25話 エピローグ(第一章)
ヒトの子らと別れ、地脈に沿って移動する。
1500万年ぶりの自由。
実に、心地よい。
のそりと、地上へ出た。
ここは、大陸の西あたりだろうか。
どこまでも豊かな森が広がっている。
だが。
「……気に入らん」
精霊たちは息を潜め、活気が無い。
我々、タイタン族が地上を闊歩していた時代では考えられぬ。
代わりに感じるのは、天から見下ろしてくるやつらの気配だ。
精霊たちから聞いていたが、今の地上は変わってしまった。
(本当に忌々しいわね)
「……ノアお嬢様」
我々の仕えるティターン神族の末っ子。
他のティターン神族は奴らに捕らえられ、ただ一人地上に取り残された哀れな御方だ。
(哀れとか、言わないでくれる?)
これはこれは。
とんだ無礼を。
「……この度は、長き封印から目覚めることができました。……しかし、神族の封印を見抜く眼を持ったものが、都合よくあらわれたものですな」
普通の人間には、見抜けるようなものではなかったはずだ。
あの場所も、見つけづらい魔法がかかっていた。
(そんな都合いいことがあるわけないでしょ。 私が呼んだのよ。あの商人くんには、私の短剣を通して一時的に『神力』を与えたのよ。もう、効果は切れちゃったけどね)
おお、そうでしたか。
しかし、彼はノアお嬢様の信者ではなかったはず。
信者の高月マコトへ『神力』を与えればよかったのでは?
(駄目よ、今のあの子はまだ弱いもの)
ほう……。
しかし、彼はノアお嬢様の『使徒』でしょう?
ノアお嬢様を、お救いすると張り切っておりましたぞ。
(うーん、そうねぇ。でも、あの子の魔力見た? 初級魔法を1、2回で魔力切れ起こすのよ? 精霊使いのスキルを与えたけど、全然使いこなせてないし)
(しかも、あの子、弱いのにすぐ強い敵に突っ込んでいくのよ! 見てられないのよ!)
ぷりぷりと、怒っている。
ノアお嬢様が、信者の行動に文句を言うのは珍しい。
本来、ティターン神族は自由を愛する神々だ。
神々自身も、その信者へも。
今の神界の支配者どもは、管理するのが好きなようで、信者に祈りやお布施を強いていると聞くが。
ノアお嬢様も、聖神族に染まってしまったのだろうか。
(あいつらの影響なんて受けてないから)
であれば、よいですが……。
にしても、あの純粋な少年に無理をさせるのは、感心しませんな。
1000年前は、ノアお嬢様が信者を使って世界に混乱を招いていたようですし。
うまくいかなかったようですが。
(……よく、知ってるわね)
石化の封印をされていても、世界の動きは精霊に聞いておりました。
唯一のティターン神族であるノア様は、いろいろと画策されていたようですが、結果はあまりよくない。
(『千年前』は失敗したわ。でも、今回は慎重にやるわよ。オリュンポスのクソ共……、見てなさい)
その声には、暗い復讐の影が見え隠れする。
そのような憎々しげな声を……。
あの可愛らしかったノアお嬢様が、歪んでしまわれた。
(ふん、私は今でも可愛いわよ)
そうでしょうとも。
ティターン神族、随一の美姫神と謳われたノアお嬢様です。
その御姿を見れば、ヒトでも動物でも悪魔でも魅了されることでしょう。
あの少年も信者になるときに、お姿を見たとあっては正気ではいられなかったはず。
きっと、ノアお嬢様のことしか考えられないほど魅了されているはずだ。
(……そうね)
「……どうされましたかな? ノアお嬢様?」
(何でもないわ。ところで、じいはこれからどうするの?)
我はこれから世界を巡り、封印されている仲間を探します。
(ええ、それが良いわ。オリュンポス神族に戦争をしかけるにしても、数が必要だから)
やはり、まだ諦めておられないか。
しかし、現状は、たった一人の信者を動かすことしかできない。
あの短剣に触れたものは一時的に操れるようですが、それも大したことはできないだろう。
そういえば、あの少年の仲間を強くしろ、というのがノアお嬢様の命令でした。
さきほど、封印から解かれたときにこっそり、指示を受けていた。
(そうよ。よくやったわ、じいや。あの子は勝手に暴走して死にかけるから、仲間を強くしとかないと危なっかしいのよ)
正直、その命令の目的もよくわからない。
肝心のあの信者には、何も命令をしていないのでしょう?
一応、ノアお嬢様の居る海底神殿を目指しているようですが。
実際のところ、彼では到達できないのでは……。
(いいのよ、私に考えがあるから。ふふふっ)
どうやら、なにかしら深慮遠謀があるご様子。
我はそれに従うだけだ。
「……御元気で、ノアお嬢様」
(慎重に動くのよ。あいつらに悟られないように)
そう言って、ノアお嬢様の声は聞こえなくなった。
では、我も仲間を探しに出るとしよう。
◇
「いやー、タッキー殿! あの女神様のお仲間は、素晴らしいかたですな」
街への帰り道。
ふじやんのテンションが高い。
「そーいえば、ご主人様はなんで巨人の指などを貰ったのですカ?」
「あー、それは俺も気になってた」
ニナさんと俺が尋ねる。
「ふふふ、この巨神の指は、とんでもないエネルギーを秘めた魔石ですぞ。このエネルギーだけで、兵器として使えば国ひとつ滅ぼせますな」
「え? ちょっと! それ危険じゃないの?」
ルーシーが、さっとふじやんから距離を取る。
「拙者は、そんなことには使いませんぞ。いやー、しかし収穫が多い冒険でしたな!」
「そうですねー、私も凄い加護がもらえましたし」
ふじやんとニナさんは、ニコニコしている。
「ふふふふっ」
ルーシーは、巨人のおっさんに改造してもらった杖を大事そうに抱えている。
さきほど、何度か土魔法を試してみたのだが、相当なチート武器になっているようだ。
とりあえず、魔力を込めれば魔法が発動するらしい。
燃費は悪いらしいが、魔力があり余っているルーシーとは相性抜群だ。
みんな、満足そうだ。
◇
俺は女神様の短剣を見つめた。
(なんか、今回の件は女神様らしくなかったな……)
いつものように注意してくることが無く。
見計らったようなタイミングで、直接、介入してきた。
しかも、ダンジョンの奥にいたのは、女神様の仲間だった。
どうも作為的なものを感じる。
俺は女神様のたったひとりの信者である。
これは、最近知ったことだ。
女神様の姿が見え会話ができる、そんな存在を『使徒』と呼ぶらしい。
巫女も使徒の一種だ。
彼女らは声しか聞けない。
使徒は、神の姿が見え、
使徒は、神の声が聞こえ、
使徒が悩めば、神が助言をくれ、
使徒が迷えば、神が道を示してくれ、
使徒が祈れば、『加護』を与えてくれる。
いいこと尽くめだ。
ただし、――使徒は、神の命令に逆らえない。
『神託』がおりれば、使徒は抗えない。
命をかけて、神の命令を遂行しないといけない。
そういう決まりだそうだ。
女神様は言った。
「強くなりなさい」
「死んだら許さないわよ」
「精進しなさい」
これは、『お願い』らしい。
今の俺では女神様の命令が遂行できないのだろう。
俺は弱い。
なんせ、魔法使い見習いだ。
だが。
いずれはっきりするはずだ。
――女神様の本当の『お願い』が。
 











