87話 高月まことは、ハイランドの闇と光を知る
「「え?」」
俺とニナさんは、そろって間の抜けた声をあげた。
「は、反乱?」「どういうことデスカ!? 旦那様!」
「お静かに、説明しますぞ」
ふじやんの話では。
さきほど店主さんの『心を読み』、近々王都シンフォニアで大規模な貴族たちへの反乱が計画されていることを知ったそうだ。
要因は、太陽の国の厳しい階級制度への不満。
それに、耐えかねてということらしい。
「しかし! 太陽の国の階級制度はゆっくりと緩和されていマス! 特に次期国王のノエル王女は、現在の階級制度に批判的な御方。なぜ、このタイミングで!」
ニナさんは動揺している。
「それは、拙者も知っています。正直、なぜ今になって反乱を企てるか理解に苦しみますな……」
ふじやんも戸惑っているみたいだ。
「ふじやん、太陽の国はなんでそんなに階級にうるさいの?」
「ふむ。そもそも千年前の暗黒時代に由来しておりまして……」
水の神殿で教えてくれなかった歴史。
千年前の大魔王が支配する暗黒時代、最も魔族から過酷な支配を受けていたのは人族なんだそうだ。
人族は、弱い。
今でこそ『聖神様のご加護』があるので、大陸で最も栄えているのは人族だが。
獣人族、エルフ、ドワーフなどの亜人は加護が無くても強い。
だから、魔族の支配からうまく逃れていた者が多かったとか。
しかし、人族は魔族の支配を最も強く受けていた。
結果、人族は魔族の奴隷扱いであり、魔人族のような歪んだ存在を多く生み出した。
そして『救世主アベル』が登場する。
この大陸は、人族の勇者により救われた。
人族の勇者が建国した国が、大陸の覇者になった。
そこから人族による他種族の支配が始まったのだと。
……要は、虐められっ子が力を得て、仕返しをしている状態なのか。
歴史は繰り返すなぁ。
今、抑圧された亜人たちが反撃をしようとしてる。
しかし俺は、反乱と言われてもピンとこない。
つまりは『戦争』みたいなものだよな……。
ここは大陸最大の都市だ。
一体、どれだけの被害がでるのか想像もつかない。
ところで、気になる事が。
「そういえば、ふじやん。『読心』スキルのことはニナさんに話したんだね」
「ええ、さすがに妻には隠したくありませんから。ニナ殿とクリス殿にはお話ししました」
そっか。
ちらっとニナさんを見ると、表情をゆるめ長い耳がひょこひょこ動いている。
「旦那様の『読心』スキルを教えてもらった時は、心臓が止まるかと思いましたよ」
「そこまでですかな?」
「初代フランツ商会の会長が持っていた伝説のスキルですヨ。クリスなんて、へたり込んでいましたから」
ニナさんが苦笑する。
よかった。どうやら奥さん二人は、ふじやんのスキルを受け入れてくれたみたいだ。
すこし、弛緩した空気になるが、すぐにふじやんが表情を厳しくする。
「話を戻しますぞ。テオギル殿は、真面目な御仁。その彼が悲壮な決意で、この反乱に挑んでいることから決して、楽観してよい状況ではありませぬ。何か理由があるはず」
「ふじやん、桜井くんやノエル王女に伝えたほうがいいんじゃない?」
正直、俺たちの手に余る。
「その通りです。しかし、いい加減なことは伝えられない。まずは、クリス殿経由でソフィア王女へ相談しつつ、我々は王都の商人たちから情報を収集します」
「旦那様。大規模な反乱であれば、武器の調達が必須です。武器商人へ聞き込みをしまショウ」
「ふむ。急ぎましょう」
……おお。
テキパキと段取りを決めていく。
俺も手伝いたいけど、多分邪魔になるかなぁ。
ここは本職に任せよう。
「タッキー殿。申し訳ないですが、今日はここで解散しましょう。タッキー殿は夕刻のパーティーに備えてくだされ」
「う、うん。わかった。ふじやん、何か手伝える事があれば言って」
「勿論ですぞ!」
そういうと、ふじやんはニナさんと急ぎ足で去っていった。
おれは、一人で宿への帰路をぽてぽて歩いた。
(階級制度に、反乱ねぇ……)
歴史の授業で習ったけど。
これから起きると言われても、実感がわかないな……。
アメリカの南北戦争って、奴隷制度をめぐる戦争だっけ?
でも、今回のは低い階級の人が、貴族に反乱するんだよな。ちょっと違うか。
昔、映画で視た「スパルタクスの反乱」って映画が近いのかな?
そんなことを考えながら、宿に帰った。
まだ、ルーシーもさーさんもいなかった。
仕方なくノア様に祈りを捧げつつ、水魔法の修行をした。
◇
その日の夕方。
結局、ふじやん、ニナさん、クリスさんは宿に戻ってこなかった。
例の反乱の情報を集めてるんだろうか。
「ほら、ルーシー行くぞ」
「うう、私は残るって……」
「大丈夫よ、ルーシーさん。私も一緒にいるから」
宿に残ると言って聞かないルーシーを、さーさんが引っ張り出し。
俺たち三人は、ハイランド城へ向かった。
「……でか」
「ひろーい」
「凄い人」
俺とさーさん、ルーシーは、そのハイランド城の巨大な広間に圧倒された。
質素で上品なローゼス城とは、比較にならない規模。
凝った装飾や彫刻。
食べきれないような宮殿料理の数々。
「ヴェルサイユ宮殿?」
さーさんの呟きが聞こえた。
「行ったことあるの?」
「無いけど、そんなイメージ」
「確かにね」
かの有名なフランスの宮殿を思いおこさせた。
そして、そこにいる人たちも華麗だ。
豪奢な装飾に身をつつみ、優雅に微笑み、会話している。
そこには昼間にふじやんから聞いた反乱の影など、まるで感じさせない。
絵に描いたような栄華がそこにあった。
「お待ちしておりました。水の国の勇者まこと様とその御一行ですね」
受付けの人に案内され、会場へ入る。
そこで待っていたのは。
「来ましたか。レオ、勇者まことに太陽の国のパーティーの規則を説明しておきなさい」
「はい、姉さま」
ソフィア王女とレオナード王子がいた。
ローゼス城のパーティーの時とは違う、よそゆきの衣装を着ている。
美形な二人は、何でも似合うなぁ。
「まことさん。この会場の床の高さが違うのは、わかりますか?」
「……確かに。何か意味があるんですか?」
見ると奥に行くに連れて、床が高くなっているようだ。
ほんの数段だが、階段が設けられてある。
「手前が庶民の場所。次が貴族エリア、続いて聖職者エリア、最奥が王族のエリアとなっています」
「……へぇ」
こんなところまで、階級の違いがあるのか。
面倒な国だな。
「勇者であるまことさんは、貴族と同列ですから、第三位の高さまでは行っても大丈夫です」
「そうですか。ところで、ルーシーとさーさんは?」
「お二人は、勇者の従者の扱いなので第四位、つまり今居る場所だけが許可エリアです」
「だってさ」
ルーシーとさーさんのほうを振り返る。
「わかったわ」「はーい、気をつけまーす」
知り合いも居ないし、俺も同じところに固まっていよう。
――と思っていたんだけど。
「あなた。昨日、訓練場で太陽の騎士相手に10人抜きした子よね!」
「へぇ! こんな小さいのに。大したもんだ」
「水の国の冒険者が強いって噂は本当だったな」
「い、いえー。偶然ですから」
さーさんがハイランドの上級騎士連中に囲まれている。
どうやら、昨日の訓練場でローゼスの時のような活躍をしちゃったらしい。
たしかに、長身の騎士たちに囲まれてると強くは見えないが、あれで勇者並みの身体能力だからなー。
「ねぇ、そのドレス素敵ね」
「あなたのお名前は? 私たちとお話ししません?」
「赤薔薇のような美しい髪、羨ましいわ」
「ルーシーよ。木の国から来たの。今はマッカレンで水の国の勇者と一緒に冒険してるわ」
ルーシーが若い貴族女性に取り囲まれている。
派手なドレスに、人目を引く外見で注目を集めたらしい。
よく、初対面であんな堂々と話せるなぁ。
そして、俺の周りには……誰も来ない。
なんでだよ!
――理由は、すぐわかった。
『聞き耳』スキルを使う。
「あれが、ジェラルド様を殺しかけた勇者か」「信じられん、ジェラルド様はバランタイン家の長男だぞ」「あの凶狼勇者を……」「相当に頭のイカれたやつに違いない」「少し興味があるな。話しかけてみるか」「やめておけ! ろくな事にならんぞ」「おそろしや、おそろしや」
……やっぱり、稲妻の勇者と戦ったのは失敗だったか。
腫れ物みたいに扱われてる。
(あらあら、あなたを歓迎する会じゃなかったの?)
「そう聞いてるんですけどねー」
ただの見世物なんですが。
俺は猛獣か何かですか?
ノア様、こんな時はどうすれば?
(……頑張って)
女神様が助けてくれない!
(くそー、他に知り合いは……)
ソフィア王女は、他の王族と歓談している。
レオナード王子も、それに付き添ってるか。
桜井くんは、勇者だけど王族エリアに居る。
ノエル王女の婚約者だから、だろうか。
大賢者様は……居ないよな。
ふじやん、ニナさん、クリスさんは当然居ない。
(俺、知り合い少なっ!)
はぁ、ボッチか。
俺は並べられているワインボトルとグラスを一つとり、テラスに出て夜景を眺めながらワインをちびちび飲んだ。
これ、美味いな。
いつぞやに、ふじやんと飛空船で飲んだ時のワインと同じ高級な味がする。
さすが、金持ち国ハイランドだ……。
高級ワインが飲み放題か。
ハイランド城は、王都シンフォニアの少し高台になっている場所に建っており。
テラスからは、王都が一望できる。
夜であっても、街の光は消えることなく輝いている。
その光の数だけ、人の営みがあるのだと思い知る。
ハイランド城のパーティーは、豪華絢爛で。
王都シンフォニアは、大勢の人々と共に栄えている。
(……反乱なんて、本当に起こるのかねぇ)
そんなことを考えていると。
「あら、こんなところで主役の勇者さまが何をされているのですか?」
からかうような、楽しげな声。
嫌味な感じがまったくしないのは、たぶんその人の人柄が声に表れているからだろう。
「ノエル王女。本日は、お招きありがとうございます」
やってきたのは、パーティーの主催者だった。
「みなさん、いけませんね。主賓のまこと様とお話をされないなんて」
「昨日は、やり過ぎたみたいです」
ノエル王女は、ふっと小さく息をついた。
「ジェラルドは現在、謹慎中です。本当は稲妻の勇者に勝ったあなたとお話ししたい人は大勢いるはずなんですが、バランタイン家の当主に遠慮しているのでしょう」
ちらりと、貴族席を見ると。
憎々しげに俺を睨む、金髪の中年貴族がいる。
うん、視線は感じてた。
そっちを見ないようにしてたけど。
「あの方は、ジェラルドのお父上です。自分の息子に非があったことはわかっているようですが……。感情は理屈通りにはいきませんね」
困った顔で、ノエル王女が呟く。
まあ、自分の子が死にかければ、その相手を恨むか。
貴族となれば、さらに面子の問題もあるし。
……大人しくしておこう。
「あら、舞踏が始まりましたね」
音楽がゆったりしたものから少しテンポの良いものに変わる。
広間の中央には、ダンススペースが出来ており貴族たちが男女一組で優雅に踊っている。
その中でも、ひときわ目を引くのが。
「桜井くん?」
光の勇者さまが、美しい女性と踊っていた。
ちらっと、隣のノエル王女を見ると特に気にしている様子は無い。
ノエル王女は踊らないんだろうか?
「あの人は、りょうすけ様の第二位の婚約者ですね。第四位の婚約者は、その次に控えてますね」
「……ぉお、あれが」
噂に聞く20人以上の婚約者軍団が。
横山さんは……、あ、後ろのほうにいた。
桜井くんは、全員と踊るのか? 大変だな。
「ノエル王女は、いいんですか?」
「私が第一位の婚約者であることは、誰もが知っていますから。今さら皆にアピールするのは嫌味でしょう」
にこやかに、返答される。
そういうものなのか。
「第三位の婚約者は、居ないんですね」
曲が変わり、現在は第四位の婚約者(美人)と踊っている桜井くん。
何気なく聞いてしまった。
「彼女は、妊娠していますから。パーティーには来ていませんよ」
「!?」
ぎょっとして、思わずノエル王女のほうを大きく振り返る。
「あら、ご存知なかったのですか? りょうすけ様には現在、二人の子供がいます。これから生まれる子を足すと五人に増える予定ですね。そのうちのお一人は、川本エリさんという異世界から来た恋人の子供ですよ」
「……」
マジか。
全然、知らなかった。
桜井くんも横山さんも、何も言ってなかったし。
どうりで大迷宮や昨日も、川本さんを見ないと思った。
……20名の婚約者の相手を毎日して。
光の勇者の子孫を残すことを義務付けられてる……か。
桜井くんが、ハイランドに来て2年近く経つはずだ。
当然、子供の一人や二人は居るのか……。
なんだろう。
昔馴染みに子供が出来てたけど。
単純に「おめでとう」と言うべきなのか。
うーん……。
頭を悩ませていると。
「まこと様も可愛い恋人はお二人もいらっしゃるじゃないですか」
「へ?」
ノエル王女の朗らかな声に、変な声をあげてしまう。
「あら、違うのですか?」
「違います」
俺はパーティー仲間に手を出してない!
「もしやソフィア様と婚約のご予定が?」
意味ありげに、顔を覗き込まれる。
「いえ、まったく」
全然、無いです。
そんなこと言うと、ソフィア王女に怒られますよ。
ただノエル王女は、その返答が意外だったらしい。
「真面目な御方ですね。勇者まこと様が恋人を作るのは、大魔王を倒したあとということですか?」
「大魔王のあと……ですか?」
うーん、大魔王のあとかぁ。
「りょうすけ様と一緒に、大魔王を倒せば新たな伝説の勇者の誕生です。この世の富と名誉は、すべて勇者様たちの物ですよ」
にこやかに、魅惑的なことを言ってくるノエル様。
……でもなぁ。
「大魔王を倒したあとは、次のダンジョンに行かないといけないので」
ノア様が待っている海底神殿。
待ち受けるのは、大魔王より強いと言われている神獣リヴァイアサン。
いやー、遠い道のりだ。
本当に、クリアできるのかねぇ。
「……なぜですか? この世の全てが手に入るのですよ?」
驚いた顔をするノエル王女。
「待たせてるひとが居るんで」
「……そう、なのですか」
ノエル王女が、何とも言えない表情をする。
やや、冷ややかな目。
あれ? 何か変なこと言ったかな。











