373話 佐々木アヤ その4
「……大姉様」
さーさんのつぶやきが聞こえた。
どうやら探し蛇女は見つかったようだ。
長い髪のすこし気だるげな美人の蛇女だ。
「…………えっ!? あんたはっ!?」
胡乱げにこちらを見ていた長い髪の蛇女の目が見開く。
さーさんが、変化魔法を解いてラミア族の姿になった。
「くそっ!」
さーさんのお姉さんが顔を引きつらせ、逃走を試みる。
ダンッ! と地面を蹴る音が響く。
(はやい)
流石、蛇女族の運動神経だ。
「待って! 大姉様!」
さーさんがそれを追おうとする。
が、未来視でさーさんのお姉さんの逃亡を知っていた俺は、先手をうつことができた。
「水の大精霊、捕まえて」
「もう捉えてますよ、我が王」
俺がお願いをするよりもはやく、ディーアが水魔法で作られた鎖でさーさんのお姉さんを身体をぐるぐる巻きにしている。
「は、はなせ!」
さーさんのお姉さんが、バタバタともがく。
「…………」
そこへさーさんがゆっくりと近づいていく。
空気が張り詰めている。
その時、トントンとルーシーに肩を叩かれた。
(どうしたの?)
(私は離れておくわ。聞かれたくない話もあるだろうし)
と俺に耳打ちした。
「ねぇ、カルミラさん。アヤとお姉さんの家族の込み入った話みたいだから、一緒に別の場所にいかない?」
と黒エルフのカルミラさんに声をかける。
「ええ、わかりました。ところでルーシー様は……」
「呼び捨てでいいわよ。てか、カルミラさんのほうが年上でしょ?」
「とはいえ、竜王様の奥様を呼び捨てには……」
「えー、奥様って~。照れるなぁー」
二人は会話しながら歩いていく。
「ちなみに、ルーシー様はウォーカー姓ですよね?」
「そうよー、曽祖父の名前がジョニー・ウォーカー。知ってる?」
「実は……私の名前はカルミラ・J・ウォーカーでして」
「えっ!?」
「私の曾祖母がジョニー・ウォーカーと関係を持っていたようで……。ただ、大魔王様を倒した勇者パーティーの仲間ですから、あまりこの名前を大っぴらにはしていなかったのですが……」
「うっそ! ちょっと、もっと詳しく話してよ!」
「ええ、もちろん。実はもっとルーシー様とは会話をしたくて」
「もうー! 呼び捨てでいいって!」
声が徐々に遠ざかっていった。
なんか、そっちの会話も気になるんだが。
さーさんのお姉さん探しのはずが、まさかのルーシーの親戚まで見つかった。
(ジョニーさんは子孫いっぱいいるんだなー)
そーいえば、大魔王と戦う前日にダークエルフの女性と朝帰りしたってアンナさんが言ってたっけ?
ジョニーさんにはよく「マコト殿はどんな時も冷静沈着かつ大胆不敵だな」と言われてたけど、ジョニーさんも大概だと思います。
一方、さーさんとお姉さんの会話は緊迫している。
「……………………私を殺しにきたんでしょ」
さーさんのお姉さんはすべてを諦めたように、地面にへたりこんでいた。
「………………」
さーさんは捕まったお姉さんを冷たい目で見下ろしている。
(俺もどこかに行ったほうがいいかな?)
迷った末、俺は水魔法でさーさんのお姉さんを拘束したままルーシーが歩いていったほうへ向かおうとして……。
「高月くんはここにいて」
「……わかった」
去らないほうがいいらしい。
俺はだまって、その場に残っていた。
「…………」
さーさんのお姉さんは生気のない目をしている。
逃亡を諦め、生きることも諦めた目だ。
「…………」
さーさんは何も語らない。
(部外者である俺は、何も言わないほうがいい気がするけど……)
「あの……さーさん?」
沈黙に耐えかねて、つい話しかけてしまった。
「大姉様……なんで、あんなことしたの?」
さーさんが口を開いて、ポツリと言った
「…………」
今度はお姉さんが目をそらし、何も言わない。
さーさんと俺は静かに返事を待った。
水の大精霊は、空気を読んだのか気がつくといなくなっている。
沈黙が続く。
さーさんは動かない。
やっと蛇女が口を開いた。
「…………悪かったよ」
出てきたのは謝罪の言葉だった。
それまで冷静だったさーさんの表情が一変する。
「悪かった!? 大母様と姉妹が全員死んだんだよ!! 大姉様が鳥女女王に隠れ家への入口を教えたせいで!」
大きな怒鳴り声が響いた。
「…………私の見立てが甘かった。ハーピーとは長い間、縄張り争いをしてたけど……まさか、人間の魔法使いを操って家族を皆殺しにするなんて…………思ってなかった。少し脅すだけだって……。気がつくと私も殺されかけて……逃げるので精一杯だった」
長い髪のラミアの口調は弱々しい。
……ぎりっ、とさーさんの歯ぎしりの音が聞こえた。
「もう一回、聞くよ。なんであんなことしたの?」
怒りを抑えるような口調で、さーさんが尋ねた。
次の返事はすぐだった。
「あんたが妬ましかったんだよ! 生まれてすぐのくせに、誰よりも強くなって! 私の意見にも逆らうし、あげく勝手に群れを率いてる。私は……私が、大母様のあとを継ぐって思ってた。けど……このままだと追い出されるのは私だと思った。だから…………ハーピーの手を借りてでも…………馬鹿なことを……したよ。…………全部私が悪いんだ……だから、……殺しなさいよ」
さーさんのお姉さんは、最初は威勢よく。
徐々に声が小さくなり、最後は項垂れたままになった。
さーさんがゆっくりと近づき、顔を覗き込む。
さーさんとお姉さんの距離は、手を伸ばすとお互い掴めそうなほど近い。
(危険じゃないか?)
とも思ったけど、見たところお姉さんの魔力や闘気は強くない。
何よりすでに戦意を失っていた。
「私も言わないといけないことがあるの。大姉様」
「…………?」
さーさんの言葉にお姉さんが、怪訝そうな表情になる。
「私……異世界から転生してきたんだ。前世は人間なの」
「…………あんた、何を言って」
「他の姉妹に比べて私が強かったのは、異世界人として女神様から強い能力を貰ったから。ズルしてたんだよ」
「……あんたがスキル持ちだったのは大母様から聞いてたよ。別に悪いことじゃないだろ」
「私はいずれみんなのもとを去るつもりだったの。私は人間を襲いたくなかったし、群れを率いるつもりもなかった」
「…………そうか。…………だったら、……私は何のために」
さーさんのお姉さんは、自虐的に呟いた。
「そうだよ。大姉様は何もしなくてよかった。私はいずれいなくなってた。大母様のあとを継ぐのは、大姉様になるはずだった。…………馬鹿なことをしたんだよ」
「…………」
お姉さんは俯き、何も言い返さない。
「じゃあね、大姉様」
「え?」
お姉さんが驚いた顔で、ぱっと顔を上げる。
「あれ?」
これは俺の口から出た声だった。
「行こう、高月くん」
「いいの? さーさん」
家族を裏切った姉に復讐するのは、さーさんの目的の一つだったはずだ。
少なくとも大迷宮でさーさんに再会した時から、そう聞いている。
「いいよ。一言、伝えたかっただけだから」
「ま、待って! 待ちなさいよ!!」
ずっと大人しかったお姉さんがもがくように暴れる。
さーさんは返事をしない。
「私を殺すんじゃないの!? 家族を裏切って……私のせいでみんなが……!!」
「その行為に意味はなかったけどね」
冷たい声でさーさんは返した。
「なら! ……私を殺しなさいよ! あんたの手で!!」
さっきまでとは態度が違う。
てっきり復讐されるのを恐れていたのだと思ったが、それだけではなかったらしい。
「こんな場所で惨めに生き延びて…………、生き恥を晒すなら……あんたが殺せばいいでしょ!」
「…………」
「……さーさん?」
無言でお姉さんに背をむけているさーさんに話しかけた。
ちなみにお姉さんを拘束していた水魔法は解いている。
それで逃走するならそれまで、と思ったが逃げようとはしない。
(罰を……受けたがっている?)
「…………大姉様」
さーさんが振り向き、ゆっくりと髪の長い蛇女に近づく。
ラミアは今度は逃げなかった。
さーさんとお姉さんが向かい合う。
身長はお姉さんのほうがやや高い。
が、身に纏う闘気には100倍くらいの差がある。
さーさんが本気になれば、お姉さんの首は一瞬で落ちる。
それが本人にもわかっているのか、髪の長い蛇女は身体が震えている。
「こ……殺しなさい……よ」
震えながら、お姉さんが言った。
……すっ、とさーさんが無言で右手を上げる。
バチン!! と大きな音がして髪の長い蛇女が吹き飛んだ。
地面を数回バウンドして、倒れる。
「……けほっ」
そして立ち上がった。
殺してはいない。
「これで終わりね」
「…………な、なんで?」
お姉さんは理解ができない、という表情でふらふらとこちらへくる。
「……もういいでしょ、私の気は済んだから」
さーさんの表情が暗い。
「よくない! 私のせいで家族が死んだんだから、あんたが……私を殺すべきなのよ!」
「いやだよ!! なんでたった一人の姉妹を殺さなきゃいけないの! 絶対に嫌!」
お姉さんよりも大きな声でさーさんが怒鳴る。
「あんた……私を恨んでるんじゃ……」
「恨んでるよ! 憎いよ! 大母様や姉妹を返してほしいよ! でも…………もう、私の家族は……大姉様しかいないんだよ……」
「…………」
「…………」
お姉さんとさーさんは至近距離で見つめ合ったまま動かない。
ただ、さっきさーさんにふっ飛ばされたからかお姉さんはふらふらしている。
軽い脳震盪を起こしてそうだ。
「水魔法・癒やしの水」
俺はお姉さんに回復魔法をかけた。
お姉さんが驚いた表情をしている。
「さーさん、もういいの?」
「うん、高月くん。ありがとう」
さーさんは、すたすたと歩いていく。
さーさんのお姉さんは、驚いた表情のまま立ちほうけている。
さーさんのお姉さんは仄暗い森で、ずっと暮らしていくのだろうか。
あまり生活環境はよくなさそうだし、なにより場所がわかりづらい。
もう二人は会うことはないんだろうか。
ここで、ふと思い出したことがあった。
「高月くん? どうしたの?」
ついてこない俺に、さーさんが声をかけてくる。
「ちょっと、聞いておきたいことがあって」
少し迷った末、俺はさーさんのお姉さんに声をかけた。
「お姉さんは魔都での仕事に興味ありませんか?」
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■次の更新は、【2025/5/25】
■感想返し:
>さー次回は惨劇だ〜っ!
→もともとは復讐する予定でした。
が、色々考えて今回のような着地に。
■作者コメント
カルミラさんは、千年前の魔都でジョニーさんが朝帰りした時のダークエルフの女性との間の子どもの子孫ですね。
攻撃力ゼロのコミック2巻、よかった買ってくださいね。
あと信者ゼロの13巻も書いてますからね!
■その他
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