名前を聞いてなかったな。そっちのは…ガイナだったっけ?」
「あ、ああ。 ルーズってんだ。」
「ルーズ。 ほい了解。
俺のことは――あー、まぁ、メイジとでも呼んでくれりゃええ。」
リーダー――ルーズに名前を尋ねた少年は、どうやら名乗るつもりはない様子であった。
2人とも、彼の名を知りたいと思わないこともなかったが。
こっちの方が「別の次元の存在だ」と思えて、かえってシックリ来た。
―――――――――――――――――――――――――
「魔法使いの領域で生活してるんだ。魔法なんてその内いつの間にか出来るようになってるのさ。」
「そんな無茶苦茶な! 幼少から修行したわけでもないのに!」
「そもそも同じ種族の人間なのに出来る出来ないって区別する方がおかしいだろ。
ほら、指先から火だして、同時に指を保護するんだよ。」
「んなこと――。」
「言っとくけど、火熾しとか火打石とかそんなケッタイなもん家にゃねえぞ?
火がねえと湯沸かしも煮沸も調薬も出来ねえんだ。
暫くは俺がある程度火の周りはするけども、しっかりしろよ?」
「俺が適当な魔法で火事起こしたらどうするつもりだよ!」
「んな心配してんのかお前。 そん時はその火事で出来た炭やら灰やらを肥料にして薬草を作るんだよ。」
「えぇ…。」
「どうせ家なんていつか壊れちまうんだから燃えても仕方ねえだろ。」
「家のない間はどうするつもりだそれじゃぁ!」
「野宿で泣き言言うような男は俺の弟子にはいない。…いないよな?」
「…。」
「…あうち。」
「そそ。根っこからな。 根っこ切り取っちまうと成分が死に始める。」
「は、はい。」
「取れた種も一部は薬に使えるから。
全部撒き散らしても、生育する場所は限られてるからな。素直に薬にしちまおう。」
「はい。」
「んで、ここで軽く停止の魔法を――。」
「待ってくれメイジ。 俺ただでさえリー…ルーズよりも魔法できねえのに。
火熾しより難しそうな時空魔法をさも使えて当然のようにおっしゃるのをやめてくれ。」
「使えて当然なんだよほら泣き言言わずに使えや。」
「そんな魔法を使える人間が斧を持って盗賊の真似事なんてしねえだろ。」
「だからっつって俺がいないときに採取する必要出たら困るだろ。
死ぬ気で全力で取り組んで死ね。」
「俺死なないといけねえのかよ。」
「少なくとも常人ではなくなる覚悟はしとけ。」
「…メイジみたいな非常識人にはなりたくないなぁ。」
「褒めても食後のデザートしか出さねえぞ。」
「おいガイナ。それは後に入れるヤツじゃ。」
「え、あ? いやそんな筈…。」
「いやいや、『超越地鬼の角』を最初に入れて、その後に『ミミックマンドラ』を入れるんだろ。」
「それだと滋養薬になるだろ。 先に『ミミックマンドラ』を入れねえと治癒薬にはならねえんじゃ。」
「あ、ああ? あれ?」
「…一応は高級素材だぞ、これ。」
「あー…素直に聞こう。」
「――――ぁ?順序関係ねえだろ、その二つ。」
「「ふぁ?」」
「そもそもその二つとは別に『鬼甲虫の触覚』がいるだろ。
滋養か治癒ってんならソレだが。ソレの前後で決まるんだろ。」
「あ。」
「。」
「その二つで一時的な特殊ベースポーションを―――まて、まさか入れてそのまま訊きに来たわけじゃねえよな?」
「あ。」
「あ。」
「…おいおい。 一時ベース系は機会逃すと効果が下がっちまうだろ。
ベースポーション作りなら雑草でやってくれよ。
ゴブリンがチャレンジャーにまで進化する過程を無駄にして差し上げるなよ。」
「あー…えっと。」
「すみません…。」
「まま、毒が発生したりするようなモノじゃなかったから気がゆるんじまったんだろうけどな。
ふむ、よし。罰として、お前らが作ったベースポーションにふさわしい薬を作って来い。
投入した素材とその効能の予想を報告すること。
ダメだったら、またいくつか俺が実際に作って見せてやるさ。」
「は、はい!」
「ちなみに、どのレベルの棚の物を使えばええですか?」
「そこも自分らで―――ああ、まあいいか。
あー…チャンプ級と中級植物の失敗ベースだから…『最上級以上だと過剰』とだけ。」
「了解です!」
「…『フレイムアロー』!」
ボゥンッ
「…ああ。何というか。ここまで来ちまったな…。
ガイナはどうだ?」
「えっと…『ブレイクシャワー』!」
バガッ
「うぁ、岩が粉々…。 てか、なんで水? どこで使うんだよ。」
「ああ。 その…庭の世話をするとき、水を汲むのが面倒で。それで、その。」
「…そういやメイジ、火魔法しか使わねえよな。毎回水は天水桶のを使ってるし。
しっかし、覚えた理由が『面倒だから』で、しかも独学かよ。
俺なんか、メイジが無理やり教え込んでやっとだぞ?」
「もしや、才能があるのかもな。俺。」
「はっはっは!…あー。魔法を学ぶことの難しさを知った今では、冗談とも思えないな。」
「こらぁ!お前ら何してんだ! まだ休憩時間だろぉ!?」
「えっ!?あっ、すみま―――ん?まだ休憩?」
「お魔法のお自慢大会はお魔力量の残量に触るからほどほどにしとけ言うとるんじゃい!
修行業務に影響及ぼしたら承知せんぞぇ!」
「はい!」
「勿論です!」
―――――――――――――――――――――――――
森の中で暮らし、俗世と離れた生活を続けていると。
自然と時の流れを忘れてしまう。
そのことに気付いたのは、既に日を数えることが億劫になるほど経った後だった。
「え、森に?」
「ああ。 野生の雑草を探そうと思ってな。
というか今まで庭の草と保存してたヤツを使って調薬させてたわけだが。さすがに供給しねえとな。」
調薬の―――「指導」というより。
メイジはただ単に「幾つか例を挙げる」だけで、後のほとんどは2人の自主製作に任せるだけだった。
調薬場はあの一か所だけらしく、メイジは2人が調薬している間はずっと雑用ばかりしていた。
鍛冶場で食器を造ったり。2人の寝床やプライベートの為に、庭の一画に二部屋の小屋を拵えたり。
そこまで大きくなかったとはいえ、一週間ほどで小屋が建てられた時は驚いたものであった。
「簡単な草ならちょっと探索すれば採れるし。一部そこまで高級じゃねえヤツならツテからもらえるし。
今日集めるのは前者になるな。」
朝食の席で、メイジは記念日を喜ぶ子供のように笑う。
「暫くぶりに外界に出てもいいかもな。 お前たちも。」
「えっと。」
「外に行くのに問題があるんなら別だが。」
メイジはニコニコしながら2人の返答を待つ。
2人は顔を見合わせ、少し困ったような顔を作る。
「えっと、俺たちって盗賊だったわけで。」
「あの商人は生かしたままだし……。 そうそれに、庭の植物の世話はしなくていいのか?」
「庭の連中はダイジョブだ。 自力で成長できるような環境は揃えてあるし。
世話がない分病気や蟲が怖いが…そうそう負ける物でもないしそっちもダイジョブだろ。」
食器を片付けながらメイジは続ける。
「盗賊っつっても、あの商人さん以外に迷惑かけてないんだろ? そう思ってたが違うのか?」
「あ、まぁ、その。」
「えっと。」
「アレが初仕事だった」とわざわざ言うのも何か恥ずかしく感じ、2人は口を噤いでしまった。
メイジも知っている上で尋ねたのだろう、微笑んでいる。
「まぁ―――ワイロがデかかったのは確かだな。 あの商人の袖が急にデカくなったとなれば周りから出所も探られるはずだし。
あの鼻たれ青年が商人の端くれなら舌が回るじゃろ。それを期待しておみゃーらさん方が知られてないことを願うしかねえな。」
「そんな無茶苦茶な…。」
「まあ…うん。俺のやり方が上等じゃなかったのは事実だが。
お前らさん方はずっと森に籠るつもりか? 調薬の腕も活かさず。」
「…あ。」
「調薬。そっか。」
はっきり言って、ここでの生活はなかなかに快適だった。
新鮮で美味な野菜、果物や砂糖といった甘味、調味料をふんだんに使った野獣の肉。
調薬学はある種の冒険であり、十分に刺激をくれる。
運動に飢えた時は、メイジに言えば野獣や魔獣狩りに付き合ってもらえた。魔法使いの格好のまま狩猟弓を持ち出していたのはなかなか面白い光景だったのを覚えている。
魔法の訓練に関しては少々厳しいものではあったが、使えるようになった時の達成感もあった。
自身らは調薬の世界にのめり込んでいた。
…そして、第三者のメイジから指摘され。「調薬」が他者の助けになる力があることを思い出したのだ。
「まま、溺れる前に深呼吸できてよかったじゃねえか。
ずっと帰らないわけでなし、お前らさんの居心地良い場所を探すのも兼ねて、外見に行こ?」
食器を洗い終わったメイジが手を拭く。
普段着がローブの彼は既に準備は終わっているようだ。
「…。」
「えっと…。」
2人はメイジに出された服を見て固まってしまった。
「この服は…?」
「んぁ? おみゃーらが調薬にハマって俺の調薬時間がなかなか確保できなかったからな。
家にあるもん使って、軽く縫ったのさ。」
家に来た当初、2人は来ていた服を洗いながら使い続けていた。
簡単な修復もメイジがしてくれていた訳だが…その時にサイズを測ったのだろうか。
(いや、それよりも…。)
一見、普通のジャケットと少し厚いシャツやズボンだった。
だがジャケットの裏には、軽く柔軟な、そして恐らく頑丈であろう金属がぬいつけられている。
シャツやズボンの方も、簡単には破れない繊維のようだった。
「メイジは、裁縫も出来るのか?」
「まーぁ。職人に頼むのが早いんだろうが…珍しい素材とか持ち込んで相手さん方が混乱するのも悪いしな。
『必要だったから学んだ』と言うべきか。」
自身がまとっているローブ下の袖を軽く掴みながら、メイジは言う。
そして、何気ないメイジのその言葉に、2人はため息を吐いた。
(やっぱりというか。)
(珍しい素材使ってんだな、この服。)
何から何まで用意するメイジに、何かむず痒いものを感じる2人であった。
―――――――――――――――――――――――――――――
「ほれほれ、『コモレビソウ』じゃ。
ベースなしでも綺麗な水に突っ込んで抽出すれば、それだけで簡単な自治薬になるぞ。」
「あ、メイジ!これって『ユズリバ』じゃ?」
「お?あ、あー違うな。『ユスリバ』だな。 俺が勝手にそう呼んでるが。
ほら、葉の1枚だけ形が違うだろ? ユズリとちがってベースには使えないが、ちょいと気分を悪くする程度の毒薬には使えるな。」
「…! メイジメイジ。これ、『カレキダケ』じゃ。 あの、疲労回復や増進に使う。」
「どれ? おお、マジだ。」
簡単な装備をして、森の中を散策する3人。
ルーズは首に紫色のポーションを、ガイナは紺色のポーション――あの清涼水を掛けていた。
庭の畑の採取と違って「どこに、何が生えているか」が解らない。
また、今まで知らなかった植物もメイジが教えてくれる。
機械的に畑から収穫するのと違い、狩りに似た楽しみがあった。
「―――、――――――。」
「…?」
「お、ルーズ。どうした?」
ふと。
木々のさざめきに紛れて、ルーズの耳には別の何かが聞こえたような気がした。
「――――ぉ――――!」
「―――わあああ!」
「うおおおおおお!」
「っ!!」
「おお、なんだ?」
「何が――!?」
今度はハッキリ聞こえた。
間違いなく、男性の悲鳴と、別の男性の咆哮だった。
「…あぁ? 間違いじゃなけりゃ、多分この先は街道だべ?
さっき横切った、お前らと出会った小道と繋がってはいるが。少々遠い場所だの。」
「街道? ってことは。」
「ふむ…小道通った方が近道となる筈だが。そっち使わないとなると…隊商か?荷馬車か?」
「隊商…え、メイジどういう?」
「決まってろぅ。 お前らさんの元同僚が仕事してんだろ。」
「――!!」
「盗――賊?」
「現役だな。 護衛がいっぱいの隊商や荷馬車を襲うくらいには実績経験腕のある。」
「護――でも、俺たちの時みたいに。」
「いや、初めてじゃなかろう。
隊商や荷馬車ってのは、ほとんど雨風防ぐために覆ってるもんだ。
中に護衛が何人いるか、どんな装備した連中か待ち構えてるか、まったくわからん。
それを襲撃するんだ、自信イッパイなんでしょうな。」
そんなことを言いながら、メイジは声のした方へ歩き出した。
「うし、俺が軽く挨拶してくる。2人は後から、あんましバレないようにな。」
「軽――え、ちょっと!」
「る、ルーズ! 一応言われた通りに――。」
唐突すぎるメイジの提案に驚く2人。
それを放っておいて、メイジはどんどん進んでいった。
「へいへーい! 何か面白うことしてんじゃーん!!」
メイジは藪から跳び出すと、状況確認よりも先に目立つように声を上げた。
――というのも。
(――この鉄錆びた臭いは―――武器得物のモンじゃねえだろうな。)
気軽な笑顔を浮かべたまま、メイジは内心で顔を顰めていた。
隊商ではなく、荷馬車が一台だった。
目視、盗賊が6人。 護衛と思われる、恐らく冒険者が5人。…内1人が血溜りに倒れていた。
「っ!? …?なんだぁガキぃ。」
メイジが跳びだした馬車後方。 一番近くにいたガラの男が得物をこちらに向けて来た。
「おやおや、初対面の相手になんと乱暴な態度! ただ自分は状況を知りたいだけでして――。」
慣れ慣れしく手を振りながら、少年は笑みを続ける。
(…新手の俺に対する警戒。一切の迷いなく「斬る」という意思。人を斬るにも関わらず自然な構え。
―――手遅れだな。)
内心で私刑判決を下しながら、盗賊たちの位置を確認する。
血溜りに倒れた男冒険者の近くに、血濡れの剣を持った男1人。
自身と向き合っている男以外は、それぞれ冒険者1人を相手どっているようだ。
「てめぇ、舐めてると…――。」
こちらに対応していた盗賊の言葉が止まる。
…視線の動きからして、こちらの装いが目に入ったのだろう。
(こんなガキが立派な装備してたら、奪おうと考えるのは当然だよなぁ。)
ま、その当然に当てはまらなかった注意深い愛弟子もいたが。
盗賊の物欲に塗れた表情を眺めながら、メイジはほくそ笑んでいた。
「おい、お前ぇ――――っ!!?」
怪我人もいるし、さっさと終わらせよう。メイジがそう判断したと同時。
「う、うぎゃああがややぎゃがああああああああああ!!!!!???」
メイジと対面していた盗賊がひっくり返って倒れ込み、もがきだした。
「あ、アガ――――!ゲ、ギャアガガガガアアア―――――!!??」
唐突の奇行、他の全員の視線がメイジの方へ向き、
「あ、ギャアアアガガアアアアアアアアアア!!?」
「ギャフグゲァアアアアアアアアア!!?」
「グゴゴゴガヤャアアガガアアアアア!!!?」
「ゲヒェヘヘベベベェゲビェエエエエエエエエ―――!!!!」
残りの5人の内、4人が同じくぶっ倒れた。
(うむ、神経病の再現。 相変わらず雑魚の無力化には便利だなぁ。)
「…さて。」
「っひっ!?」
最後の1人へ、メイジは視線を移す。
最後の1人――――血溜りの冒険者の傍にいた男が、うずくまっている冒険者へ剣を向けた。
「お、ぁ、おい!く、来るな!コイツはまだ生きてるんだぞ!?」
「―――ほぅ。」
不敵な笑みを浮かべつつも、その言葉にメイジはホッとする。
「他の連中は、俺の中では未遂だったけど。
お前だろ? ソレやったの。」
「っ――――。」
笑顔のまま寄ってくるメイジ。
笑いながら、明るい声色で、言動はこちらを責める真面目な物。
盗賊は恐怖のあまり硬直してしまった。
「勝手なのは十分承知。こにゃこと言う権利は有してねえが。 お前、生きる価値ねえわ。」
「―――。」
「裁きは公に任せるが。 これくらい、いいよな?」
微笑んだメイジが左手を掲げると、
ボポワッと。
緑色の球体が現れた。
「っ。」
「ぇ。」
メイジが左手を突き出すと、その球体が射出され。
バシャッという音と共に、盗賊にぶつかった。
「? 何…っ―――ゲッぁ」
一瞬硬直し、球体―――液体のかかった顔を触って確認した盗賊は、
「ブぇ、ギャゲエェガヘェ!!?」
喉をひっくり返したように、唐突に吐血をした。
顔に触れた両手が黒く染まり、そのままボロボロと腐れ崩れた。
黒く染まっていく顔もまた腐ったようにボロボロと表面が落ち、筋と眼球と歯茎がむき出しになった。
「ハー、ヒェァー、ヒェァー、ハァー。」
言葉にならない恐怖を吐き続けながら、盗賊は倒れた。
「おらさっさとどけ顔面崩壊野郎。」
顔と手が腐った盗賊を蹴とばし、血溜りに沈む冒険者の元に屈みこむメイジ。
笑顔はとっくに引っ込んでいた。
胸を一突き。 更に大きな斬撃傷。
中身が漏れそうな傷であった。ギリギリでそれを抑えたようだが。
「あーっと、失礼。 お仲間さん?」
「あ、え、はい!」
周りの冒険者に注意を向ける。
猶予があまりなさそうだったので無視していたが、一応の確認をする。
「回復魔法を使えるヤツはいないか?」
「えっ、あなたは使えない―――。」
「…。」
「――。」
メイジの言葉に、…メイジ本人へ期待していた様子である冒険者以外の全員が黙る。
それだけでメイジは察した。
一番可能性のあった、紅一点の若い女性冒険者にも視線を送る。
…軽戦士の格好を見た瞬間、頭を振った。「神官イコール女性ってのが多いからな」と言い訳しつつ。
「あーあ。ったく。」
腰に手を突っ込み、土色の液体の入った小瓶を取り出した。
人差し指と親指で摘める程度の大きさしかない、小さい瓶だ。
「へい、血まみれの旦那。意識あるか? あるんなら呻きでも指先ピクリでもいいから反応をば。」
「―――――。」
一切動かなかった。
それを見て冒険者連中は顔を伏せた。肩を震わせているものもいる。
(―――こりゃ、経口じゃ無理だな。)
全力でため息を吐き、小瓶の蓋を開けた。
そして半ばヤケクソのように、動かなかった男性冒険者へ小瓶の中身をぶちまける。
一瞬だった。
グチュリという音と共に、胸と腹の傷がふさがってしまった。
「!!?」
「え、は!?」
諦めていた仲間の冒険者たちが目を見開く。
その驚愕の声に反応したのか。
「――ぇ、あれ? み、見える、耳も、――傷――は――?」
血まみれで倒れていた冒険者が目を覚まして体を起こす。
が、自身が「目を覚ました」という現実そのものに混乱し、胸の傷跡を探し続けていた。
「あの、あなた、何を――。」
全員の代弁になったであろう女性冒険者の言葉に、メイジは苦笑いをする。
「仲間が助かった喜び。俺への感謝。
それら全てほっぽり置いて『何をしたのか』ってのは、なんだかなぁ。」
彼らの知的好奇心に感心しつつ呆れながら、空っぽになったビンを揺らした。
「いや、緊急時の為に取っといた自家製のポーションをね。
もったいない病のせいで使い渋ってしまったが、人様の命にぁ変えられへんからな。」
そういうメイジに、冒険者一同は顔を暗くする。
「自家製ポーション…即治癒、それも瀕死の重傷の…。」
「――いやちげえよ、即治癒なんかじゃねえ、蘇生薬一歩手前のモンだよ。
俺、五感のほとんどが死んでたのに…。」
倒れていた冒険者が震えた声で言う。
土色に変わりかけてた顔には既に赤みが戻っていたが、その顔を青くしていた。
「あ、の。えと、その、ポーションはいくら程…。」
「んぁ?聞いてどうする? やめとけやめとけ。
誇張表現一切なしで、お前ら5人の生涯収入合計よりも金かかる一本だからな。
俺の善意に感謝しろ、えっへん。」
真顔で、言葉だけで胸を張るメイジ。
流石にそこまで言われると、冒険者皆が少し不満を持つ。
これから将来、大成する志を持った者たちだ。その彼ら5人の一生涯よりも高いと言われると。
「――どのような素材を使ったのですか?」
不満を隠しながら問うた女性冒険者に、メイジがニヤリと笑った。
「ああ?
…剛狂走竜の頭骨に数年かけて芽吹く『ドラクドラグラ』。
苔巨人の中でもとりわけ再生力の高い『永久苔巨人の無限苔』。
魔外前線で稀に見られる『領都龍の眼球』。
まぁお前らさんからすれば何言ってるか解らんだろうけども。
内地なら一つで国の3つ4つ買える程度の価値はある物だぞ。」
「「「「…?」」」」
冒険者全員が、困惑顔で互いを見合う。
「――――。」
いや、全員ではなかった。
魔法使い風の格好をした男性が、ガクガクと震えだした。
「まって、下さい。
ブレイクドレイクもエヴァールも、魔外前線で現れる化け物たちの首領種だと記憶しているのですが。」
「お、そうだぞ。 内地のドレイクやトロルとの戦闘がただの児戯としか思えなくなるくらいには強いぞ。」
「で、は。 『領都龍』は、かの『古代遺跡を背負った巨大な地龍群』を指しているに、相違ないです、か?」
「…ほー。内地は魔外前線の魔物の情報に疎いと思っていたが。学ぶヤツは学んでるんだなぁ。」
「―――!!! その、眼球―――――っ!!!」
話を理解した男性は、そのまま泡を吹かんばかりに顔色が悪くなっていった。
「お、おいおい、どうしたんだよ。何が――。」
「ばっカヤロウ!
お、おま、お前!いやお前ら! 冒険者なら魔外前線のことを少しくらい知ってろよ!」
要領を得なかった仲間の1人に、その男性がキレた。
「領都龍だぞ!? 1体見つかれば魔外前線の冒険者たちに緊急招集のかかるレベルの化け物!!
内地の地龍なんかと比べモンにならねえくらいデカくて、ヤバイ化け物だぞ!?」
一度見つかれば、魔外前線の規格外冒険者たちが一斉に緊急招集される事案となる龍。
一人で龍種の群れを壊滅させられるレベルの冒険者、それを百数人規模で集めるのだ。
ただの地龍とは比べものにならない長命を由来とする魔術。
明らかに非生物的・非自然的な遺跡から放たれる解析不明な攻撃。
英雄の命が軽々しく消費されてしまう戦いとなる。
だがそれ以上に。
正体不明の遺跡のサンプル。長命の地龍の素材。
英雄の屍の先にあるソレらは、人命の価値を下げるに値するものだった。
「その、眼球を――――。」
「…以外と純粋だな。 俺が出まかせの嘘をついていると――。」
「いや! 内地で確認された薬草だけでは、あんな重傷を一瞬で治療なんて出来ない!
それが何よりの証拠となる!」
「内地の『薬草』」。
メイジはそれを聞いて大きくため息を吐いた。
「まま、俺の自家製お薬の自慢話はいいとして。」
「自まっ―――た、対価のほどは!?」
「おみゃーらが魔外前線に興味持って、少しでもそれを目標にしてくれるんならそれでええ。
強いヤツをいつでも募集してっからな、あそこ。」
「―――先ほどからその言動、まさか―――。」
「じゃ、俺はまだお仕事あるんで。」
そう言って、未だに混乱を残す冒険者たちに背を向け。
「お、お前ら。来てたか。」
「あ、メイジ。」
「なかなか興味をそそられる話だったぞ。」
ひっくり返った盗賊たちと話そうとして、ルーズとガイナが来ていたことに気付いた。
メイジの話は2人にも聞こえていた。
2人にとってもショッキングな内容だったが、「まぁメイジだし」で片づける適応力は既につけていた。
ある種の思考放棄と言ってもよいだろうが。
「一応、『バインド』で縛っといたぞ。」
「草の束と狩った動物以外で初めてだな。」
そんなことを言いながらちょっと胸を張る2人に、メイジは笑みを返す。
「で、彼らをどうするんだ? わざわざ殺さなかったってことは、用事があったんだろ?」
「あぁ。 装備とか立派モンだったからな。 それにこれくらいのレベルになった盗賊となると。
今後の事を考えて軽い質問を。」
そう言って、2人に「賊共をそれぞれ距離開けて散らしてくれ」と頼み。
一人ずつ、「取り調べ」を行った。
「ほいほい、顔溶かしたくないっしょ? ああ、溶かされるのが嫌ならさっきのナムネスをもう一回。
今度はちゃーんと気絶ギリギリに調整してあげるから。」
「そそ。この地図に指さししてくれ。」
「なな。 俺の勘違いか何がしかと思いたいが、お前が指した位置が他4人と違うんだが。
嘘つきってのはなかなか治らないからなぁ。 痛いぞぉ?舌を溶かされるってのは。」
「はぁ、間違えたのか。 それなら仕方ないな。」
「あ、そうそう。俺結構経験長くてさ。嘘つきが誰か解るのさ。」
「というわけでお前ら4人は二度と喋られなくなるわけだが、いいよな?
いやぁ、1人が正直者で助かったわ。」
「訊きたいことは聞けたのか? メイジ?」
「ああ。やっぱりな。アジト。集団尋問時の決め事。構成人数結構多め。
先に1人に軽い魔法をぶちかましたのが効いたみたいでな、思ったより協力的だった。」
顔の皮膚が爛れた盗賊を視界の端に移しながら、ルーズとガイナは平坦な声で笑った。
「てか、火じゃないんだよな? メイジって火だけ使ってるイメージだったから。」
「ぁ? そいやそうだな。 まま、気にする必要もあるまいて。」
掌から緑色の液体を湧き出させニヤリと笑うメイジ。
こぼれ落ちた液体から聞こえるジュゥジュゥという音を、2人はスルーした。
「え、この、盗賊たちを?」
「ああ。賞金とかあるんならそっちで受け取ってええから。 俺はちょいとアジトをね。」
馬車の中で震えていた商人に縛った盗賊たちを押し付けるメイジ。
1人は溶けて真っ赤になった顔を晒し、1人はガクガクと震え、残りの4人は口から血を出しながら虚空を眺めていた。
「よかったら、騎――や、盗賊は憲兵か。そっちに報告して援軍送ってくるよう、要請だけはしてくれ。 来なくてもいいけど。」
「??」
混乱する商人を放置して、メイジはアジトへ行ってしまった。
「あ、メイジ! …ああ、あー。」
「…俺たちも行くか?」
「…だな。」
商人の護衛をしようにも、メイジなしで街に行くのは憚れる。
それに、またとない機会。興味が沸いたのだ。
メイジの戦い方は勿論、それ以上に―――自分たちの『ありえたかもしれない未来』に。
「ほーほー。あの洞窟か。」
簡単な地図を使って盗賊たちに場所を教えてもらったわけだが。
情報通り、馬車が入りそうな大きさの洞窟がパックリ口を開けていた。
入口には2名ほど、ガラの悪い男がいる。見張りだろう。
(…困ったのぅ。 話だと、最近捕らえられた人がおるそうじゃねえか。
「アイツ」かとも思ったが、特徴からして違うみたいだし。)
意図的に盗賊に捕まり、そのまま壊滅させる知り合いを、メイジは知っている。
やり方が少々特殊であり、メイジからすれば見るに堪えない物であった。
いつも「やめるように」と叱りつけるが、…メイジが叱りつけることを喜んでいる節があるように思えてならない。
(まま、アイツのことはええ。さっさと行こう。)
「っ!!」
「おま―――。」
顔から肉を腐り落とす盗賊2人の絶叫を背に。
メイジは指先から火を灯して奥へ進む。
「酒臭ぇ。 獣臭ぇ。 風呂入ってなさそうだもんなぁ。」
道を進みながら愚痴るメイジ。
暫くすると、分かれ道。
さてどうしようと考え、火を飛ばして奥を見ようと思い立った時。
――片方の道から、複数の足音が聞こえた。
「――!さっきの悲鳴はお前の――!」
「ああ、そっちが奥か。」
投げようとした火を、盗賊の足元へ投げつける。
火を見て慌てだす盗賊たちを眺めながら、掌を口元に当てるメイジ。
フウゥウー…という音が聞こえたと思うと。
メイジの口元――掌から、薄緑色の霧が一気に広がった。
「――ッグっ」
「ゲ、ゲガアアァッァアアアア!」
洞窟内。霧の行き場が限られており。
放たれた霧が一気に盗賊たちを囲み、…そして、昏倒させる。
(人質がいなけりゃ、入り口でこれやって終わりなんだがな。)
メイジが「スウゥウウ」っと大きく息を吸うと、それに合わせて霧が一瞬で吸い込まれた。
(さてさて。)
地面に倒れてのたうち回る盗賊たちを蹴って隅へ寄せ、メイジは奥へ向かう。
「っ! なんだお前は!?」
少し広い空間に出ると、肉やらパンやらを並べた男たちがいた。
ちょうど食事中だった様子の盗賊が、12~15人ほど。
(…早朝に出たはずだが、もう昼時なのか?)
食事をしていた彼らを見て、メイジはそんなのんきなことを考えていた。
「なんなんだお前!」
眉間に皺を寄せた盗賊たちが、それぞれ得物を抜き出した。
昼飯は何にしよう、と考えながらメイジは微笑む。
「えっと、盗賊さんたちですよね。」
「そ――おま、舐めてんのか!? 見りゃ解――てか、それを承知で来たんじゃねえのか!?」
「まままま、一応の確認を。 人質がいると伺っているのですが。」
「人じ―――て、めぇ!」
「お前は黙ってろ。」
先ほどから丁寧に対応してくれていた盗賊を黙らせ、一人の男が立ち上がった。
特段と特徴があるわけではなかったが、男の雰囲気から「コイツがカシラか」とメイジは察した。
「人質―――知り合いか何かか?」
「ん?いいえ。 人質さんが困っていらっしゃる様子なので、まぁ一人情として、困った人は助けようと。」
「…てめぇ。」
正義の味方だったり賞金稼ぎならまだ解る。
だが要領を得ない話し方をするメイジに対し苛立ちを覚えると同時、カシラは寒気を覚える。
そもそも、見張りに居た仲間やその悲鳴の確認に向かった仲間数名が帰ってこない時点で、彼がただの狂人でないことは解るのだが。
「それで、その人情さんは何が目的なんだ?」
「ふむ。その人質さんの解放と―――皆さんの自首ですか。」
「自首―――。」
「一応、憲兵の方を呼ぶように頼んでいますんで、ここでおとなしくしましょう。」
ポン、と手を叩いてこちらに歩み寄ってくるメイジ。
慌てる皆に「まだ手を出すな」「距離を取れ」と合図を送るカシラ。
それに従い、メイジを凝視し後ずさる盗賊たち。
そしてメイジがおもむろに立ち止まり、屈んだと思うと。
――先ほどまで盗賊たちが手にしていた肉を持って立ち上がり、頬張りだした。
「―――うわ、味薄っ。」
肉を齧って、ブェッとわざとらしく大きな声を出して吐き出すメイジ。
「――!!」
数人の盗賊たちが激怒した。
まともな食事にありつけない彼らにとってそこそこ良い物であり、なかなかありつけない御馳走でもあった。
それを、我が物顔で入った「ガキ」が横取りし、吐き出す。それを見るだけなぞ――――。
「この――ガキぃ!」
「っ!! 待て!!」
1人がシビレを切らして突撃する。
それを見て、怒りを抱えていた全員、カシラ以外が跳びかかった。
「うわぁこの酒――腐ってんじゃねえの?」
盗賊たちが迫ってくるというのに、肉の次に酒に手を出すメイジ。
臭いを嗅ぎながら口に含み一言。 そこで思い出したかのように、先ほど齧った肉をまた齧る。
「お、これは―――あーダメだ、舌が肥えてら。」
そういってまた肉を吐き出し、
…肉と同時に吐き出された酒が、緑色の霧状になって一気に拡散した。
「っ!!」
「グ、ギャアアアア!!」
近くにいた盗賊たちはその毒霧に突っ込むことになり。
喉を抑えながら、全員が地面にひっくり返った。
「酒…帰って果実酒でもまた作ろうかなぁ。」
毒霧に火を付け、一気に霧を消す。
――よく見られる赤い炎ではなく。畏れを醸し出す青い炎だった。
「―――!!」
一人冷静に見守っていたカシラは、その光景に愕然とする。
―――心当たりがあったのだ。 猛毒と蒼炎を用いる、奇怪な魔法使いの話に。
「―――『灼病』。」
「おや。」
カシラの呟きに、メイジが反応した。
その反応に、カシラの頭が真っ白になる。
思い至たっただけ。まさか。
いや、だが万に一、億に一。―――零ではない。
――――カシラは、己の不幸を、嘆いた。
「おじさんの事を知ってんのか。」
「おじさ――。」
「あ、これ一人称。 にゃはは、『灼病』の時分に一緒にいた連中には『おじさん』で通ってたからな。
おじさんは『俺』とか『僕』『私』ってキャラじゃないからの。自然とな。」
嬉しそうに微笑むメイジ。
カシラは自身が対峙する存在を知り、恐怖に怯えた。
「魔外前線の複数の魔物集落を、たった一人で全滅させた男―――」
魔外前線の魔物の素材は、内地の魔物のソレと比べて非常に高性能であると知られている。
そのため、魔外前線の冒険者たちの内で熟練の者は「如何に傷を付けずに魔物を倒すか」ということにもこだわりを入れるという。
彼はその解答として、「毒」を選んだ。
炎龍をも灰にする原初の炎と、病龍をも衰弱死させる劇病。
毒と病の恐ろしさは、人も魔物も変わらない。
破滅と繁栄をつかさどる業炎は、例外なくすべてを燃やす。
賛辞と畏れを込め、彼は「灼病」と呼ばれていた。
(前線から退いたと聞いていた。 理由は明らかにされていなかったが。
だが―――だが―――なぜ、なぜここに――――。)
全身を青い炎に包まれ、死ぬこともできず火だるまになるか。
全身におぞましい腫瘍を幾重にも作られ、永遠に悶え転がるか。
「敵対する物には、冥府の拷問より惨い惨劇が襲う」と謂われる狂人。
彼が、自身に、微笑んでいる。
生きた心地が、しなかった。
「終わったのか?メイジ。」
「んぉ、来たか。 いんにゃ、人質さんを探そうとした所。 …あれ?」
広場の入り口から、ルーズとガイナがやってくる。
2人の後ろに、怯えながら付いてきている女性がいた。どうやらあの分かれ道のもう片方の先にいたようだ。
あの分かれ道を―――そういや道しるべがあったな、とメイジは気付く。
「――ところで、お二方は『灼病』の話をご存知か?」
「? メイジのことだろ? 洞窟ってのは結構声が響くぞ。」
「あマジか。 ――マジか。」
表情はそのままだが、視線が脇を向くメイジ。
…まるで自分の黒歴史を知られた子供だな、と2人は笑った。
「まぁ、それくらいの二つ名がある方が、メイジっぽいしな。」
「というかそんな話があったんなら教えて欲しかったぜ。なぁ?」
「おじっぽい―――いや、それどういう意味だよ。」
「あ、『おじさん』って言おうとしたろ?」
「あ、そか、そこまで聞いてたのか…。」
予想していた返答よりも柔らかいものが来たことに、少し安堵するメイジ。
それを見てルーズは笑った。
「はっは。
メイジがやったのって、単に神経病でひっくり返ったり、ちょっと身体を溶かした程度だし。」
「だな。そんなの、調薬に失敗したとき普通に起こりうることだからな。」
そういって笑う2人。
―――常人がこの場にいないことを嘆くべきだろう。
いや、人質の娘がいるが、彼女は怯えていて会話に参加する気力すらなかったようだ。
カシラに背を向け雑談をする3人。 全く無防備なその背に、カシラは一切の行動を起こせなかった。
広場で伸びている賊と呆然とするカシラにバインドを行っていく。
全員を縛り付けて、少し。
洞窟の入り口の方から ガシャガチャ と音が聞こえてくる。
「おや。今回は憲兵の皆さん早いな。」
メイジのその言葉より暫く遅れて。 広場に憲兵たちが入ってきた。
2、3人ずつ入ってくる。
こちらに気付いた者は一瞬硬直するが、メイジだと確認するとすぐに警戒を解き、呆れ顔を作る。
10人ほど。
人質の保護、バインドで縛った盗賊たちの連行の後、一人の憲兵――隊長と思われる男が残った。
「…アークメイジ。 いい加減に盗賊を商売に使うのはやめていただけませんか。」
ヘルムの下から鋭い視線を送ってくる隊長。
少々苛立ちが込められているようであった。
「おうおうカーティス殿。本日は勤勉でなりより。」
特に態度を変えることなく、メイジは接する。
「私は常時全力を尽くしている。
…それより。わざわざ盗賊に腐敗毒を用いるのはやめていただきたいと何度も言っているでしょう。」
「そりゃその、あいつらが襲ってくるもんだから、仕方なく。」
「―――顔面と両手の欠損、舌を欠損して放心状態だった4人、見張りの男2人。 計7人。
舌欠損は明らかに故意でしたし、見張りの者はどう見ても奇襲のようでしたが。」
「…。」
「…。」
お互い沈黙。
が、一瞬でメイジがソレを破る。
「あー!! わーったよ! 半額で売るから!
もぅ! せっかくのおじさんの副収入が!」
「…半額?」
「ぐぬぅ…わかった。4分割。7人だから―――1本と半分半半分の値段。」
「まぁ…それでいいでしょう。」
「はぁー。たく。 少しは手を抜いてくれてもいいんだぞ?
お前が働く度に俺の小遣いが減っちまうんだからな?」
「その分、私達の懐が暖かくなりますから。」
「横領! 俺への薬代をクスねやがりよって!」
ウガーッと歯を見せるメイジ。
…メイジへの薬代を横領し、その金を憲兵たちのボーナスとしている。
その為に憲兵たちはメイジの所業のボロを突きまくって金をとろうとするのだ。
メイジ関連の事件以外ではそこまで積極的ではない者もいるが、それでも彼らの目が鍛えられているのは確かだ。
――――メイジも暗黙の内に了解し、そのことに隊長も薄々気付き始めている決め事だ。
「ふむ。 憲兵連中、お前ら見てもノーリアクションだったな。
お前らさんのことは広がってないようじゃの。」
憲兵たちが去った後、メイジは2人に振り返る。
「…メイジ? さっきの憲兵が言ってた、その、盗賊たちの治癒薬。」
「ん?」
ガイナが少しニヤニヤしながら、メイジに尋ねる。
「『黄昏の露』と『ユズリバ』『ネノビソウ』の雑草二つ、それと『ベニリンゴ』で作れるんだよな?」
「…あ、確かにそれで出来そうだな。」
ルーズもガイナの言葉に同調する。
それを聞いて、メイジは「ククク」と笑った。2人はそれを見てため息を吐いた。
『黄昏の露』は、貴重ではあるが言うなれば「ただの特殊な朝露」。メイジの家に大量にある。
『ベニリンゴ』は庭で大量にとれる果実。今朝も3人の食後の簡単なデザートとして出ていた。
つまり、素材の入手に一切の金を使っていないのである。
「はっはっは。 全部庭で取れる素材。
お前、わざと金のかからねえ組み合わせを提案したろ?」
ガイナのレシピに、ルーズは真意を察した。
少し金を掛ければ、少々貴重な『黄昏の露』を使う必要はないのだ。
だというのに、その『黄昏の露』を使うレシピを挙げた。
がめつい調薬。
…メイジのやり方を2人が学んでいるという確たる証だった。
「さて。 家帰って薬を造らにゃいかんな。 …それとも在庫あったかな?」
「あ、メイジ。 それなら三日ほど前に、ちょうどさっき俺が提案したレシピで。」
「おいおい、お前人様に出せるほどの腕があるとお思いか?
暫くは身内でのみ使うように。 人様から金をとるのはそれからだ。」
「それなら、俺が調薬に失敗したときに使って確認済みだぜ。」
「―――なかなかいいコンビしてんなお前らな。」
今日はマッシュボアのステーキにでもするか、なんて気軽に妄想しながら。
若くして一線を退いた大魔導士は、弟子2人と帰路についた。
一応数話分だけ続編考えてますが、未定です。
アークメイジの知り合いの子たちとかが、家に乗り込んでくる――という感じで。
ちなみに、主人公のアークメイジはとあるゲームの自キャラを元に作りました。
…多分、解る人は元ネタのゲームも解るんじゃねえかと思いますが。
良ければ、作者が唐突に書いてしまった処女作もオナシャス。
聖人となって連れていかれてしまった幼馴染が、5年後に帰って来て――というお話です。
https://ncode.syosetu.com/n9351fh/