355話 招待状 その1
「えっと……確かここかな?」
俺は木の国のとある小さな村にやってきている。
手には結婚式の招待状。
ここに『彼女』が住んでいる、らしい。
村の人口は三百人にも満たないのではないだろうか。
木の国にはエルフ族が多いが、この村の人種は様々だった。
獣人族、エルフ族、ドワーフ族、魔人族っぽい容姿の人もいる。
ここは最近になって開拓されたと聞いた。
――『元』魔の森。
魔王の瘴気で人が住めなかった場所が解放されたことで、いくつかの新たな村ができた。
そのうちの一つがこの村だ。
村の中央には白い女神様像が立っている。
この村の守り神らしい。
短いスカートに大きなリボン。
長い髪とぱっちりとした瞳。
神々しいというより可愛らしい女神像のモデルは……。
(なかなかよくできてるじゃない)
御本人からお褒めのコメントがあった。
女神ノア様の石像だった。
「人気ですね、ノア様」
(ふふん、当たり前でしょ)
女神様は得意げだ。
使徒である俺もうれしい。
この村のようにいろんな種族が住んでいる村において、最近はノア様信仰が人気らしい。
その理由は。
エルフ族なら『木の女神』様
ドワーフ族なら『土の女神』様。
獣人族なら『火の女神』様。
魔人族なら『月の女神』様を信仰している場合が多い。
無理にそのうち1つを選んで村の守り神に設定すると、揉めてしまう。
なので最近人気の『自由の女神ノア様』を村の守り女神様にして、村人は自分の信仰する女神様に祈っているのだとか。
ノア様は複数女神信仰を推奨している。
ちなみに運命の女神様の信者は、強烈な単一神信仰だ。
俺はノア様の石像に一礼をして、そのまま村の奥へ向かった。
途中、村人たちに挨拶される。
新しい村だけあって若い人が多い。
よそ者の俺のことは冒険者、もしくは新規の入村希望者と思っているのか不審な顔もされず明るく挨拶された。
良い雰囲気の村だ。
村の奥には大きな屋敷があった。
小さな村には似つかわしくない。
簡素な家が多いなか、明らかに目立っていた。
魔法で作られたであろう大きな屋敷は、たくさんの花に囲まれメルヘンな雰囲気をまとっていた。
俺は屋敷に近づき、大きなドアをノックする。
返事はない。
かわりに「バタバタ!」という慌てたような足音が聞こえた。
わざわざ走ってこずとも『空間転移』すればよいのにと思ったが、それだけ慌てているのだろう。
バタン、とドアが開く。
中から黒髪の少女が現れた。
見慣れた白髪でないのは、未だに新鮮だ。
「マコト様!!! 急に来るなら伝言くらいよこしてくださいよ!」
「モモ、遊びにきたよ」
屋敷の主は『元』太陽の国の大賢者であり、俺の仲間のモモだった。
◇
「ふーん、マコト様の結婚式ですか~……へぇ~」
本が散らかっている部屋に案内され、出されたお茶を飲みながら俺は招待状をモモに渡した。
太陽の国の『大賢者』を引退したモモがこの村に引っ越した、という話は手紙で知った。
太陽の国のみならず、白の大賢者の名声は西の大陸中に知れ渡っている。
その顔も。
そこで田舎の小さな村なら、顔バレする心配が少ないだろいうことでここを選んだらしい。
都会である太陽の国から、田舎への転居だが、モモなら面倒ごとはすべて魔法でまかなえる。
部屋を見た感じ、悠々自適に過ごしているようだ。
「なぁ、モモ」
「なんですかぁー、女たらしのマコト様」
口調が刺々しい。
機嫌が悪いなぁ。
そのモモは、俺の渡した招待状を『風の精霊』を操ってふわふわ浮かせながらつまらなそうに読んでいる。
(って、あれ?)
「風の精霊の扱い、上手くない?」
「え? これくらい普通ですよ」
「いや……でも」
よく見ると部屋にあるランプの明かりは火の精霊がともしている。
モモは花が好きなのか、部屋の中にもたくさんの鉢植えの花が植えてあって、それを水の精霊と土の精霊たちが世話していた。
四大精霊を使いこなしている!?
「マコト様のおかげで、不死者から人間になれましたからね。前々から『精霊使い』には興味あったんですよ」
こともなげにモモは言った。
「覚えるのはやくないか!?」
モモが人間に戻ったのは最近だ。
それがもう四大精霊と仲良くなっている。
俺は水の精霊と仲良くなるだけで、数ヶ月かかったのに。
「そんなことより」
「そんなこと……」
「私とはいつ『結婚』してくれるんですか!?」
モモが強い剣幕で迫ってきた。
「それは……モモが大きくなってから……」
「こっちは千年も待ったんですよ!」
「あと数年だから」
「そしたらマコト様もおっさんですよ!」
「数年でおっさんにはならねーよ!」
「むぅー」
「ところで……水の国の……俺の結婚式には来てくれるか?」
「えー……。また他人の結婚式ですかぁー。私はアンナさんとマコト様の結婚式も祝ったのにー」
「まぁ、ソフィアは婚約者だから……」
「どーせ、私は後回しですよー」
「だ、ダメかな……?」
「つーん」
モモがそっぽを向く。
んー。
やっぱりモモを誘うのは難しそうか。
無理強いはよくない。
「わかったよ」
「え?」
俺は招待状を服のポケットにしまった。
「じゃあ、また遊びにくるよ。いい村だな、モモ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」
モモが俺の服を掴む。
「別に行かないとは言ってませんよ?」
「来てくれるのか?」
「ソフィアは、私の生徒の一人でしたからね。祝の式には参加しますよ」
「そういえば王族向けの魔法教室の先生をしてたんだっけ?」
「そうですよー。代々の太陽の巫女や火の巫女も生徒です」
「凄いな」
巫女のほとんどは王族だ。
代々の各国の王族の先生ということなら、西の大陸での影響は計り知れない。
モモはその立場をあっさりと辞めて、引退したわけだが。
「そういうわけなので、気に入りませんが結婚式には参加しますよ。その代わり、数年後には私とも結婚してもらいますからね!」
「わかったよ」
ふん! と横を向くモモに俺は快諾した。
「で、これからどうするんですか? 式は一ヶ月先ですよね」
「それなんだけど、他にも声をかけたい人がいて。モモも一緒にいこうぜ」
「私も?」
「忙しい?」
「時間はあり余ってます」
「じゃあ、決まりな」
次に声をかける人はここから少し遠い場所にいる。
「今日はここに泊まっていこうかな。いいかな? モモ」
「一泊と言わず、ずっと居てくれてもいいんですけど?」
モモの提案は魅力的だったが。
「行くところがいっぱいあるから。それは今度にしよう」
「ぶー」
俺が答えると、モモが唇を尖らせる。
その時、俺のお腹がぐぅ、と鳴った
「ちょっと、腹が減ったな」
「ご飯にしますか? マコト様」
「いい店ある?」
「この村でご飯が食べられるお店は一軒だけです」
「まじか。じゃあ、そこにいこう」
俺とモモは、村に一軒だけあるという食堂兼酒場に向かった。
夕食には早い時間だったので、人はまばらだ。
「よ、モモちゃん。今日は新鮮な肉と魚が入ってるよ!」
「じゃあ、おまかせします」
「あいよ!」
モモは常連なようで、気軽に店主と話している。
俺は麦酒。
身体的には未成年のモモは果実水を注文した。
ほどなくして料理がやってくる。
炭火で焼かれた肉料理。
新鮮なチーズと野菜のサラダ。
ガーリックが利いたトマトソースの海鮮パスタ。
店主の料理はどれも絶品だった。
なんでも太陽の国王都で人気レストランのシェフだったが、忙しさに飽きてこの村で小さな店を開いているのだとか。
それに舌鼓をうちながら、モモと近況について雑談した。
話題は、もっぱら精霊についてだ。
「モモは火の精霊と、どうやって仲良くなったんだ?」
「んー、火魔法はもともと得意でしたからね。特別なことはしてませんよ。マコト様の仲間の赤毛のエルフちゃんも火の精霊に好かれてますし」
「ルーシーは確かに火魔法が得意だし、火の精霊も扱えてたなぁ。俺は火魔法苦手」
神族になって七属性全ての魔法は使えるようになったが、得意不得意は変わらない。
昔、火傷で死にかけたこともあり火魔法が不得手だ。
「でも水の精霊の扱いなら誰にも負けないじゃないですか」
「まぁ、そうなんだけどね。そういえば、大精霊とは仲良くなった?」
俺が聞くと、モモはとたんに眉をひそめた。
「マコト様がよく呼び出してたので水の大精霊は何度か声をかけたことありますけど……。正直、よくあんなのを平気で使ってましたね」
「ダメだった?」
「まったく言う事聞かないですよ! あいつら!」
「ははは」
「笑い事じゃないですって!」
「そもそも俺だって精霊に言うことを聞かせようとしたことないよ。俺は『お願い』をしているだけだから」
精霊は言うことを聞かない。
思い通りにならない。
気分が良い時だけ力を貸してくれる。
身勝手なのが精霊だ。
長年、西の大陸一の魔法使いとして君臨してきたモモには扱いづらいらしい。
もっとも苦労をしているのは俺も同じだ。
「マコト様は、時の精霊の修行は順調ですか?」
「さっぱりだよ。空間転移くらいなら慣れてきたけど、時間転移は全然だね」
ため息を吐き、麦酒のグラスをカラにする。
俺はおかわりを注文した。
「アンナさんを迎えに行くのは遅くなりそうですね」
「時間転移は人間に扱える魔法じゃないって、運命の女神様も言ってたしなぁ……」
「マコト様は神族になったんだから頑張ってくださいよ。アンナさんを泣かせちゃダメです」
「……わかってる」
どんなに困難でも。
アンナさんとの約束を違えることはできない。
ちょっとしんみりしていると。
酒場の客が賑わってきた。
――今日の獲物はどうだった?
――大物が取れたよ。
――でも、欠損が多くてなぁ。買取査定は辛かった。
――お前の風の精霊魔法は、雑なんだよ。
――無茶、言うなって。精霊が繊細な魔法なんて無理なんだから
そんな声が聞こえてきた。
人族の若い冒険者パーティーの会話だ。
「風の精霊使い……人族の使い手は珍しいですね」
「最近は精霊使いが増えてきたらしいよ。ノア様の影響だってさ」
今まではスキルを持っていても使わない人が多かったのだとか。
女神教会が精霊使いを嫌っていたから。
しかし、現在はその教えは撤廃されている。
「マコト様、不満そうですね」
モモがにやりとする。
「不満ってわけじゃないだけど……。俺がこっちの世界に来たころは『精霊使い』って人気なかったから」
「仕方ありませんよ。精霊たちの親玉の女神様が邪神でしたから」
「懐かしいな」
邪神信仰がバレたら火炙りだって脅されたっけ。
それがいまでは人気の女神様だ。
感慨深い。
「ノア様に乾杯」
おかわりが運ばれてきた麦酒のグラスを掲げる。
ノア様の信者ではないモモは、一瞬迷った表情を見せたが。
「人間に戻していただいたご恩がありますからね……、女神ノア様に感謝を」
モモも俺に倣ってくれた。
その日は、夜遅くまでモモと一緒に昔話がはずんだ。
◇
「おはよう、モモ」
「おはようございます、マコト様」
俺とモモは同じベッドで目を覚ました。
別々に寝ようとすると「千年前はずっと一緒のベッドで寝てたじゃないですか!」と押し切られた。
あれは単純に寝る場所が狭かったからそうしてただけだけど……。
……手を出してはいない。
キスは数えきれないほどされたが。
「うーん」と伸びをすると、身体の幾つかに違和感を感じた。
「なぁ、モモ」
「なんですか? マコト様」
「なんか、身体中に噛み跡がついてるんだけど」
「…………なんででしょうねー? 不思議ですねー」
「モモが噛み付いたんだろ!」
「癖になってるんですよ! 仕方ないじゃないですか!」
元吸血鬼ゆえの無意識の行動らしい。
結局、モモにつけられた噛み跡をモモに回復魔法で治してもらうというよくわからないことをした。
今日は次の目的地に向かう予定だ。
モモが手早く荷造りを済ませる。
午前中には、モモの家を出た。
「そういえばこれからどこに行くんです?」
モモに聞かれた。
そういえばまだ言ってなかったな。
「魔大陸だよ」
俺は端的に答えた。
俺の回答にモモは驚かなかった。
予想通りだったのだろう。
「ま、そうですよね。じゃあ、久しぶりに師匠に会いにいきますか」
「元気してるかな」
「絶対元気ですよ。でもアポ無しの来訪はちょっと怒られるかもですね」
「んー、じゃあ伝言用の魔法を送っておこうか?」
「いえ、いきなり押しかけて驚かせましょう」
「悪いやつだな」
俺とモモは笑いあった。
二人目の招待者は千年前の仲間。
伝説の聖竜メルさんに声をかけるつもりだ。
「精霊さん、精霊さん」
俺が時の精霊に声をかける。
幾つかの精霊がこっちを振り向く。
今日は機嫌が良さそうだ。
「じゃあ、いこうか。モモ」
「はい! マコト様」
俺とモモはしっかりと手をつなぎ、魔大陸に向かって空間転移を発動した。
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■次の信者ゼロの女神サマ更新は、【11/26(日)】予定です
来週からゼロ剣の四章再開です。
■感想返し:
>まさかのソフィア王女まで忘れてたでメッチャ笑いましたwww
>女神様を参列者に呼ぼうとするマコトェ……
>ノア様不機嫌になりそうで怖い(楽しみ)
→ノア様不機嫌になるでしょうねぇ……
■作者コメント
特に意味もなく温泉イラスト(オーバーラップさんのサイトで公開されているやつです)
やっぱり千年前のヒロインたちも良いですね。
次回はメルさんです。
■その他
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