301話 パーティー解散の危機
「ルーシーとさーさんが……不仲?」
レオナード王子の言葉の意味が理解できない。
あのいっつも一緒にいる二人が?
いやいやいやいや。
ないって、それは。
「そ、そんなはずないわ! だって私はルーシーさんとアヤさんに何度も月の国に出た魔物退治の依頼をしたことがあるもの! 二人はいつも一緒だったし、いつも息ピッタリよ!」
フリアエさんが焦ったように叫ぶ。
「俺も同じ意見だよ。ルーシーとさーさんとは、千年後に戻ってきてからずっと一緒に居るけど不仲な様子なんて一度も無かったよ」
俺が告げるが、レオナード王子は悲しそうに首を横に振った。
「……『紅蓮の牙』のお二人は女性ながら水の国のトップ冒険者です。憧れる冒険者も少なくありません。大多数は、お二人が大の親友同士ということを疑っていないでしょう」
「そうよ! 正直、私の騎士を含めて四人で冒険していた時も、ルーシーさんとアヤさんが仲良すぎて私はちょっと疎外感を感じてたし……」
「え? そうなの、姫?」
てっきり女三人で楽しくやってるものとばかり。
「だって、ルーシーさんとアヤさんいっつもべったりじゃない。寝る時まで一緒だし」
「ああ、そう言えばそうだったね」
そんな二人がよりによって不仲とか。
きっと勘違いに違いない。
が、レオナード王子の表情は悲しげなままだった。
「マコトさん、フリアエ女王……、ひとつ聞きますがルーシーさんとアヤさんが二人きりの時の様子を見たことがありますか?」
レオナード王子の質問に、俺とフリアエさんは顔を見合わせる。
「二人きりの時?」
「そんなもの見たことあるわけないでしょ」
俺とフリアエさんは首を横に振った。
だって、他の人がいたら二人きりにならないだろ?
「水の国の冒険者ギルドは、紅蓮の牙のお二人に依頼をする機会がとても多いです。ルーシーさんは希少な空間転移の使い手で、どんな場所へも一瞬で移動できますし、アヤさんは水の国唯一のオリハルコン級冒険者です。災害指定の魔物には、お二人へ優先的に依頼していました。彼女たちも、快く受けてくださっていたので……」
その話は納得するものだった。
つい、先日も水の国の緊急依頼で二人で出かけていった。
「月の国だってそうよ。二人に依頼したら、どんな依頼でも受けてくれて助かってるわ。いつも二人で一緒に行動しているみたいだし、全然仲悪くないわよ」
フリアエさんが断言する。
ここで、レオナード王子がゆっくりと口を開いた。
「これは水の国王都の冒険者ギルドからの報告なのですが……ギルドの待合室でルーシーさんとアヤさんは一言も口を聞かないそうなんですよ」
「「……………………え?」」
フリアエさんが、大きく口をポカンと開く。
美人がするには間が抜けた顔だったが、人のことを言えなかった。
俺も同じくらい驚いていたから。
「まさか……、そんなこと……」
「ぐ、偶然でしょ? そんな日だってあるわよ」
俺とフリアエさんの声が震える。
「残念ながら、王室の優秀な間者で、『隠密』スキルに優れた者が調査しました。間違いありません。過去十数回に渡って、ルーシーさんとアヤさんがギルドの応接室に居る時には、一切の会話がありません」
レオナード王子が断言した。
というか、スパイまで使って何を調査してるんだ。
しかし、その話が本当なら信憑性はある。
ルーシーとさーさんは二人きりの時は全く喋っていない?
でも、本当に?
俺と一緒の時は、あんなに仲良さそうなのに……
いや、そういえば……、前の世界のテレビに出ているベテランの『芸人』さんとかは、カメラの前では仲よさげに振る舞っているけど、楽屋では一切会話が無いコンビも居るという話を聞いたことがある。
それに……先日の水の国からの緊急依頼。
魔物を倒したあと、喧嘩になったって言ってたっけ?
実際に、二人はボロボロだった。
え……、じゃあ二人の時は険悪だってこと?
今のルーシーとさーさん――『紅蓮の牙』は、ベテラン冒険者だ。
冒険者たちの注目を、常に浴びていることだろう。
仮に不仲だとしても、表面上は仲よさげに振る舞っていたと考えることもできる。
……でも、…………それは当たって欲しくない想像だ。
もし本当ならパーティー解散だってあり得る。
嫌だ……。
何かの間違いであってほしい。
「そ、そんなはずないわよ……あの二人が……、絶対に信じないわ!」
フリアエさんも俺と同じ考えのようだ。
「水の国は紅蓮の牙のお二人に非常にお世話になっています。本来ならこんな話はしたくなかったのですが……、マコトさんはこれから最強の魔王『古竜の王』へと戦いを挑むのです。この件を曖昧なままでは終わらせないほうが良いと思いまして……」
レオナード王子が苦しげに説明した。
王子も苦渋の判断だったらしい。
「状況は理解しました」
「きっと何かの勘違いよ」
「……では、今から二人の様子を見てみましょう」
レオナード王子の言葉に、俺とフリアエさんは静かに頷いた。
◇
俺、フリアエさん、レオナード王子はこっそりとハイランド城の客室へ戻ってきた。
途中、何度か見張りの騎士さんが、月の国の女王と水の国の王子がいる一行を呼び止めた。
「あの……フリアエ女王陛下、レオナード王子。来訪のご予定は承っておりませんが……」
「いいから、通して。ね」
フリアエさんが軽く『魅了』すると、「……はい、フリアエ様」と見張りの騎士さんはあっさり通してくれた。
今日もフリアエさんの魅了魔法は冴え渡っている。
……これ、防犯は大丈夫か?
「姫の魅了、やっぱり便利だね」
平和的に解決できる点は素晴らしいと思う。
「フリアエ女王の魅了……凄まじいですね」
レオナード王子も感心している。
フリアエさんは、俺たちの言葉に指を頬にあて、少し考えるような仕草をした。
そして、何か閃いたのか俺の側にすすっと寄ってくる。
「……ねぇ、私の騎士。私のことどう思う?」
目を金色に輝かせたフリアエさんが俺の頬をそっと撫でた。
くすぐったい。
「くすぐったいです」
そのまま伝えた。
「あ、そう」
フリアエさんは、白けた顔になった。
「つまらないわ。前よりも魅了魔法は強力になっているけど、私の騎士には全く通じないんだもの」
「別に魅了しなくてもいいだろ?」
「……ふん」
フリアエさんは、小さく息を吐いた。
そんな雑談をしつつ、――――――俺たちは部屋の前に着いた。
部屋の中に、ルーシーとさーさんが居る。
普段はやったことがないが、今回は『隠密』スキルを使って、そっと部屋の扉を少しだけ開いた。
ルーシーとさーさんの話し声が聞こえてくるはず……だったが。
部屋からは何も聞こえなかった。
ゴクリと、つばを飲み込む。
隣のフリアエさんのつばを飲む音が聞こえた。
そっと部屋の中を覗き込む。
もしかしたら、ルーシーとさーさんは寝ているのかも、と思ったが二人とも起きていた。
さーさんは明日の旅の準備、というか俺の荷物をまとめてくれている。
ありがたい。
あとで、お礼を言わないと。
ルーシーはというと、戦闘時に使っている杖を磨いていた。
一流の冒険者は道具の整備を怠らないというが、ルーシーもきっとそうなんだろう。
俺もノア様の短剣をきれいに磨きたいと思うのだが、短剣にかかった魔法の影響か何もしなくてもいつもピカピカなのだ。
「「「…………」」」
俺とフリアエさんとレオナード王子は、黙って部屋の中の様子を見続ける。
ルーシーとさーさんは何も喋らない。
さーさんは、ぱたぱたと部屋の中を忙しく動き回りながら荷造りしている。
ルーシーは杖を磨き、時たま小さな火魔法を使って、杖の調整を行っている。
普通は、何か会話があってもいい場面だ。
が、二人とも異様なほど何も喋らない。
まるで無視し合っているかのような。
「どうです、マコトさん。フリアエ女王」
「……王子の言う通りでしたね」
この様子を見せられては、レオナード王子の言う通りと言わざるを得ない。
「…………うぅ」
ずっとその様子を眺めていたフリアエさんが、何かを呟いた。
「姫?」
「もう我慢ならないわ!」
バーン、とドアを大きな音を立てて開くと、フリアエさんがつかつかと部屋に入っていった。
俺とレオナード王子もそれに続いた。
「あら? お帰りマコト……とフーリにレオナード王子?」
「珍しい組み合わせだねー」
ルーシーとさーさんが、笑顔で出迎えてくれた。
が、それが異様なことのように映ってしまう。
君たち、なんでさっきまで一言もしゃべってないんだ?
「ルーシーさん、アヤさん! いつからそうなってしまったの!?」
フリアエさんが大声で喚く。
「え? 何言ってるの、フーリ」
「どうしたの、ふーちゃん?」
ルーシーとさーさんが、きょとんとして首をかしげる。
「もう演技をしなくてもいいの! 二人が実は険悪だってことはわかってるのよ!」
フリアエさんはなおも続ける。
が、ルーシーとさーさんは不思議そうに顔を見合わせるのみだ。
「私とアヤが?」
「けんあくってどーいうこと?」
「しらばっくれないで! どうして私の前でまで演技するの! 仲間でしょう!」
フリアエさんは追求するが、あくまでとぼけるつもりのようだ。
「レオナード王子」
「はい、マコトさん。僕から説明します」
フリアエさんは冷静ではないので、この場は王子に任せることにした。
そこから、レオナードがことの経緯を説明すると、ルーシーとさーさんの顔が徐々に真剣なものになった。
「というわけなんだ。ルーシー、さーさん。実際のところはどう?」
「どうして! 私は二人みたいな関係に憧れてたのに!」
どうやらフリアエさんは、ルーシーとさーさんの関係性が好きだったようだ。
それが偽りとわかって、冷静さを欠いているらしい。
「待って待って! 誤解よ、フーリ!」
「そうだよ、るーちゃんとはずっと仲良しだよ!」
ルーシーとさーさんが慌てて否定する。
「しかし、さっきのご様子は……」
「全く喋らないのは変じゃない?」
レオナード王子と俺が言った。
が、ルーシーは焦った様子もなく、ぽりぽりと頬を掻いた。
「まさか、こんな騒ぎになるなんて思ってなかったわ。私とアヤが二人の時に喋らないのは、この『魔道具』のせいなの」
ルーシーが俺に見せてきたのは、さーさんとおそろいで付けている腕輪だった。
「これは?」
「藤原くんに売ってもらった『念話魔法』がかかった魔道具だよ」
「この腕輪を付けていると口に出して喋る必要が無いのよ」
「何でそんな魔道具をつけてるの?」
本当だろうか?
理屈はわかるが、理由がわからない。
「私とアヤって二人で冒険してたでしょ? 強い魔物と戦う時って、声を使ったやり取りって不便なのよね」
「というかるーちゃんの魔法が派手過ぎて、声が聞こえないんだよ」
「で、藤原商会に相談したらこんな魔道具があるよ、って紹介されたわけ」
「最初は戦闘の時だけつけてたんだけど、だんだん面倒くさくなってつけっぱなしにしてて……」
それで二人きりの時は、念話だけで会話をしているらしい。
「ちなみにさっきは何の会話を?」
確認もかねて俺は尋ねた。
口裏を合わせているだけの可能性もあるし。
「「……」」
ルーシーとさーさんが顔を見合わせる。
何か不都合があるんだろうか?
「言えない」
「秘密です」
「……怪しい」
目をそらす二人。
何故、言えないんだ。
「やっぱり二人は仲が悪くてそれを隠してるんじゃ……、最悪パーティー解散に……」
俺のつぶやきが聞こえたのか、ルーシーとさーさんの顔色が変わった。
「解散なんて駄目! 言います!」
「うぅ……、さっき二人で念話してたのは……」
俺はごくりと言葉を待った。
「マコトをどうやって襲うか話し合ってました」
「高月くんと既成事実を作っちゃおうかなーってるーちゃんと話してました」
「…………あぁ、そうですか」
そら言えんわ。
一気に脱力した。
なんて話をしてたんだ。
そして、俺はどんな顔をすればいいんだ。
レオナード王子が気まずそうにしている。
「……じゃあ、本当に二人は仲悪くないの?」
フリアエさんがおずおずと尋ねる。
「当たり前じゃない、アヤは大親友よ」
「るーちゃんのこと大好きだよー」
「ねー、アヤ」
「ねー、るーちゃん」
ルーシーとさーさんが、お互いの肩をたたきながらケラケラと笑う。
いつにも増して、テンションが高い。
俺とフリアエさんとレオナード王子は顔を見合わせた。
一応、話の筋は通っている。
すこしオーバーリアクションなのが気になるが。
演技ではないのだろうか?
それが伝わったのだろう。
「なーんか、まだ疑われてる?」
「えー、じゃあ私とるーちゃんと仲良しのところを見せてあげようよ」
「アヤ? それってどうやって……」
「るーちゃん! えいっ!」
さーさんがルーシーをベッドに押し倒した。
「きゃっ! ちょっと、アヤってば……ん!?」
「ちゅー♡」
さーさんがルーシーを押し倒したまま、キスをした。
「もう……アヤってば、強引なんだから」
ルーシーが苦笑しながら、さーさんを抱きしめる。
そしてさーさんにキスをし返した
そのまま、二人が何度もキスをしている。
「「「……」」」」
俺とフリアエさんとレオナード王子が押し黙る。
おいおい……これは。
何をやってるんだ、二人は。
ふと見ると、二人の近くにワインボトルが転がっていることに気づいた。
どうやら、宴会がお開きになったあとも二人で飲んでいたらしい。
テンションが高かったのは、酔っ払っていたからか。
「もうーるーちゃんのエッチ」
「アヤこそ……可愛い顔」
ベッドでイチャイチャする二人。
恋人同士かな?
うん、もう疑いません。
超仲良いわ。
「姫~、二人は仲良しっぽいよ。安心した?」
「……これって友情なのかしら?」
フリアエさんがさっきまでとは違う、とても複雑な表情をしている。
「あわわわわ……、そんな……、女の子同士で……」
レオナード王子が真っ赤な顔をしている。
子供には刺激が強すぎたらしい。
(……マコトは冷静過ぎない?)
ノア様のツッコミが入る。
前から百合気味だったけど、二人で冒険して関係性がアップグレードしたらしい。
「ねぇ、マコトぉ。何見てるのよ?」
「高月くん、こっち来てぇ」
「アヤとこんなことになったの、マコトのせいなんだから」
「高月くんが、私たちを待たせすぎなんだよー」
まさかの俺のせいだった!?
いや……、まさかでは無いな。
二人を置いて千年前に行ってしまったのだ。
申し訳ないことをした。
ルーシーとさーさんの目がとろんとしている。
発情した目だ。
(ほら、呼ばれてるわよ。漢を見せなさい、マコト)
ノア様が煽る。
いや、駄目でしょ。
このままではレオナード王子の情操教育に良くないことになってしまう。
「とりあえず眠らせておくわ――睡魔の呪い」
フリアエさんが、強制睡眠をかけてくれた。
本当に便利な魔法だ。
「くー……」
「すー、すー」
ルーシーとさーさんは仲良く抱き合ったまま眠っている。
「「「…………」」」
残された俺とフリアエさん、レオナード王子の間で気まずい空気が流れる。
「すいません、僕が勘違いを……」
レオナード王子に謝られたが、誰にでも間違いはある。
「いえいえ、仕方ないですよ」
「理由もわかってスッキリしたわ……」
「はい、それでは。お騒がせしました」
王子は赤い顔をして帰っていった。
残るは俺とフリアエさん。
「はぁ……無駄に焦っちゃったわ。じゃあ、私は自分の宿に戻るわ。私の騎士……、魔大陸、気をつけて」
「うん、ありがとう姫。送ろうか?」
「護衛の騎士を待たせているから大丈夫よ。…………えっと」
さろうとしたフリアエさんが、何かを言いかけて止めた。
「どうしたの?」
「ううん、別に私の騎士には関係ないことだと思うけど……」
「いいよ、言って」
「最近、月の女神がよく夢に出てくるの」
「え?」
月の女神様。
この世界において、闇や呪いを司る女神様。
「ナイア様はどんなことを言ってるの? 大魔王についてとか?」
「ううん、別に役立つことは何にも。何が可笑しいのかニヤニヤ笑ってるだけよ。『君たちは面白いことをしているね』とか言って。本当に役に立たない女神ね!」
自分の信仰する女神様へ暴言を吐くフリアエさん。
長年放置されてきたから、致し方ないのかもしれない。
「何でその話を俺に?」
「別に、ただ私の騎士は女神連中と会話できるんでしょう?」
「そっか…………ノア様? どう思います?」
俺は空中に向かって呼びかけた。
(珍しいわね。ナイアがこの世界に興味を持つなんて。千年ぶりじゃないかしら)
何か理由があるんでしょうか?
(海底神殿にいる私には想像もつかないわ。今度エイルにでも聞いてみなさい)
エイル様はナイア様と仲が良いのですか?
(ナイアはどの女神とも仲良くないわ。地上の信仰も管理してないし)
そうですか……。
「姫、特にわからなかったよ」
「ええ、私も期待してたわけじゃないから。それじゃあね」
「ああ、ありがとう」
フリアエさんは長い髪を揺らしながら、去っていった。
これまで地上に一切干渉してこなかった月の女神様。
その女神様が急に、フリアエさんの夢に登場したという点は少し気になった。
◇
「おはよう」
「……頭が痛いわ」
「……昨日って何をしてたっけ?」
ルーシーだけでなく、さーさんまで朝辛そうにしていた。
飲みすぎたようだ。
俺は二人が起きる前に、太陽の騎士団の人から『第三次北征計画(修正版)』の説明をうけていた。
とりあえず、着いたら前線基地の人たちに挨拶をしておくように、ということだった。
簡単過ぎない?
俺のやることこれだけ?
と思ったら、
<パターン 1>高月マコトの精霊魔法が暴走した場合
<パターン 2>高月マコトが水の大精霊を呼び出した場合
<パターン 3>高月マコトが精霊の右手を使った場合
<パターン 4>・・・・・・・
<パターン 5>・・・・・
<パターン 6>・・・
などなど、各ケースを想定した動きが20種類ほど作成されていた。
……精霊使いに関する注意事項が、大量に付け加えられていた。
これを徹夜で作ってくださっていたらしい。
そして、おそらく計画書の作成は大賢者様が関わっているな。
身内しか知らないような情報が、多分に盛り込まれている。
(なるべくご迷惑かけないようにしよう)
ひっそりと誓った。
◇
「じゃ、行きましょうか!」
ルーシーが杖を構える。
「よろしくルーシー」
「るーちゃん、お願いね」
俺とさーさんは、ルーシーの両腕にそれぞれ捕まった。
視界が真っ白になった。
景色が何度かぶれる。
緑の田園風景。
深い緑の森。
殺風景な荒野。
連なる山脈。
あとで聞いた話だが、休憩なしに連続で空間転移を行うことは相当大変らしい。
並の魔法使いなら、魔力枯渇を起こすとか。
ルーシーは、平気な顔で空間転移を使っている。
「はい、到着よ」
次に視界が開けると、目の前には巨大な砦がそびえ立っていた。
「これが……」
「対魔王軍との最前線基地。ブラックバレル砦だよ、高月くん」
さーさんが教えてくれた。
どうやらルーシーとさーさんは、何度か来たことがあるらしい。
おそらく天然の小山を魔法で無理やり城塞化したのだろう。
ゴツゴツした岩肌に、無骨な鋼鉄の柱が幾本も飛び出している。
そして、魔法で作られたであろう分厚い石壁。
一見すると人影は視えないが、石壁から小さく開いた覗き穴から鋭い視線を感じる。
こちらを監視しているのだろう。
平和だったハイランドの王都では感じられなかった物々しい雰囲気。
戦場の空気だった。
こうして俺たちは、戦争の最前線へとやってきた。











