375話 高月マコトは、北極大陸へ向かう
「ありがとう、ふじやん。まさか翌日に出発できるとは思わなかったよ」
「最終迷宮『奈落』で魔物暴走の調査という緊急事態ですからな。しかし準備は大変でしたぞ、タッキー殿」
俺は今、ふじやんの飛空船に乗って移動している。
「藤原くん、いい飛空船だね。この速度でこんなに乗り心地がいいなんて」
と爽やかに語るのは、幼馴染の桜井くん。
今回の調査任務における相棒である。
「いやいや、ハイランド王家の飛空船にはとても及びませぬぞ」
「そんなことないよ。正直、乗り心地はこっちのほうが上かも」
「ほほう……。それは良い宣伝になりそうですな」
「あはは、ちょっと言い過ぎたかな」
ふじやんと桜井くんが朗らかに会話している。
「にしても、よく桜井くんは同行の許可がおりたね」
桜井くんは太陽の国の副国王だ。
俺と違って気軽に出国できる身分ではない。
「まったくよ、調整が大変だったんだから。高月くんと一緒ってことで、最終的にノエル女王陛下が折れたんですからね。本当に急なんだから」
と呆れた風に言うのは横山サキさん。
桜井くんの護衛役の聖剣士にして、桜井くんの嫁だ。
……桜井くんの奥さんは数多いるのでそのうちの一人、ではあるが。
(マコトだって人のこと言えないでしょー)
(それは言わない約束ですよ、ノア様)
女神様からツッコミが入った。
実際、人のことを言えた立場ではない。
「なんか皆で旅行できるのは楽しいねー☆」
無邪気にはしゃいでいるのは、さーさん。
「旅行じゃないよ?」
俺が言うと。
「高月くんと桜井くんがいるなら余裕でしょー。私は見物してるよ」
服装もいつもの冒険者スタイルではなく、以前のような町娘スタイルになっている。
完全にオフの格好だ。
「ちょっと、アヤちゃん! あなた元勇者でしょ! それに神鉄級の冒険者なんだから、せめて装備くらいはきちんとしておいてよ!」
横山さんが焦っている。
「でも、これから行くのは北極大陸だよ? 私、寒いと動けないし。ラミア族だから」
「じゃあ、どうしてついてきちゃったのよ……」
「みんなで旅行したいから!」
「アヤちゃん、マイペースなんだから……昔っから」
「照れるなー」
「褒めてない!」
さーさんと横山さんは中学時代からの友人だ。
会話が弾んでいる。
「な、なんだかアウェーだわ……」
やや所在なさげにしているのはルーシーだ。
「みんな知り合いだろ?」
「そうだけど! ここにいるのマコトと同じ異世界から来た人たちばっかりじゃない!」
「まぁまぁ、るーさン。私もいますかラ」
と言うのは、褐色肌にうさぎ耳が可愛らしいニナさん。
ふじやんの嫁である。
なんか、みんな奥さんを連れてきてるな。
(マコくんも人のこと言えないでしょー! どうして、ソフィアちゃんも連れてこないのー)
(水の女神様……さすがに無理ですよ)
目的地は、水の国からはるか遠い北極にある最終迷宮。
しかも魔物で溢れかえっている危険地帯の調査。
王女であり水の巫女のソフィアを連れてこれるわけがない。
……本人は来たがっていたが。
ちなみに、月の国の女王陛下は、本気でこっそりついて来ようとしていた。
見つかってノエル女王に怒られてたけど。
というわけで、今回の調査団は飛空船の乗組員を除けば非常に身内な団体となった。
ただ、一組珍しい顔があって……。
「高月マコト。これから最終迷宮に向かうのに、こんなに緩んでいていいのですか?」
少しつんとした口調で話しかけてくるのは、金ピカな軽鎧が眩しいジャネット・バランタインさん。
「到着するのは早くても一週間後だよ。緊張してると疲れるよ、ジャネさん」
「あのですね……、そのジャネさんという呼び方はなんなのですか?」
ジト目を向けられた
「ジェラさんの妹さんだから」
「よく兄がその呼び方を許してますね……」
ため息を吐かれた。
ジャネットさんの後ろには、4人のペガサス騎士団も控えている。
彼女たちが、今回の最終迷宮『奈落』の調査記録担当だ。
「ねー、マコト。こんな大勢で行く必要あったの? 私とマコトで空間転移して現地を調査したら一瞬じゃないの?」
ルーシーがもっともな疑問を言う。
「実は俺も最初はそう思ってたんだけどね」
「やっぱりそーなんだ? どうしてダメなの?」
「それだと十分な調査ができないでしょう。北極大陸は広いですし。もし、不十分な調査報告をして魔物暴走の規模を見誤ったらしまったら責任が二人に……ひいては水の国にかかってしまいますよ」
ジャネットさんが指摘する。
「うーん、面倒ねー」
「だよなー。俺とルーシーと桜井くんの三人で行けば、すぐ終わるのに」
「え”? 待って待って待って。マコトってそーいうつもりだったの?」
「効率的だろ?」
「おかしいでしょ!」
「流石にそれは許可がおりませんよ」
ルーシーとジャネットさん両方にツッコまれた。
ダメな案だったらしい。
「手早く済ませられるいい案だと思ったんだけどなー」
「早けりゃいいってもんじゃないでしょ」
そんな会話をしていると。
「みなさん、食事の用意ができたようですぞ。食堂へ行きましょうか」
とふじやんが大きな声で皆に声をかけた。
俺たちが乗っている飛空船は、要人護送の目的で作られたものらしく内装は非常に豪華で凝っている。
食堂も立派で、それなりの人数の調査団全員が入っても余裕があった。
ふじやんの乾杯の挨拶で、皆楽しく飲み食いをした。
「サキはイケる口ね」
「ルーシーさんこそ」
「呼び捨てでいいって」
「そう? 仲良くしてね、ルーシー」
最初は遠慮していたルーシーも横山さんと打ち解けている。
「ねね、サキの光の勇者さんも飲んで飲んで☆」
「えっ! いや、僕は自分のペースで……」
「もー、マコトの親友ならこれくらい余裕でしょー」
「そ、そうかな……?」
あ、ダメだよ、ルーシー。
桜井くんに強引にお酒を勧めちゃ……。
「…………zzz」
あーあ、潰れちゃった。
「うー、ニナさんー。どうやったら子供ってできるのー」
「アヤさン! 日々のがんばりと、女神様へのお祈りですヨ!」
「がんばってるんだけどなー」
さーさんとニナさんの会話が聞こえてきた。
……入って行きづらい内容だな。
まぁ、みんな楽しそうでなによりだ。
比較的大人しいのが、ジャネットさんが率いるペガサス騎士団のメンバーだった。
アルコールには口をつけず、食事中も静かだ。
どうしたんだろう?
船酔いだろうか?
「ジャネさん、どうしたの? 静かだね」
「高月マコト。任務中ですよ? それがこんな宴会のような……」
真剣な顔で返された。
「でも、ずっとそんな感じなのは疲れない?」
「もし、この油断している間に魔物が襲ってきたらどうするんですか!? 全員が酔いつぶれたりしたら……」
「大丈夫ですよ、魔物は襲ってきません。人間の騎士」
俺とジャネットさんの会話に割り込んできたのは、水の大精霊だった。
「貴女は……高月マコトが使役している水の大精霊、ですか。どうしていい切れるのです?」
「水の大精霊がここにいますからね。私の魔力におびえて魔物は近寄ってきませんよ」
「…………え?」
ジャネットさんがぽかんとする。
「あと、俺は直近の未来視ができるから魔物がきたら事前にわかるよ」
「え? えええええっ!」
言ってなかったけ?
言ってなかったか。
「し、しかし私は船の護衛も兼ねておりますので……!」
「それなら水の大精霊の姉妹たちが見張ってますから、問題ありませんよ。古竜の軍勢にでも襲われない限りは、飛空船に近づくことすらできませんよ」
「…………」
ディーアの言葉に、ジャネットさんが黙ってしまった。
「じゃあ、……お仕事お疲れ様ということで」
俺は空気を和ませようとグラスに手近にあったお酒を注いだ。
ジャネットさんは俺の顔とグラスに注がれたお酒を見比べている。
「……私に飲ませてなにを企んでるんですか?」
「せっかくだから仲良くできたらなと」
「まぁ、いいでしょう。代わりに貴方も飲むんですよ」
と俺のグラスにも、たっぷりと深みのある琥珀色のお酒が注がれた。
(これ、なんのお酒だろ?)
多分、葡萄酒かなにかだと思うけど。
コツンとグラスをぶつけ、乾杯をしてグラスを傾けると、口の中が燃えるように熱かった。
「けほっ!」
思わずむせる。
なんだ、これ。
葡萄酒じゃないぞ!
(マコト、それ蒸留酒よ?)
ノア様、飲む前に教えてくれたら……。
(マコくんはノアの眷属なんだから、それくらい余裕でしょー。ほら、イッキ☆ イッキ☆)
無茶、言わんでください水の女神様。
アルハラです。
「へぇ……いい香りですね。どこの産地でしょう?」
ジャネットさんは涼しい顔をしてストレートで飲んでいる。
「あの……ジャネさん?」
「どうしました、高月マコト?」
「そのお酒、キツくない??」
「普通じゃないですか? オルガ義姉様に飲まされるのはもっと強いお酒ですよ」
「そ、そうなんだ」
オルガさんというのは、火の国の勇者でありジャネットさんの兄である稲妻の勇者さんの恋人だ。
さっきの言い方だと、もう結婚か婚約までしているのだろうか。
それからペガサス騎士団の人たちも宴会に加わり、最後はみんなで楽しく騒いだ。
「隊長ー、飲み過ぎですよ」
「ジャネット隊長、部屋で寝ましょうねー」
酔いつぶれたジャネットさんが、隊員さんたちに運ばれている。
ふぅ、なんとかノア様の眷属の面子を保てたな。
俺もかなりふらふらだが。
「高月マコト~~~♡」
酔ったジャネットさんが抱きついてくる。
絡み酒だなぁ、この人。
「高月マコト様、隊長を連れていきますね」
「ありがとうございます」
俺はペガサス部隊の人にお礼を言った。
彼女らとの親睦は深まっただろうか?
とりあえず、ジャネットさんとは距離が縮まったと思う。
その時。
「…………ねぇ、マコト? 言い訳を聞こうかしら?」
「…………楽しそうだねぇ? 高月くん」
おかしいな。
酔いが冷めた。
後ろを振り向くと、当然のように氷のように冷たい表情のルーシーとさーさんが。
だけでなく、呆れた表情のふじやん、ニナさん夫妻と桜井くん、横山さん夫婦もこっちを見ていた。
はい、だいぶ前から酔っ払ったジャネットさんに抱きつかれているのを見られているのに気づいてました。
こっちからお酒勧めた手前、拒否ができませんでした。
「ルーシー、さーさん。これは誤解だ」
「なわけないでしょ!」
「ばか! ばか!」
ルーシーとさーさんにたっぷり怒られた。
その後、自分たちの部屋に移動してルーシーとさーさんに謝ったり、なだめたり、その他色々して。
なんとか許してもらえたような気がする頃には、深夜になっていた。
「す―……」
「……んっ」
ルーシーとさーさんは並んでベッドで寝ている。
正直、あまり眠気はない。
(水魔法の修行でもしようかな)
俺は服を着て、部屋の外に出て鍵をかけた。
飛空船のデッキに出ると、冷たい夜風が心地よかった。
空には満天の星と淡い青色の月が浮かんでいる。
飛空船の先頭あたりで風の精霊と話そうかな、と思っていると先客がいた。
「おや、タッキー殿」
「高月くん、どうしたの?」
ふじやんと桜井くんだった。
「どうしたの? 二人して」
俺が尋ねると。
「桜井殿は早々に酔いつぶれてしまってあまり会話ができず寂しそうでしたので、拙者が月見酒に誘ったのですぞ」
「……そんなに寂しそうにしてたかな?」
桜井くんが少し照れている。
それはきっとふじやんの読心スキルだね。
「うちのルーシーが無理に勧めて悪かったよ」
桜井くんが酔いつぶれたのは、うちの仲間の赤毛のエルフが原因だ。
けど桜井くんは気にして無いようだった。
「ルーシーさん、良い人だね。もう少し話したかったけど」
「空旅はしばらく続くし、仲良くなるよ」
「ところでタッキー殿も飲みますかな?」
ふじやんがグラスに入った甘い果実の香りのするお酒を勧めてくれた。
これは多分、さっきのようにキツくない。
「「「乾杯」」」
俺とふじやんと桜井くんで乾杯する。
(そういえばこの三人で話すのって珍しいっけ?)
意外となかった気がする。
それからしばらくは他愛ない会話を楽しんだ。
なんとなく、三人とも家庭内の話というか嫁さんの話題が多かった気がする。
高校に通ってた時は、こんな風になるなんて思いもしなかった。
小さな同窓会みたいで、楽しい夜会だった。
◇一週間後◇
「寒いよ~~~」
さーさんが、もこもこのダウンジャケットを着ている。
なぜ、ダウンジャケットが異世界に? とは思わなかった。
服のタグに『FUJIWARA』の文字があったからだ。
ついにおしゃれロゴまで導入したらしい藤原商会。
ちなみにふじやんではなく、ニナさんの趣味らしい。
「ねぇ、見て! マコト 海に氷がいっぱい!」
なぜが極寒の場所なのに、いつもの薄着のルーシーが元気に海を見てはしゃいでいる。
きっとルーシーの周りにいる火の精霊のおかげだろう。
「ああ、いい景色だ。水の精霊が多い」
「他に言うことあるでしょ」
「そうかな?」
ちなみに俺も水の精霊を操って温度調整できるので、寒さはない。
普段着だ。
「高月くんとルーシーさん凄いね」
「風邪引かないの……?」
防寒具を着た桜井くんと横山さんが、珍獣を見る目でこっちを見ている。
「皆さまー、そろそろ到着ですヨー」
ニナさんの声で皆の視線が前を向く。
「あれですかな?」
「みたいだね」
ふじやんの問いに俺は頷く。
見えるのは真っ白な大地と巨大な白い山脈だった。
空には七色のオーロラがカーテンのように掛かっている。
この世界の北極大陸だ。
以前は白の大賢者様と空間転移で来たので海側からの上陸は初めてだ。
「まずは我々が先に偵察します。よろしいですか? 高月マコト」
ここ数日の旅で仲良くなったジャネットさんだが、今は仕事モードのようで口調が真剣だ。
「お任せしますね」
「はい。皆、行きますよ!」
「「「「はっ!」」」」
ジャネットさんの合図のもと、ペガサス部隊が一斉に飛空船から離れる。
こうして北極大陸とそこに位置する最終迷宮『奈落』の調査が始まった。
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