265話 魔王戦 その5
不死の王の持つ大きな黒い鎌が、風を切った。
俺たちと不死の王の間は、十メートル以上。
間違いなく、攻撃の範囲外だ。
にもかかわらず、嫌な予感がした。
「避けろ!」
ジョニィさんが怒鳴る。
「マコトさん!」
アンナさんの叫び声と共に、腕を痛いくらい強く引っ張られた。
次の瞬間、目の前を黒い何かが通り過ぎる。
はらりと、前髪が数本宙を舞った。
「えっ?」
さっきまで俺が立っていた場所を、ざっくりと巨大な刃物が地面ごとえぐり取っている。
のん気に突っ立っていたら、真っ二つにされていた。
「ほう……これを躱すか」
笑みを浮かべた魔王が、感心したように言った。
さっきの攻撃は、一体……。
まったく斬撃が見えなかった。
うかつに、近づけない。
俺たちが様子を窺っていると、魔王が口を開いた。
「先程の技は魔力を込めた斬撃を、空間転移で飛ばしたものだ。いつぞやの時代で勇者が切り札に使っていた魔法剣技でな。人間は面白いことを考える。君たちも真似てくれてかまわんぞ?」
自らネタばらしをしてくれた!?
これが余裕というやつか。
「参る」
距離をとっても意味がないと感じたのか、ジョニィさんが刀を抜き魔王に切りかかった。
「サポートします! 族長!」
同じエルフ族の木の勇者さんも、それに続く。
「赤毛のエルフよ、良い太刀筋だ。若いエルフの女もあと10年もすれば達人の域に達するだろう。惜しいな、勇者は私の眷属にできないことが悔やまれる」
魔王は無駄口をたたきながら、二人の猛攻を余裕で受け流している。
「僕はジョニィさん、木の勇者さんと一緒に時間を稼ぎます。マコトさんは、土の勇者さんと一緒に、作戦を進めてください」
光の勇者さんも、続いて魔王に向かって突っ込んだ。
……できれば、光の勇者さんには後方で控えていてもらいたかった。
けど、戦力を温存しておく余裕は無いと感じたのだろう。
なら、俺は俺ができることをしよう。
「ヴォルフさん!」
「応! マコト殿!」
俺と土の勇者さんは、予定通り次の魔法に備える。
「かあああっ!」
土の勇者さんの魔法剣に、魔力が集まる。
俺もそれを見ているだけではない。
――水の精霊さん、力を貸して
俺の呼び声に、水の精霊たちが集まってくる。
本当は、水の大精霊に頼めばてっとり早いのだけど、先程の彗星落としで生命力がごっそり減っている。
これ以上は難しい。
「うん? 水の大精霊は戦わないのか? 仮面の少年」
ジョニィさんと勇者二人の猛攻を受けつつ、残念そうな表情の魔王がこちらに話しかけてきた。
木の勇者さんの顔が引きつっている。
「切り札はとっておく性分なんで。そちらこそ、その赤い魔法陣は使わないのか?」
時間稼ぎのため、俺は魔王と会話に答えた。
勿論、水の精霊による魔力集めは継続している。
そして、なにより先程からずっと空中に増え続けている魔王を取り囲む赤い魔法陣の存在が不気味だった。
魔王が使った見えない斬撃――空間転移の斬撃とは、恐らく無関係だ。
何かもっと大掛かりな魔法のようだが、何なのかわからない。
教えてくれるとも思えないが、何かヒントだけでも聞き出したかった。
「この魔法は時間がかかる。あとでお披露目しよう……ふふ、私も初めて使う魔法でね」
やはりまだ見せていない魔法があるようだ。
世間話のような口調だが、この会話の合間にもジョニィさんの剣戟と魔弓の雨。
木の勇者さんの、高速の突き。
光の勇者さんの、連続斬り。
それが全く通じていない。
魔王は、明らかに手を抜いていた。
手を抜く理由はわからないが、今の一分一秒が、俺たちの命綱になる。
(ヴォルフさん……、いけますか?)
(ああ、大丈夫だ)
俺は土の勇者さんと目で合図する。
「散れ!」
ジョニィさんがこちらの動きを察し、木の勇者さんと光の勇者さんへ指示した。
二人はそれに素早く従う。
「ふむ、何を見せてくれるのかな?」
魔王ビフロンスは、面白そうにこちらを眺めていた。
「うぉおおおおおおっ!」
土の勇者が、魔王城の天井に向かって魔法剣の斬撃を放った。
――水魔法・彗星落とし
俺はそれに合わせて、本日二度目の彗星落としを撃った。
水の大精霊の力を借りていないため、先程のものより威力は格段に落ちるが今回の目的は城の上部を壊すだけ。
そうすれば、土の勇者さんの一撃と合わさって魔王城に大穴を開けられる。
脳裏に――イラ様の言葉が蘇った。
「不死の王は、長い年月をかけて弱点を克服している。『香』『流水』『銀』『油と炎』……そのほとんどが、あの魔王には効かない……。でもね『太陽の光』だけは別。あれだけは、不死者である限り、克服はできない。何をすればよいか、わかるわね? あなたたち」
イラ様が、大迷宮の戦士たちを見回しながら言った言葉。
俺たちはそれに従い、計画を立てた。
第一段階として、俺の精霊魔法で暗闇の雲を一時的に吹き飛ばす。
できれば、その時に魔王城も壊滅させてしまいたかったが、それはできなかった。
不死の王は魔王城の中に居るので、太陽の光をあてるには外に連れ出すしかない。
だが、それは難しいだろう。
ならば、魔王のいる場所を特定し、その天井を壊せば?
不死者の王、魔王ビフロンスを太陽の光に晒せる。
単純な作戦だが、他に妙案もなかった。
現在、魔王は孤立しており配下の魔物たちは、太陽の光と大迷宮の戦士や、鉄の勇者さんたちの妨害で魔王の救援には来れないはずだ。
サポートには、白竜さん率いる古竜や大賢者様もいる。
大丈夫、順調だ。
(ですよね? 運命の女神様)
いつも口うるさく念話かけてくる運命の女神様の声が聞こえない。
それが少し不安だった。
白竜さんが護衛しているから、大丈夫だと思うけど。
ドン!! という爆発音が二回響いた。
土の勇者の魔法剣による衝撃と、俺の精霊魔法が魔王城を貫いた音だ。
ついで、激しく地面が揺れ、天井と壁が崩れた。
土埃で、周りの景色が見えなくなる。
「マコトさん! 気をつけて」
光の勇者さんが、俺を守るように剣を構えた。
「風の精霊」
ジョニィさんの声で、土埃が一瞬で晴れる。
遠目に、木の勇者さん、土の勇者さんも見える。
みんな無事だ。
その時、魔王城の中の重苦しい空気に、外の空気が通り抜けるのがわかった。
魔王城の室内に、風が吹いていた。
天井に巨大な風穴が空いたのだ。
「やった!」
木の勇者さんの声が響く。
俺も、ガッツポーズをしようとして――違和感に気づいた。
現在の時刻は、真昼だ。
魔王討伐の時刻は、太陽が最も高くなる少し前を選んだ。
俺たちが、魔王城に突入してから一時間も経っていはいない。
だから、天井を壊せば太陽の光が差し込んでくるはずだ。
なのに、差し込む光は想像よりはるかに弱い。
(暗闇の雲が復活した……?)
再生を得意とする不死の王。
さっきの赤い魔法陣はそのためか!
俺は確認するため上を向き…………一瞬、思考が止まった。
(……え? ……何で?)
俺は何を間違った?
「うそ……」
光の勇者さんの呆然とした声が、耳に届く。
魔王城に作られた吹き抜けの先。
そこから見える空には、――美しい満月が浮かんでいた。











