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埋み火 ~おつまみホラー~

作者: パノラマ

 魚が跳ねた。

 夜の川沿いを散歩している時だ。


 ぱしゃっという音と、赤くしなやかな魚体。確かに見て聞いたのに、信じられなかった。

 暗闇に浮かび上がる花火のようなそれは、川沿いの駐車場に落ちたのだ。

 この川は住宅街を縫うように走っているので、土手なんていうものはない。直角に掘り下げられ、どこもかしこもコンクリートで固められている。覗き込みでもしないと川面は見えない。

 だから、いかに夜とはいえ、見間違えることはない。

 川と平行して線路も延びているが、ここいらへんに踏切はない。そもそも、信号は跳ねない。


 あそこには、池はおろか水溜りもないはずだ。そう考えているうちに、またぱしゃり。

 広い駐車場には街灯も少なく、月も顔を隠し、そこだけぽかんと闇に沈んでいる。

 そこへまたぱしゃり。

 赤く赤く、燃えるような色だ。光っている?


 駐車場は進行方向にある。歩みを止めてはいないので、じわじわと近づいていく。

 そうかここは。

 「釣り堀のあった場所だ。」そうひとりごちた。

 もうだいぶ前に、堀は埋められ、駐車場となったはずだ。別に通ったわけでもなく、とくべつ思い出があるわけでもない。

 けれども、習い事の行き帰り、よくよく見慣れた風景が消えることに寂しさを覚えたことを思い出した。


 もう駐車場の入口だ。

 魚たちはもはや隠す気もない。あちらこちらで跳ねる跳ねる。

 内側から溢れるように赤く光る魚体は、火の玉のように尾を引き、弧を描いてコンクリートを波立たせる。

 そうか、まだいるんだ。

 ためらいもせず足を踏み入れると、そこからわっと魚たちが跳ねる。まるで飛沫のようだ。

 楽しい、いや、嬉しい。

 鳩を追いかける子供のように、中のほうまで駆け抜ける。その後ろを航跡のように赤い光が跳ね回る。

 ああ、すごい。

 よく見れば、コンクリートの底の底、赤い光がちらちらと透けて見える。群れをなしている。

 そうかそうか、こんなに残ってたんだな!

 なんだか、自分の子供時代がここで待っていてくれていたような、とても嬉しい気持ちになる。なんだ、みんなここにいたんだな。胸がわくわくする。


 手を振り、足を上げ、クルリと回る。魚たちも一緒に跳ねる。なんて綺麗なんだ。

 と、足もとが、かぁっと明るくなった。

 コンクリートの底の底から、ひときわ大きな群れが昇ってくる。そしてそのまま、眼前でばしゃぁっと跳ねた。赤い光の洪水だ。君も跳ねなよと誘っているようだ。

 ようし、僕も!


 ぐっと足に力を込めて、さあ跳ぶぞという時……。

 ぷぁん! とけたたましい警笛が鳴った。そして、ガタガタゴトンと背中に音を投げつけながら、電車が通り過ぎていった。

 タタンタタンと余韻を響かせながら遠ざかる電車を見送って、ふと我に返った。

 そこはただただ暗い駐車場だった。


 なんとか気を取り直して足を踏み出したところ、したたかにつんのめった。

 冷えた地面に這いつくばって、酷く打ち付けた膝を抱えながら足もとを見ると、両方の靴が脱げている。

 靴は半ばまでコンクリートに沈んでいた。


 そのままにして逃げ帰った。

 靴がどうなったのかは知らない。

 

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