331話 女神サマの本当のお願い
「ねぇ、マコト。あなたの望みは何かしら?」
朗らかな声で、ノア様が問うてくる。
「ノア様、厄災の魔女から仲間を取り戻したいです。助けてください」
俺は膝をつき頭を下げたまま、自分の望みを伝えた。
「わかったわ。私に任せなさい☆」
返ってきたのは頼もしい返事だった。
俺は頭を上げる。
すると、そこには美しい花園の中に白いテーブルと2つの椅子。
そして、テーブルの上には湯気を立てるティーカップと鮮やかな色のお菓子や果実が並べてあった。
てっきりこれから対厄災の魔女の作戦会議かと思っていたら、想定外の景色に混乱した。
「ノア様?」
「ほら、こっちにいらっしゃい」
ひょいひょいと手招きをする女神様。
戸惑いつつも俺は言われたとおりに、ノア様の正面に着席する。
ノア様は優雅に紅茶を楽しんでる。
「ノア様! 外でノエルさんや月の女神様をお待たせしてます! こんなことをしている場合じゃ……」
「はい、あーん」
「むぐ」
俺の言葉を遮るように、口の中に何かの果実を放り込まれる。
シャリ……、とそれを噛むと大量の果汁が溢れ出し、口いっぱいに芳醇な香りが広がった。
そして何よりも、信じられないくらいに美味い。
ドクン、と心臓が大きく鼓動した。
何だこれ?
「……これは?」
「命の実。庭にいっぱい生えてたでしょ? マコトってば寿命が残り数分しかないんだもの。それを食べれば寿命が回復するわ」
「数分……」
忘れてた。
そういえば時の精霊を呼び出すために、ほとんどの寿命を生贄術で捧げたんだった。
「あ、ありがとうございます、ノア様」
「あとノエルちゃんとニャルを待たせていることも心配いらないわ。私たちが今いる空間は時間の進みを遅くしているから、ノエルちゃんとマコトが別れてから数秒も経ってないわよ」
「そ、そうなんですか……」
さらりと、とんでもないことを言う。
が、封印を解かれ力を取り戻した女神様だ。
この程度のことは容易なのだろう。
「マコト、冷めちゃうわよ?」
目の前に置かれている紅茶らしきものが注がれているティーカップを眺める。
ノア様はご機嫌な様子で、お茶菓子をぱくりと口に運んでいる。
わずかに指先についたお菓子の粉を、ぺろっと舐め取る仕草にドキッとした。
「い、いただきます」
ティーカップに口を近づけると、ふわりと桃のような良い香りがした。
こくりと紅茶を一口すすると、身体全体がふわりと浮かぶような錯覚を覚えた。
厄災の魔女から逃れ、連日の海底神殿へ挑戦での疲労が一瞬で無くなった。
まるで霊薬を飲んだかのような……。
続けて目の前にならべてあるお菓子から、マカロンのようなものを一口食べてみた。
「っ!?」
脳天を突き抜けるような甘さのあとに、恍惚としてしまうような幸福感が口中に広がった。
勿論、今まで食べたことがない味だった。
「このお茶とお菓子はエイルが前に置いていったものなの。悪くないでしょ?」
「水の女神様がくださったものですか……」
どうりでどれもこれも、この世のものとは思えない味なわけだ。
全て天界素材だった。
「美味しい? マコト」
「は、はい……、言葉にできないほど」
「あら、そ?」
クスクス笑うノア様は、美しい。
それからしばらくは他愛ない雑談をした。
世界の危機にずっと焦っていたが。
女神様にとっては、長い長い封印が解かれた記念すべき時だ。
女神様の使徒としては、まずはその復活を喜ぼうと努めた。
「ところで」
唐突にノア様の口調がわずかに変わった。
「仲間を助けたいって言ってたわね」
「は、はい」
雑談モードから、真剣な表情に戻す。
「誰を助けたいのかしら?」
「それは……まずは、厄災の魔女に囚われた姫です」
最後に会った時の、フリアエさんの言葉がふっと脳に蘇った。
――待ってる。絶対に戻ってきて、私の騎士
泣きそうな笑顔を俺向けてきた彼女の声が、脳内にこだました。
「そうね、確かにフリアエちゃんは可哀想よね」
「なんとか、なりませんか?」
「ん? なるわよ?」
俺が祈るような気持ちで聞くと、ノア様はあっさりと答えた。
「助けられるんですか!?」
「そりゃそうよ」
「どうすればいいんですか!」
俺は身を乗り出した。
「一番確実なのは、一度死んで転生してもらうことかしら。フリアエちゃんの身体に二人の魂が混じった状態で入っているから、身体と魂を別にしてから分離するの。転生は運命の女神の管轄だから、マコトは縁故があるでしょ?」
「いや……それは……ちょっと」
事もなげに言うノア様に、俺は動揺する。
理屈はわかるが、そのためにフリアエさんに死んでもらうというのはあんまりだ。
「ほ、他に方法はありませんか?」
「それなら根本解決にはならないけど、厄災の魔女の人格にはずっと眠ってもらうとかどうかしら。そうすればフリアエちゃんの意識だけが表面に現れるから、見かけは今まで通りよ」
「な、なるほど」
それならば、元のフリアエさんに戻ったと言えなくもない。
「それはどうすれば?」
「時の精霊を操れば可能よ。そうね~、マコトなら50年も修行すればできるようになるんじゃないかしら。修行なら海底神殿で行えばいいから安全よ」
「50年……」
いくらなんでも時間がかかりすぎる。
そんなに長く仲間を待たせるわけにはいかない。
「それはちょっと……」
「まぁ、人族にはちょっと長いわよね」
ノア様が苦笑する。
神界戦争から存在している女神様とは感覚が違いすぎる。
しかし、やりようがあることはわかった。
そして、助けたい仲間はフリアエさん以外にも居る。
「ノア様、厄災の魔女に魅了されたルーシーやさーさんたちを助ける方法はありますか?」
「あぁ、あの不細工な魅了魔法ね……、あんなのに惑わされるなんて哀れな子たちよね」
「お言葉ですが、世界中を魅了する魔法ですよ?」
俺はやや語気を強める。
正直、あんな世界規模の魔法をどうすれば防げるのか想像もつかない。
「あら、私なら五分もあればこの星の生物全てを上書きで魅了できるわよ? それもあんな風に自身に疑問を感じることもなく、夢の世界にいるように心酔させられるわ」
「五分……?」
無茶苦茶だ。
復活したノア様にとっては、あれが朝飯前らしい。
「とはいえ、それをやっちゃうと神界規定に違反するから無理なのよねー」
「……ですよね」
ノア様が直接手を下せば、どんなことでも可能だ。
でも、それはできない。
神様は地上に干渉できない規定だから。
「そうね~、呪いを吹き飛ばすなら風の精霊が得意なんだけど」
「俺は風の精霊は視えませんから、それは無理ですね……」
俺が適性があるのは、水の精霊だけ。
風魔法は使えない。
「ふふ、マコトの魂書を見てご覧なさい」
「ソウルブックですか」
俺はポケットからそれを取り出し、広げる。
『精霊使い』スキル……女神ノアの復活により強化。全ての精霊と会話することができる。
「こ、これは……」
「女神ノアの復活で『精霊使い』スキルが強化されて、精霊たちも元気になっている。私の使徒であるマコトも当然、その恩恵を受けてるわ。今のマコトは全属性の精霊魔法が扱えるようになってるわ」
「おぉ……」
思わず両手を見つめる。
水魔法・初級から始めてついにここまで……。
「じゃあ、風の精霊にお願いをすれば厄災の魔女の呪いを解くことも可能なんですね!」
「風の大精霊ちゃんに手伝ってもらうのが良いわね。水の大精霊ちゃんと同じくらい仲良くなれば、この星にかかった呪いを吹き飛ばしてくれるわ」
「えっと、水の大精霊と同じって千年かかったんですけど……」
運命の女神様の空間で千年修行してやっとたどり着けた境地だ。
ここでふと気づく。
「もしかして……、ノア様の奇跡で海底神殿内は千年でも、外の世界は一日しか経っていない……、とかできます?」
「ええ、できるわ」
おお!
それならここでじっくり修行できる。
「ふふっ、私と二人きりで千年過ごしてみる?」
「そ、それは」
クスクスと笑いながらノア様が魅力的な提案をしてくる。
が、すぐに気づいた。
「……夢の中じゃないので、千年は俺が生きられませんでした」
「あぁ、そういえばそうね」
本気ではなかったのだろう。
ノア様は気にする様子もない。
「では、どうしましょうね……」
俺は腕を組んで考え込んだ。
案は色々出れど、現実的なものが無い。
「マコト、少し歩きましょう」
ノア様が立ち上がり、パチンと指を鳴らす。
さっきまで座っていた椅子や、ティーカップやお菓子が並んでいたテーブルが消え失せる。
それだけでなく俺とノア様を取り囲んでいた花園も無くなってしまった。
代わりに現れたのは、無機質な床と漆黒の天井だった。
「ここは?」
「神獣が深海に戻ったみたいね」
なるほどよく見ると、見慣れた暗い海の景色だった。
神獣リヴァイアサンは、元の海底へ戻ったらしい。
その様子を、ノア様が魔法で映し出しているようだ。
カツカツ、とノア様は海底神殿の奥へと進んでいく。
俺はその少し後ろからついて歩いた。
一体、どこに行くのだろう?
心が読めるノア様に、俺の疑問は伝わっているはずだが答えはなかった。
代わりに別の話題を振られる。
「マコト。この星には三つの最終迷宮と呼ばれている場所があることは知っているわね?」
「はい、勿論知っています。『天頂の塔』、『奈落』、あとはこの『海底神殿』ですよね?」
俺は答えた。
冒険者をやったことがある者ならば、常識の知識だ。
「その通りね。じゃあ、それぞれの最終迷宮を攻略することで何が得られるか、を知ってる?」
「えっと、それは……」
俺は、かつて水の神殿で学んだ記憶を掘り起こす。
――天頂の塔
南の大陸の中央にそびえ立つ巨大な塔。
各階層の広さは街よりも広く。
塔の頂上は雲を突き抜け、大気圏外まで達していると噂されている。
階層の高さは千階。
人類の最高到達階は、五百階。
やっと半分に届いた者が千年の歴史の中で、一名だけいるんだとか。
そして、苦難の千階を乗り越えた時、その者は天界へと足を踏み入れる権利を得る。
天界への入場許可と共に、かの者に与えられるのは『永遠の命』。
天頂の塔を登りきった者には不死が与えられる、と言われている。
――奈落
北の果て。
北極大陸にある巨大な穴。
その底は冥界に繋がっているとも、魔界につながっているとも言われている。
奈落に住むのは、地上よりも遥かに強力な魔獣や幻獣たち。
そして、数百年の周期で、奈落から多数の魔物が溢れ出る『奈落からの魔物暴走』で滅んだ街は数しれない。
厄災の迷宮とも呼ばれる場所だが、そこに潜る冒険者はあとを絶たない。
なぜなら奈落では国宝クラスの魔石や聖銀や神鉄がゴロゴロと転がっているからだ。
さらに奈落では奥深くへ潜るほど、空中の魔力の密度が増し、人体に変化すら及ぼすという。
駄弱と周りに馬鹿にされていた冒険家が、命がけで奈落に挑戦し続けるうちに屈強な肉体と強大な魔力を得て、魔王と成って帰ってきたという眉唾な逸話もある。
一攫千金を狙える夢の迷宮。
この世界で最もハイリスク・ハイリターンな迷宮。
それが奈落だと言われている。
最後に――海底神殿。
この世で最も深い場所にあるという迷宮。
中つの大海のど真ん中。
深い海底の底から更に下。
大地の割れ目の最奥に、海底神殿は静かに佇んでいる。
他の二つと違い、入り口に辿り着くことすら困難な場所にある迷宮である。
歴史上の名のある数多の冒険者が、軒並み諦めてきた最高難度迷宮。
冒険王と称されるユーサー・メリクリウス・ペンドラゴンですら「割に合わない」と自著の中で語っている。
……本当に、よくこんな迷宮に挑み続けたな、俺。
口にしてみても呆れてしまうほど、海底神殿は見返りが無い。
ノア様が居なければ、絶対に引き返しただろう。
「まぁ、概ね合ってるわね」
「最終迷宮が、厄災の魔女に対抗するために関係あるんですか?」
「ふふ、そうよ」
俺の問に、ノア様が意味ありげに微笑んだ。
「ちなみに、あなたたちが天頂の塔と呼んでいる迷宮の天界名称は『天へと導く梯』。アルテナが地上の民から新たな神族を生み出したいという意図で創った迷宮ね。成果は全くでていないけど」
「はぁ……」
初めて聞く話だ。
結構、重要な情報じゃないんだろうか。
「奈落は天頂の塔とは反対に、完全な天然の迷宮ね。魔界や冥府と繋がる大穴から絶えず霊気に近い魔力が溢れている。おかげで希少な魔石や金属の宝庫となっているわ。ただし、その分冥界や魔界に近いからそっちに引っ張られて戻ってこれない連中も多い」
「…………」
ノア様の説明は続く。
今の所、その意図は俺には不明だった。
「さて。着いたわ、マコト☆」
少し先を歩いていたノア様が、くるん、とこちらに振り返った。
キラキラと光る銀髪がふわりと、弧を描く。
「あれを見て」
「…………何ですか、あれ?」
そこにあったのは、巨大な何かの装置だった。
台座のようになっており、その中央に回転式の押しレバーのようなものがある。
大人が数人がかりで、なんとか回せるような大きなレバーだ。
俺一人ではとても回せそうにない。
「大丈夫よ、マコトなら動かせるわ。ほら触ってみなさい」
ノア様が台座に上がり、手招きする。
俺はノア様の隣まで近づいた。
そして、巨大な柱のようなレバーに触れる。
「あ……、ほんとだ。思ったより軽いですね」
見た目の割に、レバーは軽かった。
……ズズ、と音を立てながら簡単にレバーは動いた。
もっとも何のためのレバーなのかが、まだわからない。
俺の疑問に答えるようにノア様が口を開く。
「海底神殿へ自力で到達した者だけが、このレバーを回す権利があるの。言ってみれば、最終迷宮のご褒美ね」
「これが……、最終迷宮を攻略した者が得る権利?」
『天頂の塔』の永遠の命。
『奈落』で得られる財宝や強大な力。
それに匹敵すると言われても、ピンとこない。
「ところでマコト。神獣リヴァイアサンがちまたでなんと呼ばれているか知ってる?」
また話題が変わった。
「えっと、海の守り神……ですかね」
他には大海の守護者、深海の門番、などの呼び名があったはずだ。
「でも、実際のリヴァイアサンは別に海を守ってないわ。海底神殿に近づくものを排除するだけ。まあ、それは女神ノアが封印されていたせいなんだけど……。本来の海の神獣には、大切な別の役割があるの」
「海底神殿を守る以外の役割ですか?」
聞いたことがない。
強いていうなら、神界戦争では神々の戦いに参加したらしいが。
それは1500万年前の太古の話だ。
それ以降で神獣が何かをした、という話は聞いたことがない。
「…………ふふ」
ノア様が機嫌良さげに笑っている。
「どうか、されましたか?」
「聞いたことがない、それは当たり前ね」
「どういう意味ですか?」
俺の質問になかなかノア様は答えない。
勿体ぶっている、というより理解を遅い子供をゆっくりと諭すように、言葉を続ける。
「マコトは、ここに来る前に海底神殿の中庭に沢山の生き物が集められているのは見たでしょ?」
「はい、魔物や家畜、竜まで居ました」
最初は驚いたが、魔物たちに害意はなかった。
皆、番で仲良く過ごしているだけだった。
「なぜ、生き物が集められているのかわかる?」
「水の女神様が、地上の生物を保護するためですよね?」
「なぜ、保護する必要があるのかしら?」
「その生物が絶滅してしまわないように、ですよね」
「何が起きれば、地上の生き物が絶滅するかしら?」
「……それは、天変地異が起きれば」
さっきから何を聞いてくるんだ? ノア様は。
流石に少しイライラとしてしまう。
「悪かったわ、マコト。そろそろ答えを言うわね。マコトが前に居た世界だと『核兵器』って言うのがあるでしょ? もし、核戦争が起きれば大地や海、大気までもが汚染されて生き物が住めなくなってしまう……。そんな話は聞いたことがあるかしら」
「ありますけど……こっちの世界には核兵器なんて無いですよ」
「ええ、そうね。でも、他の星では過去に似たような大量破壊兵器はたびたび開発されているわ。そして、戦争で使われてしまえばその星にはどんな生物も住めなくなる」
「…………」
他の星の歴史なんて知るはずがない。
が、今まさに星全体が呪われようとしている俺たちの世界にも、無関係ではないように聞こえた。
「リヴァイアサンの出番は、その時なの」
ノア様がにぃ、意地悪げに笑う
その笑顔が少し月の女神様に似ているな、と思った。
「失礼ね。私はニャルほど腹黒じゃないわ。……結論を言うわよ。神獣リヴァイアサンの役割は、人が住めなくなった惑星をリセットすること。それが海神から与えられた神獣の神託よ」
「リセット……?」
言葉の意味を反芻する。
ノア様は言った。
世界をやり直しする、と。
それはつまり……。
「洗い流すの、その星の汚れを全部」
「それは……、世界を滅ぼすという意味ですよね?」
俺は震える声で尋ねた。
「そうね」
あっさりと、ノア様は答えた。
「……」
俺が挑んだ神獣は、世界を滅ぼすのが目的の怪物だった。
知らなかったとはいえ、よく生き残れたものだ。
「でもね、滅ぼすだけじゃないわ☆」
突如、ノア様の声が弾む。
「海底神殿の中庭にいる生き物たちを見たでしょ? あそこに保護されている生物は、リセットされた世界で住むことが約束されている『選ばれた』子たち。だから、世界がゼロになるわけじゃないの。神獣リヴァイアサンが世界を海に沈めても、海底神殿の中でだけ生物は生き残れる」
「だからみんな番なんですね」
海底神殿の中庭に居た魔物や獣は、全て夫婦だった。
子供を作り、子孫を絶やさないための番だった。
「ちなみに、世界を滅ぼすスイッチになるのが、マコトが今手をおいているレバーよ」
「…………え?」
ぎょっとして、慌ててレバーと距離を置く。
さっき、少しだけ回してしまったんだけど……。
「大丈夫よ。一回転させないと『大洪水』は発生しないわ」
「さ、先に言ってください」
心臓に悪い。
「にしても趣味が悪いですね。頑張って最終迷宮をクリアしたご褒美が世界を滅ぼせるって……、悪い冗談ですよ」
小さくため息を吐いた。
世界を滅ぼすなんて、できたところで意味がない。
海神様とやらは、何を考えてるんだか。
そういえば今は水の女神様が代行で運用してるんだっけ?
やっぱりエイル様も怖いな……。
その時、ふわっと背中に柔らかい感触があたった。
すぐに後ろからノア様が抱きついたのだと悟る。
「あの……ノア様?」
「勿論、それだけじゃないわ。それじゃ、ご褒美にならないもの。海底神殿を攻略した勇者……かの者に与えられるのは、『世界を滅ぼす権利』。そして『次の世界で生き残る者を選択できる権利』よ」
耳元でノア様が甘く囁いた。
一瞬、その言葉が理解できず硬直する。
そしてゆっくりと脳がノア様の言葉を咀嚼した。
ノア様の美しい声は、さらに言葉を紡いでいく。
「この装置は『召喚』装置にもなっているの。ほら、少し離れた場所に魔法陣があるでしょ? そこに入って念じるだけで、マコトが呼びたい子たちが、海底神殿に呼び出せるわ。ルーシーちゃん、アヤちゃん、ソフィアちゃん、みんな海底神殿に呼べばいいわ。なんなら水の国の民全員でもいいんじゃないかしら。それくらいなら入るわよ。ちょっと手狭になっちゃうけど。流石に西の大陸全員は無理ね。マコトが選んでいいの」
「の、ノア様……?」
笑えない冗談ですよ、と言おうとして言えなかった。
ノア様の声色は、甘く優しいが、決してふざけてはいなかった。
冗談で言っていない。
「フリアエちゃんも呼びましょう。厄災の魔女もついて来ちゃうけど、女神ノアの近くなら魅了も無効化されるわ。本来の魅了魔法を司るのは私だもの。太陽の女神の勇者だけど、マコトの幼馴染のリョウスケくんも居てもいいわよ。ノエルちゃんが寂しがるものね。あとは半吸血鬼のモモちゃんや、白竜のメルちゃんもマコトの仲間よね。魔物だからって遠慮は要らないわよ」
「他の女神様の信者が来てもいいんですか?」
「勿論よ。私は誰も縛らないもの。ただ、海底神殿で女神ノアの近くにいて、私に魅了されなければ、だけど」
あぁ、……それは無理だ。
復活した女神ノア様の近くにいて、魅了されないなんて不可能だ。
きっと海底神殿にやって来たら、あっという間に心変わりするだろう。
そもそも海底神殿に呼ばれなければ、外の世界と一緒に滅んでしまうのだ。
生き延びられた感謝から、自分から信仰を変える可能性だって高い。
――きっと新しい世界の民は、女神ノア様だけを信仰する
そう確信があった。
世界はノア様のものになるだろう。
「それは違うわ、マコト」
その俺の考えをノア様は否定した。
俺の耳元に、温かい息がかかる。
「世界は、貴方のものになるよ、マコト。女神ノアの使徒である貴方が『世界の王』になるの」
「の、ノア様……」
ノア様の声は、どこまでも甘く優しい。
初めて出会ってから、常に俺を導いてくださった女神様。
多少間違ったことはあれど、俺はその声を信じついてきた。
ノア様は、俺に命令しない。
常に自由に動けと言ってくれる。
だから、今回も……
「マコト。お願いがあるの」
気がつくと、後ろから腕を回していたはずのノア様が、真正面に立っていた。
キラキラと光る瞳を上目遣いで、少し頬を染めたノア様が俺の手をぎゅっと握った。
女神様の手のひらはマシュマロのように柔らかく、ぞっとするほど温かい。
「何……でしょうか? ……ノア様」
俺にできることでしたら何でも、という言葉を言おうとして、飲み込んだ。
ノア様が俺にお願いをすることは珍しい。
だけど、このあとにお願いをされることは……恐らく。
瑞々しい桃色の唇から、その言葉が発せられる。
「この世界を滅ぼして、私たちの新しい世界を作りましょう」
慈愛に満ちたその笑顔には一点の曇りもなく、俺の信仰する親愛なる女神様は世界の破滅を願った。
■作者コメント
旧題『女神サマのお願い』から読んでくださっている読者様。
お待たせしました、タイトル回収です。
本作の反省点。
…………………………タイトル回収に331話も使ってはいけない。











