261話 魔王戦 その1
◇モモの視点◇
「あの、マコト様。本当に私たち二人だけで良いのですか?」
私は、不安をにじませた声で尋ねた。
不死の王が居る魔王城。
そちらへ向かっているのは、たった二人。
白竜師匠やアンナさん、木の勇者さんや大迷宮の街にいる他の戦士たちはあとから追いかけてくる手はずになっている。
とはいえ、やっぱり二人では不安だ。
向かう先で待ち受けるのは、この大陸を支配する魔王なのだから。
「大迷宮でゆっくり休んだし、天気は良いし。魔物も出てこない。別に心配することないだろ?」
肝心のマコト様は、憎たらしくなるほど飄々とした答えを返してきた。
私の好きな人ではあるが……、この価値観の相違はなんとかならないものだろうか?
「どこが良い天気なんですか……。大雨ですよ?」
雨音はうるさいし、視界も悪い。
これを良い天気と言える神経がわからない。
「この雨は水の大精霊が降らせてるんですよ、チビっ子」
「わかってますよ、ディーア」
ふわりとマコト様の隣から現れたのは、水の大精霊のディーアだ。
態度がでかいが、その分、実力も凄まじい。
なんせ白竜師匠ですら「あれには敵わん」と言っているのだ。
私なんて、ひとたまりもない。
でも、マコト様の隣にいつも我が物顔で侍っているのが気に入らない。
「マコト様、なんで雨を降らせてるんですか?」
私が彼の腕に絡みつくと、反対側から水の大精霊も腕を掴んでくる。
「ま、それは到着してから説明するよ。要は魔王城攻略の仕込みだから」
マコト様は、楽しそうだ。
つまり、いつも通り。
これから魔王と戦うというのに。
呆れるほど、いつも通りだ。
「むぅ……、まぁ、それはわかりました。ただ、私が魔王と戦うのは駄目っていうのは納得できません!」
こちらについては、強い口調で訴えた。
そう、あれほど頑張って修行したのに私は魔王との戦いは不参加だと言うのだ。
そんなのって無い!
「仕方ないだろ。運命の女神様曰く、吸血鬼のモモは『不死の王』に近づけば、再び操られる恐れがあるっていうんだから」
「でも……、だからって……」
「俺やアベルさん、メルさんはモモが敵に回れば戦えない。少なくとも、俺は無理だ。だから、今回のモモはサポートに回ってくれ。戦闘不能な負傷者が居たら、空間転移で、戦闘区域外まで運んでほしいんだ」
「うぅ……、はい……わかりました」
私はしょんぼりと頷いた。
そんな風に言われたら、従うしか無い。
「ふっ、我が王のお世話は私がしますから、チビっ子の出番はありませんよ」
「何をー! 海底神殿ってところじゃ、役立たずだったくせに!」
「そ、それはっ!? 海底神殿以外なら、水の大精霊は超有能なんだから!」
「はん! マコト様が一番行きたい場所は、海底神殿だって私は知ってるんだから!」
「う、うるさいー、このチビ。貧相な身体してるくせに!」
「な!? あんたこそ身体が水で出来てるんだから、なんにもできないでしょー!」
「ふふん、我が王と同調すれば、あんなことやこんなことを……」
「わ、私だってやろうと思えば……」
「はい、ストップ。魔物が出たよ、二人共」
言い争う私と水の大精霊の口を、マコト様に塞がれた。
私は慌てて、視線を前に向ける。
目の前には、巨大な鬼の不死者。
が、氷漬けになっていた。
どうやら、マコト様が凍らせたらしい。
「あんまり騒がしくするなよ」
「「はい……」」
怒られた私たちは、静かに頷いた。
ちらっと氷漬けになっている魔物に目を向けた。
それにしても……、白竜師匠の元で魔法の修行をしたからこそわからなくなったことがある。
マコト様は、どうやって魔法を発動させているのだろう?
通常、魔法とは発動までに準備が要る。
まずは『呪文』。
魔法に慣れていない者は、呪文を詠唱をすることで、魔法が発動する。
それを何度も繰り返し、やがて詠唱の手間を飛ばし、無詠唱魔法を手に入れる。
今の私は、この段階だ。
魔力を集め、対象を定め、魔法を発動する。
その間、『2~3秒』。
白竜師匠から「半年でその域に達するとは、百年に一人の逸材だな」と褒められた。
嬉しかった。
これで、マコト様の役に立てる!
そう思っていた。
私は、周りを見回した。
空からは土砂降りの雨。
なのに、私たちに雨は当たらない。
大粒の雨は、まるで生き物のように私達を避けていく。
地面だってそうだ。
こんなに泥濘んでいるのに、私やマコト様の足元だけは歩きやすい。
いや、むしろ水が私たちを勝手に運んでいる。
不思議な状況だった。
原因はわかる。
マコト様が、水魔法で雨や水を操っているのだ。
だから、私とマコト様は雨に濡れないし、雨水だらけの地面をスイスイ歩ける。
不規則に降る雨の水が、一粒たりとも私に当たらない。
そもそも、この雨すらマコト様の魔法なのだ。
見渡す限り、どこまでも広がる雨雲。
一体、どこまでがマコト様の魔法なんだろう……?
わからない。
どうやったらこんなことができるのか。
ただ、少なくとも一つだけわかることは。
同じことをできる気がしない……。
「モモ、どうしたの?」
マコト様が心配そうに尋ねてきた。
「いえ……、にしてもこの雨を降らせている水魔法。なんて名前なんですか?」
「ん~、別に名前は無いかなぁ。単に雨を降らせるだけなら、モモにだってできるだろ?」
「こんな広範囲には無理です! それに、私たちだけ濡れないようにするのだって、複雑な術式が……」
「そんなの『当たるな』って思えば、勝手に水が避けてくれるだろ?」
「…………」
駄目だ、理解できない。
白竜師匠に教わった魔法の概念が崩れる。
思ったらその通りになる?
もはや、それって人間が扱う魔法なのだろうか?
神様の奇跡なのでは?
私は、決して大きくは無い、でも世界で一番安心するマコト様の背中を見つめた。
(……ついていかなきゃ、置いていかれないように)
何を考えているか、いまいち分からない好きな人。
だから、頑張って理解しようと私は思った。
◇アンナの視点◇
マコトさん、モモちゃんから遅れること三日。
僕たちは、大迷宮を出発した。
霧が深く、視界が悪い。
その中を、慎重に進む。
率いるのは、迷宮の街を仕切るジョニィさん。
他にも、土の勇者さん、木の勇者さん、鉄の勇者さんや大迷宮の街に住む戦士たち。
さらには、白竜様とその仲間である古竜たちまでいる。
その数は、千名近い。
間違いなく、僕の知る限りでは最大の規模だ。
過去、これほどまとまった戦力で行動したことはない。
いつも、魔族の目から隠れ、僅かな人数でしか動けなかった。
だが、今回は違う。
十分な休養を取り、戦力を整え、魔王に挑むことができる。
万全な状態で、挑戦ができる。
(火の勇者……今度こそ、僕たちは魔王を倒します)
密かな決意を固めていると、隣から会話が聞こえてきた。
「霧が濃いな。これなら魔族に見つかる心配は無いだろう」
「水の精霊たちが喜んでいる。相変わらずだな、マコト殿の精霊魔法は」
「これほどの大人数がどうやって魔王軍にバレずに近づくのかと懸念していたが……、大森林を覆い尽くすほどの霧を発生させるとは……」
「だが良い手だ。天候を自由に操作できるマコト殿あっての手ではあるが」
「この規模で天候を操る精霊使いは、彼だけだよ」
「エルフ族も精霊の使い手は多いが……、マコト殿は別格だな」
白竜様とジョニィさんの会話だった。
二人共、マコトさんの魔法を褒めている。
でも……
「あの、お二人はマコトさんとモモちゃんが心配ではないのですか? 二人だけで、魔王城へ向かっているんですよ?」
本当は僕もついて行きたかった。
でも、マコトさんに許してもらえなかった。
「アベルさんは、魔王を倒す役目だからみんなと一緒に来てください。道中も戦わないこと。白竜さんやジョニィさんを頼ってください。いいですね?」
「は、はい……」
普段は、僕に対して細かいことを言わないマコトさんが珍しく厳しい口調で注意をしてきた。
どうして、そこまで僕に言うんだろう?
心配してくれているのかな……?
いや、違う。
心配なのは、マコトさんとモモちゃんだ。
魔王城の近くの魔物は強い。
もしも、ということも考えられる。
「精霊使いくんの心配? するだけ無駄だ」
「水の精霊を見ればわかる。彼にとっては散歩程度だろう」
白竜様もジョニィさんも、まったくマコトさんを心配していなかった。
むしろ自分のことを考えておけと注意された。
うぅ……。
やっぱり、一緒についていけばよかった。
◇
数日後。
遠くに黒くそびえる巨大な城が見えてきた。
――魔王の居城。
前に来た時は、パーティーのリーダーだった火の勇者が殺され、動揺した僕たちは捕虜になっていた。
処刑される寸前、マコトさんに命を救ってもらった。
でも、今回は……。
僕が緊張した面持ちで、小さく深呼吸をした時。
「なっ! なに、あれ……?」
「おい、木の勇者。声が大きい」
「ほう……、あれは精霊使いくんの仕業だな。作戦とはこれのことか」
「城攻めの基本だが……、大胆なことをする」
他の人のざわつく声が聞こえる。
何かあったのだろうか……?
会話をしている人たちのほうへ近づいた。
目を凝らして、魔王城のほうを見てみると……
「え?」
間の抜けた声が、僕の口から出た。
う、嘘でしょ、マコトさん……。
そこにあったのは――――――――巨大な湖に水没した魔王城だった。











