92話 ルーシーとまことは、大賢者と話す
「あー、そういえば、夕食がまだだっけ……」
ルーシーを誘って、どこか酒場にでも寄ろうかなぁ。
空腹を抱えながら、大賢者様の屋敷に向かう。
煌びやかな氷の屋敷の大きな扉を開き、薄暗い廊下を歩く。
「こんにち……」
奥の部屋に入ると、チカチカと揺らめく沢山の炎が目に飛び込んできた。
後姿でもわかる、炎に負けない赤い髪。
「ルーシー?」
ルーシーの周りに浮かぶ炎が、魔法の炎でなくロウソクの火だと気付いた。
ぼっ、と小さな火花がはじけ。
ぽっ、と新しくロウソクに火がともる。
「ふむ、1分10秒。なかなかだな」
大賢者様が満足気に言った。
「まこと!」
うぉっと、抱きつかれた。
相変わらず体温高い。
「みてみて、これ全部、私が無詠唱魔法で火をつけたの!」
ルーシーの笑顔と周りの20本以上あるロウソクを眺める。
へぇ、これを1分と少しで無詠唱。
「やるな、ルーシー。熟練度が50超えた?」
無詠唱は、熟練度:50以上が必要なはず。
「ふん、ギリギリな。『火魔法・王級』スキルを熟練度を上げずに使うほうがどうかしておる」
大賢者様が、事も無げに言った。
本来、強力なスキルのほうが熟練度が重要らしい。
まあ、強い武器ほど使い方のルールは守らなきゃな。
「凄いな、ルーシー」
ルーシーの努力は間違いなく本物だ。
「うん! でも、どうしたの? 私に会いに来たの?」
「ああ、俺も大賢者様に修行を見てもらおうかと思って」
なんせ大賢者様は、大陸最強の魔法使いだ。
少しくらいは修行してもらわないと勿体無い。
「ふふっ、よいぞ。その前に、わかっておるな?」
くいくい、と指で招かれる。
……はぁ。
「どうぞー」
諦めて、俺は大賢者様に首筋を差し出す。
カプリと噛まれ、大賢者様の鋭い歯による鈍い痛みが走る。
血を吸われる度に身体が熱くなる。
「……お味はいかがですか? 大賢者様」
返事は無い。
変わりにぽんぽんと、後頭部を軽くたたかれた。
良いということなんだろうか?
その後、10秒ほど血を捧げ。
「ふぅ~」
大賢者様は、満足そうに顔を上げ紅く濡れた唇を舌で舐め取った。
幼い容姿と似つかわしくない、淫靡な雰囲気だ。
つーか、エロい。
噛み傷を回復魔法で癒してもらい、あらためて向き直る。
「で、精霊使いくんも修行をして欲しいのだったな」
「ですね」
ルーシーが数日で、急成長しているようだし。期待。
「では、精霊使いくんの魔法を見てやろう。さっき赤毛がつけた火を無詠唱魔法で消してみろ」
「まことの魔法は、速いですよ。大賢者様!」
「ほう? それは楽しみだな」
ニヤリと笑う大賢者様。
ルーシーさん、ハードル上げなくていいから……。
「では、合図をするぞ。やれ」
大賢者様の合図と同時に、俺は全てのロウソクの芯を凍らせた。
ロウソクの明かりが消え、部屋の中が一気に暗くなる。
うーん、2秒くらいかかったか。
「どうですか?」
「はぁー、相変わらずねー、その頭のおかしい魔法発動速度」
俺の魔法を見慣れているルーシーが感心の声を上げ。
大賢者様の方を見ると。
「……」
口を半開きの大賢者様がいた。
「おまえ……今、どうやった?」
「? ただの無詠唱魔法ですけど」
「何か変なことありました? 大賢者様」
なぜ驚いているのかよくわからない、俺とルーシーがたずねた。
「おい、赤毛の魔法使い。お前は無詠唱魔法を使う時、魔法のターゲットをどうやって定める?」
「え? それは勿論、ターゲットのほうを見て……あれ? まことって、さっき……」
「精霊使いくんは、自分の後ろにある炎も同時に消していた」
ああ、その件か。
「スキルですよ。俺は自分の視点を好きに変えられるので」
『RPGプレイヤースキル』の視点変更の能力。
戦闘向きではないが、死角を作らないという点では便利なスキルだ。
「そうか……スキルを通して無詠唱魔法を使ったのか。器用なやつだ。しかも魔法の精度がずば抜けている」
そういいながら、大賢者様がパチンと指を鳴らした。
ぼっと、炎がはじけ全てのロウソクに火がつけ直される。
再び、部屋が明るくなった。
「さすが、大賢者様」
俺ができる程度の魔法は、余裕みたいだ。
「うう……私は1分以上かかったのに」
ルーシーが落ち込んでいる。
だけどさ。昔は一回魔法撃つのに三分かかってたから。
大した成長だって。
「気を落とすな、赤毛。我がこの域に達するのに100年かかった」
「「え?」」
「精霊使いくんが魔法を覚えてどれくらいだ?」
「えっと、2年弱ですかね」
「……」
大賢者様の呆れたような視線と、ルーシーのじとっとした視線が集まった。
なんすか? 文句でも。
「いや、俺は初級・水魔法しか使えないんで」
他の属性は使えない、威力も上げられない。
熟練度上げしか、やることないんだよ。
「にしても限度があるだろう……。いや、限界なぞ気にせず修行すればこうなるのか……、ちなみに熟練度は……おまえ……熟練度:200だと?」
「えええええっ!? まこと、この前は150って言ってたじゃない!」
大賢者様に鑑定スキルでステータスをばらされた。
「あれからまた、上がったんだよ」
「え、永遠に追いつけない……」
「これは、いかんな。我が教えられることが無い。逆に教えて欲しいくらいだ、何をすればそんなに熟練度が上がるのだ?」
「ええ~、何か教えてくださいよ」
血を飲まれ損じゃないですか。
「まあ、そう言うな。何か欲しい武器は無いか? 国宝級とまではいかんが、値打ちのある武器ならごろごろあるぞ?」
「うーん、俺は筋力が無いんで、短剣くらいしか扱えないんですよ」
ノア様の短剣をぶらぶらさせながら、訴えた。
この短剣は、ふじやんが国宝級と言ってたからこれより良い武器は無いだろう。
「う、うーむ。そうか……」
腕組みをして考え込んでしまった大賢者様。
困らせちゃったか。
案外、律儀なんだな。
「何か困った事があれば相談しますよ」
「すまんな」
「いえ」
俺は大賢者様に挨拶して、ルーシーと一緒に屋敷を去った。
◇
「なぁ、ルーシー。どこかで飯食っていこうよ」
「え、うん。まことは夕食食べてないの?」
「ルーシーは食べた?」
「大賢者様のところって食べ物いっぱいあるの。一流のシェフが、料理を作って運んでくるから」
しかも、大賢者様は少食だからほとんど残すらしい。
残りを食べるスタッフもいないそうだ。
おかげで、ルーシーは食べ放題だとか。
え、何それ? 最高じゃないか。
「俺も何かもらえばよかった……」
むしろ俺が、大賢者様のおやつになってしまっただけだ。
くそぅ。
「まあまあ、まこと。どこかでご飯食べましょうよ」
俺たちは六区街で、小洒落た酒場に入った。
羊肉と野菜を挟んだサンドイッチと、魚貝が沢山入ったパスタみたいな料理を頼んだ。
「今日は、いっぱい食べるのね」
「色々あって疲れたんだよ」
「へぇ、何があったの? 聞かせて」
カウンター席に隣り合っているルーシーが、身体を寄せてくる。
近い……。
俺はそれを気にしないように、今日起きた出来事を話した。
「……とまあ、こんな感じかな」
「え? ……九区街で、ジャンとエミリーの育った孤児院へ行って、地下水路を探索して、アンデッドと戦って、マフィアの若頭と出会って、最後は太陽の国の首脳会議に出たの?」
「おおー、綺麗にまとめたな」
最後に大賢者様に血を吸われたまでが、今日の出来事のサマリーだな。
「わ、私が居ない間に、まこととあやがどんどん冒険進めちゃう……」
「大丈夫だって。結局、反乱の犯人探しはふじやんが見つけちゃったから」
「……本当に、あの人凄いわよね」
俺の自慢のチートスキルのクラスメイトの友人ですから。
「ルーシーのほうは修行、順調?」
「うん! やっぱり大賢者様は魔法の知識が豊富なの。教え方も凄く上手だし!」
「へぇ」
いいなぁ。
『大魔道』に『火魔法・王級』スキルがあって、大陸一の魔法使いに教えてもらえるって。
「でも、まことに言われた通り『冷静』スキルと『集中』スキルを覚えてたのが良かったみたい」
「そりゃ良かった」
サンドイッチをムシャムシャ頬張りながら話を聞く。
ここ最近は、ずっと無詠唱の練習をし続けているとか。
なんでも大魔王が居た暗黒時代は、悠長に呪文を唱えている魔法使いは一人もいなかったらしい。
さすが千年前の経験者。
「なんだか、今みたいなのって、久しぶりな感じ」
「なんで? 毎日会ってるだろ」
「うーん、そうなんだけどさ。こうやって二人で飲むのは久しぶりよね?」
「あー、そうかも」
最近は、さーさんやふじやんやら、その他誰かと一緒にいる事が多い。
ルーシーと二人きりなのは、マッカレンで最初にパーティーを組んでた時だけか。
懐かしいな。
初めて仲間ができた時、何を話していいかわからなかったっけ?
最初は、美人なルーシーに緊張したけど。
今では、気軽に話せる仲間だ。
なんだけど……。
「なぁ、ルーシー。今日は、距離近くない?」
なんつーか、左肩には寄りかかられてるし、さっきから左腕をルーシーの指が這っている。
くすぐったい。
息がかかるほどではないが、顔の位置も近い。
「ムラムラした?」
「あほか」
何言ってるんですか、ルーシーさん。
持て余すから。
「あれー、おかしいなぁ。太陽の国の貴族女性に教えてもらったんだけど」
「何を教えてもらっているんだ……」
「ふふ、これでどんな男もイチコロだって」
やっぱり貴族女性は、女の武器を使いまくりなのかな?
ふじやんも、婚約するまではクリスさんからのアタックが凄かったらしいし。
貴族社会の闇か。
――カーン、カーン、カーン、カーン
遠くから鐘が鳴る音が響いた。
「ルーシー、この鐘ってなんだっけ?」
「平和の鐘のこと? 王都シンフォニアの4つの門から、何も異常が無い時に鳴らされるらしいけど」
「けど?」
「実際は、王都の警備している神殿騎士の担当交代の合図らしいわ」
「はぁー、なるほど」
日勤と夜勤の交代の合図なわけか。
そりゃ、実用的だね。
すっかり日は落ちているが、王都は灯りが多く決して暗くならない。
「ねぇ、今日はもっと飲めるわよね」
カツン、とグラスを当てられる。
にっ、と挑戦的な視線で覗き込まれる。
見下ろした時に目に入る、胸の谷間から目をそらしつつ「あんまり飲みすぎると、明日起きられなくなるよ」と注意した。
「大丈夫よ。最近、私お酒に強くなったから」
「そういう油断が……」
まあ、いっか。
今日はいっぱい働いたし、俺も飲もうかなぁ。
◇
「あー、高月くんとルーシーさんが朝帰りだー」
「さーさん、声と顔が合ってないよ」
声は爽やかだけど、眼が怖いです。
ついでにその巨大なハンマーを下ろしてください。
「楽しんできたようですね、勇者まこと」
冷たい声のソフィア王女。
この人は、デフォルトがこうなんだな。
当然のように、居ますね。
「これが楽しそうに見えます?」
ルーシーは、寝てしまっているので俺がおんぶしてきた。
結局、ルーシーが飲みすぎて潰れてしまいました。
見た目より重……、いやこれは言うまい。
「タッキー殿! 大変ですぞ」
「これを見てください!」
ふじやんとクリスさんが、かけて来た。
ふじやんが手紙を渡してくる。
それは、九区街のマフィア『カストール一家』若頭――ピーター・カストールからの招待状だった。











