345話 白の大賢者(前編)
「苦っ!」
俺は太陽の国へとやってきた。
理由は大賢者様の呼び出しがあったからだ。
未だに慣れない空間転移にはとても苦労した。
ルーシーやさーさんは、ついてきてくれなかった。
モモが怖いらしい。
そして、久しぶりに会ったモモが俺の血を飲んだ第一声が、さっきの言葉である。
「苦い?」
「マコト様の血が…………不味いです…………うぅ」
「そ、そんなに?」
しくしくと泣き崩れるモモに戸惑う。
泣かれるとは……困ったな。
どうしよう……?
「マコト様は全然私に会いに来てくださらないし……、ちゃっかり童貞を卒業してるし……。もういいです。私なんて……私なんて……」
「モモ……」
「マコト様のバカー!!!」
「うわ」
モモに全身でタックルされ、俺は床に押し倒された。
そのままぽかぽかと叩かれる。
「もうマコト様の血を飲めないじゃないですか!? 私はどうやってこれから過ごせばいいんですか!?」
その様子は、太陽の国の重鎮のものでなく千年前に出会ったか弱い少女だった。
「モモ……、わるい」
「謝らなくたっていいんですよ!! 私にはマコト様の清らかな血が必要なんです! 今の女たらしになったマコト様の濁った血は飲めたものじゃないんですよ! 泥水です!」
「泥水なんだ……」
吸血鬼の味覚はよくわからないが、モモが言うならその通りなのだろう。
「はやく童貞に戻ってください! 純潔を取り戻してくださいよ!」
「無茶を言……いや、できなくはないか?」
時の精霊にお願いすれば、なんとかなる気もする。
「え?」
無茶を言ったつもりだったのだろう。
俺の言葉にモモが泣き止む。
「童貞に戻れるんですか!?」
「…………頑張れば」
できるからといって、実行するには抵抗があるが。
そして、なにより俺には別の考えがあった。
モモは吸血鬼だ。
それは千年前に不死の王ビフロンスに吸血鬼にされたから。
だから血を必要とし、太陽の光に弱い不自由な身体になった。
しかし、それを利用して千年の修行期間を経てモモは強くなった。
大魔王の復活に備えてだ。
が、今は平和な時代。
もう無理をする必要はない。
俺はその言葉を口にした。
「モモ、人間に戻ろう」
「…………………………へ?」
俺の言葉を聞いて、モモの大きな眼がまんまるになった。
◇
「…………マコト。何を普通に女を連れ込んできてるのよ」
海底神殿にやってきたら、不機嫌な顔のノア様に出迎えられた。
ちなみに、ノア様を直視すると発狂してしまうためモモの目は、俺が手で塞いでいる。
「駄目よ、マコくん。ノアの前で他の女の子とイチャイチャするなんて。めっ☆」
「あ、あの……声しか聞こえませんが、私の目の前に二柱の女神様がいるような気がするのですが……」
目を塞がれたモモがおろおろしている。
ちなみに海底神殿の近く(ハーブン諸島)までモモの空間転移で連れてきてもらい、それから海を潜って海底神殿にやってきた。
神獣リヴァイアサンからは「何でこいつわざわざ海から……?」みたいな目で見られた。
仕方ないだろう。
空間転移が下手なんだから。
ちなみに、モモは海底神殿の中までは空間転移できない。
最終迷宮である海底神殿を突破していないためだ。
俺と一緒なら、来てもよいらしい。
「モモちゃん、目が開けないのは不便でしょう? これあげる☆」
水の女神様が、モモに青い眼鏡をかけた。
いや……、あれは色眼鏡か?
「エイル様、これは?」
「私が奇跡をかけておいたから、その色眼鏡をかけてれば女神たちを見ても平気よ」
「おお! ありがとうございます。モモ、目を開いてもいいってさ」
「そ、そうなんですか……。わっ! ここが海底神殿……? は、花畑がある……?」
おそるおそるモモが目を開き、そして海底神殿の内部の様子に驚く。
ハイランド城の庭園の100倍はありそうな空間だからな。
しかも見たことが無いような花々が咲き誇っている。
その美しい花ですら霞むほどの美貌のノア様が、仏頂面で俺のほうを睨んでいる。
ノア様の視線にあてられ、モモがさっと俺の後ろに隠れる。
「ノア様、ご機嫌麗しく……」
「ないわよ! まったく、ついにエイルの巫女にまで手を出して……」
「……婚約者ですよ?」
「うるさい」
ノア様に頭をふまれた。
特に痛くはない。
下着は見えそうで見えない。
「で? 用事は?」
俺の心などお見通しだと思うが、それはそれ。
礼儀としてきちんと答える。
「実はモモを吸血鬼から人間に戻したくて。いい方法はありませんか?」
「……………………なくはないわ」
「えっ!?」
ぽつりと呟くノア様の言葉に、モモがびっくりした声をあげる。
流石はノア様だ。
「具体的にはどんな方法です?」
「まずひとつ目は……」
ぴっ、とノア様が人差し指を立てる。
「命の精霊をモモちゃんに憑依させることね。それで不死者から人間の身体を得られるわ」
「命の精霊……?」
初めて聞く言葉だ。
そんな精霊もいたのか。
「よかったな! モモ。生き返れるぞ」
「そ、そんな方法初めて聞きました……」
俺は喜び、モモは戸惑っている。
そこに水の女神様が割って入った。
「ノア。命の精霊を不死者にぶつけると、もとの人格が上書きされちうゃんじゃなかった?」
「「え?」」
俺とモモが、慌てて振り向く。
いま、なんて言った?
「んー、そうね。命の精霊が取り付くと、『生まれ変わり』みたいになるから実質別人になっちゃうわね」
「い、嫌です!」
「それは駄目ですよ!」
モモが悲鳴をあげ、俺は大声で叫んだ。
なんちゅうトラップ案を出してくるんだ。
「わかってるわよ……、あくまでこんな方法があるわって話。あとはスタンダードな時間巻き戻しね。マコトだって知ってるでしょ。時の精霊にモモちゃんが生きていた頃まで遡ってもらうの」
「それは知ってますけど、モモは千年前に不死者になったんですよ?」
「たった千年でしょ? 一瞬じゃない」
「「…………」」
相変わらず女神さまの感覚は、俺たちと違い過ぎて戸惑う。
一応俺も神族の端くれに成ったわけだが、とてもついていけない。
「今の俺じゃあ、千年も時を巻き戻すなんて無理ですけど……」
「それくらいなら私がやってあげるわよ。さくっとね」
俺の懸念をあっさりとノア様が一蹴する。
だったらいいのか……?
何かデメリットはないのだろうか。
「一応、言っておくとマコくん、モモちゃん。時を巻き戻すと千年前の時点まで力を失っちゃうわよ。ついでに記憶もだけど、記憶を別保存しておく奇跡はイラちゃんあたりに言えば何とかなるかも」
「力を失う……ですか」
さっきほどじゃないが、モモが微妙な顔になる。
現在のモモは、太陽の国の大賢者という立場がある。
太陽の国の最高戦力の一人だ。
それが突然、千年前の一般人に戻ってしまうのは抵抗があるだろう。
「他に方法は……ないですか? ノア様」
「んー、どうだったかなー」
「もう、ノアってば。マコくんが、女の子連れ込んできたからって意地悪しないの」
「べ、別に意地悪してるわけじゃないわよ!」
「マコくん。私たち神族にとって『死者の復活』はそこまで大変じゃないわ。けどね、それを管理している神がいるからまずはそっちに承認を得ないといけないの」
「承認……ですか? それは誰に?」
「それは勿論……」
「冥府の神プルートーよ」
水の女神様の声に、ノア様が被さった。
「冥府の神様……?」
「そ、そんなの無理に決まってます……」
俺がピンと来ず首をかしげ、モモはしょんぼりとうなだれた。
――冥府の神プルートー。
神王ユピテルの兄神にして、死者の世界の王神。
そんな神話をかつて水の神殿で習った。
勿論、会ったことなどないし、承認などどうやってとれば……。
「はい、マコト。これを持っていきなさい」
悩む俺に、ノア様がキラキラと光る封筒を差し出した。
封筒には七色に光る署名がされてある。
「ノア様、これは?」
「紹介状よ。マコトは新たに神族になったんだし冥府のプルートーに挨拶しておきなさい。ついでに、モモちゃんのことも頼めばいいわ。女神ノアの眷属からの頼みだし、多分断られないでしょ」
「「へっ!?」」
ノア様の言葉に、俺とモモが目を丸くする。
「ねぇ、ノア。最初に挨拶するのがプルートーおじさんでいいの? 序列的にはユピテルお父様が先じゃ……」
「あいつ今、天界に居ないんでしょ? アルテナから聞いたわよ」
「そうなのよねー。どこに行っちゃったのかしら……」
「「…………」」
俺とモモは、エイル様とノア様の会話を戦慄しながら聞いていた。
どうやらこれから俺とモモは冥府に行くことが決定したようだ。
◇
この世界の北の果て――北極大陸に俺とモモは来ていた。
俺たちは、氷の大地にぽっかりと空いた大穴の縁に立っている。
「久しぶりに来ました……最終迷宮のひとつ『奈落』」
「モモは来たことはあるんだな」
「何回か白竜師匠に修行のために連れてこられました。あんまり好きな場所じゃないですけど、……マコト様は楽しそうですね?」
「え? そう?」
俺としてはこれから冥府に向かい、ノア様の眷属になったことを挨拶し、モモを生き返らせてもらう承認を得るという重要任務がある。
遊びでいくわけではないのだが……、どうしても少しワクワクするのを抑えられなかった。
冷静を装っているが、モモには見通されたらしい。
まるで星を貫通しているかのような底の見えない巨大な大穴。
直径は数キロあり、千里眼を使わないとその全容は見回せない。
「じゃあ、降りるか」
「うぅ……行くんですね。本当に」
俺とモモは手をつなぎ空中浮遊の魔法でゆっくりと大穴を降りていく。
空中浮遊の魔法は、最近になって『風の精霊』の力を借りて使えるようになった。
本来は中級魔法なんだけどね。
数百メートルも大穴を降りると、濃い霧がかかり光が届きづらくなる。
そして、俺たちの周囲をぐるぐると大きな生き物が泳いでいる。
まるで獲物を狙う肉食獣のように。
「マコト様、影竜の縄張りに入りました」
「入って早々に『竜の巣』か」
モモが少し緊張した声で警告する。
最終迷宮『奈落』の最上層は、影竜という竜種の縄張りである。
それだけで、半端な冒険者は挑戦すら難しいことがわかる。
「あまり時間をかけたくないから追い払おうか。……水の大精霊」
俺は馴染みの水の大精霊を呼んだ。
「はーい☆ お呼びですか、我が王」
一秒とかからず、青い肌の水の大精霊が姿を現す。
いつもと変わらぬ姿だが、その瞳がうっすらと七色に輝いている。
どうやら俺が神族化した影響らしい。
次の瞬間、俺たちの周りにいた影竜たちの気配がぱっと消えた。
どうやら去っていったらしい。
「あーあ、竜たちがみんな逃げちゃいましたね。巣に入って震えてますよ」
「我が王、あのトカゲたちを駆除すればよいのでしょうか?」
「いや、今日は冥府までの長旅なんだ。さっさと通り過ぎよう」
過激なことを言うディーアを制し、俺たちは『奈落』の奥を目指した。
数キロも潜ると、光はすっかり届かなくなり暗闇に包まれた。
奈落の穴の壁面からは、生き物の気配がする。
上層にいた影竜よりも、ずっと強力で獰猛な魔法生物の気配。
が……。
「みんな息を潜めてますねー」
モモが呆れた口調で呟いた。
「せっかくの最終迷宮なのに魔物一匹出会えないな」
「暇ですねぇ、我が王」
(ちょっと、マコくん。あなたは神族なんだからあんまり地上で暴れちゃだめよ☆ ほら次は右ね)
頭の中で水の女神様の声が響く。
冥府までは、エイル様が案内をしてくれている。
ちなみに、最終迷宮『奈落』は入り口は一つだが、その先で数多くの枝分かれをしておりどこに繋がるかはまったく異なるらしい。
異世界に迷い込むこともあるんだとか。
……ここも異世界だけど。
ちなみに、俺がいた前の世界とは繋がっていない。
もとの世界には魔力が無いためだ。
それから約半日。
俺とモモとディーアは、奈落の奥へと進み続けた。
俺は神族。
モモは不死者。
ディーアは水の大精霊。
全員、人外のため空腹は無いし、まだまだ活動できるが、そろそろ集中力が落ちるのを感じた。
どこかで休憩したいな、と思った時。
(あー、あとは道なりに……降りていけばいいわ……。脇穴には……入らないで……)
「エイル様? 声が少し遠くなってます」
(ごめ……。冥府が近づいて……たから、念話が届……辛いのかも。またあと……でー☆)
それっきりエイル様の声は届かなくなった。
少し不安だが、あとはまっすぐ降りるだけらしいので俺たちは奥へと急いだ。
「マコト様……何だか息苦しくないですか?」
「んー、少し空気が淀んでるな」
「我が王、ちびっこ。死者の世界に入りました。死の精霊たちの姿がちらほら見えます」
俺とモモが空気が変わったことを言うと、ディーアが教えてくれた。
真っ暗闇だったはずが、ぽつぽつと青い光がゆらゆら揺れている。
「あれは……」
「マコト様、おそらく死者の魂です」
俺の疑問をモモが答えた。
そうか。
ここが死者の世界。
現世からついに、冥府の入り口にたどり着いたのか……。
ずっと底のない穴を降りていた俺たちの下に、地面が見えてきた。
俺たちはゆっくりと着地した。
あたりを見回す。
赤黒い地面は、土とも砂利とも区別がつかない。
そして、真っ暗な闇の世界に無数の青い『魂』がゆらゆら漂っている。
何も無いだだっ広い空間。
そこに、一本だけ道と街灯があった。
その道は遥か先まで続いており、ゴールは見えない。
道は前後どちらも同じくらい長く、違いはなかったがどちらに進むべきかはすぐにわかった。
無数の魂たちが、その道に沿ってゆっくりゆっくりと動いているからだ。
あの魂たちが行く先に、冥府の神プルートーがいるはずだ。
が……。
「少し休憩しようか?」
「……は、はい。疲れましたね」
「ここで、ですか?」
俺の言葉にモモは頷き、ディーアは首をかしげている。
水の大精霊にとっては、この程度の移動は疲れるものではないらしい。
モモが魔法で作った椅子に座り、しばらく初めてくる死の世界の様子を眺めた。
もっとも、殺風景で見映えはしない。
気になったのは、この世界を管理しているという冥界の神プルートーのことだ。
太陽の女神様や、水の女神様の伯父にあたる神様。
神王ユピテルの兄にあたるらしい。
天界において、かなり高位の神だ。
が、戦い好きで女好きと言われる神王ユピテルと違い、神話における登場数は少ない。
一般には、温和な神様だと言われているが……。
「マコト様、そろそろ出発しますか?」
考え込んでいると、モモに声をかけられた。
「ああ、そうだな。そうしよう」
まだ会ってもいないうちにウダウダ悩んでもしょうがない。
まずは、行ってみて挨拶しよう。
俺とモモと水の大精霊は、ふわふわとだだっ広い大地を魂たちの進む方向に飛んだ。
冥界だからだろうか?
風の精霊の様子が普段と違い、静かだ。
地上なら一番騒がしい精霊なのに。
やがて赤黒い大地の奥に、大きな川が見えてきた。
川には霧がかかっており、向こう側は見えない。
魂たちは、ふわふわと川の上を進んでいく。
川の水は透き通っており綺麗だが、底は見えない。
美しい大河。
だが、どことなく不気味な空気を放っていた。
「モモ、これって」
「おそらく三途の川です。私も初めてみますが……」
「三途の川……か」
渡ってしまっていいのだろうか?
けど、冥界の神はこの奥にいるはずだ。
俺たちが、飛行魔法で川を渡ろうとした時。
「おい! あんたら! 何やってんだ!」
知らない人に怒鳴られた。
いや、人だろうか?
俺が視線を向けた先には、殺風景な周りの景色には似つかわしくないよれよれのスーツを着た中年の男性が立っていた。
俺たちは地上に降り、その男性に話しかけた。
「あなたは?」
「私は代々、この川渡り船の船頭をしている者だ。……あんたら生者、じゃないのもいるようだが地上から来たんだろう?ここはあんたらのような者が来るところじゃない、帰ったほうがいい。長く冥府にいると地上に戻れなくなるぞ」
と、俺たちを追っ払うような仕草をする。
俺とモモは顔を見合わせる。
水の大精霊は、興味なさげに大きく背伸びをしていた。
「俺たちは、冥府の主プルートー様に会いに来たんですが……」
「なんだとっ!?」
俺の言葉に、中年の男性は目を見開いた。
「馬鹿なことを言うな! プルートー様に長年仕えている私ですら数年に一度御顔を見られるかどうかという、御方だぞ! 地上の民が気軽に会えるはずがないだろう!! 滅多なことを言うと、プルートー様直属の死神部隊に魂ごと刈り取られるぞ!!」
凄い剣幕でまくし立てられた。
「一応、このような手紙を持ってるんですが……? 駄目ですか?」
俺は上着の内ポケットに入れてあった女神様の手紙を取り出し、船頭さんに見せた。
「何だ? それは」
中年の船頭さんは、俺から手紙を受け取った。
手紙が黄金色に輝き、ノア様の署名が七色に輝く。
えらく眩しい。
「ふむふむ、冥界の主プルートー殿へ? 一体誰が…………女神……ノ………………ひぃっ!!!」
男性は手紙の宛名を読み上げ、送り主の名前を見て悲鳴を上げた。
手紙を落としてしまったのを、慌てて俺はキャッチした。
「三途の渡し手。ノア様の手紙を放り投げるとはいい度胸ですね」
「よく見るとお前は水の大精霊か!? 邪神の使いが何の用事だ!! ま、まさか冥界へ攻め込みに……」
「いやいやいや! ノア様からプルートー様へ挨拶するように言われたんですよ」
なにやら誤解をしているようなので、慌てて否定する。
「………………最近になって復活したという邪神……が? よくわからぬが、わかった。プルートー様のお屋敷まで案内しよう。私の船に乗るといい」
「いいんですか?」
「勝手に追い返すわけにはいかんだろう……」
ちょっと会話しただけで、男性はかなり疲れた様子だった。
だが、当てもなく冥界を彷徨うのは怖い。
水の女神様の声は、まだ聞こえないし。
俺たちは好意に甘え、三途の川の畔に停めてあった彼の船に乗せてもらうことにした。
手漕ぎのボートは、四人が乗ると窮屈なんじゃないかと思ったが、乗った瞬間に十人乘りくらいの大きさになった。
どうやら船の大きさは自由自在らしい。
…………ギィ…………ギィ…………ギィ…………ギィ…………
と不気味な音を立てならがら、霧深い『三途の川』を船が進む。
ほとんど漕いでないにもかかわらず、船の速度はかなり速い。
「…………」
「…………」
「…………」
なんとなく俺たちは無言で、到着するのを待った。
船頭さんは何か喋ってくれてもいいんじゃないか、と思ったがそれもなかった。
霧によって周りの景色はほとんど見えない。
だから、景色を楽しむことはできないのだが、時々ゆらりと大きな影や小さな影が横切った。
「今日は随分と彷徨う魂が多いな……」
ぽつりと船頭さんが言った。
「そうなんですか?」
「あぁ、もしかするとどこかの世界で大きな戦争があったのかもしれないな」
「…………へぇ」
冥界には、俺が住んでいる西の大陸以外の場所や、それどころか異世界含めて死者の魂が集まるらしい。
その数は膨大だ。
ふと、俺の先輩にあたるノア様の信者、カインの魂もどこかにいるのかもしれないとしんみりとした。
もし、モモが生き返ることができるなら、カインのことも一緒にお願いできるだろうか?
ノア様も反対はしないはず。
密かに、そんなことを考えていると。
「ほら、見えてきたぞ。冥府の王、プルートー様のお屋敷だ」
「あれが……」
「冥府の中心……」
俺とモモは呆然とつぶやいた。
想像していた『お屋敷』とはまったく規模が違った。
高さは100階以上あるのではないかという高層ビルが、どこまでも連なっているような歪な建物。
横幅は、大きすぎて視界に収まらない。
地上にある建築物とはまったくかけ離れた漆黒の巨城が現れた。
規模的には、海底神殿よりも大きいかもしれない。
俺たちの乗る船は、城に隣接する小さな埠頭に横付けされた。
「悪いな、にーちゃん。私の船だと正門にはつけられないんだ。ほら、あっちのでかい門があるだろ? あそこから入ってくれ。……門番がいるから気をつけろよ」
「ありがとう、おっちゃん」
「ありがとうございました! おじさん!」
「……ありがとねー」
俺とモモとディーアは、船頭のおっちゃんにお礼を言って別れた。
船は霧の中へ、ギィ……ギィ……と音を立てながら消えていった。
帰りどうしよう?
タクシーみたいに捕まるのかな?
少し不安だったが、ひとまず教えてもらった正門へ行くことにした。
(でっか……)
門……と言っていいのか。
軽く五階建てのビルほどもある、大きな門がそびえていた。
おそらくそこから入ればいいのだが、一つ大きな問題があった。
……ぐるるるるるる
低い唸り声が、さっきからこちらに届いている。
門番がいる、と船頭のおっちゃんは言っていた。
なるほど、その通りだ。
門の前には、大きな番犬が横たわっていた。
その大きさは、下手な竜よりも大きい。
そして、その身に纏う魔力は古竜を遥かに上回っているように感じた。
「あ、あの……マコト様。あれってまさか……」
「あぁ、そういえば、冥府にはこいつがいましたね……」
モモの声が震えている。
水の大精霊は、忌々しそうな声で喋った。
勿論、俺だって目の前の怪物の名前は知っている。
三つ首を持つ、冥府の番犬――ケルベロス。
知名度だけなら、神獣リヴァイアサンに勝るとも劣らない、伝説の神獣がこちらを睨んでいた。
■感想返し:
>大賢者様編の次はフリアエさん編でお願いします!
多分、そうなる予定です。
ノア様か、イラ様が割り込んでこない限りは。
>マコト神族になったのに精霊の反応が悪いっていうことあるんですか?
精霊は気まぐれなので、神族だろうと仲良くならないと塩対応です。
■作者コメント
アンナさんです!! 可愛い!!
さらにメルさん! 姉御感ありますね。
ジョニィさんや、例の魔王もイラスト化してますよ!
<補足>
本作には初登場のケルベロスくんですが、新作の『攻撃力ゼロから始める剣聖譚』に登場したのとは同じ個体です。
ちなみに、千年前のネヴィアさんが使った『闇魔法・冥府の番犬』は、単にケルベロスくんを模した魔法です。
本体を召喚したわけではありません。
ちょっと、わかりづらいので補足しました。
 











