342話 高月マコトは、女神様に会いに行く
「ノア様のところか……」
つまりは海底神殿だ。
封印が解かれたノア様は、天界や他の世界へも行けるらしいが「天界なんて息苦しいだけよ!」と海底神殿でダラダラしている。
さてどうやって向かうべきか。
現在の俺は、運命の女神様の空間に精神体のみがやってきている。
俺はふと隣のちっこい女神様に視線を向けた。
「何よ?」
「海底神殿に一緒に行きません?」
「えー……」
露骨に嫌そうな顔をされた。
「あんた一人で行きなさいよ」
「実は空間転移が苦手で……」
「まだマスターしてなかったの?」
「難しくないですか? 全然思った場所に行けないんですけど」
「はぁ……、不器用な男ね。ほら」
イラ様がちっちゃい手を俺のほうに伸ばす。
俺はその小さな手を取った。
次の瞬間。
目の前の景色がぼやけ、光に包まれた。
◇
視界が開けると、そこは一面白銀の世界だった。
(って、え!?)
ビュウ、ビュウと吹雪が吹き荒れている。
北極のような極寒の景色が広がっている。
「イラ様!! ここは一体どこですか!?」
吹雪に声がかき消されないように、大声で聞いた。
「どこって海底神殿に決まってるでしょ!!」
俺の声に負けないくらいの大声でイラ様が怒鳴り返す。
ここが……海底神殿?
「ああ! もう喋りづらいったら無いわ!」
パチン、とイラ様が指を鳴らすとふわりと俺とイラ様の周りに光の膜のようなものが覆い、吹雪が遮断された。
結界を張ってくれたらしい。
「高月マコト。あんた寒くないの?」
「俺は水の精霊を操って温度調整してますから平気ですよ。イラ様こそ薄着ですけど」
「女神の私が、寒さごときでどうにかなるわけないでしょ。……にしてもノアのやつ機嫌が悪いままじゃない。エイル姉様は何をやってるのかしら」
イラ様の言葉を理解するのに時間がかかった。
「ノア様の機嫌が悪いから……、この吹雪が起きてるんですか?」
「多分そうよ」
イラ様があっさりと告げる。
ま、まじかー!
改めて結界の外を吹き荒れる猛吹雪に目を凝らす。
あ……、水の精霊やら氷の精霊がタップダンスしてる。
精霊が関与してるってことは、やはりノア様の影響……かぁ。
「何で機嫌が悪いんでしょう?」
「私が知りたいわよ……、あんたが会いに行かないからじゃないの?」
「定期的に挨拶には参上してますよ?」
「そうなの? うーん、本当にどうしたのかしらね。とりあえず行くわよ」
イラ様がすたすたと吹雪の中を進んでいく。
俺はそれに取り残されないように、慌ててついていく。
時間にして10分ほどだろうか。
突然、目の前に巨大な氷の城が現れた。
それは城壁、屋根、装飾にいたるまですべてが氷でできた美しい城だった。
「ノアはここみたいね」
「何でこんな所に……?」
「さぁ……?」
俺とイラ様は同時に首をかしげる。
が、ここに留まっていてもらちが明かない。
俺はゆっくりと氷でできた、大きな扉を開いた。
思いの外扉はあっさりと開いた。
氷の城の中は、もっと薄暗いと予想していたが中は優しい光で溢れていた。
光が氷を反射して、幻想的な空間となっている。
「光の精霊たちがいますね」
「こいつらって陽気よねー」
「精霊なのに聖神族のイラ様を嫌がってないのは何ででしょう?」
「そういえばそうね? なんでかしら」
同じ精霊でも、水の大精霊のディーアはイラ様に怯えたり、反抗的だったりした。
「……光の精霊はなんにも考えてないんですよ、我が王。頭がぱっぱらぱーですから」
「ディーア!?」
突然、後ろから声をかけられびくっとなる。
急に現れるとびっくりする。
「ねぇ、水の大精霊。ノアの機嫌はどう?」
イラ様がディーアに尋ねる。
「私の口からは申し上げられません。……我が王、偉大なる女神様のことをよろしくお願いします」
そう言いながらディーアは、ふわっと姿を消した。
「あいつ、何しに来たの?」
「早くノア様のところに行けってことですかね」
俺とイラ様は早足で、城の奥へと進んだ。
大広間にやってきた。
広間の奥には、巨大な玉座がある。
そこに座っている一人の可憐な女性が、不機嫌そうに頬杖をついていた。
誰であるかは言うまでもない。
俺の主神である自由と美の女神――ノア様だ。
つかつかとイラ様が、玉座の前に歩いてくる。
「ノア!! あんたどうして八女神会議に全然出てこないのよ! ……月の女神もだけど! 毎回意見の取りまとめが大変なんだから出席しなさいよ!」
イラ様がノア様を怒鳴っている。
「…………」
ノア様は何も応えず。
ちらっとイラ様と俺に視線を送った。
………………ぞわっと、背筋が震える。
久しく感じたことがなかった、絶対的強者からの威圧感。
獰猛な竜の前に放り出された、子羊の気持ちになった。
ノア様、怖っ!!!
つーか、機嫌悪っ!!
「ひっ!」
イラ様は腰を抜かしている。
「イラ様、大丈夫ですか?」
「な、何がよ! 大丈夫に決まってるでしょ! それよりあんたが何とかしなさいよ!」
と涙目のイラ様に怒られた。
(はー。深呼吸、深呼吸)
そして『明鏡止水』スキルを発動。
よし!
いこう。
「……ノアさまー? 貴方様の眷属、高月マコトが参上しましたー」
俺は恐る恐るノア様に話しかける。
「…………」
やっぱり返事はない。
少しだけ俺と目があうと。
――プイっ!
と顔を背けられた。
「の、ノア様?」
つーん、と横を向かれたまま。
うーむ、困った。
イラ様のほうを見る。
ぶんぶん、と首を横に振られた。
ギブアップっぽい。
(……出直すか)
「突然の訪問、申し訳ありません。また日時を改めて伺います」
そう言って立ち去ろうとした時。
「何、勝手に帰ろうとしてるのよ」
「!?」
気がつくと俺の隣にノア様が居て、俺の腕をつかんでいた。
いつもながらその御顔は美しい。
が、その表情からご機嫌は麗しくない様子だ。
「ほら、座りなさい。マコト」
ぱちん、とノア様が指を鳴らすと氷の城が消え去り一面の花畑になった。
その中にぽつんと、オシャレなテーブルと幾つかのチェアが並んでいる。
俺はその一つに座った。
ノア様は何も言わずに、俺の真隣の席に座る。
イラ様は、少し迷った末ノア様の正面の席に腰掛けた。
テーブルには湯気を上げているティーポットと、空のカップが並んでいる。
空気に漂う良い香りから、どうやら紅茶のようだ。
きっとノア様が好きな地球から取り寄せた銘柄だろう。
ダージリンのファーストフラッシュだったかな?
俺はそれを手に取り、ノア様→イラ様→自分の順番に注いでいった。
ノア様がティーカップを手に取り、優雅にそれを口に運ぶ。
イラ様は、ふーふーと、息をふきかけながら紅茶を飲んでいる。
猫舌かな?
俺もカップを手に取った。
一瞬ミルクと砂糖をいれたくなったが、以前それを咎められたのを思い出した。
ひとまず、ストレートで飲んでみる。
少し渋い。
紅茶のよさは、よくわからないなーと思いながら俺はノア様の言葉を待った。
花畑には暖かな日差しが降り注いでいる。
おそらくさっき水の大精霊が言っていた、光の精霊たちのおかげだろう。
時折、小鳥のさえずりが聞こえる。
穏やかな時間だった。
「マコト」
「はい、ノア様。なんでしょうか?」
「…………」
「ノア様?」
話しかけられたが、話が続かない。
イラ様は、我関せずで紅茶を飲み、クッキーを齧っている。
数分が過ぎてからだった。
「もうー☆ ノアってば、マコくんが会いに来てくれなくて寂しかったって言えばいいのに」
ふわりと金髪碧眼の女神様が現れた。
そして、当然のように椅子に座り、自分でカップにお茶を入れ美味しそうに飲んでいる。
見慣れたその御顔は、水の女神様だった。
「エイル様、いらっしゃったのですね」
「エイル姉様ー!! どこに行ってたんですかー!」
俺とイラ様が声をかける。
「ちょっと、エイル。適当なことを言わないでくれる?」
ノア様はじろりと水の女神様を睨みつける。
「無理しちゃってー☆ この前ルーシーちゃんとアヤちゃんがマコくんと『セッ……』してる時に、めちゃ荒れて……ちょっと待って、首を締めてこないで。うそです、黙りますから。殺さないで」
「あら、高月マコト。童貞卒業したのね? オメデトウ」
「……ノア様の機嫌が悪いのって俺のせいですか?」
「ま、マコト!? ち、違うわ。全然関係ないから!」
場がカオスになった。
俺は焦った顔で、あわあわしているノア様を眺める。
なんかよくわからないが、俺に責任があるらしい。
俺は立ち上がり、ノア様の側で跪く。
「これからは海底神殿に来る頻度を増やしますね。ご迷惑でなければ」
「迷惑なわけないでしょ! ま、たくさん会いに来るのは良い心がけね」
ノア様の表情が柔らかくなる。
機嫌が少し上向いた?
「でも、あんた空間転移が苦手なんでしょ? そんなに頻繁に海底神殿に来れるの?」
イラ様につっこまれる。
……そうなんだよなぁ。
「頑張って練習するしか」
「ふっ、そこで私の出番ね! 高月マコト! これから毎晩私が空間転移の練習を付き合ってあげるわ! 代わりに私の仕事を手伝いなさい!」
「え、本当ですか? 是非、お願いします」
「任せておきなさい!」
そう言って俺がイラ様とガシッと握手をしようとして。
ぱしっ、と腕を掴まれた。
腕を掴んでいるのはノア様だ。
見るとイラ様の腕は、エイル様に掴まれている。
「マ~コ~ト? どうして他の女神に教えを請うのかしら? 私に聞けばいいでしょ!!」
「イラちゃん! 何度も言ってるでしょ! 他神の眷属を簡単に部屋に入れちゃ駄目だって!」
「「は、はい」」
俺とイラ様は、二柱の女神様の剣幕にたじたじとなる。
が、俺としては言っておきたいことがある。
「ノア様、エイル様。お言葉なんですが」
「何よマコト。文句かあるなら言いなさい」
「マコくん、ノアが直接教えてくれるっていうのに何の不満があるの?」
「ノア様、以前俺に空間転移を教えて下さいましたよね?」
実は神族に成り立ての頃、俺はノア様に魔法を教わったことがある。
「あるわね」
「あら、そうなのノア?」
エイル様は初耳のようだ。
「空間転移の方法も教えてもらいましたが……」
「そうよ! いつだって聞けば教えてあげるって言ってるのに! なんで私じゃなくてイラに聞くのよ!」
ノア様がプンスカ怒っている。
その御姿はとても可愛らしいのだが……。
「ノア様。もう一度、空間転移のやり方をこの場で説明していただいてもよろしいですか?」
「ええ、いいわよ。よく聞いておきなさい」
ぽん、と女教師の姿に成ったノア様がぴっと指を立てる。
「まず
①行きたい場所を想像するでしょ?
②そしたら、「ぴょん!」ってその場に跳ぶだけよ!
ね? 簡単でしょ?」
「………………ありがとうございます」
ひとまず俺はお礼を言った。
ちなみに、以前教えてもらった内容もほぼ同じである。
「エイル様、イラ様。いかがですか?」
「「…………」」
水の女神様は頭をかかえ、イラ様は「えぇ……」って顔をしている。
「な、なによ! その反応! 大体、神族なら空間転移なんて生まれた時から使えるでしょ! 他にどうやって説明しろって言うのよ!」
ノア様のお言葉である。
どうやら高位の神族にとって空間転移など、呼吸や瞬きに等しいらしく。
「呼吸ってどうやるんですか?」と聞かれても説明に困るのだろう。
そのためノア様がポンコツなわけではない。
断じて無い。
完璧で幸福なノア様に、欠点などない。
「というわけで、空間転移の習得に苦労しております」
「あんたの仲間のルーシーってエルフの子に教えてもらえばいいんじゃないの?」
イラ様に聞かれた。
勿論、それも試し済みだ。
「ルーシーの自力で使う空間転移と、俺の『時の精霊』にお願いした空間転移だとやり方が違うんですよ。だからルーシーに『私じゃ教えられないわ』って言われちゃいました」
「……わかったわ」
水の女神様が、口を開いた。
「マコくんに魔法を教えるのはイラちゃん! だけど、教える場所は海底神殿にすること!」
「ちょっと、何を勝手に決めてるよのエイル」
「このままだとマコくんが、海底神殿になかなか来れないわよ。あと、イラちゃんはさっさとひとで不足を解消しなさい。採用募集かけてるの?」
「……全然、応募してくれなくて」
イラ様ががっくりと肩を落としている。
苦労してんなー。
できれば手伝いたいところなんだけど、異なる神族であまり馴れ馴れしくしては駄目らしい。
「そういう時は報酬額を上げるか、条件をゆるくするの……、って教えたでしょ?」
「でも予算が……、あと私より楽な仕事をさせるなんて悔しいじゃないですか」
「そのブラック思考を改めなさい……イラちゃん」
向こうでは二柱の女神様が、難しい話をしている。
「はい、マコトはこっち」
ノア様に顔をがしっと掴まれ、強制的に正面を向かされた。
目の前にはノア様の美しい顔。
てか、近くない?
なんか、鼻がくっつきそうな距離なんですけど。
「…………」
じぃっ、と見つめられた。
宝石のような深い青色の瞳に吸い込まれそうになる。
「の、ノア様?」
「そう言えば、マコトって釣った魚に餌を与えないタイプだったわね」
「…………え?」
目の前の景色が歪んできた。
そうだ。
俺は夢の世界で女神様に会いに来ているから、いつかは目覚めるんだった。
「次はもっと早く来ること」
ノア様の言葉が耳に響いた。
――俺は目を覚ました。
◇
目を覚ますと、よく知っている天井だった。
天井に描かれた水の女神様と天使の壁画。
間違いなくここは水の国の王都にあるローゼス城だ。
「あれ?」
何で俺はローゼス城に居るんだ?
古竜のルキーチくんの屋敷で寝ていたはずだ。
寝ぼけてやってきた?
いくらなんでもそんな距離ではない。
「あら、目を覚ましたのですね」
ガチャ、とドアを開けてやってきたのはソフィア王女だった。
「ルーシーさんとアヤさんから聞きました。辺境村の生贄の風習の調査、ありがとうございます。しかも生贄となった子供たちの無事まで確認してくれたようですね」
「あの……、俺はどうしてここに?」
「ルーシーさんとアヤさんが運んで来たのですよ。勇者マコトはお疲れで、起こしても起きないということだったので」
「そうでしたか」
ルーシーとさーさんには悪いことしたな。
二人に報告に行ってもらっている間に、俺だけ眠りこけてしまって。
「古竜は千年前のお知り合いだったそうで、流石ですね」
「いや、あれはたまたまの偶然で……」
「平和的な解決ができてなによりです」
と言いながらソフィア王女が、俺の寝ていたベッドに腰掛けた。
そして、ずいっと身体を寄せてくる。
「ソフィア?」
「ルーシーさんと、アヤさんから聞きましたよ」
「何をですか?」
「昨夜は……お楽しみだったようですね」
「……え?」
ソフィア王女の表情は変わらない。
いつも通りの凛として美しい。
いつも通り、感情が読めない。
「どうしました? 勇者マコト?」
「あー、いえ」
(エイル様ー! ソフィア王女って怒ってないんですよねー!?)
呼びかけるが返事はない。
くっ、余計な時は声をかけてくるくせに!
「詳しく聞かせてもらえますか?」
ニッコリと微笑まれた。
怒っているようには見えないが、実はすごく怒っているようにも思える。
というわけで、俺は婚約者であるソフィア王女へ昨夜の詳細を説明せねばならなくなった。











