閑話 異世界新年
今回は、本編と関係のない閑話です。
短いですが、お楽しみいただけると幸いです。
……頭が痛い。
霧がかかったように、意識がぼんやりとしている。
「あら、おはよう。マコトが寝坊なんて珍しいわね」
俺が起きた時には、太陽が高く登っていた。
ルーシーはいつにも増して、露出の高い格好で火の精霊と戯れている。
「…………おはよう、ここってどこだっけ?」
俺はふらふらする頭を抱えて、あたりを見回すとそこは見慣れた魔法の小家屋内だった。
「覚えてないの?」
ルーシーが呆れた、という表情で「ん」と水の入ったコップを差し出してくれた。
「ありがとう」
それを受け取って、一気に飲み干す。
やっと頭が冴えてきた。
「えーと、確か……昨日までは水の国の王都のローゼス城で新年の大宴会があって……」
「正確にはまだ続いてるけどね。ソフィアが先に抜けていいって気を利かせてくれたから」
「七国が集まっての大宴会で……なんか凄いたくさん飲まされた記憶がある……」
「そりゃ、そうよ。マコトは神族なんだもの。西の大陸中の貴族がマコトと仲良くしたいに決まってるでしょ?」
三日三晩、貴族たちからひっきりなしに挨拶と称して酒を勧められ、ついにはぶっ倒れてしまったらしい。
「ひどい目にあった……」
神族になって、身体能力や魔法耐性はとてつもなく強化されたはずなのだが……。
「おはよー、高月くん!! なかなか起きないから心配したよー」
後ろから小柄な人物に抱きつかれた。
「ごめんね、さーさん。心配かけ……」
口にできたのはここまでだった。
「ん……」
さーさんの唇に口を塞がれた。
「あー!! アヤ、ズルい!!」
ルーシーまでも抱きついてくる。
「ずるくないよ! るーちゃんは寝てる高月くんにいっぱいキスしてたじゃん!」
「あ、あれは……マコトが無防備だからよ! アヤだってしてたじゃない」
「私はさっきまで料理してたから、できなかったもん。だから今する!」
「じゃあ、私も」
ルーシーにまでキスされた。
二人にもみくちゃにされる。
「あのさ、君たち」
当然のように寝込みを襲うのはやめなさい。
いや、寝てても気づかない俺が駄目なのかもしれないが。
「とりあえず、朝ごはんにしよっか」
「そうね、マコトは起きたばっかりだし」
ルーシーとさーさんに促されて、コテージ内の小さなテーブル前に座る。
そこには異世界では見慣れない、だがなんとも懐かしい料理が並んでいた。
「さーさん、これって」
「なにこれ? アヤ」
ルーシーは初めて見るのか、当然の疑問を口にした。
「お雑煮だよー」
「おぞうに?」
そう、お雑煮だった。
椀の中には、おそらく醤油で味付けをしたツユに、根菜とトリ肉、そして焼いた角餅が入っていた。
関東風だ。
「さーさん、お餅はどこで手に入れたの?」
「藤原くんが持ってきてくれたよ。東の大陸から仕入れたんだって」
「やっぱりふじやんか……」
ついに餅まで。
ルーシーがフォークでお餅をつついている。
おそるおそる、口に運んだ。
「へぇ! なにこれ、美味しい。アヤ、もっとないの?」
ルーシーは気に入ったようだ。
「追加を焼けばあるけど……るーちゃん、これって結構カロリー高いよ?」
「え"!?」
ルーシーの頬がひきつる。
「まぁ、いっか。るーちゃんが太っても」
「よくないわよ! ここ数日のパーティー続きで食べ過ぎちゃってるんだから!」
「おや? るーちゃんが柔らかくなったかなぁー、お餅みたい~」
さーさんがルーシーに抱きついて、身体をまさぐる。
「アヤだってちょっと、この辺がだらしないんじゃないのー?」
反撃にルーシーがさーさんを押し倒して、お腹や脇腹を触っている。
「ちょ、るーちゃん。くすぐったい!」
「アヤがやってきたんでしょー」
「あん! るーちゃん、変なところ触っ……」
「ん! アヤ! どこを揉んで……」
相変わらず、ルーシーとさーさんは仲が良い。
可愛い女の子二人が、じゃれ合っている様子を眺めながら、俺は久しぶりの雑煮をすすった。
煮干しのような魚の出汁がよく利いたツユだ。
それがお餅や具材に染みて、美味い。
パーティーのお酒で荒れた胃を休めてくれた。
(そういえば、正月にわいわい騒いでご飯を食べるのは久しぶりだな……)
前の世界の時から、ほとんど記憶にない。
仕事で忙しい両親は、家にいることが少なかったから。
正月も例外ではなかった。
年末や三が日も、ゲーム三昧だった気がする。
お年玉だけは、たくさんくれたからそれを全部ゲームにつぎ込んでいた。
懐かしいな。
(マコくん……苦労してたのね……ほろり)
水の女神様の声が聞こえてきた。
また盗み聞きされていたらしい。
(あら、失礼。盗み聞きじゃないわよ。アルテナ姉様の命令で、監視よ監視☆)
同じ意味では?
「ねー、マコト? 何を一人でぼーっとしてるの?」
「高月くーん☆ 構ってー。姫始めしよー♡」
さっきまでじゃれ合っていたルーシーとさーさんが近づいてきた。
というか、さーさん!
笑顔で何を言ってるんだ。
(ちなみに『姫始め』は新年を迎えてから最初に釜で炊いた米を食べることよ? 一応、その年に最初に女とえっちなことをするって意味もあるけど)
え、そうなんだ。
知らなかった。
よし、ここは俺が二人に博識(にわか知識)を披露してやろうと思っていると。
「ねぇ、アヤ。姫始めってなに?」
意味を知らないルーシーが、質問してきた。
「るーちゃん、姫始めっていうのは、お正月に初めて炊く軟らかめのご飯を姫飯って言って、それを食べることだよ」
「さーさんは、意味わかってて言ったのかよ!」
思わずツッコむ。
「つまり??」
よくわかってないルーシーが首をかしげている。
「あとは、その年になって初めて恋人がえっちなことをするって意味もあるよ」
「なるほどね☆」
ルーシーがニヤリとして、俺に馬乗りになった。
立ち上がろうにも、さーさんにも身体を拘束されている。
(マコくん……、神族になっても女の子に敵わないのね)
エイル様のぼやきが聞こえた。
一応、頑張れば抵抗できますが。
意味がないので、抵抗しない。
「そういえば、パーティーだとマコトに言い寄ってくる女が多かったわね」
「デレデレしてたよね~」
ルーシーとさーさんに押し倒されたまま、そんなことを言われた。
「してないから!」
冤罪だ。
水の国のソフィア王女の婚約者という立場上、挨拶してくる貴族の人たちに無理して笑顔で対応していただけだ。
「よーし! マコトを姫始めするわよ! アヤ」
「やっちゃおうー! るーちゃん」
その使い方は多分間違ってる。
ここから先は、詳細なことは述べられないが。
多分、これまでで一番賑やかな正月であったと思う。
 











